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迷宮都市の日常~雑貨屋編~


 宿屋の朝。

 目が覚めると、メリーの綺麗な瞳と目が合う。

 というか、メリーの肌の体温が感じられるくらい近くに顔がある。


 割といつもの光景だ。

 最近のメリーは、なんかこう距離が近い。



「どしたの、メリー」


「ん。きふぃのかお。みてた」


「僕の顔になんかあるかな? 別に不思議なことなんてないと思うけど。せいぜい、目が二つと、鼻と口がそれぞれひとつずつ付いてるくらいで──」


「ん。ふしぎ。きふぃのかお」


 おっとぉ? まさか十年来の付き合いある幼なじみから、顔面の作りを揶揄される日がこようとは思わなかった。

 いやぁ申し訳ない。その辺は製造責任者に言ってほしい。僕の関与の度合いは低いからね。


「みてると、めりは、あったかくなる」


 おや。熱とかあるの?

 今日はゆっくり休む? ダンジョンとか行かずに休む?


「やすむ?」


 えっ本当に? てきとー言ってみただけだけど……メリー、本当に熱ないよね? 大丈夫? ちょっとおでこ借りるね。

 ……うわ、なんか心なしか本当に高いぞ。


「いま。あがった」


 え、どうしよう本当に? 困ったな僕に医学の心得はないし宿屋のスメラダさんもインちゃんもこの辺は門外漢だし本官さんはあれでなかなか忙しいしレベッカさんは冒険者とばっか話してるから知能が日に日に下がってそうだしそれ以外に浮かぶ顔はだいたい七癖くらいあるし……。いやでもメリーが体調を崩すとか僕の知る限り一度もないぞ。色々雑な子が体調崩すってこれ大丈夫なやつかな大丈夫じゃなくてもメリーの看護は僕がやるし誰にも譲る気はないけどなんかちょっと心配になってきたどんどん心配になってきたな。心配が加速してくぞ。僕の体を心配だけが離れて旅に出てしまいそうなくらい加速して──。


「だいじょぶ。めりのは、うつらない」


 ……ん? そうなの?

 いや、それでもやっぱり心配だけどね。共倒れがなくなるってだけで。

 その病気の専門家はいるのかい? どこにいたって、まあ……、人並み以下の速さかもしれないけど、僕が必ずこの場に連れてくるけど。


「きふぃ。きふぃが、せんもんか」


 僕? ははは。

 メリーは僕をがんがん買いかぶってくるねー。僕はメリーの中で、万病の専門家なのかい?

 いや、確かにダンジョン資源で得た知識もあってその辺の冒険者より知識はマシだと思うけどね。でも買いかぶりだーー。

 メリーの中の僕と現実世界の僕を戦わせて遊んでみるかい? 多分こっちの僕、二秒持たないよ。



「きふぃは。つよい」


「そうかな。僕が強い子なら、稽古とやらも必要──」


「だめ。きふぃは、よわよわ」


「支離滅裂な言動だねメリー。それも症状のひとつかな?」


「ん。そう。あってる。ただしい。みたてがよい」


 メリーは、そう言って僕の顔をじっと眺めてくる。

 ……透き通ったメリーの瞳に映る僕の瞳は、何とも濁っていることだなぁ。


 そうして、顔をつき合わせたまま、お互いに沈黙する。


 こんな感じで、メリーと沈黙を共有する時間は結構好きだ。

 僕なんか隙あらば喋るけどね。どうも僕の舌が軽いせいで、こういう時間をなかなか作れない。これは誰のせいだろうか。生育環境……つまるところ、概ね政治とかが悪いのではと思う。


「まち。いく」


 僕らがしばらくそうしていると、メリーの方からそんな提案をしてきた。

 僕の勝利条件からすれば、街の方にメリーが行くのは大歓迎だ。とても都合がいい申し出と言える。

 無理なくできる範囲で、僕がエスコートするよ。背伸びしない範囲でね。なにせ、君は僕より背が低いから。


「あいびき」


 挽き肉? メリーは暴力性が高いね。今日のお昼はハンバーグにしようか。


「…………。きふぃは。おっちょこちょい。だめっぴ」


 えっ。だめっぴってなんだい。

 僕を形容する言葉を勝手に増やされると、ちょっと僕は困ってしまうんだけど。

 君だって呼び名色々あって迷惑してるだろ? 《金の流星》だとか《暁の天使》だとか《激しい暴力性》だとか……あー待ってメリーきみ一人でドア開けようとしちゃ──。


 あーあ。また弁償だな、これは。

 メリーのせいです。



・・・

・・



「今日のお前さん絶好調だな」


 僕が懇意にしているヒゲ生やした雑貨屋の店主さんは、うんざりした顔で僕に言った。


 この人は何度かメリーと顔を合わせている。冒険者ギルドとの繋がり──つまり黒い人脈だ──もあって、メリスの事情は大なり小なり理解している。


 そして理解しているということは──つまり、メリーは悪くないってことになるんじゃないですかね?


 そう。そこのドアは経年劣化だ。僕がドア開けて、メリーが入ってきて、その瞬間ドアが炸裂したことは因果関係が立証できない。ちょっと床枠踏んだ?いやー知らないですけど。

 はーそれとも何ですか? お金払えばいいと? お金で解決します? しません?


