探索の報酬
それから。
魔獣をバラバラにしたり、罠をバラバラにしたり、僕をバラバラにしようとするセツナさんによって、探索自体は滞りなく進んだ。自体は。
セツナさんと一緒にいるのは健康にすごく悪いなって改めて思ったし、まあ、わだかまりとか遺恨とか呼ばれる類のものは残った。
「ここで一区切りみたいですね」
白い廊下の行き止まりに着いた。目の前には《銀色の扉》がある。
この扉を開けた先が最深層で、この先にダンジョンコアがある。
ここに来るまでにいくつか道が分かれてる程度で、複雑さでいえばさほどでもなかった。
「壁画や図書などの記録物が見つからなかったのが残念ですね。当方の専門ではないですが、隔壁などのダンジョン構造から文明発達度は現代のタイレル王国よりも高いでしょう」
ベッドらしきものとか、椅子らしきものとか、人間が生活するようなスペースは見つけることができたけど、本とかそういうものは見つけることができなかった。
発展した文明の痕跡を残しているのに、その種の遺物が見つからないのはなかなかに興味深いことだった。
「まあ、こればっかりは縁がなかったとしか。一通り見たと思いますが、いかがでしたか」
「確かに、貴君の言の通り。当方、机上では得られない知見を得ることができました。ダンジョンから現代でも用いられる貨幣、タイレル7世金貨が出土するとは驚きです」
あ。
「あ、いやーー。それは、そのー……?」
「これまで、ダンジョン学ではダンジョンを異世界の遺構と定めてきていた。王国の物品が出土したことは大変興味深い事案です」
「そ、そうですねーー。珍しいですよねーー!」
「タイレル7世金貨が最も流通していた王国歴300年代前後にこのような遺跡が存在したのでしょうか?」
「み、未来にあったんじゃないかなぁー! 少なくとも金貨は未来の人物が入れたとか考えられ──」
「未来の、ダンジョン……。あるいは今より遙か未来の……?」
ラスティさんは思索に入ったらしい。
また僕の声が聞こえなくなってしまった。
……とりあえず、謎の金貨からは意識を逸らせたらしい。
「ふむ……」
セツナさんは金貨の痕と、メリーの小さな指先に交互に目線を動かした。
なんですか。何か言いたいことがありますか。あるなら言ってみてください聞き流しますから。
「ござるなるほど確信した。我は学問屋ではない。迷宮なんぞは知らん。この国の歴史もどうでもよい。為政者なんぞ、気に入らねば首をすげ換えてやるだけだからな」
物騒だなぁ……。セツナさんは動物みたいな感性をして──。
「が、我にもわかるでござるよ。──先の宝には、そこな化生が関わっているな?」
「うぇ!? さ、さぁーー?」
「ぬしの反応が答え合わせよな。ああ、取り分を要求しないわけだ。なにせ元々貴様のものなのだからな。……くく。我の口に重しが必要だと思うが、どうか?」
……ほんと、タカリが上手いですねセツナさん。
何が望みですか。
「なに。食事でいいでござるよ」
「ほんと楽しそうだな師匠……」
「うむ楽しいぞ。女遣いといると、我はいつも愉快な気分になるのだ。そして安心しろ。あれはお前の席も用意するだろうからな」
「僕は嫌だなぁ……! 無反応でひょいひょいすごい量食べるからカナンくんと比べて奢りがいがないし何より僕の命を狙ってるしそもそもセツナさんはおがくずと鰹節の区別なく食べれる人でしょ?知らないですけど」
「確かにぬしの言うとおり、我は味に頓着はしない。──だが、他人に奢られるめしはうまいのでな」
うわあ。
「それが高価いと、なおよい。その点、ぬしに飯を奢られたのは格別でござった。逃げたところも含めて、実に楽しい余興だったぞ」
餌付けをしてしまった……!?
「……ま、まあ。いいでしょう。それじゃあ、帰りましょうか。打倒したばかりなので魔獣の数も少ないと思いますが、再配置の可能性があるので僕とセツナさんは前列と後列で分かれた方がいいと思います。これは感情が篭もってないとはいいませんけど戦術的な意味での判断です」
銀の扉は燐光を放っている。
ただ、もちろん今回はコアの破壊が目的じゃない。これから出口まで繋がる地図を書いて、僕はギルドから一目置かれるようになるのだ。
いや一目は置かれなくてもいいな。ほどほどに仕事やってる感を出したい。
「壊す。壊したい。壊すべき。きふぃ」
おやー?
