燃え盛る暗殺者のねぐら
「や、みなさん昨日ぶりです。お元気そうで何よりですねー」
「て、てめえ!何をノコノコ出てきやがった!!」
「あ、そこどいてくださーい。邪魔でーーす」
僕は『俺の店を』とか『おいどんの舗を』とかガヤガヤ騒いでる人たちを押し退けて、火災現場にまったり突入する。
突然火の中に飛び込もうとする僕ら一同にみんな困惑を隠せていない。
「なんだこいつ!この火の手でどこに行こうってんだ!」
「とりあえずは消火活動を? このままじゃ王都が大変なことになりますし……火って怖いですよ?扱い。既に延焼しそうじゃないですか」
「俺の店に火をつけたやつが何言ってやがる!」
「『二頭』の旦那! こいつが例の、舐めた口をきいてたって野郎です!」
「おう。なんでも、オレのことを既にブッ殺したとか──」
やたら体格のいいスキンヘッドと、仮面越しに目が合った。
「ひいいいい!! バ、バケモノっ! なんで、なんでテメエがここにっ……!!」
うーん?
身に覚えがまるでない。
ひょっとしてメリーってばまたなんかした?
「してない」
「本当かなぁ。メリーのしてないは話半分に聞いてるよ僕」
「きふぃも。おあいこ」
まあいいや。僕はバチっとウインクをキメた後、体格の大きい人にどいてもらった。
「お、オレは降りさせてもらう……!!」
「そんな!旦那にはカネを──」
「うるせえっ!」
商人のひとりが殴られて、そこから先はパニックだ。
それに反応して商会Aの用心棒がスキンヘッドの人を殴り、殴られたスキンヘッドは用心棒を叩き伏せる。
メンツとカネと暴力がぐちゃぐちゃに混ぜ合わさった内乱が始まった。
「ははは。協力なんてできるわけないでしょうに。あなたたちの勝利条件は、本質的に誰かと共有できないものだ」
『協力して共通の敵を打倒すること』を勝利条件とするには、敵はちょっと弱すぎる。
武器は棒一本、連れているのは全員女の子。見るからに弱いし実際に弱い。
だから、そんな僕を見て彼らは算盤を弾き始める。隣の相手を出し抜いて、より多くの利益を得ようとする。
もちろん僕を見定める冷静な相手も中にはいる。だが、建物の中から出てきた、トライコムさんの部下の人たちは、犯人のことを知らない。
だから、見るからに貧弱な僕を無関係な野次馬か何かだと思い、いかつい人たちを敵だと思いこんで突撃してくる。
うわあ、ちょっとした地獄だぞ。
僕はけらけらと笑った。
「はい失礼。はいはい退いて退いて。邪魔ですよー」
そんな彼らの横なら、僕はするっと抜けられるというわけだ。
双子のお嬢さんなんかは抜けるのに難儀してる。そりゃ、僕と違ってよく目立つだろうからね。
「ちょっと! 待ちなさ──」
ついてこなくていいですよーー。ここから先は危ないので。
適応が十分じゃない体で煙とか吸うと死んじゃいますよ?
