15 冒険者は村を探索し、私は足跡の数を数える
15 冒険者は村を探索し、私は足跡の数を数える
ゴブリン。精霊であるノームが『悪霊』に憑りつかれ変異した小鬼。その姿は醜悪であり、性格は残酷で落ち着きのない子供の様な行動を行う。言葉を解するが、非常に未開なレベルであり動物の鳴き声以下である。
ゴブリンは略奪を行うことが本懐であり、自分より弱いものを虐げることが大好きである。
――― 要は、ぶちのめしてやりたい存在なのだ。
普通のゴブリンは単体もしくは数匹で行動している。これは、『はぐれ』等と呼ばれ、群れから追い出されたもしくは群れが討伐された生き残りの敗残兵のような存在に当たる。これは、食い物も足りておらず装備も悪いので、村の力自慢程度でも容易に討伐できる。
これが、星一つの存在に相当する。
上位種と呼ばれるホブ、ファイターといった並のゴブリンを大きく上回り人間の成人男子程の体格を持つ者や、シャーマンという呪術を用いて魔術の真似事をする者もいる。
これらは、十数匹から三十匹程度の群れを率いており、比較的大きな巣穴に階層的な群れを作り暮らしている。縄張りを持ち、移動しながら周辺の野生動物や家畜、時には旅人や小さな集落を襲う。
これらで星二つ、群れの規模によっては三つに分類される。チャンピオンと呼ばれる最上位種はオーガほどの大きさと腕力を有しているが、再生能力はない。とは言え、単独で星三つ、大規模の群れを率いている場合、星四つとなる。
更に、支配種と呼ばれる者がいる。ジェネラル、ロード、その最上位種であるキングもしくはエンペラーと呼ばれる存在。ジェネラルやロードは人の騎士や戦士に似た装備と武技を用い、更に身体強化まで使用できるとされる。上にキングがいない場合ロード、キングがいる場合ジェネラルと称される。この個体が存在する場合、星三つもしくは、規模によって星四つの評価となり複数パーティーによる討伐依頼となる。
キングと、さらに大規模な数百を超える群れを率いるエンペラーが存在する場合、星四つの討伐対象となり、複数のパーティーおよび領軍との合同討伐の対象となる。また、強制依頼の発動対象でもある。
『強制依頼』とは、冒険者ギルドにおける「徴兵」のようなものであり、所属する冒険者全員がギルドマスターの指揮下に入り、討伐に対する依頼を受けなければならない。これを断る場合、ギルドからの追放措置を含めた厳しい処分の対象となる。普通は逃げられる状況ではないので、大人しく参加する。進むも地獄、逃げるも地獄の状況だから。
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二日ほど前に兎を駆除した村はすっかり姿を変えていた。文字通り、ゴブリンの群れに『蹂躙』されていた。家は面白半分に壊され、井戸や物干し場、倉庫や門などはいいようにされている。
幸い、人死には少なかったと言われているが、村の共同墓地の方から、悲鳴のような声が聞こえてきているのは、一家の主を亡くした人の声だろう。泣き叫んでいると思われる。
「……ヴィーは初めてか」
「ええ、まあそうです」
ド=レミ村はゴブリンの群れ程度ではこのようなことは起こらないが、やはり、不意に家族を亡くした人の哀弔の声はどの村でも同じように聞こえる。
とりあえず、私はハンスさんの家のあった場所へと皆を先導する。少し奥まった場所にある少々大き目な家がハンスさんの家だった。幸い、付け火はされていないので、戸や壁は破壊されているものの、それほど大きく壊されていないようだ。
家の前には瓦礫になった家財道具が投げ出されており、復旧に向けての作業中のようだ。
「ハンスさん、ヴィーです。遅くなりましたが、ギルドから依頼を受けて来ました」
中から、疲れ果てた顔のハンスさんが現れた。幸い怪我の類は無いようだが、服は薄汚れ、如何にも避難して戻ってきたら家がぐちゃぐちゃでずっと片付けていましたというのが見て取れる。
「ヴィー、よく来てくれた。お前さんじゃ、討伐できないんじゃないのか?」
「星一つになりましたので、ゴブリンなら討伐できます。えーと、後ろの皆さんが私と一緒に依頼を受けた『アルスの眞守』というパーティーで、こちらがリーダーのブルーノです」
ブルーノさんは「この度は大変なことに……」と、お悔みの言葉を述べる。村には死人も出ているのでそれで良いのだろう。
「ゴブリンの群れの追跡調査をするつもりだ。ここから、どの方角へ逃げたかわかるか?」
「足跡で大体掴めると思います。ヴィー、現れたのはあの畑の辺りからで、反対方向に抜けていったようだ。場所はわかるだろ?」
「はい。ちょっと調べますね」
