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2-04 宿はそれなりに素晴らしく、私は武具屋へと向かう

2-04 宿はそれなりに素晴らしく、私は武具屋へと向かう


 聞くところによると、帝都には数百の宿屋、数千の酒場があるという。トラスブルの十倍はある規模の都市だし、訪れる人もかなりすごい数が来るのだろうから当然なのだとは思う。トラスブルは商業の街だったから、庶民よりの宿から富裕な市民の泊まる宿が揃っていたが、帝国第一の司教座都市であるメインツは宿屋の高級感が半端ないです。


 いくつか紹介された中で、領主様の館のような使用人がズラッと並ぶような場所は当然避け、比較的商人の中でも中流クラスの人が泊まる……具体的には部屋に風呂の設備はあるけれど、使用人部屋がついていないクラスの宿を選択しました。え、使用人と間違えられると嫌じゃない?


 その宿の名前は『黄金の蛙』。もし、森の中を歩いているときに、足元にキンキラの蛙がいたらかなり怖いと思うけど。どうやら、創業者の生まれた土地の幸運の象徴なのだというので納得する。





 場所は表通りに面してはいないが、表通りから一本奥まった場所にある閑静な場所であり、いつぞやの隠れ家レストランに近いものを感じる。元は、貴族の別邸であった場所を改築してホテルにしたということで、客室数は少ない分、少ない人数で限られたお客を相手にするスタイルのようだ。


 冒険者ギルドから紹介されたことと、冒険者証を提示したところ、愛想笑いのグレードが一段階アップ。一週間、一人で風呂付の部屋を希望したところ、いい感じの死角にあるこじんまりした部屋(多分、昔の使用人部屋)を押さえてくれることになった。


「オリヴィ様、本日のお食事はいかがなさいますか?」

「部屋でゆっくりと食べたいので、外出から戻りしだいでお願いできますか。それと、部屋に案内していただいた後、直ぐにお風呂の用意をお願いします」

「承知いたしました。では、お部屋にご案内いたします」


 実際、この宿に泊まるには分不相応な格好の小僧なんだと思うけど、そんな顔はみじんも見せないところが中の上の宿のプライドでしょうか。これが、ありがち冒険者の宿だと、宿屋の主人とか女将さんに絡まれて、食堂でオッサン冒険者に絡まれて大変なことになります。自分のお部屋が一番安心なはず。多分。




∬∬∬∬∬∬∬∬




 メインツは以前は自由都市であったらしいが、市民を代表する市議会の推す大司教と、教皇・皇帝の支持する大司教との争いで市議会側の候補が敗北したため、市議会議員を務める有力市民多数が追放され、特権も剥奪、大司教が統治する都市に戻ってしまったのだという。


 なので、自由都市と比べると商人たちは肩身の狭い思いをしているのだそうだが、滞在する方としては権力が一元化している方が治安が良いので安心な気がする。コロニアは大司教領の中心なのに、大司教が街に入る条件が制限されている謎仕様なので、それと比べればわかりやすい街だ。





 さて、宿の受付さんに聞くところによると、武器の製造が盛んなコロニアと比べ、この街はそれほど盛んな場所ではないというが、中古品を買うにはコロニアのような街より条件が良いのだという。


「新品をたくさん作っている街の方が、中古はより安くなるのでは?」

「はい。但し、今は帝国の北と南で戦争が起こっておりますし、農民の反乱も東部で散発していることから、諸侯や傭兵からの注文が殺到している様子で、不足分は中古で代用する為に相場が大変上がっております」


 なるほど、冒険者相手の宿ではこの辺りの相場の情報はつかみにくいところだろう。滞在する商人や、その商人に会いに来る客の話などから、掴める情報もある程度多い。これが、さらに上客を扱う宿だと、会話自体が聞き取れる場所ではないので、情報を摂るのも難しくなるのかもしれない。


 というわけで、中古にしても新品にしても大司教領の領都であるメインツは争いごとと無関係なので、相場は安めになるのだという。武器の売買には制限や関税もかかるので、コロニアに持ち込めば高値で売り抜けられるというわけでもないらしく、今はそれで落ち着いているのだそうだ。





 さて、いくつか紹介してもらった武具屋の中で、剣やダガーのような装備が充実している店を訪れる事にした。勿論、仕入れを兼ねてである。私の魔術の中で剣を研磨する術があるので、鈍らになっている中古の剣を安く買って補修して高く売りつけるつもりなのだ。セドリ? なんでしょうかその言葉は。


 治安が良いからなのか、トラスブルからの道中の街で見かけた武具屋のように、入口を狭くし、格子戸を設けている砦のような入口ではなく、開放的な店舗の外観。冒険者ギルドの傍ではなく、商業地区に近い立地も好印象

を感じる。


「いらっしゃい」


 ムスッと系の如何にもなマッチョ親父ではなく、普通に接客する気のある店員がいてちょっと安心する。


「バゼラードの短剣とダガーを見ているんですが。扱っていますか?」

「勿論です。売れ線ですから」


 店員曰く、傭兵よりも護身用に持つ商人や従者の人が買いに来る頻度が高いのだという。ダガーは日用品の延長で旅のお供にまとめて買われる事もあり、新品に中古、サイズも様々に扱っているのだという。知らなんだ。


