3-08 炎の魔神は主を乞い、私は魔神を従者にする
3-08 炎の魔神は主を乞い、私は魔神を従者にする
熱い魔神(炎を纏って周りが明るいが暑苦しい)が、ここぞとばかりに自分を売り込み始める。もう、商人もビックリなレベルで。
『それに、剣となった時にだな、主が魔力持ちであれば、「炎の魔剣」となることもできる』
「炎の魔剣……燃える剣ということ?」
『不死者に対しても浄化の炎で清めることができる。その場合、主は乙女でなければならぬ』
なるほど。私、炎と水の精霊と相性が悪いんだよね。だから、火の魔術は最低限しか使えない。アンデッドには火か聖の力が有効なのだけれど、私にはそれが足らない。『聖なる浄化の炎』というのは悪くない。お供にもなるし。
「あと、折れたりしない?」
『ああ、勿論だ。それに、魔力を主が注げば回復する』
「鈍器としても使えると思う?」
『はて、斬ることのできぬものの方が少ないが、主の望みとあらば叶えよう』
「剣の形を変えることはできる? その形は如何にも異国の剣だから、普通のバスタードソードが良いんだけれど」
『片手半剣か。勿論、細剣でも直剣でも変化できるぞ。人化に比べればいかほどの事でもない』
目の前でバゼラードに姿を変えるおっさん。え、だって、名前知らないもん。
「いいわ、私に仕えることを許可します」
『有難き幸せ。我の事は「カディル・アルハダム」、カディルとお呼びください』
「カディルね。いいわ、これからよろしくねカディル」
『はっ、主の命尽きるまでお供いたします』
そこは、自分の命じゃないのかね。確かに精霊の方がずっと長生きなんだろうけれど、なんだか納得いかない。
「でも、私が呼びにくいし 私の名付けた名前の方がいいんじゃないの。それは、貴方の前の主人が付けた異教徒の名前ですもの。そうね……ヴィルヘルム=シュミットと名付けます。ビルかウイルと呼ぼうかしら」
ヴィルヘルムはウイリアム・ギヨームとも発音される、古いこの辺りの言葉で高貴なる守護者という意味だったっけ。シュミットは帝国語で鍛冶屋さんの事。つまり……『高貴なる守護者の鍛冶屋』という名前です☆
『おお、……「ん、ほ、貴方様と同じ言葉になりましたな。やれやれ、名付けと言語は紐付けされているようです。これなら、貴方様の姿に変わっても……」』
「今やると全裸になるでしょうからやめて……」
「では、宿で貴方様の衣装を一通り試着させていただければ、その姿に変化できるようになりますので、よろしくお願いします」
「……風呂に入った後にね。何百年も風呂に入ってないんでしょ?」
いくら自分そっくりの魔剣でも、汚れた体のまま服を着るのは勘弁してほしい。生身の人間みたいに臭くはないけどね。本気で臭いから、師匠とか師匠……あと師匠。狩人は臭いで獣に気が付かれないように臭くしているってのもあるんだけど、師匠の場合、単なる風呂ギライでずぼらなだけ。あの二人、なんでずぼらなんだろうね。師匠も先生も……アンヌさんがいないからかも?
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さて、また道具を揃えて十日後くらいにくるから、それまでにできるだけ採掘してほしいと頼み、宝箱のうち金目の物は……改めて同じ部屋の床面の下に魔術で埋め込んでおいた。見つけられて持ち出されるのも嫌だしね。だって、全部私んだもん!!
