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帰還・迷宮都市デロル


「…………まってたぞ、きふぃなすくん。わたしな、まってたんだ。まってたんだぞ」


 僕らが堂々と関抜けをすると、そこに待ちかまえていたのは本官さんだった。

 完全に目が据わってる。目の下のクマがひどい。


「どしたんですか。本官さん」


「いまのでろる領な。かくめいみたいになってる」


「えっ。ど、どうしましょう。シア……」


「……想定できたことではありましたが……」


「とにかくこっちきてくれ。すてらちゃんも。こっちきて」


 本官さんはフラフラしている。

 フラフラしたまま僕の背中を押してくる。転びそうになるからやめてほしい。




 そうして、ぐいぐい押されながらたどり着いたバニュームの表通り。

 市もないのに、人がやたらと集まっている。

 お祭りでもあるのかな?



「高潔な救い手様は、そのようなことはしませんっっ!! これは、すべて、間違いなのですっ!!」



 …………ん?

 なーんか、どっかで見たひとがいるな。

 石像の生首掲げて、演説してるぞ?



「聖人の意志を、我々は継ぐべきなのですっ! 彼はもうこの地上にいないかもしれませんが、かの魂はこのよりしろに宿ります! ひとは、ひとがそうあれかしと信じる限り、永遠へとなれるのですっ!!」


 誰を呼んでんだかは知らないし、死生観について否定するつもりはないけど、その造型のヤバい生首に知的存在の魂は間違っても宿らないと思う。

 なんていうか、石像にえらいまがまがしさを感じるし。

 男だか女だかすらわからない出来なのに、目を閉じて苦悶の表情浮かべてるのだけはわかるっていう、なんか一周回って逆に芸術性を感じる出来映えだ。

 本当にすごい苦悶の表情。今までの人生で出された課題は全部未達です、みたいな。

 不吉すぎる。


「あれ不吉罪とかで捕まえられないんですか」


「……ええとな、ギリギリ、さいあくをとどめているんだ。つかまえたら、ばくはつしそうだし、なによりしじするりょうしゅさまがいない。わたしたちにできることは、ただ、めをひからせることだけだったんだ」


「…………そうですね。よい判断だと思います。マオーリア」


「うん。ありがとしあちゃん。それにな、あのひとたちのおおくは、ただ、ひびのうさばらしがしたくなっただけの、ぜんりょうなひとたちなんだよ……」


 アネットさんは首をこっくんこっくんやって、今すぐ寝そうになっている。

 よっぽど大変だったらしい。

 でも領主様はともかく、僕を連れてきても何の意味も──。



「この、目を細めた笑顔! まさしく彼です! 名を呼ぶことも畏れ多い彼の名は──キフィナスさまですっ!」


「違うわ」



 僕は止めに入った。



「おい! 聖女様に何をする!!」

「演説を止めに入った灰髪は誰だ!?」

「演説を聞かせろ! 俺は救われたいんだ!!」


「……あの。いくつか言いたいことはあるんですが、とりあえず。よくこんなに人集めましたね?」


「はいっ! ありがとうございます♪ 愛のため、キフィナス様の無念を晴らすために、弔いかっせんをするのですっ!」


「僕は生きてま──うおおっ!?」



 セツナさんの一閃が、僕の首筋スレスレを駆ける。

 僕はギリギリでかわした。

 どこから出てきた……!?



「焦がれていたぞ? 女遣い」


「えーと、僕はセツナさんに会いたいとは思ってませんでした。……これセツナさんの入れ知恵だったりしますか」


「そうでござるが?」


 ござらないですー。

 何の目的ですか?


