5-18 久しぶりの隠れ家で、私は先のこの事を話す
5-18 久しぶりの隠れ家で、私は先のこの事を話す
ベーメンと沼国は今は同一君主の国となったのだが、父王の代以来、王宮は沼国の『ブレダ』に存在する。東の大河『ダヌビス』の中流にあり、人口は三万程だという。メインツくらいの都市なのだろう。
「プルという子はダヌビス川を遡って連れてこられたんだろ?」
「相手は幼子だし、船に乗せられて川を遡って来たと言っていたから恐らくはそうだと思うんだよね。メイン川をオークが遡ってきたら目立つだろうし、途中に沢山ある関に引っ掛からないとも思えないから」
メイン川は様々な関所があるので、オークは流石に遡れないと思います。
とにかく、私の生まれた場所がベーメンかブレダの王宮かはわからないけれど、一度里帰りしてみようじゃないの。記憶にないけれど。その旅の途中で、白子の行方不明になった話も街の酒場なんかで聞き込めれば、まだそう時間がたっているわけではないから、情報が集められるかもしれないし、沼国にも……冒険者ギルドがあれば、捜索の依頼が出ている可能性もある。
アンヌ姐さんに聞いてみたんだけれど「沼国に冒険者ギルドはない」ということなのだ。
「行ってみないと分からないかな」
「冒険者ギルドがあるのは王国・帝国が主なのね。だから、その外側の国はそこまで発達していないのよ」
「所謂、古帝国が主に開発した地域がそのまま同じ経済圏に回復しつつあると考えればいいのかしら。沼国は異民族の侵入をダヌビス川の南岸で守る地域であったから、内海に繋がる地域とは切り離されているからね」
古帝国が崩壊した後、街道なども破壊され多くの都市も消え去り、商人は店舗を持たない遍歴商人ばかりになった時代を考えると、最初からその経済圏ではない沼国というのは、どういう世界なのか想像もできない。
「オリヴィは東に向かいたいのかしら」
「帝国で冒険者をしながら、東に向かう依頼を探すことになるかも知れません」
そこで、プルの教育を先生にお願いすることを切り出す。最近は、ビータと冒険者の真似事をし、街の中の手伝い仕事などをこなしているというから、ある程度仕事に慣れた時点で、先生の家に住み込みで住まわせてもらい、魔術や錬金術について教えてあげてもらいたいのだ。
先生の壊滅的な生活能力を考えると、恐らく、あと一年もすればプルが家事をした方が相当ましな状況になると思うんだよね。
「プルを生徒にしていただけると、私も安心できます」
「いいわよ。家事全般任せられるなら」
「タニア……幼児に家事をさせるのはどうかしらね」
「えーと、オリヴィも七歳で生徒になってから、家事していたから大丈夫じゃない?」
アンヌ姐さんがジト目で先生を見る。冷たい視線である。そこで、師匠が二人の間に割って入る。
「アンヌ、俺が見に行くようにするから、安心しろ」
「ゼッタ……あんたも家事出来ないわよね」
「……血抜きとか皮の鞣しは問題ないから、結構いけるだろ?」
そうです、師匠は放っておくと干し肉しか食べません。それはもう、ジャーキージャンキーのようです。顎が丈夫なんだろうね。
「たまにトラスブルに連れて来なさい。山の中の生活だけじゃ、社会経験が不足するでしょう。半月くらいなら預かるわよ。それに、トラスブルなら星無の依頼や奉仕活動も沢山あるから、冒険者の練習にもなるわ」
そういえば、プルは自称『十歳』と言い張り、星無の依頼を受けているという話も聞いた記憶がある。絶対誤魔化せていないだろうけどね。
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一先ず、プルを預けることは承諾してもらえたので、一二年、修行をさせて貰えると良いと思う。プルは夜目も効くし魔力もあると思うから、冒険者になっても問題ないんじゃないかな。只の幼児ではなく、自分の身は自分で守れるくらいの逞しさは欲しいと思います。故郷が見つかるかどうかわからないし、その故郷が平和なわけがない。だって、攫われてるんだからさ。
馬に乗れるようになるのは……まだ大分先だろうね。
私と先生は宿をとり、師匠は姐さんの家に泊まるのでそこで別れることになった。
「オリヴィはベーメンやブレダに行ってどうするつもりなのかしら」
先生、そこは行ってみなければわかりません。とは言え、ベーメンには本物のベーメンソードが存在するかもしれないじゃない? いやほら、何かその、懐かしい感じがするんだよね。
そんな話を先生にすると「なるほどね」と訳知り顔に頷かれる。なにが?
