3-05 コボルドは主を待ちわび、私は旅の終わりを感じる
3-05 コボルドは主を待ちわび、私は旅の終わりを感じる
「おお、これだけあれば、今回の注文にはこたえられる。勿論、お前さんの剣も整えられる……が、時間が欲しい」
「構わない。私も、少々時間が必要なんだ」
「それにしても……これは鉱石じゃなく、延棒じゃな。一体こんなものどうやって……と聞くべきではないな。では、依頼達成ということで、買取は直接こちらで処理することになるからちょっと待ってもらえるか」
魔銀の延棒を数キロ、魔鉛の塊が一キロほどなのだが、数倍の金に相当する価格となる。つまり……私の体重くらいの金貨が必要ってことだよ。え、何言っちゃってるの、どっかの国の国王の身代金が国の国家予算の1年分で、金で三t分あったって話だから、金で50㎏くらい大した重さじゃないんだよ。魔法袋もあるしね。
金貨一枚が3.5gくらいなので、一万四千枚くらいか……あれ、これで私の自分探しの旅終わりで良くない? あ、間違えた。それは小金貨だ。普通の金貨は35gだから千四百枚だね。
その昔は、金貨一枚と銀貨四十枚が同じ価値だったらしいんだけれど、物価が上がって銀貨の価値が下がって今では百枚になっているんだって。だから、貯めておくお金は金貨、使うお金は銀貨って考えるみたい。まあ、金貨を目にすること自体庶民には縁が無いんだけどね。
ダインは、革袋を持ってやってきた。
「中を確認してくれ」
中には、お貴族様からお預かりしているのか『白金貨』が出てきました。白金貨は金貨の10倍の価値があります。これは小さいほうだね。大きいのは百倍……ほとんど下賜する為の存在で流通することはない。
白金貨百枚に、金貨四百枚……だね。革袋は5個だ☆
「また、納めてもらえるか」
「分からない。次は間が空くと思ってもらえる?」
「だな。まあ、急ぎの分は間に合った。それに、下賜する剣だから折れないものって注文なんで、水鉛が手に入ったから楽になった」
芯金の部分に水鉛を加えた鋼、外側を魔力を通しやすい魔銀合金の鋼を刃として鍛えるようにするんだそうです。コスト的にも耐久力的にもそのほうが良いんだって。
「お前さんの剣は……そうだな、一月ほど見てもらえるか。一本はそれで間に合うだろう。魔鉛のベーメンソードだな。魔銀の剣は少々時間を貰おう」
「構わない。いい物を作ってくれれば」
おっさんはいい笑顔で『にぃ』と笑った。さて、ついでにお願いしておこうかな。
「ツルハシを何本か貰いたい。採掘用に」
「おう、弟子が試しに打った奴があるから、好きなだけ持っていけ」
やったぁ!! コボルド全員にツルハシ用意するの大変そうだから、どうしようかと思っていたんだよね。まあ、ここで何本か貰って行って、あとは色んな所で買っていく感じかな。武器はともかく、ツルハシは価格高騰していないよね?
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日も傾き始めていたが、私はダッシュでトレモニアの街へと向かった。え、だってエッセの街で食事するのも泊まるのも嫌だったからしょうがないよね。
それに、トレモニアは『ビア』で有名な街なんだ。王国ではあんまり飲まれないのは、材料になる麦がとれないからじゃないかな。大麦とか使うからね。私も、トラスブルで少し飲むようになったんだけど、こっちの料理に合うのは『ビア』じゃないかって思う。塩気が強い味付けに合うっていうのかな。
何年か前にベーメン王国って帝国内にある王国では『ビア令』って法律が施行されたんだって。『ビアは、麦芽・ホップ・水・酵母のみを原料とする』って決めた法律で、それ以外のビアを製造することを禁じ、厳しい罰則まで設けたんだよ。それに習って、帝国内ではビアの基準が明確になっているってことみたい。よっぽど不味い偽物掴まされたんだな王様。
さて、走れば一時間もかからずに到着するトレモニア。一度三百年くらい前に大火で焼け落ちたり、百年くらい前に戦争で一部破壊された街なので、手直しされて程よい街になっている。トラスブルほど近代的でもないし、メインツほどゆったりした環境ではないが、エッセやコロニアみたいにみっしり建物が建っていないのが良い。息苦しいんだよねあの街はさ。
「こんばんは」
「ようこそトレモニアへ。ああ、冒険者の方ですね。ギルドは街の中央の広場に面した場所にありますよ。どうぞお通りください」
どこかの街の衛士とは全然違うフレンドリーな対応。流石帝国自由都市にして、遠く海の向こうにまでビアの指導に向かうビアの聖地だけの事は有る。閉鎖的じゃないって、とっても素晴らしい☆
懐の豊かな私は、ギルドに寄ってお高くてお風呂のついている食事のおいしい宿を紹介してもらう事にした。それはね……
「エッセの素材の納品依頼完了してただけたんですね。ありがとうございます」
