3-07 マッチョ爺は訝しみ、私は魔剣を確かめる
3-07 マッチョ爺は訝しみ、私は魔剣を確かめる
そこは、坑道から一段下がった場所に存在する通路であり、良く見なければ壁の一部の窪みとしか思えない場所であった。狭い階段を降り、直角に通路を曲がった先に、先生の家ほどの空間が存在する。
『我らの休憩場所を兼ねておりますので、少々猥雑で恐縮です』
いや、思ってたより綺麗。ゴブリンの巣穴ならゴミ屋敷だから。それなりに生活感はあるが汚くはない。多分、事前に掃除してたんだろうな。
剥き出しの岩の壁、中央には緋色の敷物が敷かれており、幾つかの剣や鎧などの武具が配置されている。壁際には幾つかの人が入れそうな木製の宝箱。金具で補強されており、ほとんどが施錠されているようだが、開かれた一つの宝箱には……金貨銀貨が見て取れる。銀貨ばっかりならあんまり価値無いかもね。
『この品をマイ・ロードに捧げます』
『そう。大切に使わせてもらう。鉱具や皆の武器も揃えたいだろうし、鍛冶の道具も欲しいものを揃えよう』
『あ、ありがとうございます……』
ほら、買うより自作した方が安上がりじゃない?それに、四交代なら、寝ている時間以外の暇つぶしに鍛冶をする可能性もあるでしょう。悪くない、自給自足ライフ☆
まあ、ヴォルフは良い方に誤解しているんだろうけどね。
剣は古い型の鉄の剣が幾振りか、ルーンが刻まれており、魔力を纏わせる事ができるようだ。魔銀が多少含まれているようだが、恐らく切り結ぶと折れる可能性がある。今の剣相手だと。美術工芸品のようなものか。
『この曲剣が見事なのですが、我々にはどうも馴染まないようで。鞘が完全に外れないのです』
それは、異教徒の持つ大振りな曲剣に思えるものだった。重さもかなりあるようで、柄を握り鞘を外そうと力を入れると、スルっと外れた。
『なんでだろうね』
『……』
『……その魔力や良し……』
『『……』』
私とヴォルフは目を合わせる。空耳じゃないよね? 剣を振り、特に撓みや歪みもない剣だと確認する。先端に重みがある剣で、恐らくはチェインの鎧をバンと叩いたら千切れるくらいの威力を求めた物なのだろう。
『……その方、名は何という……』
『人に名を聞くには、まず自分の名を名乗りなさい』
『……』
固まるヴォルフ。そして、どうやら人語を話すのはこの手にした剣らしい。こんなデカ物に話しかけられて、『ついていくぞ』とか言われたら面倒で仕方がない。
私は意を決し、その岩の露出した地面に、魔力と力を込め剣を突き刺し深く深く刺し貫くように押し込めていく。
『ちょ、ちょって待って。ボ、僕は無礼で名乗らないんじゃないんだよ!君を主と見込んで、名付けてもらうまでは自分で名乗れない存在なのさ』
『……そういうのいいんで。間に合ってます……』
一切の話を無視し、私は再び剣を床に埋め込んで行った。
∬∬∬∬∬∬∬∬
目の前には、マッチョでスキンヘッドの浅黒い肌をした異教徒のおっさんが地面に首から上だけを出した状態で埋まっている。え、そういう趣味の人なんじゃないかな。あれだ、インドの山奥で修業したんじゃない?
『ちょ、マテ!! 貴方様を主と見込んでお願い申し上げます』
「……そういうの間に合ってるんで。」
『いえいえ、そうは思えませんぞ。何しろ、あなたのような高貴な存在が、コボルドに主人と仰がれているというのは……周りに人を得ていないと拝察いたします』
確かに。先生や師匠のようにお世話になった方はいるが、友達はビータしかいないし。あと、プルは友達ではないと思う。庇護の対象? いいじゃん、寂しくなんてないやい!