「今日のお前さんホント絶好調だな」


 いやいや。僕としても、懇意にしている雑貨屋さんとの繋がりを失うのはとても惜しいですよ。雑貨屋さんにしたってそうでしょう。

 ヒゲもじゃのおじさん──ああ、個人の美的感覚はどうもバラつきがあるので、あくまで一般論でですね? ヒゲもじゃのちょっと清潔感の足りなめなおじさんと、あっちの通りの看板娘のいる雑貨屋と、どっちが人気なのかって話です。いえ、個人攻撃の意図はありませんよあくまで一般論で。そうですね。そうするとやはり不利だと言えますよね。

 さて、競合サービスの末路はいつだって血塗られてる。お互いに共食いしながらお客さんに媚びへつらって競争相手を追い落としたら居丈高に振る舞うものだ。そして現在その競争の真っ最中ということですね。ここまではご理解いただけましたか?


「商売への偏見に満ちてやがる。だいたい、アリサは俺の姪で──」


 いやいや。お店を狙ってることも考えられますね? 可能性はいつだって否定できない。否定できないということはゼロではない、存在するということになる。

 つまりお店を狙ってると考えてもいいかもしれない。考えるべきです。さあ今置かれた環境を踏まえた上で勝利条件を考えましょう。あなたの勝利条件はこの店の存続だ。つまりどうすればいいですか?


「あ……? あ……?」


 どうすれば、いいですか?


「おれの……、みせ、まもる……?」


 いいですね。ゆっくり復唱を続けてください。

 あなたは、この店を、守る。


「おれ、みせ、まもる……おれ、みせ、まもる……」


 ……よしもう一息だ! 思考を誘導し、あえて口に出させることでその思いこみは更に強まる。ゆっくりと復唱させる。

 さて、こうして僕のもくろみを──。



「バーニィおじさんの店で何してんのよ」



 おっと? ああこんにちは、競合雑貨屋の娘さん。

 今、ちょっと思考誘導をしていました。


「思考誘導をしていました!? おじさん! おじさん!?」


「……はっ! お、俺はいったい何を!?」


「あーーこれはいけない。もくろみに失敗してしまったので、僕はおいとますることにしましょう。新しい木の棒と、油と、色々補充させていただきました。修理費と迷惑料と合わせて、支払いは──メリー?」


「ん」


 僕の上手く鳴らなかった指ぱっちんの合図で、メリーが財布から金貨を出す。


「え、Sランク冒険者にそんな真似を……」


「じゃあいこうか。メリー」



 説明もそのままに、僕らはその場を立ち去った。



・・・

・・



 ふう……。


 ちょっと荒療治だったけど、これで、彼らのメリーへの印象は『突然扉を破壊しながら家屋に進入してくる冒険者』じゃなくなったはずだ。

 これだと限りなく強盗のそれに近い。

 煙に巻いて、その印象をぼんやりとさせるのは僕のもくろみ通りだ。

 いやしかし、姪っ子さん来るのもうちょっと早ければな。刷り込みの行程を踏む前に止めてくれてただろうに。


「きふぃ」


「なんだいメリー」


「よくない」


 何がよくないのか。

 僕は暗示を掛けようとしたけど、それはただ、自分の店の経営状況にちょっとした危機意識を持ってもらおうと思っただけだよ。実際、最近資金繰りが悪いって聞いたからね。

 現に、復唱させる時には姪御さんの名前は僕は出してない。あくまで、お店に対する愛着を強めてもらおうとしただけだよ。

 僕は善良だからね。


「でも。きふぃが、わるいこになる」


 ならないよー。なにせ僕は善良だからね。

 それに、元々灰色の髪してる冒険者なんて悪い目で見られるものだ。

 それともー? いやなら君がコミュニケーションをしてくれたっていいんだよー?


「…………。きふぃ。ずるい」


 うん。僕はずるいよ。




 買い換えた棒で地面をつつきながら、僕はメリーをじっと見つめる。

 蜂蜜色の目はいつも透き通っていて、世界をそっくりそのまま瞳の中に映している。


 ……でも、メリーは自分の世界を広げようとしない。

 ずっと昔からそうだけど、いつも同じものを食べ、いつも同じ服を着て、いつも同じことをしようとする。

 辺境の旅路では、同じことなんてできなかったわけだけれど……いつかを境にその傾向はどんどん酷くなって、王国に来てからはもう万事が万事この調子だ。


 『必要じゃなくなったから』とかいう理由で僕がいないと食事をしない。『汗はかかないから』と風呂にも入らない。人とのコミュニケーションも最低限未満しかやらない。

 世界の多くを──綺麗なもの、心動かすもの、かつて自分が好きだったものすら、関係ないと削ぎ落としているように僕には感じる。



 …………僕はそれを、いつも寂しく思う。






「なんなん、あの灰髪の人」


「ウチの常連だよ。顔に笑顔張っ付けて、べらべらとよく喋る。……なあ、アリサはウチの店、潰そうとしたりしないよな」


「するわけないっしょ」


「そうだよな……。そうだよな。そうだよな……!! はあ……、悪いヤツじゃあねえみたいなんだが。いつもいつも、あのS級冒険者の目の前だと売れない道化師みてえな言動をしやぁがる」


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