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「冒険の準備。準備って大事だ。なにせ、備えあればうれしい」


「あなたの自業自得なのでは……」


 僕はダンジョン学研究会に所属している。

 机上のみで組み上げた理論というのは、視野が広いものの、頭でっかちで現実を超えた結論を導き出すものだ。

 実地のみで組み上げた論理というのは、視野が狭くて論理にならない。

 だからバランスが大切だ。それが、おそらく当研究会発足の理念であり──僕がなぜ所属を許されたかと言えば、あなたたち学者先生に、実地で得た知見を与えるために他ならないでしょう。そうですね? 助手さん。


「そうですね」


 じゃあ僕に協力した方がいい。ここで冒険者に恩を売っておくことは総合的に見て得だ。

 そうは思いませんか?


「相手が一般的な冒険者ならそうかもしれませんが……」


 ああもう、めんどくさいな。

 ラスティさん出してください。


「先生のアポイントメントはありますか」


 面識がない相手にアポイント取る手段があなただと認識してたんですが、ひょっとして違いました?

 うーん、事前に怪文書でも送っておくべきだったかな。あるいは、アポのアポが必要でしたかね? いやーそれは申し訳ないーー。

 次回以降、忘れてなかったらそうしますね。


「では、面会の日時を──」


「今すぐで」


「先生にも都合があります……これだから冒険者は……」


 えっ心外です。

 僕は冒険者じゃ……おっと、僕が冒険者であることは突然押し掛けた上でかつ比較的優位に協力を仰ぐための条件だから、これは口にしたらまずいな……。


「はい。冒険者一般の問題です」


 僕はむしろ主語を大きくしてみた。

 冒険者たちが僕のことを好きではないように、僕もまた冒険者たちのことが好きではなく、結果、僕と冒険者の関係は改善しない。

 それは多分、世間一般では憎しみの連鎖とか呼ばれるものだし、そもそも冒険者の一員である僕が冒険者全体の悪印象をより強めるのは愚かな行いとか呼ばれるものなんだけど、僕は存外気分がよかった。

 こうなると、来場の目的を冒険者の名誉を毀損することに変えても──、



「失礼。スコラ女史。故エピメニド氏の論文2稿を閲覧を希望したいのですが」


 おや?

 あ、ラスティさんだ。


「著書を拝見しました。はじめまして。七流……八流だっけ?まいいや。えー、冒険者のキフィナスと申します。お会いできて光栄です」


「あなたは……発表会の時、冒険者を追い払っていた方ですか?」


「おや、覚えておいででしたか? はいー。前回の大会で、なーんか絡んできた人を処理したのは僕ですー。あれのお陰で覚えていただけたなら、あの冒険者ゴロツキには感謝をするべきなのかな? 目立ててよかったですね」


「いや。当方が貴君を覚えていたのは質疑応答の舌鋒が理由です。『命を落とした冒険者ティムトッタの誹謗中傷が形を変えて戯曲になった』という表現は配慮には欠けますが当方の意とするものでした」


「配慮ですか。いやぁ、どうにもよくわからなくて……」


「学問とは先人からの積み重ねで発展してきたものです。学術を志す者として敬意を欠かすわけにはいきません」


「あー、それは恐縮です。気分を害されるかもしれませんが、僕にとって、お勉強ってあくまで勝利条件を満たすための手段のひとつなので。軸足がそこだけに定まっていないんですよね」



「ではなぜ貴君はここ──《学びの社》に足を運んだのですか」


「それはもちろん──」



「こほん。話に花を咲かせるのは結構ですが、場所を変えてはいただけませんか」



 ここは《学びの社》。

 数多の資料(ただし、貴族様によって検閲されたものを除く)が眠る迷宮都市の知の拠点にして、ダンジョン研究会の事務局窓口だ。

 目の前で立ち話をしている僕らを、助手さんがじろっと睨んでいる。

 いやー若干申し訳ない。


「いやぁ……心苦しくて恐縮で申し訳ないですが、あと一言だけ喋らせてもらえないでしょうか。あと一言だけでいいんです。たった一言だけ、それだけ喋らせてください。どうかお願いします、後生で──あ、いいですか?むしろ前置きがうるさい?はい。