「ヴォルフ、次に来る時は『ビア』を持ってくるわ」
『楽しみにしております』
「それと、行きがけに猪を見つけて捌いたから、今から案内するので、みんなで食べてちょうだい」
『……ありがたき幸せ!!』
という事で、今のところ異教徒姿のビルと、ヴォルフと三人で歩いています。
『これから、我主の従者として励めよ……禿だけに』
「これは禿げではない。それに、街に戻ったなら、この国の男らしい姿に変わるので、問題ない」
なんだかライバル意識が見え隠れする。いや、そんな張り合うなよベイベー。
「同じ私に従う者なのだから、仲良くとは言わないけれど、互いを尊重しなさい。それにヴォルフも人に似て来たから、時間がたてば毛深い男に見えなくもない程度に人に近づくかもしれないじゃない。そうしたら、私と旅に同行してもらうことも考えるわ」
『……精進イタシマス……』
ヴォルフは目をぱちくりさせた後、襟を正して私にそう告げた。
さて、ビルをどこかでまずは着替えさせないといけないので、一先ずトレモニアに戻り古着屋と武具屋に立ち寄ることにする。得物はあるのだが、防具の類は手持ちがない。
「まずは、衣装を変えましょう。目立ってしまうから」
「はあ、承知いたしました」
トレモニアに辿り着くと、門番にビルの分の税金を払い、街に入れてもらう。最初に古着屋で地味目の傭兵が着そうなキルティングのジャケットとにズボン、それと適当な革靴を購入する。ついでに着替えもさせてもらう。
「まだ、金髪になる必要はないからね」
「……承知しました……」
いや、おかしいでしょ、異教徒っぽいスキンヘッド浅黒髭男が入ったのに、出てきたら金髪碧眼イケメンだったらさ。やっぱり、魔剣は魔剣でどこか抜けている。そういえば、異教徒の百物語だか千物語という中に出てくる魔神も、少年の機知に振り回されるやられ役だもんね。つまり、そういうことなのだろう。え、少年が悪いよね。人を騙すのは良くない、相手魔神だけど。
彼には傭兵崩れの冒険者のふりをさせたいので、ハルバードに片手剣、軽装の胸鎧に籠手と脛当てを装備して動き回れる感じの装備にしたい。取り合えず、ハルバードの前にヴォージェを装備してもらおう。
一先ず武具屋で適当な胸鎧と篭手と脛当を購入。一旦、コロニアに向け移動することにする。トレモニアを出てしばらく歩いたところで街道から川沿いに向かう。一つは、ここからメイン川に出て対岸に渡り川を遡ってコロニアに向かう必要があるということ。それと、
「ビル、金髪碧眼に変えてもらえる」
「はい、承知しました」
一瞬で浅黒髭禿から金髪碧眼イケメンに変身。便利だなおい。
「それと、申し上げにくいのですが……」
どうやら、彼自身の能力で一度身に着けた装備は変身で再現できるのだという。つまり……
「試着だけすれば能力含めて衣装に関してはコピーできるというわけね」
「はい。サイズもその体に合わせて調整して再現できますので、一度身に着ける機会があれば対応可能です」
買わないで試着だけで装備が揃うってラッキー。但し、手から離れる武具に関しては不可能だという。まあ、そこまで再現は難しいよね。
「この後、次の街でビルの冒険者登録をするんだけど、その前にあなたの能力を見せてもらえるかしら」
「……なるほど。ヴォージェとやらの使い方も教わりませんと分かりませんので、貴方様自らご教授いただけるとうわけですね」
教えるって程でもないけどね。私は、魔法の袋から二本のヴォージェを持ち出し、一本をビルに渡した。
「なるほど、槍と斧の中間のような扱いなのですね。それに、柄の部分を用いて、剣を受けたり抑え込んだりする」
「そう。上手く抑え込んだ状態で懐に穂先を叩き込んだり、捻り上げて引き倒すなんてことも……こんな感じ」
「はっ、こ、これは剣よりも奥が深いかもしれませんな」
ビルは異教徒の戦士の剣技を身に着けているので、長柄の武器はあまり経験がない……というかほとんどないようなのだ。
「鎧がどんどん強化されて、剣では傷つけられないくらいになったみたい。それで、鎧の上から叩きつけたり、馬から引きずり落として動けなくするためにこんなフックが付いていたりするの」
「はぁ、考えましたな。ですが、我らの腕力なら、鎧越しでも十分……ダメージを与えることができましょう」
先ほどから、お互いに柄が折れないかと心配になるほどバインド&バインドで競り合いが続いている。勿論、お互いに手加減はしているのだが。
「この摺り上げる切り返しは剣に通じるところがあります」
「そうなんでしょうね。私は剣は単なる叩く道具だから、気にしたことないけど」
「……多少、練習いたしましょう。私で良ければお相手致します」
確かに、高位冒険者なのに、腕力馬鹿ってハンマーとか斧使いじゃないとカッコ悪いよね。ビジュアル的にも私と合わないし。カッコ悪いじゃない蛮族っぽくてさ。
始めこそ戸惑っていたビルだが、外見同様、真似るのが上手なので、直ぐに互角に渡り合えるようになってしまった。私の専門は魔術と弓なので別に悔しくなんてないんだからね!!
「これで、冒険者登録は問題ないでしょうか」
「おそらく問題ないわ。それに、私とパーティーを組めば星一つまで問題なく対応できるから、直ぐに魔物討伐を行って等級を上げてしまいましょう」
「承知いたしました」
ということで、二人は舟に乗りどんぶらこどんぶらことメイン川に向かい魔法袋の中の舟に乗って下って行ったわけです。途中でビルが「私が!!」と船頭を替わろうとしたのだが、残念なことにこの魔神は舟を操った事が無いらしく、今回は見学してもらう事にした。まあ、何回か見ればできるようになっちゃうはずなんだけどね。魔神だから。
というわけで、この金髪青目のイケメン魔神と私がコロニアの冒険者ギルドに向かうわけだが、冒険者ギルドに行けば行ったでまた揉め事に巻き込まれるのは基本中の基本であったりする。
街で燻ぶっている冒険者って暇なんだよね多分。




