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冒険者ギルドの厄介者


 僕はまばたきをしてみた。それから、うんうんと唸ってみた。最後に、勿体ぶった調子でメリーの髪を撫でてみた。


 ……おかしいなー、やっぱり目の前にバリケードがあるんだ。


 とりあえず、この、『僕の立ち入りを禁じる』だかいう貼り紙は剥がした方がいいだろう。何せ風聞が悪い。キフィナスって名前は王国じゃ結構珍しいからね。

 僕は紙をぐしゃぐしゃに丸めて、ぽいっと捨てた。


 ──よーし、これで何も問題なくなったな!

 僕は冒険者ギルドに入った!



「表の貼り紙見えなかったんですかっ!」


 受付嬢のレベッカさんは、僕を見るなり怒鳴りつけてくる。


「貼り紙なんてありませんよ」


「あんたが捨てたんだろ!」


 あ、見てたんですか。まいったな……。そりゃ入り口だから見えるか。

 いやいや、僕は誤解を解きにきたんですよ。そんなに怖い顔しないでください。誤解されたままだと困りますからね。こちとら都市生活してるので。

 あ、周囲がざわついてますよ。


「誤解って言いますけど、あんた、ウチを本気で潰そうとしてましたよね?」


「本気?」


 ──あの程度で?


「……ほんっと。無法モンですよね、あんた」


 嫌だなぁ。僕はルールはできるだけ守ってますよ。ね、メリー。


「ん」


 明文化してあるルールは基本的に守った方が得だ。守ったというだけで一定の正当性が手に入るのだから使わない手はない。


「どの口がルール守るとか言うんですか。今破ったばかりじゃ──」


 あれは『お願い』でしょう?

 なにせ罰則がない。僕は破るといったいなにをされるんです?


「なにをって……」


 ええ、はい。ギルドからの心証は悪くなりますね。でも、それって元々ですし。


「自覚あんのかよ……」


 そうなると、僕はお願いを破ってもまったく問題がなかった。

 僕が機嫌損ねたくないなって思う相手は、片手の指で数えられるかどうかってくらいだしね。まずメリーと、次にメリーと、それからメリーかな。なにせ、何をするかわからないし。


「ノロケんのやめろ」


 レベッカさんはじとっとした視線で僕を睨んでくる。

 ……いやぁ、人間関係って難しい。

 これくらいの方がやりやすいなって。改めて思いました。


「これくらい?」


 ああ、いえ、こっちの話です。



 さて、僕にはほとぼりが冷めるまで待つという選択肢もありました。

 あるいは、バリケードを崩すって選択肢も。こうして、元々悪い僕のイメージを悪化させてまでここに来る理由はひとつしかない。

 ええと、まあ。つまり──仲直りをしましょう。


「……はい?」


 いや、僕も心を入れ替えたんですよ。さっき拾ったやつと取り替えたんですね。

 薬草は諦めます。


「え? いま、なんて?」


「だから、『薬草は諦めます』と」


「は? や、槍でも降るのかっ……!? ど、ドラゴンとか襲撃しませんよねっ!?」


 今のところ外は晴れてましたねえ。ドラゴンもしばらく辺境から動く予定はないんじゃないですか?

 だから、僕も心を入れ替えてみたんですってば。


 というわけで、僕もダンジョンの遺物を取ってくることに──風。気配。来る!

 来た。

 僕は咄嗟にしゃがむ。

 手刀。

 つい今立っていたところを抜けた。地面を両手で跳ねつけて即座に上体を起こす。壁を蹴って的を絞らせない。連撃に備えその間隙を──、



「くく。いい反応でござるな、女遣い」


「セツナさん……?」


 ──黒髪の、紅白の、僕の知り合いでぶっちぎりにヤバい人が。いつのまにか僕の前に立ってた。



「話がややこしくなった……」


 レベッカさんが頭を抱えた。

 僕もできれば頭を抱えたい。でも抱えた瞬間僕は首が……あれ?

 セツナさん刀持ってないぞ?