「ジークもその曲剣に似た物を持っていたことを思い出したのよ」
「私を連れて逃げてくれた戦士の人ね」
「そう。勿論、ロングソードも使っていたけれど、馬上では曲剣の方が使いやすいって言って、武骨な剣を使っていたわ」
ベーメンソードに何らかの愛着を感じるのは、私の幼少期の記憶のせいなのかもしれない。折れるし曲がるしよく切れなくなるけれど、使いたいんだよね。実際、消耗品扱いだよね、ただの鋼の板を折り曲げただけの剣。
「でも、心配していたのよ、あなたが冒険者になるって一人で村を出て、トラスブルでアンヌが見守っている環境からわざわざ出て行ったあとが特にね」
「そうですね。迷わなかったわけじゃないんですけど、行商人になるなら、帝国のあちらこちらに足を運んで実際、目で見て感じてみないと分からない事だらけだと思ったので、仕方ありません」
「でも、三年足らずで星四だものね……追いつかれちゃったわね」
いえいえ、あなた『星五』になる前に引退したでしょ? 私は「なんちゃって星四」ですからね。実質的には星三。全然違います。それに、師匠やアンヌさんにジークさんもいて活躍していた『帝国の華』と、私とビルだけの凸凹パーティーとじゃ比較にならないじゃありませんか。
「全然追いつけません。それに、私はまだ何も成し遂げていませんから」
「……そうね。これから始まるのですもの。当り前じゃない」
冒険者ランクだけドンドン上がっちゃって、思い付きの行き当たりばったりで手伝ったことでなんだか偉い人たちと知り合っちゃったりして……中々思うようにはいかないんだよ。でも、まあ、ビータとプルとビルに、黄金蝙蝠商会の皆さんにバルドたちも、これから良い付き合いが続くと良いと思うんだね。
「私は何日かここで過ごして村に戻るつもりだけれど、オリヴィはどうするの?」
トラスブルでお世話になった『眞守』の皆さんや、シスター・テレジア、代書屋さんにも挨拶しておきたいし。
「一通り挨拶してからメインツに戻ります」
「そう。今の居場所はメインツですものね」
そういえばそうだね。ビータとプルと黄金の蛙亭があるからね。
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それから、数日かけてお世話になったあの方たちへ……魚の塩漬けを沢山配りました☆ だって、沢山あるんだもん。特に、救護院ではとても喜んでもらえました。只だからね。
久しぶりに顔を出した私に、シスター・テレジアは「よいところに来てくれたわ」
とばかりに……壁や天井の補修、溜まった包帯の洗濯に狩りだしたんだよ。いや、これでも高位冒険者なのだけど、昔にかえって無心に洗濯したりしました。ビルは、重たい物を動かす作業や高いところの清掃をやらされていました。
「ヴィー、不要な物を燃やすような仕事が嬉しいのですが」
「あるわけないでしょう。みんな焚き付けにされるからないわよ」
「……」
残念だね。火種以上の存在にはなれいよビル。
食事は勿論……魚の塩漬けが提供されます。地産地消ではなく、持参自消でしょうか。
古くなった修道院は相変わらずあちらこちらが破損してきているままで、どうやら職人の手は入っていないようです。まあ、しばらく来ないと思ってやっちゃいましょうか!!
私は、最近格段に使い勝手の良くなった魔術を使ってみることにする。
「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の壁で守りたまえ……『精錬』
『堅牢』」
外壁の汚れを落とし、破損した場所を修復するかのように精霊が働く。見えないけどね。
みるみる外壁の煤けた様子が改善され、所々風化した場所が綺麗に修復されていく。風雨で削られ丸くなったり凹んだ箇所が元に戻っていく。
「ラウス殿、見事な魔術です」
「……シスター・テレジア。その……この後しばらくトラスブルには来れないと思いますので……余計なことかもしれませんが、気になる部分を修復しておきました」
「いいえ、あなたの修練の賜物、しっかりと拝見し受け取りました。あなたに、神のご加護がありますように、私も祈ります」
「ありがとうございます」
色々な場所で様々な聖職者に会う機会があったけれど、私の中で一番「らしい」人はシスター・テレジアだと思っている。祈る人という言葉がぴったりと合う人なのだ。
夕食を頂き……また塩漬けなんだけど、救護院を後にすることになる。帰り際に、シスター・テレジアに「無事に戻って来なさい」と声を掛けられる。
「いつになるかはお約束できませんが、また伺います」
「楽しみにしています。あなたに再び会える日を」
お互いに黙礼し、ビルと私はその場を立ち去る事にした。
とは言え、そろそろ私たちはメインツに戻り、そして、その先へと進まなければならないと思うんだよね。とはいえ、ド=レミ村を出て初めて長い時間を過ごしたトラスブルも第二の故郷と言えなくもないと思えるようになってきた。
村に戻り時間を過ごす事は恐らくもうないけれど、トラスブルのギルドや救護院で私との再会を喜んでくれる人がいるのであれば、もうここは、私の故郷って事で良いんじゃないかと思う。いいよね!