 まずは新品を見せて頂く。自分の腰の物をしばらく入れ替えるつもりだからだ。あまり長くても困るが、短すぎても困る。街中で違和感がない程度の長さで『振りきれる』鈍器として活用できるものが望ましい。


 中古でも悪くないが、いざという時『これが私の全力だ!!』とばかりに相手を殴りつけたときへし折れるのは勘弁してもらいたい。使用状況が分からない故のリスクは避けたいのです。


「今はやりのスモール・ソードと同じくらいの長さのを見せてもらえますか?」

「そうだね、君くらいの背丈ならあまり大振りなものは街中ではバランスが悪いだろう。良い選択だ。鞘も目立たない物を選ぶと良いね」


 傭兵の場合、目立ってなんぼなので鞘や柄も派手なものを好むらしく、そういう物はこの店ではあまり扱わないのだそうだ。客筋が違うらしい。ついでに、『鎚矛(halbert)』のような扱いに熟練を要し尚且つ携帯に不便な装備の扱いもない。市民が携帯できる装備に絞り込んだ品ぞろえなのだそうだ。


「因みに、隠し武器の類は有りますか?」

「そういう癖のある装備はコロニアに行くと専門店があるよ。うちは精々、こんなところだね」


『パリーイング・ダガー』と呼ばれる受け専用の左手持ち短剣を見せてくれる。盾の代わりに用いて、相手の剣の主に刺突を回避し、剣先を絡めとりあわよくばへし折る為の装備だという。


「あまり売れないね」

「面白そうですけど、何故でしょうか?」

「そもそも、道場剣術だからね。余程の腕の差が無ければ、こんなかっこつけの剣を左手で操るより、両手で振り回す方が威力があるし扱いやすい」

「それもそうですね」


 傭兵崩れで剣術上手なものは、貴族の護衛兼剣術指南となって側に侍り、このような工夫を凝らした剣でその技を売り物にする芸人になるのだろう。それも一つの生き方なので、素晴らしいと思います。死ぬまで生きないといけないんだから、創意工夫は必要ですもんね。





 自分用には長さ65㎝で剣身自体が50㎝ほどのショートソードサイズの物を購入する事にした。銀貨10枚ほどで、値段としてはかなりお高いが、質の良い鋼を使い、刺突も斬撃もこなせる身幅の広いものを選んだ。これなら、殴っても簡単にはへし折れまい。


 ダガーも30㎝ほどで、剣身が20㎝ほどの物を購入する。銀貨5枚ほど。


 ショートソードもダガーも良く似た形をしており、剣身の長さの違いだけのような印象を受ける。ストレッチしただけという感じだ。それが、一定の品質で大量生産できる秘訣なのかもしれない。


 一通り購入したのだが、店の片隅にある一束幾らの剣たちに興味が湧く。特に、バゼラードタイプのダガー……三本で銀貨1枚……激安である。


「これは、訳有りですか?」

「まあね。所謂、戦場で拾い集めたものを買い取ったもんだね」


 死体から剥ぎ取った物……ということでしょうか。いえ、私も村で生活している時は、戦場の片付けついでにこういう装備類の回収をするという経験をしているので、やっぱりなと言う感じです。剣や鎧は使ってあって再利用できないことが多いのですが、この辺りの支給品のダガーあたりは使う間もなく天に召されたり、酒代の代わりに差し出されたり、色々集まってしまいやすいようです。


「これって、叩いたりしても大丈夫ですか?」

「んー 基本的に困る。まあ、軽くなら良いよ」


 折れかかっている見えないヒビ入りの物も音の響きでわかるからね。ヒビが入っている場合、音が籠ったり響かなかったりする。鍛造か鋳造かで考えれば勿論鍛造の物を選ぶ。厚みが薄いものならまず鍛造だし、このバゼラードタイプは鍛造ばかりだろうと思う。


 鍛造は鋳造と比べると高い温度で処理する必要があるので、水車を利用した鞴を用いる。故に、川沿いで流れのある中上流域で金属加工や武器の製造が行われやすい。この剣を作っている街もトラスブルとは別の支流にある川沿いの街だという。トラスブルも水車が多かった。


 私は十二本ばかりダガーを買う。消耗品と割り切ればその位あっても悪くはないという前提だ。


「他に、剣以外の装備は何かお奨めありますか?」

「回収品の中にあるんじゃ、これなんかどうだ」


 店員が奥から引きずり出してきたのは、斧の頭だけのようなものなのだが、斧と鉈の中間のような形をしている。ビルでもなく、グレイブのように曲剣を加工したような形でもない不思議な形状をしている。


「これは何だか分からないようだね。これは『ヴォージェ(Vougue)』のヘッドの部分だよ。『鎚矛(halbert)』のご先祖様みたいなもんだね。あれより、技ではなく力を重視している武器だ。差し込み式だから、スタッフの先端をテーパーさせて嵌め込んだ後、ピンか針金で固定する形になる。柄は消耗品だと思って使う感じだ」


 斧を鉈のように整え先端を片端のナイフのようにとがらせたその鋼の塊は私の心を激しく捉えた気がする……



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