メリーさんってば、今回の探索の目的を理解してなかったのかなー?
僕がなんでダンジョン潜ってるかって、それはギルドに仕事したって思わせることなんですよ。
そのために学者先生も連れてきた。いや連れてくる予定はなかったけど。
だからこのダンジョンは壊しません。だいたい、完全非戦闘員がラスティさんとカナンくんと僕で3人もいるんだ。無理です。
「ここのは。よくない」
「よくないとは?」
「あぶない」
うーん要領を得ない。
ここのって、ここで手に入るアイテムの話? それとも敵の話?
「りょうほう」
両方かー。
あらゆる技術は危険に通じると思うけど。武器や防具なんかが宝箱から出るダンジョンも危険といえば危険だし。その判断は誰がするのかな?
「めりが。する」
断言するね。基準は?
「めりが。きふぃにもたせたくないもの」
わあ、メリーにフィルタリング機能が付いていたなんて知らなかった。
「ここのは、きふぃでもつかえる。よくない」
「僕でも使えるってむしろありがたいけど。ニーナくんのポワワ銃とか欲しいし」
「だめ。壊す」
「壊す? 壊すって何の話だ?」
あ、カナンくん。
あーそっか、カナンくんはダンジョンのルールがわからないか。
「ええと、メリーは普段から、ダンジョンコアの破壊を中心にやってるんです」
「きふぃも」
「あー、僕もついてってますけど。正犯はメリーです。コアを破壊することで、ダンジョンは構造を保てなくなるんですよ」
「……それ、その中にいるオレたちはどうなるんだ?」
「どうもなりませんよ。コアを壊したら外に脱出できるだけです。帰り道がわからない時なんかは壊しますね」
「そういうモンなのか」
「そこの化生の言うように破壊してもよいのではないか? その方が早くめしが食える」
「なっ──!ダンジョンを破壊するなんてとんでもない……! 現代の貨幣が出土したダンジョンなど、絶対に保全すべきダンジョンです!!」
あ、ラスティさん。
そうですよね。ダンジョン保全は大事ですよね。
ね、メリー。
「……」
いいかい、メリー。
僕らはタイレル王国という社会で暮らしている。そこで暮らしてる以上は、やっぱりそこの人たちの意向も考えなきゃいけないと思う。
それでも……あー、やっぱり不満そうだね。
僕は不満げなメリーをだっこした。
先に探索してた場所だから、罠は問題ない。
肩に掛かる重さを感じつつ、地図を書きながら僕らは帰った。
・・・
・・
・
「……まじですか?」
冒険者ギルドに入って、地図とレポートを提出したときのレベッカさんの言葉は、猜疑心がたっぷり詰まっていた。
「マジでーーす」
「あ゛?」
僕は穏やかかつ明るい声で応えたつもりなんだけど、レベッカさんはガラが悪かった。
「ほんとはメリスさんに全部お任せしたんじゃないですか? 性根なんてお見通しですよ?」
「メリーは基本的にダンジョンを壊すだけでSランクやってますけど……。あ、ひょっとしてご存じなかったです?」
「ちっ……」
「それにメリーは地図書けませんよ。筆跡も僕のです」
「あんたは筆跡偽るくらいわけないでしょ。それにメリスさんは賢くてかわいいので地図ぐらい書けると思います」
「冒険者ギルドの職員がひいきを隠そうともしない」
メリー学の権威は依然僕だが、流石レベッカさんは慧眼だ。もちろん書くこと自体はできる。メリーは僕よりも勉強ができるからね。
でもメリーは筆記用具を持てないし、紙なんか触れただけで破裂する。そんなメリーが、果たしてどうやって地図を書くのか。謎だ。
もしメリーが地図を書けるとしたら、ここ迷宮都市デロルの七不思議は八不思議になっていただろう。
僕は鼻で笑った。はっ。
「ムカつくっ……」
「だいたい、今回は証人がいるんですよ」
「ええ。はい……確かに身元のはっきりした、一等市民権をお持ちの学者先生でしたけど……。ほんとに同行させたんですか? ダンジョンに」