 あなたに会うためですよ。ラスティさん」



 ──図書館ではお静かに。注意書きが壁に掘られている。

 それを背中で隠しながら、僕はお目当てだった眼鏡の人と対面することになった。



・・・

・・



 備え付けの研究室は狭くて散らかっていた。

 ラスティさんは、理知的な語り口と、落ち着き払った雰囲気と、何より眼鏡をかけていて。

 いかにも学者然としているのだけど、整理整頓があまりできない人らしい。人を見かけで判断するのはよくないな、と思った。



「貴君の自業自得なのでは」



 僕がこれまでの経緯を説明すると、一言でまとめられてしまった。


 ええ、はい。

 そういう見方もできるかもしれませんね。ですが、そうでない見方も考えられます。

 仮説を組み立て結論に導くのが学問です。僕が悪くない可能性も考えてみませんか。

 ま、悪かろうが今更別にいいんですけど。


「きふぃは。いいこ」


 ありがとメリー。でも今回は僕が6:4くらいで悪いと思う。

 ただその潮流に抵抗してみてるだけで、実際に悪くない可能性考えられるとちょっと困る。なんというか、どう反応すればいいのかわかんない。全肯定って逆に怖い。

 なんというか『ありがとう』って言葉の万能さに気づかされてしまうよね。とりあえず言っておけばいいんだもんな。


「ま、それはどうでもいいことです。重要なのは僕個人のことじゃない。僕が今からやろうとしてることと、この提案に乗ってくれるとあなたがどんな得をするかですね」


 僕の勝利条件は、『キフィナスという人間が冒険者ギルドの役に立つということを示す』だ。

 付帯条件として、できるだけ痛い思いも怖い思いもしないというのが入る。むしろこっちがメインだな。

 僕には秘策があった。



「つまり、あなたにはダンジョン資源の目利きをお願いしたいんです」



「当方の専攻は《迷宮構造学》なのですが」


「ええ。ですが、今研究したいダンジョンとかありませんか? 特に重視したいこととか。僕はその方針に従って調査をします」


 これが、僕の提供できるメリットだ。


「費用はいただきません。むしろ、こっちが支払ってもいい。僕は一山ひとヤマ当てたいだけなので」


 ああ、実績? メリーの付き添いで、かなりハイペースで潜ってますよ。

 最近はダンジョンに入らない日も増えて、なのになんか平和でもないなぁ……って感じの日々を過ごしてましたけど。


「しかし、当方の研究には……」


 よし。

 いつの間にか『調査することがある/ない』という方向に話にシフトしている。

 相手の観点からは『そもそも僕が協力に値するかどうか』という一番重要なものが抜け落ちている。

 ここだ。今のうちだ。僕は畳みかける。



「先生に声をかけたのは、研究のテーマの参考になると考えたからです」


 僕は研究大会を思い出す。

 自分のことを知っている、あなたに関心があると示されるのは存外嬉しいものだ。

 呼び方を『先生』にシフト。感情でプラスの印象を与える。


「現在、この辺りでダンジョンがぽこじゃか増えてますよね。先生の研究発表は、一言でまとめるなら『400年以上前に生成された古ダンジョンと現在のダンジョンには違いがあり、スキル《鑑定》を使用した際の命名法則には大きな変化が見られ産出資源の質も大きく変わっている』でした。あーすみません、要約で大事な部分落としてたらご了承くださいね。なにせ浅学の身ですので」


 そして、感情の次は、知的好奇心を刺激する。

 学者なんてやってる人間は、つまるところ知りたがりであり教えたがりだ。


 僕は声のトーンを高く張る。


「古ダンジョンと現代ダンジョンには違いがある。──じゃあ、いま新規生成されてるダンジョンには、どんな違いがあるんでしょう?」


 相手の目の色が変わる。

 ──よし、釣れた。



「当方も同行させてもらいたい」



 ん?

 いま、なんて?


「当方も同行します」


 釣れすぎでは。え、釣れすぎでは?

 いや、素人がダンジョン探索とかやめた方がいいですよ? 普通に。

 調査事項まとめてリストにする。僕がそれ調べて持ち帰る。

 それでよくないですか?


「それでは、貴君の目線が混じる余地があります。客観的なデータとは言えません」


「自分の目で見てもそれは同じでは? 僕の目とあなたの目で違うところがあるなら……あー色とか結構違うな。でも、自分が当事者になったらなおさら客観視とかできなくなると思います。やめた方がよいのでは? 取りやめた方がいい。倫理的観点からも取りやめるべきではないでしょうか」


「では率直に言いましょう。当方は、ダンジョンの実態が知りたいのです」



 あー……。

 これ断ったら、協力はお願いできないよなぁ。

 しかも今回は僕が持ちかけた側だし。ううん……。



「……えっと、できる範囲でお守りしますけど。怪我とかしても自己責任でお願いしますね? 念書書いてくださいね? 問題発生したときにギルドに出すのでほんとに」






「さて、雑貨屋で備品も揃え……げっ。激ヤバ人斬り巫女(セツナさん)じゃん。すみませんちょっと遠回りしま──」


「む。探していたでござるよ女遣い。会計の途中で行方を眩ますとはなかなかしたたかな……そこのひょろ長い男は誰だ?」


「あなたに他者の個人情報は開示できませんー。僕は今からダンジョン行きますのであっち行ってくださいーー。冒険者の本業ってどうもダンジョン探索にあるらしいですよー」


「そのひ弱なのを連れて、仲良しこよしで歩くのか」


「暴言がひどい」


「面白そうだ。我もそこに加わろう。弟子も連れてくる」


「え、嫌ですけど。遙かに嫌ですけど」


「なるほど、貴君はパーティの交渉役ということでしたか。一般に冒険者は複数名で行動すると聞いています。数が少ないのでは、と思っていました」


「違いますー。この失礼な危険人物は僕の知り合いでしかないですー。知り合い以上の関係から動くことはないんですーー」


「連れてきた。ゆくぞ」


「どこ行く気ですかセツナさん。なんで先頭なんですかセツナさん。せめて児童の首を掴んで引っ張るのはやめませんかセツナさん」


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