「ぬしの御旗の下に、この国を作り替えるのも一興と思ったのでな。そこの修道女はなかなか筋がよい」


「はい♪ 悪政を敷く領主を、爆破によって打倒するような遺志を、わたくしたちは継ぐのですっ!」


「……ごめん。師匠と、そこの女の人のタッグを止められなくて……」


 あっカナンくんだ。こんにちは。

 まだぶっ殺されてなかったんですね。よかった。


「不吉だからやめろよ! 師匠はそんなこと……し、しないと思う……」


「いや、元気そうでよかったですよ。素直に」


「そこの出がらしよりも、我をかまえ。かまえ。構えろ女遣い」


「白昼堂々やるわけないでしょ……」


 ああもう、収拾がつかなくなってきたなあ!

 結局この集会の望みはなんなんですかね?


「はい。よくぞ聞いてくださいました愛の人♪ 世界にある不均衡を、相互扶助によって埋め合うこと。愛の人は、その理念を掲げて、志なかばでお隠れになりました。その遺志を形にするのが、目的ですっ♪」


「はあ……。掲げた覚えのない理念と知らない末路だ……。じゃあ、その、新興宗教のひと? 今ここにいる僕は、いったいなんなんでしょう?」


 間。



「まあっ♪ 無事だったのですね!」



「無事でしたけど? 更に言えばこの地の善良な領主様であるステラ様とシア様も無事です。どうぞ」


「そうね。ごきげんよう?」


 ステラ様が挨拶すると、民衆は大パニックに陥った。



・・・

・・



 新興宗教の本尊として奉られるのは生まれて初めての経験で、一言で言えば最悪、二言で言えば僕の関知しきれないところで人間関係に変な化学反応起こすのやめてくださいだった。


 なんで帰郷して一番に爆発寸前のテロ組織と交渉をするとかいうハードな出迎えが待ち受けてるんだ。

 ステラ様とシア様はどこか楽しそうに『ここであなたの名誉を守るのが私たちから出せる報酬ね』とか言って白熱してたけどさ。

 不当に僕の株が上げたり下げたりされるの意味わからなさすぎてこっそりと抜け出すしかないよね。


「きふぃ」


「うん。もう、僕がいなくても大丈夫そうだったから」


「薄情ではないか女遣い。あやつらの話題の中心は、ぬしでござろ?」


「なんでついてきてるんですかねーー」


「隠形の術には覚えがあるでござる」


「手段の方は聞いてないんですけど? つくづく犯罪者気質だな……。ああそういえば、久しぶりに王都に行ったんですよ」


「ふむ」


「なんか、《タイレリアの暗殺者》を名乗るごろつきがいて──」



 ……うわ、セツナさんキレてるぞ。

 セツナさんの怒りの骨子がわからなさすぎる。こわい。



「また、王都の大掃除が必要らしいな」


 そう言うと、セツナさんは関所の門に一足跳びで乗り──。


「数日中に戻る」


 そのまま、自分の健脚で、王都まで向かっていった。



「何だったんだあのひと……」


 ……まあいいや。

 セツナさんがいないってことは、すなわち迷宮都市は平和ってことだし。グッドニュースだな。

 そんなことより、翠竜の憩い亭に帰っておいしいごはんを──。



「えええ……?」



 そこには、『差し押さえ!』という札が貼られた、僕のなじみの宿屋があった。

 いったい僕がいないうちに何があったんだ……?





「話はまとまりました。つまり、キフィナスさまは冤罪で、むしろあなたがたを助けていたのですねっ♪」


「そうなるわ」


「生活貧窮者に対する福祉の方針を定めることも、お約束していただけると。そしてそれは、キフィナスさまの知見によるものと」


「……はい。当家の財政の許す範囲で、今後対応していきます」


「そうなると、キフィナスさまの神聖性は損なわれていないということですねっ?」


「そうね。彼が尊敬に値する人物なのは、アイリーンの言うとおりです」



「なるほど──愛ですねっ♪」




「……姉さま。…………よいのですか?」


「大いに語弊はある気がするけれど。事実といえば事実なのだし。それに、ここにいないのがいけないんじゃないかしら」


「……なるほど。わたくしたちを放って──いえ、自分の用事を、新領主の進退よりも優先する相手ですからね」


「そうね。ちょっとむかつくものね」


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