2-06 ドレスはとても素晴らしく、私は淑女しても良いかと思う
2-06 ドレスはとても素晴らしく、私は淑女しても良いかと思う
「わ、わたしも連れて行ってくだしゃい!」
あ、噛んでますよお嬢さん。そうです、修道会の奉仕依頼で素材を採取する為に街を出ようとしていると、一人の若い女性に呼び止められたんです。
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シスター・エリカに滞在先の宿を伝え、私は一旦冒険者ギルドに向かうことにした。重複する依頼があれば、採取先の情報収集を含めて知っておきたかったから。ギルドの実績も大事なんだよ、降格になるのも面倒だしね。星二つをキープするには、星一つ以下の依頼を達成し続ければ良いのだからね。素材採取でもOK!
うっかり、ワンピース姿で訪問しそうになるのだが、その前に、着替えの女性用の服を購入してから宿に戻ることにする。流石に修道女としては合格ラインだが、街娘としては地味すぎるのだ。もう少し明るい色調の素材であったり、デコルテも多少は必要なのだよ。素材が……地味だしね。地味。
シルクは当然NGだけれど、毛織物でもマントみたいな分厚い素材の色気のない村娘の服では却って目立ってしまうからね。上流の子女は仕立てた物を職人に納めさせるけれど、中流の人達は自分たちで布を買って自分で仕立てることになるから、着ている服で一目瞭然になるのです。職人技と主婦の技では腕に差がありすぎるからね。
そして、私が足を向けたのは……半既製品のお店です。仮縫い状態で仕立ててあるプレーンな服を最後、補正してお渡しになる服を売る店。オーダーほど高くなく早い仕上がり。そして、職人の腕も見ることができる。完全な仕立て服には及ばないのは、デコルテの好みなどを自分で指示出来ないから。追加の装飾を自分なり、刺繍職人などに持ち込むのも一つの方法なのだという。
一着小金貨一枚=銀貨十枚ほどになるというが、完全にゼロから仕上げるよりは早くてお安い。ただし、万人受けするデザインなので、貴族の集まり等では足元を見られるという。まあ、無いから問題ないけどね。
『エルネスタ』という、店主の女性の名前のついたお店は、仕立屋と比べ実物がずらりと並んでいることから、随分と華やかな店内となっている。目移りする……という事はなく、デザインは数えるほどのバリエーションであとは色味と素材の違いという事になる。
「いらっしゃいませ」
「始めまして。『黄金の蛙』亭に滞在している旅の者です。日常使いと、少し改まった訪問の際に着用できるドレスを何着か整えたいと思っております」
「あらあら、随分と色の白い美人さんですわね。ええ、あなたのその漆黒の髪と雪のような白い肌に合うドレスを選びましょう」
最初に勧められたのは赤紫色のドレス。栗色や赤毛にははではでしく見える色調なのだが、白黒の私のような地味色の女性にはかえって似合う色なのだという。
「ドレスのはっきりした色合いがとても映えますわね」
そう、着ている私が地味だから、ドレスが映えるのだ。
今一つ勧められたのは深い青にやや白が加わった色目で、王国の青に近い色だ。これは、赤紫よりもシックだが黒い髪か金髪が似合う色なのだという。金髪とこの青だと、まんま王国の旗の色になってしまう。
「もう少し濃い青でお願いします」
「そうですわね、藍に近い深い青の方がお似合いかも知れません。大人の女性という感じになりますわね」
私は可愛いという印象をあまり与えない顔立ちなので、むしろシックで大人っぽい印象を与えた方がいいだろう。胸は大人っぽくないやい!
そして今一つが……「孔雀碧」と呼ばれる青みがかった緑色を薦められる。これはこれで、とてもいいと思う。修道会に着ていくならこの色が相応しいかもしれない。え、それは、今までの服を着て奉仕活動には参加します。来客用ですわよ当然。オホホほほ。
「それに合わせて、髪留めや靴も揃えなければ。お勧めを出すわね」
ドレス毎に、装飾品や靴もある程度揃えなければならない。今回はどれも青系統が入っている色調なので、銀をベースとしたシンプルな物で使い回す事にした。銀なら日常の用にも使えるし、派手ではない物が良い。あー 魔術用の魔銀製の術具で探すのもありかもしれないなー。
結局、金貨一枚ほどの買い物となり、一躍『太い客』となったラウス女史である。これって、経費で落ちますよね!
