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「僕にどうしろと性が高い」


「あー……見間違えだろう。見間違えじゃなかろうか。見間違えってことにしたい」


 僕は目をこすって宿屋《翠竜の憩い亭》を確認する。

 『差し押さえ!』の文字は何度見ても変わらない。


「うーん。何度目をこすっても差し押さえって書いてあるなぁ」


 僕はおいしい食事とふかふかなベッドを求めていたんだけど……。

 こうなるとアテが大きく外れるぞ?


 今更別の宿屋を探すというのも、ちょっとなぁ。

 だいたいメリーが壁や床やその両方を破壊して出禁(できん)になるし。

 それから、僕はお酒入ってる冒険者と会うとだいたい喧嘩になる。その喧嘩にメリーが出張ると最悪事件に発展する。

 もちろん、インちゃんとスメラダさんもちょっと気になるし……。


「こういう時は、誰かに聞くに限るか。行こう、メリー」


「ん」


 僕は心当たりのありそうな人物に尋ねることにすると──。


「あれ? しばらくぶりっすねー、先輩」


 ばったり、知り合いのニーナくんに出会った。

 彼は、僕の数少ない心を許せる冒険者だ。


 黒い《フルフェイス・ヘルメット》を被り、ダンジョンで出土した武器《光線銃》を携帯し、《アーム・ターミナル》なる謎の装置を盾としている。

 《ゲーミング・ライダースーツ》なるしなやかな装備に身を包んだ、高ランクのダンジョンにひとりで挑んでいる冒険者だ。

 ダンジョン外でも黒い兜を被り続けているので、素顔を誰も見たことがない。僕よりも背が高いから結構威圧感あるんだけど、まあ、大剣とか持ってうろつかないだけ遙かにいいと思う。


 彼はすごいぞ。なにせ着てる服が暗闇で赤とか青とかに光るからな。すごいカッコいいと思う。

 それに光源を手に持たなくていいのは便利だ。僕も光る服着てみたい。


「またダンジョン行きません? メリっさん抜きでも」


「だめ。にな。きふぃは。めりの」


「メリっさんと行くとピクニックになるんすよねー。いや、一緒でももちろん歓迎すよ」


「え、やだ。嫌です。君の行くダンジョン、《機械系》多いじゃん。僕ダメなんですよ。殺気がないから」


 ビームとかレーザーとか撃たれるとそのまま死ぬ。

 自動ドアとかもうビビりまくりですよね。なんでドアがひとりでに開くのか。とにかく気持ち悪い。

 あとトラップの殺意がすごいんですよ。なんか光のやつに触れると投げた石が空中で灰に変わるとか。絶対通りたくない。通ったことあるけど。


「そういや先輩。レベッカさんブチ切れてたっすよ」


「え、やだな……。ニーナくん代わりに薬草の報告してもらえますか? 今までサボってた分も一緒に」


 僕は袋ごとこんもり積もった薬草をニーナくんに渡した。


「え、ジブンが机の上にこれ置くんすか? 嫌がらせに近い量っすけど」


「迷惑料も込みで。それじゃあ、よろしくお願いしますね」




「うわー行っちゃった……。ま、ジブンはパシリやるだけなんでいっすけども」



・・・

・・



「というわけでですね。血も涙もない冷血な金貸しの仕業だと思うんです。善良な母子家庭を陥れるとか最低ですよね。心当たりありますか」


「ああ、うん。その件だったらボクが担当したよ」


「やっぱ金貸しって最低だな」


 僕は素直な気持ちで言った。



 ──現在、僕は迷宮都市の邪悪な金貸し(以前僕にお金を貸してくれなかった!)クロイシャさんの店に来ている。

 蛇の道は蛇。金貸しには金貸しだ。何か知っているかもしれないと思って声をかけてみたら、まさか犯人がこんなところにいたなんて。

 まったく因果なことである。


「ふむ。一応誤解は解いておこう。ボクは翡翠の──スメラダ・ギーベとは古くからの友人だし、これは温情措置だ」


「抵当で家差し押さえるのが温かい対応って。平熱マイナス300℃くらいありません?」


「マイナス273℃を超える物体はここにはないかな。ボクの平熱は人よりも低いけれど」


 やっぱり冷血人間なんだなぁ。


「別に、ボクがどう思われようが今更気にはしないけれど──スメラダがこうなったのは、キミの責任も大きいんだよ」


 え? なんで?


「哀れなスメラダの金銭感覚は完全に壊れてしまった。彼女が何をしたかというとね、市場のあらゆる食品を購入しようとしたんだ。千年祭の料理大会が迫っているなどという理由で」


「はあ。食料庫もあるんですし、別にそこまで大したことじゃ──」



「竜種のあらゆる部位の肉を買い漁っていても、そう言うのかい」



 ええ……?