「当人たっての希望でしたので。僕が同行させたわけじゃないです」
まあ、確かに僕が口車に乗せた結果、予想よりいっぱい乗ってきたというのはありますけど……。
僕じゃなくてラスティさん側の問題かなって。
「調査レポートのスケッチが上手い……特徴も簡潔に、だけど危険度をまとめていたり読み物としてもふつーに面白い……」
「ああ、結構がんばりました。書いてて楽しかったです」
図鑑とか好きで幼い頃に結構読んでたんですよね。自分でああいう図鑑作るみたいなのは普通に楽しかった。
一応、ラスティさんにも添削お願いしましたけどね。
「はえ゛っ!?」
え、どうしましたレベッカさん?そんな汚い声出して。
「タイレル7世金貨300枚っ!? な、何かの冗談では!?」
あー……。
い、一応、証人はいますけど……。
「釈然としねぇ……、あんたほんとなんで毎日毎日毎日毎日飽きもせず薬草採ってたんですかねえ……?」
「いやぁー、社会への使命感とか? 薬草って大事ですよ」
「こいつ……。色々と言いてーことがありますが、まあ──お疲れさまでした。冒険者ギルドは、あなたの、社会への貢献に報います。……これできるんなら、いつももっとやる気出してください、ほんと」
・・・
・・
・
そして次の日。
僕が報告したダンジョン《雧閌苦鲫苨ꢈ》は、この地上から姿を消した。
「キフィナスさんが報告してもらったダンジョンですが。消滅を確認したんですけど」
「はあ」
「ウチの調査員が探索中に、突然ダンジョン外に放り出されたと。コアの破壊が確認されたんですよ。……あんた絡んでません?」
「僕にとって何の益もありませんよ。希少資源が回収できるダンジョン見つけたのに自分から手放すとか、僕の判断でやると思いますー? 僕は元々あなたたちギルドからよくない目で見られてるのにー」
「自覚あんのに改善しないからですよ」
「これが改善の一歩だった、と思っていただければー」
「……そうですね。途中までですが、調査員からは地図に誤りがなく、レポートも正確だったとは報告されました」
「いやーー。残念だったなぁーー。きっと沢山利益が得られたんだろなーー。でも僕は寛大なので気にしません」
「……随分あっさりしてるんですね。正直、あんたのことはいけ好かないですけど。ギルドとして、本当に貴重な発見をした冒険者に対して、報酬を出せないのは申し訳ない思いがあります」
レベッカさんがいつにない態度でなんか逆に怖いなって思いながら、僕は冒険者ギルドを出た。
恐らく、この態度なら二週間はだらだらしていられるだろうな、と思った。
──ま、勿論僕は関係しているんだけど。
メリーと僕は、ギルシャ通りを二人で通っている。
体格の小さなメリーの歩幅は狭い。僕の一歩はメリーの二歩になる。
だから、僕は意識してちまちまと歩いている。……まあ、メリーにとって、逆に僕の歩みは亀のように遅いかもしれないんだけど。
ずっと前から──僕がメリーの背丈を追い抜いた時からずっとこんな調子なので、実際どうなのかは聞いたことがない。
「メリーは結構無茶をするよね」
「ん」
あくまで、『利益がない』のは『僕にとって』だ。
メリーにとっては壊すことに利がある。
そうなると僕がダンジョンが壊す理由も生まれた。まあ、やっぱりそこに利益はないんだけど。
「あのねメリーさん。正直ね。僕、宝箱のあれはどうかと思った」
だってさ。
どうやって宝箱にねじ込んだのかは知らないけど、完全にねつ造じゃん……。
金貨300枚なんて身銭切ってそんなことやる人は今までもこれからもいないだろうし、証人をダンジョンに呼び込むような大きなねつ造を思いつくことも早々ないだろうけどさ。
僕は学問というモノに対して人並み程度には敬意がある。ダンジョンから出土した貨幣なんて、混乱を招かないはずがない。
再検証される前に破壊してしまえば、学術調査の俎上に乗ることはない。僕に破壊する動機が出来上がった瞬間だった。
メリーのせいです。あーあ。
