2-14 白子は無言を貫き、私は報告へと戻る
2-14 白子は無言を貫き、私は報告へと戻る
アルビノ・白子と呼ばれる色素を持たない肌を持つ人が存在する。勿論、動物にもいる。白いライオンとか、多分たいていジャングルにいるよ。
目の前にいる子は髪は白と言うよりプラチナブロンドだろうか。目が当然半透明の眼球に赤みがかった瞳孔が見て取れる。アルビノの子は直射日光を長い時間浴びると普通の人間以上に日焼けしたり体に良くないダメージを受けると言われている。あまり体も強くないんじゃないかな。
「さて、あなたのお名前は?」
「……」
「どこから来たのかしら?」
「……」
「このまま、死んだオークに囲まれて生きていく? 多分、何日かで飢えて死ぬだろうけれどね」
「……」
埒が明かない。只の屍なら話しかけても話が返ってこないのは構わないんだが、どう見ても生きているのでどうしようかと思うんだ。
「私、報告しに帰るけれど、あなたはどうする?」
「……」
さて、無駄な時間はないので、ホイホイ武器とオークの首を回収して帰るとしようか。あの運び込まれた荷駄と食料品は村か商人でも襲ったか、領主の穀物倉庫でも襲ったかだろう。この場所はメインツ領との領境に当たる場所だから、その辺り考えて砦を構えていたのかもしれない。
略奪は隣の領主の村で行い、逃げるのはメインツ領の砦というわけだ。頭いいじゃない? オークって頭良かったっけ? 物語だとさ、悪い魔法使いの手下で『イー』とか『キー』とかしか叫べない全身タイツの戦闘員枠なんだけど、この砦には主はいなかった。
「そういえば、あの魔法の杖を証拠で回収しなくちゃじゃない」
「……」
気が付くと、白子が背後に立っていた。隠形ができるのかね君はと思わないでもない。
「いきなりびっくりしたよ。で、どうするか決めた?」
「……名前……ない……」
「へ? もしかして、名前を付けてもらっていないの?」
白子は何度も頷く。そりゃ、名前聞かれても答えられないわな。正直、すまんかった!!
「名前……ほしい……」
「……私が名前を付けてもいいの?」
白子は頷く。うん、白い子だからね……あ、でも、綺麗な感じがする。私は白×黒だけど、なんか、プラチナって感じでさ。プラチナ可愛い感じ。え、顔立ちがね……なんだか人間離れしている。服は襤褸布纏っているだけなんだけどね。
「あなたはとっても白いから、『ビアンカ』か……でも、目に赤い部分があるじゃない?『ルージュ』とか?」
首を振る白子……なんだよ!! じゃあ……
「赤紫色で『プゥルプル』はどう?」
「プルプル?」
「そうじゃないわ、『ブゥルプル』よ。もしくは、『プルパァ』」
「プルプルがいい!」
「じゃ、長いから私は『プル』と呼ぶわ。よろしくねプル。私は」
「ヴィーでしょ? 蜂蜜好きなの?」
「馬鹿ね、蜂蜜を集めるのがヴィーじゃない。それに、蜂蜜はミエルよ」
「……メリッサじゃないの?」
「今はその言葉は使わないわ。でもよく知ってるわね」
「……お母さんの名前……」
「そう、優しそうないい名前ね」
黙ってプルは頷いた。プルプルって心の中では呼んでおこう!!