「光のとやりあった時にな。折れたのでござる」


 あ、そうですか。キチガイに刃物って言いますけど、うち片方がなくなったようで何よりですー。しいて言うならもう片方がなくなった方がよかったですけどーー。

 とはいえ、一流冒険者の手刀は僕の首の骨を一撃で粉砕する威力があるわけで目の前の女性の危険性にまったく変わりはない。


「それより女遣い。ぬし、ぎるどと敵対するらしいな?」


 セツナさんは、ぐしゃぐしゃになった『冒険者キフィナスの立ち入りを禁ズ』と書かれた紙っぺらを空中にひらりと舞わせ、手刀で『キフィナス』の五文字以外の部分を細切れにする。最悪のパフォーマンスに会場は沈黙に包まれた。

 未だ殺傷能力の高さが健在であることを披露してくれるとはとてもありがたいー。僕は一歩後ずさった。


「情報が古いです。今は僕、冒険者ギルドさんと仲良くしたいなって思って──」


「おい受付。我を雇え」


「はい?」


「銭貨2枚でいい。我が、あやつを釘付けにしてやろう」


「僕はその2倍……いや4倍払います。だからやめてください」


「くくっ。足りぬでござるなぁ。ほれ、我に値を付けてみよ。納得がいかねば首を落とすぞ」


 やめてください。有り金全部払ってもいいのでやめてください。


「うっわ目の前でカツアゲ起きてる……」


 あー!こういう時にギルドが頼れればなー!

 冒険者同士のトラブルの仲介も業務内容だった気がするんだけどなー!!


「そこで助け求めないでくださいよ……っていうかあんたら、ウチのギルドの厄介者ワースト2なんですから」


 ──僕の勝利条件を達成するために、僕は心を切り換える。

 その言葉を待っていた。


 僕は、じとっとした目のレベッカさんに、遠慮がちに視線を合わせてみる。

 容赦なく視線をぶつけてくる。この動きは怒り、あるいは警戒だ。


 レベッカさんは僕の手口を知っている。だから、騙されまい騙されまいと警戒して、僕の視線ひとつにも意味を求めてくるし、言葉ひとつひとつをしっかりと吟味して受け取ってくれる。

