調査開始
それから、アネットさんはぶつくさいいつつ僕らに同行。大概じっとしてることができない人らしい。
私服のアネットさんは、ちょっといいとこのお嬢さん、って感じだ。
さすまたも、着られてる感じの制服もないとこうなるんだな……。
「な、なんだい。な、なにか、へんか」
アネットさんはスカートの裾を押さえながらちょっと不安そうに言う。
いえ、ちょっと新鮮だなって思っただけです。似合ってますよ。
「きふぃは。おんなのこのふくが。すき」
「へ……?」
「だいぶ語弊のある物言いはやめてくれないかなメリー」
僕は別に服が好きなんじゃなくて、着てる服によって印象が大きく変わることを面白いなって感じるだけだ。君にいろんな服着てもらうのもそうだし、いつもピシッとしたアネットさんがスカート履いてるのにはなんていうか僕の中で面白いギャップがある。でも、服なんて単体で見たら色のついた皮と布だ。別にそこに好悪の情とかないよ?ないです。
心外だ。ほんと心外。
「まあ……、わたしはどうせいつも制服着るしな。それより、キフィナスくんたちはこの後どうする気なんだい」
「僕はこの問題、わりと本気で解決したいと思ってます。できるだけ早く」
迷宮都市は、そこそこ居心地がいいから。
「うん。そうだな。わたしも、早く解決したい。これ以上の犠牲者は出しちゃいけない」
「これ以上? やっぱり私怨じゃないんですね」
「ああ。同一犯と思われる通り魔が、計8件ある」
一度殺しを覚えた人間というのは、それを繰り返す傾向にある。
問題の解決手段──自身の勝利条件に『相手の殺害』という選択肢が加わるからだ。
だから僕は追いかけていた。別に、猟奇的に殺したいほど憎んでた個人間のトラブルって話なら、僕はどうだっていい。
僕が被害を受ける可能性がないのなら、それがたとえ社会的に批判される選択だとしても、誰かの選択にわざわざ干渉はしない。
僕が本気で探し回ろうと思ったのは、気絶させてから殺すという手口に慣れを感じたからだ。
ただ、そんなに事件が起こってたとか正直知らなかったけど。
「うん。人々に不安を与えないように、箝口令を敷いていたからな。領主館の爆破なんかもあったから……。君が知らないってことは、こっちはけっこう上手くいってたみたいだな」
「肝心の犯人が捕まえてられないじゃないですか」
「う。……それを言われると。痛い」
「とりあえず、今日中に犯人を確保するつもりで動きます」
「ほう! やる気まんまんでいいじゃないか。でも、具体的にどうする気なんだ? わたしたちだって、結構頑張ったんだけど── 」
「はい! お金をバラ撒いて周囲から証言を集めましょう!」
「いやおかしいだろ゛!? そんなの捜査じゃないよ!!」
えっ?
なんかいきなりアネットさんが怒った。
「君さあ! やっぱり素行に問題があるって言わざるを──話の最中にメリスちゃんのお財布をまさぐるのやめろ゛!?」
なんで……?
「なんだその不思議なモノ見る目ッ!? 不思議なのは普通にキミだよ! ツレの女の子の財布をおもむろに触るの普通に最低行為だかンな゛!?」
「だってさ。メリー」
「めりは。いい。ゆるす。かんげい」
「この子たち合意の上なのがなおさら闇が深い……!!」
いや、別にどっちがお金持ってても一緒ですし……。なんか、メリーが持ちたいって言うから、適宜メリーからお小遣いもらってるだけです。
なんていうか、おままごとに近いところがある。僕はお金の力は信じても価値をいまいち実感できないし、メリーは暴力を信奉している。
これやるとメリー目に見えてご機嫌になるしね。ほら、笑顔してますよ笑顔。めずらしい。
「わたしにはメリスちゃんが笑ってるようには見えないんだが……。いつもと同じだろう」
「はぁ……これだから素人は困りますね」
「ん」
「いや、だからメリスちゃんもお金をぐいぐい渡すんのはやめようよ……」
というかー、なんでカネ撒いちゃいけないんですかねーー?
沢山集まりますよ。情報。
「ダメだよ! お金目当てで適当な発言をするかもしれないだろ!」
「いやー。こういうのは、とにかく数が大事だと思いますよ。どんな些細なものでもいい」
「ノイズが混ざったら混乱するだろ!?」
「嘘を見抜くのは結構得意ですし。観衆へのアピールもできるのでそういうのは一石二鳥です」
「……そもそも、ふつう協力してくれる人は、報奨なんて貰わないだろ。キフィナスくんの案は、餌で釣って口を割らせるようなものだ。……それは、不平等じゃないか?」
「平等じゃないことに何か問題ありますかね? 今必要なのは情報でしょう。お金で冒険者釣るのと変わらな──ああこれだと悪いことだな、ええと……まあいいや。手段を選ぶことで、なんかいいことあります?」
僕は、僕の知ってる人が傷ついたら嫌だなーって思うんですけど。
本官さん、勝利条件って何だったか覚えてません?
