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「キフィナスさん!ざまあっ!」


「キフィナスさん!! ざまあっ!!!」


 僕が冒険者ギルドに行くと。

 受付の人が、僕を見るなりなんかざまあとか言ってきた。

 冒険者ギルドの風紀がいよいよもってヤバい。


「メリー。いこう」


「ん」


 僕は回れ右して帰った。

 今日はなんだか町が騒がしいな。どうでもいいけど。


「メリー。転職ってどうかな」


「きふぃ。やりたいこと、やる。めり。おうえんする。ささえる。はげます」


「ほんと? いや、でも応援以外はいらないかな。君は雑だから多分ろくでもないことになるんだ。で、仮に僕が転職するとしたら、メリーはダンジョン潜るの──」


「やめない」


「……そっか。じゃあ、転職はまたの機会かな」



・・・

・・



「いやまじで帰るとはさすがに思わなかったんですけど!?」


 逆になんで帰らないと思ったのか尋ねたいです。

 ざまあって何。僕にどんな反応を求めてたんですか。


「え? いや、普通に。『これからはもうあくどいことをせず、心を入れ替えてまじめに頑張ります』って……」


 あくどいこと……?心当たりがなさすぎる。

 そもそも僕に何があったんですか?


「え? 領主代行様のお触れ、見てないんです?」


「今日は宿からそのままギルドに来たので」


「掲示書きにひと集まってたでしょう?」


 ああ、あれか。なんかわーわー言ってたやつ。

 はい。人が集まってたので、ここにも人は少なそうだなって気持ちで来ました。



「へぇー……」


 何ニヤニヤしてるんですか受付の人。

 いったい何があったんですか。


「救貧政策が打ち出されたんですよ」


 ああ、確かシア様がそんなこと言ってたような。

 救貧政策っていうと……、仕事に就けたり住居を与えたりかな? ただ、仕事に就けるには能力や就業態度が問題になってくるだろう。

 住居を与えるにしても、そもそも文字を読めない人間も多いし、どこまで情報が広がるのかな。お触れ書きが出た直後なら、それを音読してくれる人も集まってるだろうけど、困窮者は人が集まってるところになんて行かない。

 あとは、制度を悪用する人間をどう防ぐかってことも考えておかないといけないだろう。彼らは成功の機会を得られなかった人たちだが、それがイコール善良で運が悪かっただけ、なんてことはない。

 当然、いい人もいれば悪い人もいる。……あの子たちは、人の悪意を知らないところがあるからな。人の悪意と言えば、救貧政策が過剰すぎればその制度の対象外の人からやっかみを──、


「それでですね、支援策のうちのひとつとして、冒険者ギルドの一部の仕事が領主様預かりとなりました」


「はあ」


 ……僕は、ちょっとまずいかもな、と思った。

 ないとは思うけど、仮に貧民の存在を『危険な仕事を代行させるための人的資源』と考えているのなら僕はその制度を潰さなきゃいけないし、理念がまっとうだったとしても運用するのは実務に携わる側だ。

 いつソレにすり替わるかわからない。


「そうですよね。冒険者って口減らしの隠語ですもんね。この業界の数字上の3年以内死亡率、減るといいですね。ところでどんなお仕事を委託するんですか? うーん、辺境を飛び回る赤竜の討伐とか?」


「……いつもの毒舌がちっとも痛くないですね! ──教えてあげますよ! その仕事は、薬草取りです!」


 ──え?

 僕は愕然とする。がたん、と視界が暗くなったような錯覚を覚える。


 ……確かに、薬草取りならその辺の懸念は問題ない。

 ダンジョンに潜る必要がなく、教養も必要ない。そして薬草の需要は恒久的に高い。

 いや、でも、しかし……。


「嘘でしょ……」


「嘘じゃないです。なので、もう、嫌がらせのように薬草を毎日毎日毎日まいにち!持ってこられてもウチじゃ受け取らないんで」


「いやいやいやいや……。薬草取りって大変ですよ? 朝は早いし夜も早い。ダンジョンの外にある薬草をなんとこの手で自ら雑に毟って、それをわざわざ袋に入れなきゃいけないんです。しかもその上、虫が出る! いやぁ、なんて大変なんだろう……。プロフェッショナルとして異議を申し立てます」


 僕は本心から心にもないことを言う。

 うんざりした顔をするレベッカさん。でも聞いて貰わないと困る……!