──僕は、現在進行形で燃えている建物の中に入る。
まるで自殺志願者みたいだけど、ダンジョンの環境はこれよりもうちょっと過酷だ。ダンジョンと違って、自分のお住まいに罠をしかける住人は基本的にいないからね。
とはいえ、暑かったり煙を吸ったりすると死にかねないので、僕はしっかり《水精の外套》で体温を維持し《風の石笛》を携えて新鮮な空気を確保する。
ダンジョンを探索する時の定番お役立ちアイテムだ。なおメリーには必要ない。着てみてって言っても着ない。
「……おやぁ?」
燃えた建物の中で、人の良さそうなおじいさんが衰弱している。
同じく人の良さそうな僕は駆け寄った。
* * *
* *
*
デロルからたった一人戻ってきたツヅラゴの野郎が、トライコムに対して最初に口にした言葉は『逃げろ』だった。
ロールレアの屋敷が燃えたという報は、ツヅラゴが帰る以前から届いていた。
王都タイレリアにはタイレルの情報すべてが集まる。
──その時点では、上手くやっていたと思っていたんだが。
憔悴しきった表情には恐怖が刻まれていて、やった相手を聞くも判然としない。
わかったのは、コイツらがトチったことと、相手が『水筒』を使って地獄を見せたことだけだ。
結局ターゲットがどこにいるかもわからねえ。
水筒とは何の隠語だ。こいつは何をされたんだ。
今は床で泥のように眠りこけてやがるが、起きてからマトモに喋れるようになるだろうか。
叩いても殴っても起きやしねえ。
先の案件でトライコムが付けたのは7人。
相手は立場があってカネ払いがよく、いいパートナーになれそうなデカいヤマだった。領主の館をブッ飛ばす、なんてことをやらかしても収拾が付けられると認識できるくらいだ。
通常、ひとつの案件で担当を付けるのはせいぜい一人か二人だ。今回は、冒険者メリスに罪を擦り付けるという絵を描いたためにこれだけの人手が必要だった。
目をかけていたツヅラゴ以外、誰一人帰ってきていない辺り、既に他の連中が始末されてる可能性は高い。
……大きな痛手だ。だが、この案件を終えさえすれば、挽回できる痛みではある。
「あ……親方?」
「おう目が覚めたか。お前の話、しっかり聞かせてもらうぞ」
ツヅラゴの顔は蒼白を通り越して白だ。全身を震えさせ歯をガチガチと鳴らしている。
「お、お、おお親方、な、なな、な、なんであんた、まだ逃げてねえんで──」
──突如、ねぐらから火の手が上がった。
「な、なんだ!?」
家の外が囲まれている。
ぱっと見た限りでも、30人くらいの連中が松明を持って襲撃に来やがった。
心当たりは──こんな商売だ。誰かからの恨みは、買っていても仕方がない。
「ひいいいい!! は、灰頭の! 灰頭の悪魔の野郎だああああっ!!!!」
「うるっせえぞ!!」
トライコムはツヅラゴを殴った。
表を囲んでいる連中はカタギじゃない。明らかに同業者が混ざっている。
こうなりゃ逃げるしかない。正面からやり合うのは不利だ。
火の手に気づいた仲間連中には、安全のために先に行かせた。
トライコムは変装をし、いかにも一般人であるという風体を装って表に出ようとする。
トライコムさえいれば、組織《タイレリアの暗殺者》は再編できる。
先に行かせたあいつらだって、きっと多くは逃げ延びることができるだろう。
煙にまみれ、トライコムは大きな咳をした。
表口から出るのは……こうなると目立つか。ここは迂回するか、偽装なりするか──。
「おやぁ?」
その時。
仮面で顔を覆う、澱んだ緑髪の青年がトライコムに気づいた。
「うわぁ、こんなに衰弱して。おかわいそうに。なんてかわいそうなんだろう。ああ、かわいそう」
おかしい。
なんで火のついた建物内にこいつはいるんだ。トライコムの六感は警鐘を鳴らす。
だが、そのテノールの声は優しく繊細で、安心感をトライコムに与えてきた。
「きっと、誰かの陰謀に巻き込まれて、こうして火事にあってしまったに違いない! ああ、なんて哀れな人なんだろう! 僕にできることなら何でもします!」
思わず、その声に聞き入りそうになる。
この見ず知らずの、どう考えたって怪しい仮面の男は、本気でトライコムのことを心配してくれている──などと、気を抜いた瞬間に錯覚しそうになる。
「さしあたって僕にできることは、水の用意と、安全な場所への避難誘導、それから──臓腑を抉ってやることくらいかな。ね、トライコムさん」
トライコムは思わず顔を上げる──と同時に、腹部に鈍い痛みを受けた。
「ああ。結構鍛えてるんですね。よかった。この程度で死なれちゃ、困りますもん」
仮面を外した青年の表情は、柔和で、穏やかで──毒蛇のように、トライコムには見えた。