もちろん、本当は宝箱を見つけた時点で、ラスティさんになんとか説明するべきだった。
……ただ、メリーの手口は超常現象のそれなので、彼女を僕の妹として──つまり普通の女の子として見てくれている人を減らしたくないなぁ、という気持ちにはちょっと勝てなかったのだ。
となると、僕としてはこうやって帳尻を合わせるしかない。
……まぁ、仮に完全な空振りだったら、僕だってそういう感じの不正を考えてないわけでもなかったけどね。ただメリーみたいなダイナミックな不正はしない。金貨300枚って大ざっぱすぎるだろ。
でも、そもそもそんな心配はほとんどしていなかった。もともとダンジョンは未知の宝庫で、学者の人に協力を仰ぎさえすれば、だいたい新発見があるような場所なのだ。
なぜ多くの冒険者がそれをやっていないかというと、大体は『お互いにお互いのことをよく思っていないため』という一言で説明が付けられる。冒険者は野蛮で粗野だと思われてるように、学者は生っ白くて頭でっかちだと思われている。
つまり、僕が埋めるにはいい感じの隙間が広がっていたのだ。そういう感じの社会の隙間を見つけるだけで人生とは大きな楽ができる。これは薬草採取ループと本質的に一緒だ。
目の前の幼なじみは、ぼんやりと僕の顔を見つめている。
蜂蜜色の瞳に映った僕の髪型は、なんだか少し乱れていたので、僕はそれを参考に髪を整えた。
いつもどこ見てるんだかわからない子は、時として、こういうことをやってくる。
「さて。今日はどうしようかな」
「ダンジョン。もぐる。コア壊す」
「まだやるのかい。いいけどさ」
……別に、わざわざそんな回りくどいことしなくても、メリーが言うならあのダンジョンは破壊してたんだけどね。
僕にとっての報酬とは、いつでも、僕ら二人の健やかな生活の継続にある。
いついかなる時でも、メリーの希望を叶えるのに、僕はやぶさかではないのだから。
「……星詠みが、この国の危機を察知した」
王都近衛騎士団長エーリッヒ・マオーリアは、カタカタと鳴き声を上げる腰元の剣を──銘を《嵐の王》という──撫でた。
凶事の兆しを受け、真銀の剣はそれを打破せんとする意志を見せる。
大嵐の力を刀身に宿すその剣は、ひとたび鞘から抜き放てば、暴威を以て脅威を征するまで鞘に納まることはない。
タイレリアの騎士、その頂点の証だった。
「危機か。俺が末席に着いて以来、この国の危機とやらは既に書類にして二束ほど片づけてきましたが」
「言葉が過ぎるぞ、レスター」
「団長殿。危機というのは……」
円卓に着座する騎士たちは未だ年若い。
10年前、旧王都大災害によって、騎士はその数を減らしていた。
タイレル王国国王ルドヴィーク・シド・ファラソ・タイレル・ミレと共に、多くの重臣たちが殉死し、遷移した王都は未だ混沌の渦中にある。近衛騎士の顔ぶれでさえ、その混迷を映していた。
──次期継承者、マオーリア家長女を失った10年前のあの日から、《嵐の王》が眠ることはない。
かれは嘆いていた。嘆き続けていた。その嘆きは、迫る脅威を目前にして、また一等大きくなっていた。
「辺境を駆走する強大な魔獣が、王都に迫っている」
「我らタイレル王国の周囲には、天衝く《始祖の壁》が聳えておりますが」
「始祖ブーバの築いた壁すら、容易に崩しうるとの試算が出た」
「なんと……!!」
──それは衝撃だった。
円卓に波のようなざわめきが響く。
三大強国として名を馳せる《タイレル王国》《ドノウバズ共和国》《ヘザーフロウ帝国》の周囲には、その草創期より巨大な壁が築かれている。
それは内と外を分ける境界であり、外部からの脅威を守る防壁であった。
先祖代々のそれが崩れるなどという事態を、王国に住まう人間は想定していない。
「三日の後、大魔獣が壁に到達する。近衛騎士15名を以て任務に当たる」
「……まったく、千年祭の前でただでさえ忙しいってのに。こいつは困ったものですな」