「決めたのウチだけの判断じゃないんで。文句あるなら領主様んとこ行ってください?」


「ああ、それは後で行きますけど」


「マジで行くのかよ……ああそっか、なんか妙に気に入られてますもんね……」


「ビシッと文句言ってきます」


「え、流石にそれはやめませんか?」


 やめませんけど。これは権利の侵害です……! 薬草取りは僕の聖域のはずだ……!!

 だいたいレベッカさんこそいいんですか、受け持つ仕事を減らすなんて。冒険者ギルドって、その地の領主とかの権力者におもねりつつ、独自のポジションをキープする怪しげな立場にいますけど。


「怪しげとか言うな」


 このままだと、栄えある迷宮都市デロルの冒険者ギルドは領主様によって骨抜きにされてしまうのでは? 悪しき前例を作ったことによって。


「キフィナスさんは想像力が豊かですねぇー」


「僕が領主ならそうしますよ。この前例から、少しずつ、少しずつ、冒険者ギルドの基幹業務を奪っていくんです。次は……そうですね、街の仕事の欠員募集なんかは、すぐに正当な理由で奪えるし。その方が効率もいいだろうからもうこの後すぐに奪うとして……ダンジョンの入場管理もいけるかな。それからはギルドの実績から突き上げていくとして、だいたい三カ年計画かな。それと並行してギルドよりも手厚いサポートをすることで、有力な冒険者をどんどん引き抜いて、セツナさんとか問題なのだけ……」


「わーっ!? なに言ってるんだこいつ!?」


「あ、聞こえてました?」


「わざわざ聞こえるようにゆっくりしっかりはっきり言ってんでしょうが! やめてくださいよ!」


「いえいえーー。これは、あくまで可能性の話ですーー」


 現実に変えますけど。


「ちょっと!?」


 一度自分たちの業務を明け渡してしまうことの意味ってすごく重いですよ。

 ほら、考え直してみませんか?

 考え直してみましょう。

 考え直すべきです。

 なにも僕だって、冒険者ギルドを潰したいわけじゃないですよ。冒険者は嫌いですけど、ちりとりって必要だと思いますし。

 ただ、僕はその提案を受けることで、冒険者ギルドが崩壊してしまう可能性がありますよ、ってことを伝えたい。

 それだけなんです。


「今のところは」


「今のところは!? …………ちょ、ちょっと待っててくださいね! キフィナスさん! そこ動かないでくださいね!」


 そう言って、レベッカさんはバックヤードに駆け込んでいく。



「まずいですよマスター。あれマジなやつですよ」


「ううん……でも領主様の意向もあるしね……。それに、言っても彼、一冒険者だろう。Dランクの……」


「あいつにはマジでやりかねないところがあるんですよ……」



 うーん。話し合いは難航しそうですね。

 行こうか、メリー。



「き、キフィナスさん! バックヤードでじっくり話を……あいつどこ行きやがった!?」



・・・

・・



「というわけでですね。薬草採取は──」


「決定事項です。シア?相手よろしく。わたしは部屋に戻るから。ふん」


「……はい」


 そう言い残して、ステラ様は部屋から姿を消した。

 ええ……?


「……姉さまはお怒りです。わたくしも……、少し、ほんの少しですが、怒っています。なぜだかわかりますか」


 ……困ったぞ。

 僕が要求を呑んでもらおうとする前に、ちょっとよくわからない、それでいて答えないとマズそうな問いかけが来た。



「…………ヒントとかあります?」



 部屋の気温がすっごい下がった。


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