私とアドルさん、ブルーノさんが足跡を調べ、ユリアさんとゲルド君は怪我をしている人の治療に向かう事になる。役割分担です。
村の奥の畑に向かう畦道を歩くと、かなりの数のゴブリンの足跡が見て取れる。三人で確認すると、恐らく足の大きさの違いから、普通のゴブリンで十匹以上、上位種が二匹、一匹はホブかファイター、もう一匹は杖を突いているようなのでシャーマンではないかと思われる。かなり大きな群れだろう。
「この村から近いところに巣穴があるのか?」
「先ずは、村から出た足跡を追いましょう」
どうやら、上位種は村には入らず、そのまま村の外縁部を歩いて反対側から森の中に入っていったようだ。もしかして、かなり慎重な個体なのかもしれない。普通のホブなら子分を連れて村で暴れまわるはずなのだ。
群れが大きい故に、三々五々に歩き回っているため、踏み荒らされた森でゴブリンの後を追いかけるのは難しくない。ゴブリンが村を略奪した後、通り道には食いかけの野菜や奪ったが壊した道具が投げ捨てられている事が多いようだが、踏み痕以外の痕跡が少ない。
「……統率の取れた群れだろうな。少々厄介かもしれん」
「だな。迂闊に近寄るとこちらが危険かもしれない」
ブルーノ&アドルが群れの評価をさらに上方修正する。私も同感だ。出来れば追跡は個人で行いたい。
「私が先行します。人数が多いと、伏撃受けたりする可能性もあります」
「ヴィー一人で大丈夫か?」
一人だから大丈夫なんだよ☆ 私は黙って頷き、二人を置いて足早に先に進む事にした。遠慮してペースを合わせるのも疲れるんだよ。
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二人と別れ、足跡を追いかける。どうやら知恵が働くようで、足跡の残りにくい岩場を経由して移動しているのだが、足の裏の泥を落とすまで配下のゴブリンには知恵が回らず、しっかりとトレースすることができた。
時間にして別れて三十分、距離にして10㎞ほど離れているだろうか、山の中腹にある大きな横穴を見つける。最初は自然の洞窟であったようだが、群れの拡大と共に、自分たちで土を掘りだし拡張したのか洞窟の入口横にはボタ山が出来ている。
ゴブリンの群れのうち数匹が入口の周りにおり、見張だけでなく、焚火を行う準備をしているようで、薪を集めたり積み上げている。この周りにも薪を集めているゴブリンたちがいる可能性がある。三人で近寄らずに正解だったと言えるだろうか。
このまま討伐するか、改めて領軍の騎士・兵士を伴って大規模な討伐を行うか判断しなければならないだろう。急ぎ来た道を戻り、道半ばよりかなり手前で二人と合流することができた。
「この先、数㎞の山の中腹の洞窟が拠点のようです。外で焚火の準備をしているゴブリンがかなりいます。恐らく、薪拾いをしているゴブリンも周囲にいると思うので、これ以上は近づかない方がいいと思います」
僅か1時間足らずで道なき山の斜面を十数㎞走破している私に驚く二人。狩人なら当然です。馬より走るの早いし。
「……そうか。これは戻って巣の場所を知らせて大規模に討伐を行う依頼を上げてもらうしかないか」
「この山の中に群れの数を討伐できる冒険者を近々に送り込むのはむずかしいだろう。領主の兵士なら尚更だ。近づく前に気配を察知して逃げ出されるのが関の山だろ? 俺たちで討伐できる範囲で仕留めるべきだ」
「ヴィーはどう思う?」
えー 出来なくはないと思うが、三人では無理。少なくとも村にいる二人は呼び戻したい。それに、今日この時点で強襲できないのであれば、今晩の宴会(?)で散々飲み食いした後、寝込みを襲うのが吉だと思われるので、一旦撤退し、明日の午前中にでも囲むべきだと思う。
「一旦、村に戻ってユリアさんたちを回収しましょう。五人で討伐できる手立てを考えられればそのまま討伐に移行すればいいでしょう。一先ず村に戻り、ギルドと領主に村から調査の結果を報告してもらって、我々は村で次の段取りをするというのはどうでしょうか」
二人は頷き、村に戻ることにする。
「だが、仮に俺たちだけでゴブリンの群れを討伐するなら、相当の準備と覚悟が必要だ。ヴィーはどう考えているんだ」
「索敵も情報の分析も文句はないが、ゴブリンに囲まれて大立ち回りをするようにも見えない。俺だってそうだ」
ブルーノさんもアドルさんも討伐を五人で行うことに不安を感じている。確かに、普通に考えたらあの数のゴブリンを自分たちだけで討伐する事は難しい。
「腹案はあります。村に戻ってから五人で打ち合わせしましょう。その時に詳しく説明します。成功しても失敗しても、ゴブリンは皆殺しです」
心配ありませんよ。こんな事なら、さっさと単独で討伐しておくべきでした。 でも、ほら、私って土魔法得意じゃないですか?