「ラウス様、ご利用ありがとうございます。仕上がりには一週間ほど頂く事になります。お届け先は先ほどの場所でよろしいでしょうか」
「ええ、フロントには伝えておくので、それでお願いするわ」
「畏まりました。では、不具合等ございましたら、お気軽にお申し付けくださいませ。本日はお買い上げ、誠にありがとうございます。今後ともご贔屓に」
選択する能力の無い私に、ドレスコードや組合せのルールを教えてくれたエルネスタさんには感謝である。武器屋の店員もそうだが、やはりこの街の商人はお上りさん相手でも馬鹿にもしないでしっかり商売をしているなと感じるのだ。馬鹿にされないって嬉しい。
だって、今日の服なんて……もう野良着もいいところだよこの街の人から見たらさ。確かに、村人って身に着けている物で一目瞭然だよね……自分たちで撚った糸を織ったホームスパンなんだから、職人が折機で織った物とは全然違うからさ。それはそれで味わいがあるけれど、地味of地味なのは仕方がない。
こうやって、私も都会の女になっていくわけだね……あ、メイクも覚えないといけないけど、どこで教わればいいんだろう?
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宿に戻り、フロントに忘れないうちにドレスの件を伝える。お昼はギルドの食堂を使う事にして、冒険者の装いに着替えて宿を出る。フロントでは再び目を見開かれてしまう。
徒歩数分でギルドに到着。そういえば、ドレスを着た場合、馬車での移動が基本だけど、辻馬車とか存在するのだろうか。フロントで確認してみよう。歩くと靴もドレスも汚れてしまうからね、当然なのよね。
依頼票の貼りだしてあるボードを確認……普通に依頼があるな。受付で薬草関係の採取場所の情報と、周辺の魔物の出没状況に関して確認することにする。
メインツ周辺の薬草のとれる森は、下流に二時間ほど歩いた森の辺りにあるようで、そこで大体の素材が集められるようなのである。とは言え、往復四時間歩くことになるので、一般的に星無の冒険者にも不人気で受注している者が少なく、慢性的にポーション類も高額になっているのだという。
「戦争もあるので、ポーションの需要が高いのに、供給は全然増えないので困っているんです」
「……買取しますか?」
「へぇっ……どういう事でしょうか」
私は、幾つかのポーションを受付嬢にだけ見えるように並べる。
「……これ、買取担当者に見せたいんですけれど、お預かりしてもよろしいでしょうか?」
「時間があるなら、こちらから向かいますよ」
「では、ご案内させていただきます」
急に腰の低くなった受付嬢に案内され、私は買取カウンター……ではなく、奥の応接室へと案内された。
高そうな紅茶を頂きつつ、待つことしばらく、ポーションを握りしめたおっさんと先ほど案内してくれた受付嬢がドタンとドアを開け部屋に入ってきた。
「お、お前か、このポーション『失礼でしょう。ご挨拶を!!』……す、すまん、あまりにも良い出来のポーションなので興奮してしまって!!」
冒険者上がりなのだろうか、リアクションが一々脳筋なのは御愛嬌。おじさんの名前を聞いても仕方ないので、話を先に進めてもらう。担当の買取主任のおじさん曰く……補正効果のあるポーションなのだという。確かに、標準的な物より効きが良いとトラスブルでも言われてた気がする。
「それで、このポーションはどこで誰から仕入れた物だ」
「……秘密です」
自分で作ったとか言ったらめんどくさいし、買った場所を嘘つけばそれはそれで別の問題が発生する。冒険者が手の内を見せないのは当然のことだろう。
「確か、トラスブルで登録していましたね。ギルドのサブマスターのアンヌ女史はご存知ですか?」
受付嬢の質問に私は黙って頷く。え、口を開くと「仲良しだよ!」と言い出しかねないからである。
「アンヌ女史は、確か『帝国の華 』の元メンバーじゃったな。もしかすると、このポーションはタニア導師のものか? それならこの効果は納得のできだな」
「タニア導師って……星五を目前に冒険者を辞めて隠遁されて行方知れずのあのタニア様でしょうか」
「おお、それしかおらんわい。帝国を出て世界を旅していると言われておるが、まさか、あの伝説のポーションに再びお目に掛かれるとは……」
いやいや、ド=レミ村に住み着いて研究三昧ですよあの人。私がいなくなって、食事抜きで餓死していないでしょうねあの生活力皆無の先生は。ほんと心配です。
え、なにそれ、そのいかがわしい名前のパーティー、星五直前ってことは星四つなわけでしょ? そりゃ、師匠もアンヌさんもずば抜けているわけだ。狩人に魔術師兼錬金術師に剣士……では騎士か戦士の前衛がいたのだろうね。『帝国の華』ね……
なんだか、周りの大人の秘密の過去を知ってちょっと動揺するよ私でも。でも、何でそんなタイミングで隠遁したんだろうね。謎だ……