 そして、不確定事象危険人物セツナさんの乱入で、そのスタンスが乱れつつある。

 僕はそれを意識して、言葉を組み立てていく。


「へえ。となると、僕たちが今ここで去った方がギルドの得になるということですね?」


 まず優しげな、穏やかな声で。


「ええ、まあ……」


「じゃあ、僕らがいなくなることでギルドはありがたいと」


 次いで、悲しみを込めた声で。


「はい……まぁ……」


「つまり──僕らが消えると利益がある」


 そして、弾むように楽しげな声で。

 表現を変えて、同じ内容の発言を繰り返す。


「そうですよー。すごいありがたいですねー」


 相手に、同意の型を作る。


「ところで、冒険者と互恵的な関係を築くことでギルドは発展してきましたね」


 そしてするりと話題転換。


「ええ。働きに対して、正当な報酬を渡すことで成り立ってますよウチは。ま、どこかの誰かは利益をちっともあげねーですけど」


「はあ。じゃあ僕が今離れるとして、そのことで利益を得たギルドは何かを渡さないといけないのではないでしょうか?」


「うん。……うん? あれ?」


「僕は無欲なので、とくに見返りを求めることはしませんが。それでも、周りで見てる冒険者の心証はいかがなものでしょう?」


 声はゆっくりと。

 しかし考える時間は与えない。


「あの──」


「というわけで、見返りの代わりに。ここは手打ちにするというのはどうでしょうか」


 言葉も差し挟ませない。


「手打ち……?」


 ……さて、行きましょうかセツナさん。

 お金のやりとりをこんな場所でする必要はないでしょう。

 それに、冒険者とかいう邪魔者も多いですよ。

「ふむ。よかろう」


「じゃあ、また。──表の物々しいバリケードは、こちらで片づけておきますね」


 僕は、ははは!と笑いながら、冒険者ギルドの扉をくぐり出た。

 よし。


 あ、メリー。そこのバリケードの解体お願い。

 うん。ダイナミックだね。ありがと。



・・・

・・



「口が回るな、女遣い」


「そうでもないですー」


「で。何を長口上を並べ立てていたのだ」


「理解せずに口が回るとか言ってたの?」


 セツナさんって澄ました顔と態度で誤魔化してるけど案外──あっその手下ろしてください。はい喋ります喋らせていただきます。



 僕は都市で生活してるひとりの人間だ。冒険者に嫌われてもいいけど、冒険者ギルド側が僕の評判を落としてくるのは困ってしまう。

 ──だから、あの場における僕の勝利条件は、一時的な悪印象の緩和にあった。


 何もあの時点で全部解決できるとは思っていない。というのも、僕は元々評判が悪いからね。


 しかし、僕がなぜ普段からレベッカさんに怒られていたかと言えば、僕が薬草しか取ってこないこと──つまり、僕の冒険者やる気のなさに起因する。

 そこで『薬草は諦める』と宣言したことにより、僕はフラットな立ち位置になる。僕を怒る理由はない……わけがない。当然、遺恨は残る。

 直前に、僕はギルドにダメージ与えることをほのめかしてるのもあるしね。


 だから、とりあえず新しい印象を受け付けることで、先ほどの僕の言動を上書きすることにしたのだった。人は最新のエピソードに弱い。昔命を救われたことより、今不利益を与えてくること方が印象が強かったりするわけだ。

 なにやら僕に巧くやりこめられたという感覚──まあぜんぜん錯覚で、実際には先ほどまでのやりとりにほとんど意味がないんだけど──によって、僕の失言は、数多の僕が引き起こしたトラブルの中へと埋もれるだろう。

 今ごろ、『勿体つけてた癖に無駄話しに来たのかよ!』とか叫んでるかもしれないな。


 ただ、入り口のバリケードをどさくさにまぎれて撤去したのはポイントが高い。

 物々しいバリケードの存在は、見ているだけで僕の悪印象を強化することに繋がる。そして、あれをメリーが片手で潰してクルミみたいなボールに変える瞬間を目撃したことで、もう一度入り口にそんなもの作ろうとは思わなくなっただろう。

 そんなわけで──、


「煩い。ごちゃごちゃと言葉を並べ立てるな。結論を言え、女遣い」


 ええと……つまり、僕がさっきやったのは、ただ適当に僕の印象をひっかき回しただけです。

 で、相手が冷静にならない内に、なにか成果を引っ張ってくることで全部うやむやにできます。それを狙ってたんです。


 だから、嫌だけど。本当に……、心から、嫌だけど。……ダンジョン潜ります。


「きふぃ。きふぃ。もぐる? もぐる?」


 うわーメリーさんテンション高いですね。僕が自発的に潜ることがそんなに面白いですか? 僕よく付き添ってますけどいつもと何か違うの?

 一応言っとくけどコアは壊さないよ。今日は迷宮資源を納品するから。

 メリーさんってば暴力だけでSランクやってますけど、冒険者の本業は資源回収、つまり炭坑夫みたいなものだからね。あと、君の力に頼りすぎるのも違うだろ。


「ふむ。では、そこらの冒険者を狙うか。がらくたのひとつやふたつ、持っていよう?」


 そこの暴力だけでBランクやってる人。やめてもらっていいですか。

 というかお金あげるんで帰ってもらっていいですか。



「弟子めに聞いたぞ。ぬし、あれに餌を恵んでやったそうでござるな」


「表現が最悪すぎるんですけど」


「我にもよこせ。他人の金で食う飯はうまい」


 ごはんって穏やかな気持ちで食べるものだと思うんだけどなぁ……。

 そう思いつつも、僕は従うことにした。従わなければ何をされるかわからなかった。


 嫌がらせのように店をハシゴさせられた。細いのによくそんな入るな、ってある意味感心した。

 多分体を張った嫌がらせだと思う。


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