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城門前の道を下ると……川が見えてきた。そのそばには引き揚げられた『ロングシップ』が発見できた。近寄ると、特に荷物のようなものを隠しているようではない。
「プル、あんたこの船知ってる?」
「……乗せられてきた……」
「そう……じゃあ、この辺の子じゃないのね」
プルは黙って頷く。まあ、目立つ子だから知り合いが見れば分かるんだろうけど、その知り合いがいる場所が分からないからどうにもならない。プルは恐らく四、五歳だろう。どこかで預かってもらわないと難しいだろう。
砦からここまで歩いてきたけれど、もう疲れて足が出なくなってきてるもんね。さて、抱えて走るかな。
さて、川岸についたので舟の用意をする。自作の自信作! 丸木舟だよ。あまり大きくないけれど、二三人と荷物なら余裕です。これがあれば行商も捗るってもんです。兎馬は船乗せられるのかな? 荷車なら魔法の袋に余裕で入る……んじゃないかな。
「プル、これから見たことは絶対内緒ね」
「……ないしょ☆……」
「話したらもう面倒見ないから。ご飯もあげない」
「……ダメ。絶対の絶対ダメ……」
お、食いしん坊さんか。なら、食べ物で釣れるから楽ちんだな。魔法の袋から3mちょっとの船を出す。幅は狭いが、川くらい余裕で渡れるよ。さらに、オールも出す。川を渡るだけだから、下流に適当に流されながら岸に寄せられるタイミングで行くだけだけどね。
「舟に乗るのは初めて?」
首を横に振るプル。どうやら、オークどもにはあのロングシップに乗せられてここまで来たようなのである。
「この川を遡ってきたのかな」
「……たぶん……ちがう……」
「へ? じゃあ、どっちから来たの」
プルは川を下って来たという。なら、恐らくは東の方から来たんだろう。トラスブルとは別の流れがここで合流している。その方向を遡ると、帝国の南を東に流れていく大河に行きつく。まあ、直接は繋がっていないんだけれど、僅かな距離で到達することができる。
メイン川とダヌビス川は古代の帝国の国境を規定する二つの大河であり、同じような場所を水源として、メインは北に、ダヌビスは東に流れていく。ダヌビスは帝国を抜けると、異民族の支配する地域を流れ東の海へと繋がっている。つまり……
「あんた、随分と遠くから連れられてこられたみたいね。迷子どころの騒ぎじゃないね……家に帰れるかな……」
「……」
見た目の神秘性も相俟って奴隷にされたのかもしれないね。高く売れると思われたか、献上品として大切にされていたか。襤褸布しか身に纏っていないけれど、健康状態は悪くないから、食事はそれなりに与えられていたようだし、暴力も振るわれていない。本来なら、世話をする女性の付き人でもいるべきなんだろうけれど……オークの群れじゃそりゃむりだよね。
帝国内なのか、それより先なのか……今のこの子を連れて故郷を探すのは現実的に考えて無理だよね。とりあえず……
「これ食べる?」
「……うん……」
ドライフルーツを差し出してみた。お腹が空いていると良い考えも浮かばないし、悲観的になるからね。甘さは正義だ。私は、一先ず修道院で相談してみようかと考えた。孤児を預かってくれるかもしれないし、何らかの情報を得られるかもしれない。冒険者ギルド、てめえは駄目だ!!
∬∬∬∬∬∬∬∬
修道院に向かうさなか、余りに襤褸布を身に纏っていると怪訝な顔をされかねないので、ちょっと大きいがスカーフを頭からくるっと巻いて誤魔化す事にした。それがとてもかわいい。
「……」
「気に入ったの?」
「……きれい……」
そうかそうか、でもあげないよ。もっと可愛らしいワンピースとか着せたい。あーでも、行商に連れていくにはちょっと無理がある。あと三年経てば、まあ下働きの子供くらいになるだろうから、そうしたら連れて行ってもかまわないかもしれない。村ならいくらでも当てがあったんだけど、今はちょっと難しいよね。子供の世話を師匠も先生もできるとは思えないし、アンヌさんもそうだ。
私の知り合いに子育てできそうな人っていないよね。
門衛に調査依頼の最中に保護した子供だと告げ一先ずメインツの中に一緒に入る事は出来た。修道院に足を向ける。ちょっと辛そうなのでだっこすることにする。小さいから楽楽だよ。
プルは物珍し気にキョロキョロと周りを見ている。まあ、私もトラスブルに初めて訪れた時は同じようにキョロキョロした。十五歳と五歳ではかなり違うけど。客観的に考えて十五歳なら恥ずかしいです。
「すごいね!」
「うん、すごいよね」
そう、なんだか頭の中が一杯で、上手く言葉にできない。けど……
「お家みたい」
「……プルのお家こんな感じなの?」
「もっと山の中にあるけど、塀があって塔があって、兵隊さんがいる」
ねえ、それってお城って事ですか。もしかして、名前が無いんじゃなくって……
「プル、あなた『姫様』って呼ばれてなかった?」
「……てた……」
そうか、そうなのか。見目の良さにその辺の村人じゃないと思っていたけれど、貴族の娘なんだなおまえ。じゃあ、ますますわからないじゃない。名前も生まれ育った場所も分からない……あれ? もしかして私って、自分の子供の頃に似た子を拾っちゃったかもしれない。