「ぐ、む……。覚えてるさ。覚えてるとも」
「『一秒でも早く、犯人を捕まえる』でしたね」
「そうだよ。『これ以上、誰も傷つけさせない』だ。だけどさ……」
「自分も危険かもしれないって状況で、勇気を出すためにはきっかけって必要だと思うんですよ。だって不安ですもん。次に狙われるかもしれないって」
僕は、痛いのも怖いのも嫌だ。
次に自分が狙われるとしたら絶対誰かに話したりなんかしない。あーいや、場合による。話した方が有利に立ち回れるならガンガン話す。たとえば相手が公職についてる相手──おっと。話が逸れた。
重要なのは、勇気を出すきっかけだ。
そのきっかけの形が、計算とか勘定とか打算とか。多少薄汚れてても、特に問題はないでしょう。
「……不安じゃなければ、話してくれるんだろうか」
「さあ? わかんないです。めんどくさいって人もいるかもしれませんね。けど、やっぱり一番は、不安だからじゃないですか?」
「わたしは、人々が不安に感じることがなければ、わたしが──いや傲慢だな。憲兵隊が人々に信頼されて。彼らの安心になれれば。そう思っているんだけどなぁ……」
……そこまで傲慢でもないと思いますけどね。あなたは、結構この街の顔やってる。
迷宮都市に暮らしてる人が一番見てる憲兵さんの顔は、冒険者も普通の人も問わず、多分あなただ。
背負った槍の石突で、街中に何本も線を引きながら駆け回ってるあなたを、知らない人はいないと思います。
「だ、だからあれは槍ではなく……。さ、さすまただと言って、いってるだろ……?」
「はは。官製品に文句付けられない立場って大変ですね」
どう見てもどう考えてもどう思おうと槍ですからね。
まあそれはともかく……、いくら信頼されても、不安を拭うというのは難しいんじゃないでしょうかね、現実的に。
「ああ、うん。そうだよな。わかって──」
「だって、本官さん背ちっちゃいじゃないですか」
僕はけらけらと笑った。
「オマエーーーーっ!!!」
・・・
・・
・
「なあ。キフィナスくん。先ほどから、どうも君は話を聞く相手を選んでいるようだが」
はい?
ああ、直感で選んでますよ。
「老人、病人、路上生活者……。ふつうの街の人にはほとんど聞いてないように見える」
「気のせいではー?」
その人たちは『ふつう』ではない。
だから、憲兵隊が尋ねることも、憲兵隊に訪ねることもしないだろうな、と思った。優先して聞いている、というのは首をひねっているアネットさんの見立て通りだ。
……けど、これを言うとひどい当てつけみたいになるからな。
僕は結構気配りがうまいのだった。
襲われた時間は夜間。
僕は、この辺りに住んでる人と、それから僕の直感で選んだ通行人の人に『ゆうべ、この辺りで物音を聞きませんでした?』と尋ねていた。
この聞き方なら、相手に先入観を与えることはない。
お、いい人発見。
薄汚れた服装に細い足。おそらくこの辺りを拠点にしてる人だ。
「はいこんにちは。お時間ありますかー?」
「な、なんだ突然?」
「僕は怪しいものじゃないですー。いまお話を聞かせてもらってましてー、協力してもらったらお礼も出せますよー?」
僕は指を鳴らす。……上手く鳴らない。メリー?
メリーが僕の仕草に合わせて銀貨をちらつかせてくれた。
相手の目の色が変わる。警戒から疑問。
──食いついてきたな。
「僕があなたに危害を与えることはありません。ただ、お話を聞かせてもらうだけです」
「けど、俺にゃ話せることなんて別に……」
「はい。なくてもいいんですよ。僕はただ、『ゆうべ、この辺りで物音を聞きませんでした』って、尋ねてるだけなんです」
「──あ」
相手は、小さく声を上げた。
……メリー。
僕の声に反応した人、他に、誰かいる?
「ふたり」
そっか。
じゃあ、この人が外れたら、その人たちに聞くことにしよう。
「落ち着いて。話したくないなら、強制はしません。昨日、あなたは何を見たんですか?」
僕は相手の反応から『見た』にシフトする。
誰かに情報を聞き出す時には、自分が聞きたいことを直接尋ねるべきじゃない。
いや、正確には信頼できる相手か否かを確かめた上で、本題に入るべきだ。
言葉は万能じゃない。工夫したって誤解を与えることも多いし、相手が質問に正しく答えてくれるとも限らない。特に僕なんかはそうだ。
だから聞き方を工夫する。お金を呼び水に、僕の聞きたいことを話してもらうんじゃなく、語りたいことを語らせる。
「……あれは、俺が目を覚ましたときだった。俺は見たんだ。見ちまった。暗闇で、光る、紅い目が──」
「はーい。ゆっくりでいいですよ。落ち着いて、話してくださいねー」
──こりゃ本命っぽいな。僕は銀貨を1枚おじさんの震える手に優しく握らせる。
「きふぃ」
メリーが指さしたのは、ふらふらと熱に浮かされたように歩く、血のように赤い目をした女の子だった。
こらこら。人を指さしちゃいけないよ、メリー。
僕は今から重要な発言を聞くから、ちょっと待ってね。
「はい。はい。なるほど。そうなんですね──」
僕は身を乗り出して相槌を打ち、『あなたの話に興味があります』という姿勢を全身で表現しながら、犯人の人物像を組み立てていた。




