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セイラー救貧院にて




 ──最初に足を踏み入れたとき、ここは狂信者のねぐらかな、と思った。


「ようこそいらっしゃいました♪」


 それから、ニコニコと可憐な笑顔をしてる部屋主の顔を見て。

 僕はやっぱり、邪神崇拝者の聖地なんだろうと思いなおした。






 僕とメリーは、以前子どもたちを押し込んだ孤児院──セントセイラー救貧院にご飯をタカりに来ていた。

 僕に何かを恥じる気持ちはない。一点の曇りもない、青空のような心持ちで、ご飯をタカりに来た。

 別にそれ以上の理由は何もない。


 きっと料理を専門にするお店よりずっとおいしくないだろう。

 おかずも少ないかもしれない。味付けが辛かったり苦かったりするかもしれない。

 ──だが。僕は今日、ここにタカると決めたのだ。



 僕がメリーの財布からお金を抜くと、救貧院の職員は笑顔を張り付けて応対してくる。

 そのまま子どもたちのところに案内された。

 話が早い。


「「わーっ! ひさしぶりー!」」


 ヨハンくん、ジェンマちゃんをはじめに、数多くの子どもたちが僕を出迎えてくれる。あの時の、カスどもに捕まってた子どもたち以外もわーわー僕らの前に集まってきた。


「きふぃ。にんき」


「違うよ。この子たちは、日常生活の中で、なにか特別があるから寄ってきてるだけだ。僕の人気は何も関係──」


「きふぃなすおにいちゃん!」


 あー、ショウタくん? ……合ってるなショウタくん。ショウタくんどうしましたか?


「あのね、あのね……」


 実のところ、僕はこの子たちの名前とかちっとも忘れていた。

 市民生活において、名前というのは重要なものなんだけど、なにぶん子どもの社会的影響力は低いなって考えが僕にはあって、その結果、名前とか最初っから覚えてなかったのだ。持ってない子もいたし。

 だから、今パッと聞き出した。

 『キフィナスはねー』とか、自分で自分の名前を名乗って子どもに真似させるのがコツだ。初めて会ったのになんで名前わかったのって? いま自分で名乗ってましたよ。



「おなまえ、せんせにもらったの」


 ああ。君は……カテリーナちゃんだったね。

 それはよかった。

 それはね。誰かから貰った、はじめての、君だけの財産だよ。大事にするといい。


「よくわかんないの」


 そっか。キフィナスが喋るの上手くなくてごめんね。

 ここでの生活は、どうかな。


「「「「「たのしい!!!」」」」」


 そっか。

 ──それは、いいことだね。



 ……さて。

 なんか思ったよりお腹空いてないな?


「きふぃ」


 うん。子どもたちの楽しそうな顔を見れて安心──じゃなかった。

 やっぱりご飯は専門店で食べるべきだろう。ふっと思い出してふらっと立ち寄ってみたけど、突然の訪問に対してこの対応ができるなら演技の可能性はかなり低く見積もっていい。僕なら太いパトロン相手には『懐かせる枠』を定めてその子たちだけに相手をさせる。まんべんなく色んな子と話をしてみたが表面上の問題はなさそうだった。


「きふぃ」


 『僕が人を売るために払ったお金、いったいどこに使われているのか』という部分が不明瞭だから、それを確認するために食事を作ってもらおうと思ってたけどこの調子なら──ん?

 どうしたんだいメリー? きみ小っさいから普通にここの子だと思った。


「あれ」


「あ……?」


 メリーが、物陰を指さす。

 そこには、黒い頭巾を被った桃色の髪が──桃色?