受付嬢曰く、最初エッセの冒険者ギルドで受けたんだが完全放置で、鍛冶師ギルドからトレモニアの冒険者ギルドに依頼が来たんだという。ところが、戦争景気で高位の冒険者は出払っており、コボルド討伐が熟せるレベルの冒険者はいても、素材を採取できる錬金術か鍛冶師のスキル持ちの冒険者がおらず、コロニアの本部に話を持って行ったのだそうだ。
因みに、大司教領ではないが、司教区としてはコロニアに値するので、コロニア本部となるのがコロニアの冒険者ギルドなのだという。何だか面倒だね。
「所属している冒険者さんの数や受ける依頼の量が本部と支部の分かれ目でしょうかね」
確かに、トラスブルと比べるとかなり小さい感じはする。出張所にならないのは帝国自由都市だからかもしれない。依頼を受ける窓口なのかもしれないね。実際はコロニア所属の冒険者が出張る感じか。
という事で、ギルドお勧めの高位冒険者が逗留することの多い宿を紹介してもらい、ギルド割引きでお泊りすることができたんだよ。完了書はここのギルドで提出したし、既に代金は歩合で素材と引き換えに貰っているからギルドからお金は特に支払われない。だから、感謝の気持ちって事で、紹介してくれたみたい。
紹介された宿の名前は『虹の金砂亭』ってところなんだけれど、どちらかというと商会頭クラスのお客様を接待する為の宿みたいで、高級な食事処に宿泊設備が備えられているといった趣のところだったりする。
メインツが大司教座に用事がある貴族や富裕層の宿泊をターゲットにした宿だったから、今回は格式はあるけれどサービスに全振りしている感じがする。料理の種類、酒の種類が豊富でこれでもかと『ビア』を絡めている。
法律のおかげで今まで『ビア』とされていた伝統的なアルコール飲料が除外されている場合もある。本来、粗悪なビアを排除し健康を損なう恐れのあるものを摘発する為の法律なのだが、伝統的なホップ以外の香りづけをする飲み物が飲みにくくなっているようなんだよね。
この店ではそれら『グルート』と呼ばれるクラシックな飲料も扱いがあって親切なんだな。因みに、グルートにも品質の鑑定が行われている伝統的醸造所もあるので、いかがわしい紛い物ってわけじゃない。素材は燕麦と小麦・大麦を36:9:1で混ぜ合わせた麦汁を用いる。香りづけもハーブを加える等する。
「どうぞ、グルートです」
私は器に注がれた(多分銀だと思う)グルートに口を付ける。麦のほのかな甘みとハーブの爽やかな風味が口に広がる。美味しい。昔、先生が師匠と密造していたのを思い出す……あの時は燕麦3に小麦1で作っていた気がする。
『体力と気力が高まるポーション』とか、嘘ついて私に作らせたのは良い思い出だ……ロクなもんじゃねぇ。まあ、私も口にして好きになったので、その後は積極的に手伝った記憶がある。ワインより度数低いし、おいしいよね☆
そして、肉は定番の豚。王国だと、鶏や牛が多いけど、帝国では豚が多い。理由は……団栗で太らせることができるから。冬が長い帝国では、昔ながらに秋の終わりに間引きを兼ねて豚を沢山殺して肉にする。その前に、森に連れて行って団栗をたくさん食べさせ豚を太らせるんだよ。
ド=レミ村でもやらなかったわけじゃないけれど、こんなにガンガンやるのは帝国が寒いからだろうね。星無しランクの依頼でも秋には豚飼いのサポートが割といい歩合でギルドに貼りだされる。駆け出し御用達の仕事みたいだね。狼とかゴブリン出るから、そんなに楽じゃないけどね。
豚肉を保存するのに、この辺だと燻製が多いみたい。冬でも街中だと豚は清掃動物として放し飼いされているから、全然肉にならないってわけじゃないけど……
「あ、その血液の入っているソーセージはいらないです」
「……かしこまりました……」
血生臭いんだよね……文化として無駄な部位を一切残さずソーセージにするっていう姿勢は理解できるけれど、美味しいわけじゃない。ホビロンとか蝗の佃煮と同じだから。
ビアやグルートはアルコール分も少なく酔わないから飲み水代わりに帝国では飲まれている。王国ならワインの水割りだけれど、帝国では綺麗な飲み水に困ることも少なくないので、パンと水の代わりにビアを飲むという。修道士たちが……まあ、郷に入っては郷に従えだね。
お風呂に入って、ゆっくりしたら明日はさっそく街の金物屋や武具屋でツルハシを大人買いすることにしよう。なんとなく、冒険商人風になるかも知れないね。
冒険者ギルドでお奨めの店を教えてもらったけれど、商業ギルドも顔を出そうかと思わないでもない。でも、保証人とか考えると……メインツでビータパパにお願いする感じだろうか。お金はあるのだよ腐るほど、いや、金は腐らないけどね。腐食しないけどさ。
今回は、普通に自分が使う分という事でコツコツ買い漁るしかないかな。時間がかかりそうだけどそれはしょうがない。




