ふらりと立ち寄った料理店にて
「いやぁ、ありがとうございました。新しい知見を得られました」
「ん。よい。かなん。よくやった」
「おお、メリーが名前を覚えている。カナンくん評価高いですね。評価を得られるだけのことはありましたけど」
「あ、ああ……。ありがと?」
服屋での一件を終え、僕らは迷宮都市をぶらついている。
結局全部買った。僕はあのお店の人に太客と認識されて久しい。
僕がメリーを着せ替え人形にして遊んだ分着せかえ人形にされた。
まあ普通に楽しかった。でもマントと仮面とシルクハットで大興奮するメリスさんの感性は僕にはわかりません。
そんなこんなで時刻は昼前。ちょっとおなかが空いてきた。
「今からご飯食べますけど、カナンくんどうします?」
「メシ? この時間に?」
カナンくんは不思議そうな顔をした。
「ふつーメシって言ったら、この辺じゃ朝と晩だと思うんだけど。キフィナスさんたち違うのか?」
ああ、僕らは壁の外に故郷があったので。そっちの習慣では一日三食だったんですよ。
迷宮都市はとにかくダンジョンが近い都市なので、いつでもダンジョンから帰ったばかりのお腹を空かせた冒険者がいる。だから飲食店は終日空いている。
ただ、営業時間がズレてる店はそんな冒険者をターゲットにしているわけで、そうしてない店より味が落ち、酒の種類が多い傾向がある。
酒に酔うと金払いが増える。結構棲み分けができているのだ。
西ヒドゥーム通りは冒険者向けの店が多い。
香辛料の匂いが鼻をくすぐった。
「師匠は腹は空かせていた方が都合がいいって言うんだけど」
あのひとがそれ言う理由、多分『はらわたに物が入ってない相手は斬った時に比較的臭くない』とかですよ。いや知りませんけど。
まあ、ダンジョン内に持っていける食料の問題があるので、二食の習慣づけは合理的ではありますけどね。
「ああ、やっぱり。じゃあ、なんでキフィナスさんは三食食べるんだ?」
え? もちろん、僕は冒険者じゃないからですよ。
「いや冒険者だろ。キフィナスさんD級だろ」
「精神的には違いますよー。僕は精神的には冒険者ではないですーー」
「……受付のねーさんがいつもキフィナスさんに怒る理由、ちょっとわかった気がする」
え、まだ怒ってるんだ。
やだなあ、代理とか立てて一元管理とかできないかな。できないか。
・・・
・・
・
「はいメリー。あーん」
「あー」
「……アンタら、いつもそれで食べてるの?」
冒険者向けの安いお店で、僕ら三人は食事を取っている。
カナンくんの分は奢ってあげることにした。服を選んでもらったお返しだ。
過剰においしいものを食べると舌の価値観が破壊されるので、カナンくんを慮って冒険者向けの店を選んだ。
「食べてますよー。メリーは食器使えないんです」
「ああ。食器って使いづらいよな。オレもあんま慣れてなくて──」
「いえ。メリーは食器、破裂させるんですよ」
メリーが、カナンくんの前でスプーンを持った。
スプーンは破裂して散弾になり、壁へと突き刺さった。
「わざわざデモンストレーションありがとうねメリー。あっ店主さんこれ迷惑料です。僕の連れが食器を壊してしまったので。どうか受け取ってください。代わりにこれを受け取った瞬間僕らとこの店との利害関係はフラットなものになりますけどいいですよね。いいですね。よし。……ああカナンくん。わかりました?」
「…………壁、突き刺さるどころか突き抜けてるんだけど」
「この事件の被害者はいません。……いないよね、メリー」
「いない」
「よかった。……ということで。メリーが食器を持っちゃいけない理由がわかったと思います」
「ああ、うん。わかった。わかったけど……オレ、隣の席行ってもいい?」
「え? なんでです?」
「かなんは。よい。よいしごとした。よかった。いてよい」
「なんていうか……、オレ、邪魔してない?」
「邪魔?」
僕とメリーは顔を見合わせる。
邪魔ってなんだろう。
「いや……。いいんだけどさ」
僕はメリーの口にスプーンをひょいと運ぶ。
ぱく。メリーが口を閉じる。
ひょい、ぱく。ひょいぱく。ひょいぱく。
楽しい。もっとやろ。
ひょいぱく。ひょいぱく。ひょいぱく…………。
「…………キフィナスさん、キフィナスさん。 頼んだミルク粥、このままだと冷めるぞ。オレもう食べ終えちゃったけど。まだ一口も食べてないじゃんか」
ひょいぱく──え? ああ、そうでしたっけ。
「きふぃ? ……。よくない。きふぃ、たべる」
「でもなぁ」
僕が食べているとメリーが食べられないという重大な問題が発生している。
そうなると、僕としてはメリーを優先したいんだけど。
「きふぃが。さき。たべる」
いや、君が先に食べるべきだよ。
食べなくていいとか言って残したままどっか行こうとするでしょ。
「きふぃ。たべる。たべるの」
メリーが食べる。食べるの。
ああもう抵抗しないで。こぼれるからダメだよ。
「いや、じゃあ交互に食べたらいいんじゃないか?」
僕が注文したのが山羊のミルク粥で、メリーがバカみたいな量の香辛料ぶちこんだ激辛カレーじゃなきゃその提案を呑めたんですけどね。
これ交互に食べるのは僕の舌がやばいことになる。多分さっきのスプーンと同じで舌先が破裂しますよ。
「普通の店だぞここ。キフィナスさんのベロが飛び散るような料理出さないだろ」
「いやいや。僕、辛いの苦手なんですよね」
きっと僕の舌は飛ぶよ。そしてこの店は営業停止処分になる。
お店の人に迷惑をかけるのも問題だからね。
だから、メリーが先に全部食べた方がいいと言うことになる。
「きふぃが」
いやいや。更に付け加えるなら、僕が頼んだ料理は冷めてもいいんだ。
山羊の乳とか風味が強いからちょっと冷めたくらいなら食べられる。あと、癖が強いからだいたいどこで頼んでも逆に外れがない。だから選んだんだ。
いいかい? 口先ならメリーより僕の方が強いよ?
「……。わかた。めり。おもいついた」
一応聞くだけ聞いてみるけど。どうぞ?
「かなん。きふぃに、たべさせる」
ん……、ああ、その手があったか。
それなら二人同時に食べられるね。
「は?」
カナンくんはもう食べ終えたんだよね?
ごめんだけど、ちょっと僕に食べさせてくれない?
「え? いや、それ、おかしくないか?」
「うーん……。どうだろう? おかしいのかな、メリー?」
「しらない」
僕らには一般常識というものが、残念ながら備わっていないのだ。
なのでおかしいと指摘されると、うーん、と悩むことになる。
もっとも、別に備える気もなかった。
「ほらメリー。あーん」
「あー」
「き、キフィナスさん……、あ、あーん……」
「あー」
僕の口に自動的にミルク粥が運ばれてくる。
なるほど、なかなか合理的だな。
カナンくんが席を離さないでくれてよかった。
そんなこんなで、僕らは三角形になって食事を取った。
この店のミルク粥は、別に冷めててもいいような、正直言ってどうでもいい味がした。
「あー」
「あー」
「いや、オレはいいけど……オレはいいけど、なんかおかしいと思うんだよな、多分」