「愛ですねっ♪」



 ──僕は、ふっと忘れていた。

 ここが、僕の理解を超えた言(アイリー)動を繰り返す人物( ンさん)のねぐらだったということを。



「アイリです。あなたさまのアイリです♪」


「距離が近い」


「まさか、あなたさま自ら、おみ足をお運びいただけるなんて望外の幸福ですっ。わたくし、感動でうち震えていますっ……♪」


 うち震えっていうか震えすぎでしょ。痙攣してませんか。怖い。


「さあっ。さあこちらにっ。どうぞっ」


 ぐいぐいと、アイリーンさんは僕を強引に引っ張ってくる。

 本来痛がるなり抵抗するなりすべきところなんだろうけど……僕は引っ張られるのにはすっかり慣れてしまっていて、そのせいで細腕にするすると拉致されてしまった。





 そうして、現在に至る。

 僕はアイリーンさんの私室に連れてこられてから見たものは、何やら奇妙な、人を模した……?オブジェの山だった。

 部屋中に、よくわからないものが散乱している。埃がつもっているわけではなく、清潔なのに、純粋に人型のナニかのせいでスペースがない。


 ほのかに漂うふんわりした甘い匂い……とのギャップが酷い。

 救貧院の一室にこんな場所があったとか一大スキャンダルだぞ。


「お疲れさまでしたっ♪ 子どもたちのお相手、大変だったでしょう?」


「いえ。別にそこまででは」


 子どもたちよりよほど厄介なものを普段相手にしてますので。

 目の前の人とか。


「うふふ。あの子たち、急なお客様で、元気が有り余っちゃったんですねっ。そろそろお昼寝の時間なのに、みんな目が冴えちゃってましたよ」


 どうやら、僕が普段の子どもたちのスケジュールの邪魔になってたから連れてきたらしい。

 それは若干申し訳ないです。


「これも、あなたさまの愛の力ですねっ♪」


 違うと思う。



 僕を連れてきたアイリーンさんの意図は分かった。何の理由もなく拉致してきたわけじゃなかったらしい。意図はわかったけど説明してほしかった。

 というか、なんだこの……なんだ。この名状しがたき器物の山は何なんだ。


 人を模したと思しき何か歪んだものが、部屋中に散らばっている。

 鼻はゆがみ、目は左右非対称。手と足も、ちょっとおかしい位置から生えている。特に手指は悲惨だ。太くて節くれ立って間接が妙に多くて、これじゃピアノは弾けそうにない。

 なんていうか、これは子どもが作る、ただ純粋に技量が足りないが故に産まれたものじゃないと感じる。

 なんだろう……生理的嫌悪感を掻き立てる、見てると精神が不安定になる下手さなのだ。

 僕は部屋の周囲をまじまじと見ると、アイリーンさんはニコニコしながら、


「彫刻ですっ♪」


 と僕に教えてくれた。


 明らかに彫刻ではない。となると彼女が指したのは超克ちょうこく……?

 この人いったい何と戦ってるんだ……。


「趣味なんです」


 何かと戦うのが……?

 え、セツナ族のひとですか? こわ…………。


「はい。戦ってるのかも、しれないです。……わたくしは、すこし、不器用なんです。神さまからの数字にも、そのように書かれておりました」


 僕は斬りかかられる不安を抱きつつ、気分を害して斬りかかられないように相手の話を聞く。


 神様からの数字──《ステータス》のことだろう。それを閲覧できる人の気持ちは、灰髪の僕にはわからない。最初から見ることができないからね。

 自分の能力に数字が振られ、何が向いてる向いてないと一目でわかる感覚は、どんなものなんだろうか。

 多くの人はそれを受け入れて、自分の得意なことを伸ばしているようだけど。


「DEX1。この四文字によって『才能がない』と、アイリは神さまから宣告されているのでした」


 そう言ってアイリーンさんは、足下の邪神像を一体、慈しむように持ちながら、儚げな笑みを浮かべた。


 僕には、返す言葉が浮かばない。

 僕には体験しようもないことだ。それが痛いのか、苦しいのかもわからない。


「うふふ。あなたさまは、やっぱりお優しいのですね」


 えっ? 何の話です?


「わたくしは、痛くも苦しくもないのです。ただ、使命感のもとに、作っています」


 邪神崇拝的な……?


「アイリには才能がありません。それでも。わたくしは粘土をこねることも、木を削ることも、鉄を丸めることもやめないのです。わたくしよりも何かを作るのが上手なひとは、どこにでもいます。ですが、わたくしの中にある想いを──愛を。形にしたものは、わたくしにしか、作り出せないものです」


 「その結果がこの邪神像の山で?」と僕は茶化そうと思ったが、思いのほか真剣な表情だったのでその言葉を呑み込んだ。



「……うふふ。いけませんね。わたくしのことばかりお話ししています。さあ、あなたさまのこともお聞かせくださいっ」


「説明なく突然僕を部屋に拉致したことにいけなさを感じてほしいんですけど」


「まあ! ひどいですわ。いったい誰がそんなことを?」


 あなたですよ? ……自覚がおありでない。

 あ、ひょっとしてこの人の中では『強引に連れ込んだ』のではなく『合意の元この部屋に来てもらった』なのかな。抵抗すりゃできるだろ的な。

 こういうタイプに説明をしてもしょうがないな……。


「はあ……。僕のことって言われましても。僕は西の果てから王都に来た、八流?冒険者ですよ。特に話せることなんて──」


「いいえ。わたくしは、そんなあなたさまのことが知りたいのです。どんな些細なことでもよいのですよ。あなたさまが何を大事にしているのか。何を好んでいるのか。何を愛しているのか。それが、わたくしの知りたいことなのです」


 そう言って、アイリーンさんは僕の手にそっと手を重ねる。

 距離が近い。甘い匂いがする。近い。

 ……アイリーンさんに、僕への嫌悪や猜疑の感情は見えない。この人の言葉に嘘はなく、僕を慕っているのがわかる。

 だからこそ、何を考えてるのかわからない。

 わからないけれど──、


「……はあ。とりあえず、座らせてもらっていいですか。あなたの邪っ……作品で、どうもこの部屋には足の踏み場らしいものがないみたいで」


「……はいっ! じゃあ、お茶を淹れてきますねっ♪」


 作品を雑に壁に立てかけて、ぱたぱたと機嫌良く出ていくアイリーンさんを見ながら、僕は思う。

 ……僕はどうも、僕を好いてくれるひとに弱いところがあるようだ。


 明らかにヤクい空間に留まるメリットなんてどこにもない。

 それなのに『ちょっと話すくらいならいいかな』とか思ってる自分がいる。



「……メリーは、どう思う?」


「きふぃがおもうことなら。それは、いいこと」


「そうなのかなぁ……」


「あぶなくなったら。めりが。たすける」


「できるだけ穏便にね」


「お待たせしましたっ! お茶、三人分淹れてきましたよ♪」



・・・

・・



 それから、ご飯を相伴になる前に僕らは帰った。

 出されたお茶が普通に美味しくなかったからだ。なんか、へんな葉っぱの臭いした。常識の範囲内でおいしくなかった。


 アイリーンさんは、どんな些細な話すら身を乗り出して感心して聞いてくれて逆に怖かったです。僕の好物が蜂蜜ってしょうもないことの一体どこに涙ぐむ要素があるのか僕にはわかりません。何を考えているのかわからない。

 あと、僕が話をしている最中、メリーがじー……っと、僕に向ける透明な眼差しも、何を考えてるかわからなくてとにかく怖かったです。

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