『貴方様の好みの容姿に寄せる事も出来るでしょう。ですので……岩盤に埋め込むのはおやめください……』
どうやら、ある程度の魔力の量と質がないと難しいんだって。魔術師では剣の持つ特性を活かせないので、主人選びがシビアなんだという。もう長い間ここに収められているらしい。
「で、なんでこんなところにいるの?」
『話せば長くなるのでございますが……』
「じゃ、短くね」
『前の主が戦死して、その装備として奪われたのですが、奪った者たちに我を使いこなせる者がおらず死蔵されているところを盗まれたのです』
帝国に帰還した異教徒と戦った騎士のお宝と一緒に盗まれてここに隠されたという事なんだろうね。まあ、二百年か三百年くらいここにいたわけだ。
「それで、私が主人になると、私に何かいいことあるのかな?」
『従者としてお側に仕えさせていただきます。文字通りあなたの剣となり、敵を討ち滅ぼします』
あー 従者ね。パーティーに加えるといいかも。少なくとも、スキンヘッドの強面マッチョと一緒にいれば、絡まれることも減るし依頼も受けやすくなるよね。一人でオークの集団殲滅とかおかしいから、目立つの駄目。
「じゃあ、爽やかイケメンに変わってもらえる? そうね、帝国の騎士っぽい金髪青目がいいわ」
『勿論です。年齢は二十代後半でよろしいでしょうか』
「それでお願い」
どうやら、こいつは過去の手に持った人間の写し身を取ることができるみたいなのだ。つまり、私が手に取ったのだから、私の姿のコピーにもなれるのだろう。これは便利かもしれない……
目の前には背は180㎝を越え、細身ながらもバランスの良いスタイルの金髪碧眼の男性がいた……全裸で。
「服を着なさい。全裸だと目のやり場に困るから」
『……では、姿を変えさせてもらえるか。元の主人の姿に変わろう』
一度その姿が元の剣に戻る。
さらに剣が消えると、そこには浅黒い色をした肌の異教徒の男が立っていた。頭に布を巻き、ゆったりとした異民族風の衣装を身に着け、靴はとんがりデザイン。懐には先の曲がったダガーを佩いている。
「ひ、開けゴマ!!」
『……まあ、我の話を聞け』
「ち、ちちんぷいぷい……鏡よ鏡『いいから、我の話を聞け! 二分だけでもいい』……分かったわ。で、あなたは何者?」
その異民族のおっさんは『我は剣の精霊』と名乗った。なにいっちゃってるの? 確かに、古い道具には精霊が宿ったり、年老いた犬猫が精霊になるという話は聞いたことがある。そういえば、さっき見かけた剣も古臭い剣だったなと思い出した。
『我は、炎の精霊にして剣の守護者「イフリート」也!!』
イフリートと言うのは、異教徒の説話の中に出て来る『悪霊』の名前だったんじゃないっけ。『ジン』と呼ばれる精霊の中に存在する、人に害意を持つ者を意味していたと記憶しているんだけれど。
「じゃあ、さよなら」
『ちょ、まて!! 我はお前に仕える』
「……いや、おっさんは趣味じゃないんで。いりません」
『……では、これなら問題ないか?』
異民族の装束はそのままに、目元の涼やかな美丈夫に変化した。こ、これは兄さんよりもイケメン。なんか、ワイルドな感じがするけれど。
『これなら良いか』
「まあまあね。さっきより暑苦しくないから許せる」
『で、では、話をするぞ』
剣の精霊のおっさんは、その昔、サラセンの国で大切にされていた剣に精霊が宿った物なのだという。その精霊は、サラセンの君主の姫の『眞守』として娘に授けられたのだという。
「それで?」
『我は代々、娘を護る為にと引き継がれてきた。時には敵の手に渡り、時には異教徒・商人・盗賊の手に渡り、こうして遥か西方の国までやってきたのだ』
「なるほど、お疲れさまでした。ゆっくりお休みください」
話が長そうなので、私は切り上げようと思った。大体、私は守ってもらう必要はあんまりない。全然ないわけじゃないけれどね。
『いやいや、そなたを新たな主と選んだのだ。我を連れて行け』
「あなたの益々のご発展と健康をお祈り申し上げます。この度は縁が無かったという事で……『縁は今こうしてあるではないか!!』……チッ」
なんだか、自己アピールが始まったぞこのオッサン。見た目は美青年だが。
『我は乙女にしか仕えることができぬ。姫が嫁がれれば嫁入り道具となりしばしの休みに入り、新たなる主の誕生を待つのだ。だが、この国に流れて来た時に、盗賊に盗まれてしまってな……こうして洞窟の中に突き刺されてしまったのだ』
「それは大変だったわね。じゃあ、さようなら」
『……我主は乙女であるな』
そうです、私は乙女! 未通の女です。ええ、それが何か? 兄さんとは、生きて帰れるか分からないからって、チューまでしかしていません。あと、胸とか触られた気がする。ええ、それなりにあるんだよ私にだって。自己主張はあんまりしない慎ましやかなもんだけど。男装しやすくていいでしょ☆
『乙女でなければ守れないわけではないが、様々な特典が発動しない。例えば、この「人化」もそうだ。守るためには人の形をとる事も出来る』
「荷物持ちとか」
『勿論』
「馭者とか」
『まあ、馬は苦手ではない』
「薪割り、水汲み、寝ずの番」
『ああ、なんでもこなすぞ』
悪くないわね。お供に男性がいた方がいい。異民族は「奴隷」にすることは違法ではないから、その昔は沢山の奴隷がいたらしい。最近は少ないけれど。
そう考え、この変な剣の精霊? をどうするか考える事にした。