 竜種の全身って金貨100枚じゃ足りないぞ。

 修繕費とか迷惑料とかでちょくちょくお金出してるけど、足りたのかなぁ……。いや足りてないのか。


「彼女は言うんだ。千年祭であれば、あらゆる食材が出てくる可能性がある。料理人として、そのすべてに知悉しなければならないと。友人としてボクは止めはしたよ。それなりの時間をかけて諭しもした。それから──お金を貸したんだ」


「結局貸してるんじゃないですか」


「もちろん。彼女の大きな胸にはそれよりも遙かに大きな炎が蓄えられていたのだから、ボクが商売をするのは当然のことだ。《貧者の灯火》の経営方針は、持たざるモノに機会を与えることだからね」


「その先に破滅しか見えてなくてもですか」


「それはそうだよ。だって、大きな成功と破滅とは表裏一体だ。リスクを冒さない者にはそれ相応の成功しかない」


「それ相応で。いけないことありますかね」


「それ相応で、満足できない人間こそ。ここの利用者に相応しいということだよ」


 そう言って、クロイシャさんはくすりと笑う。

 ……いや、僕がこの店のマーケティングターゲットから離れてるのはもはやどうでもいいことなんですけど。

 それよりもあの二人はどうなったんですかね。


「ああ、勿論悪いようにはしていないよ。彼女には熱意があり、今もその火は全身を動かす原動力になっている。胸の熱が消えない限り、彼女はボクの愛すべき顧客だ」


 そう言うと、クロイシャさんは指をピン、と鳴らす。



「はいっ。ただいまお持ち──キフィナスおにいっ!?」



 そこには、給仕さんをさせられているインちゃんがいた。

 銀製の皿の上には、色鮮やかな軽食が乗っている。


「とりあえず、食事はどうだろう? 味は保証するよ。なにせ──どこかの大馬鹿者の、(こしら)えものだからね」



・・・

・・



「どういうつもりですか」


「ああ、うん。可愛らしい格好だっただろう? ボクが用意したんだ」


「そうではなく。ここは人身売買までやってたりするんですかね」


「人聞きが悪いね。ボクはただ、スメラダのパトロンになって、母娘を保護しているだけだよ。元々あの子は宿屋で仕事をしていたと聞いている。ミルクとヒトは動かなければ腐るからね。不当な取り扱いはしていないつもりだ」


「……一応聞いておきますが、スメラダさんは?」


「もちろん、バックヤードで料理を作っている。今キミに片づけてもらったものだね。先日、昔のよしみで掛かり者を抱えることになったから、多くはそいつが片づけているんだけど、消費する人手が少し足りなかったんだ」


「宿屋はどうなりますか」


「今のところ、よその誰かに売る気はないよ。もちろん価値を毀損しないための手入れも怠らない。今の彼女には完済の能力がないので差し押さえたが。返済を終えた際には、回収した時から何ひとつ変化がない状態で返却させて貰うよ。だって、()()()所有物だからね」


 ……それは、つまり。



「この問題は、ボクとスメラダの問題だ。キミたちが介入する余地はない」



 偏屈な金貸しは、そう言って上品に微笑んだ。

 だけど、僕らとしてはそういうわけにはいかない。


「お金積みますよ。僕が立て替えます。メリー」


「ん」


「おや。いつぞやと立場が逆転したね。ただ、受け取る気はないよ。貧者にとっての金貨1枚と、キミたちにとっての金貨1枚は価値が違う。そこに魂はない」


「僕らはあの宿屋がないと今日の寝床にも困ることになるんですよねー。だから利害関係者だ」


「別所で借りればいいだろう。冒険者──特殊市民とはいえ、キミたちの実績なら家を持つことだって容易いはずだ。領主に大きな恩を売ったことは既に聞き及んでいるよ」


「いやー、トラブルが多発するんですよ。あと、自宅を持つ気はないですね。自分の家だって話だと、多分僕らは壊れても直さないので」


「ん。きふぃは。めんどくさがり」


「大ざっぱな君に言われたくないなーメリー。君も大概だよ」


 人のものだからこそ、スムーズに直してくれるんだよなって側面がある。

 そうなると生活環境はどんどん悪化することになるだろう。それは避けたい。


「それならハウスキーパーを雇えばいい。それなり以上の腕で、キミたちを詮索しない相手はいくらでもいるはずだよ? それこそ、お金を積めば解決だ」


 …………そういう問題じゃないんですってば。



「ボクはね。キミの口から、正直な想いを語ってくれないと気のすまない性分なんだよ」



「…………僕とメリーを受け入れてくれた人たちを、放ってはおけません」


「ふふふ、よく言ったね。それじゃあ──商談を、始めよう」


 暗い部屋の灯火に、金貸しは静かに火を(とも)した。



「ボクが求めるのは、キミの人生の物語。覆い隠したくなるような、誰かに誇れるような、憎しみに同調するような。何でもいいよ。キミの過去を、ボクに開示してくれたまえ」


「もう話したでしょう。あれで──」


「あれですべてのわけがない。何故話さなかったのか、ということも興味深かったけれどね。キミは、キミの足跡を語ることに躊躇いがある。自分に自信がないだけではない。キミには、怯えがある。──罪の意識がある」


 ──罪の意識。

 そう問われて、僕の心臓は思わず跳ねた。



「きふぃ? いやなら、つぶす」



「おっと。そいつの逆鱗に触れるのはこちらとしては勘弁願いたいところだね。これはあくまで、キミの自由意志に基づいた商談にすぎない。キミは受けてもいいし、断ってもいいんだ。そして、ボクとスメラダとの契約は決して不当なものではないよ。それでもキミは暴力に訴えるのかな?」


「…………メリー。座ってて」


 それを許したら、僕らは人の世に生きてるべきじゃなくなる。

 ちょっと気分を害した程度で振るわれる暴力なんて、あまりにも理不尽だ。


「話しますよ。話せばいいんでしょ。その代わり。たとえつまんなくても、僕らが借金の肩代わりすることを約束してくださいね」


 ──辺境を旅していた頃の記憶は、封をしたいものばかりある。

 そこから、もっとも誇れない記憶を──《駆動機工都市・カルスオプト》での出来事を、この悪趣味な相手に語ってやるとしよう。


 僕は、出された紅茶を喉にひと息に注いだ。

 当然味なんてろくにわからなかった。





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