「久方ぶりの王都タイレリアへの、僕なりのあいさつって感じですね。いえーい」
山道を超え野道を歩き谷を踏み、僕ら四人は、大したトラブルらしいトラブルはなく王都に着いた。
「まだ口の中に『おいしい』の感覚が残っているのだけれど……」
「……まさか、公僕がここまで賄賂に弱いものだとは思っていませんでした……」
繰り返す。トラブルはなかった。
「いつ見てもここは華美ね。人も、町並みも」
「……これだけの数の《魔灯》を配置できるのは、やはり財力の差を感じますね。占有技術の問題もあるのでしょうが」
「私たちの領地には無限の《炎熱の魔石》がある……あったのだし、必要性の問題じゃないかしら? 夜道を照らすなら、個人が灯りを持ち歩けばいいと思うのだけれど」
「……見通しがよいのは、治安にも関わるのではないでしょうか。夜道が明るければ、夜に紛れて妙な気を起こす輩は躊躇するでしょう」
「コストに見合った効果が出るかどうかよね。少なくとも、今のウチだと手を出す気にはならないわ」
お二人は風景を見ながら何やら難しい話をしている。
僕もそれに倣って王都の風景を眺めてみた。すぐに目をつぶった。
「眩しすぎるんだよなぁ……」
金糸を縫いこんだ服はとにかく目がちかちかする。
表通りを歩く冒険者も、笑えるくらいピカピカ光る装備を見せつけるようにするんだから困りものだ。
太陽が高いうちは特にまぶしい。日が沈んでも、等間隔に配置された《魔灯》が光源になって、彼らはピカピカと光る。
何か後ろ暗いことがあるからだろうか? 多分そうだと思う。
建物だって見てるだけでめまいを催す。
地域の文化はダンジョンによって規定される部分が大きく、王都はやけにゴテゴテした建築様式の建物が多い。聞くところによると、遷都の前からそうだったらしい。
あとはアーチ。とにかくアーチが目立つ。隙あらば曲がっている感じだ。人間の性根を立体的に表現したものかな?
「……それで、どうするのですか? 賊の根拠地に目星はありますか?」
「まあ、なくはないですよ。僕に作戦があります」
・・・
・・
・
「おはようございます店主さん。突然ですが今からこの店を破壊します」
「こんにちは店主さん。突然ですが今からこの店を破壊します」
「こんばんは店主さん。突然ですが今からこの店を破壊します」
そんなこんなで、僕は王都に来て初日にして八軒目の店の打ち壊しの最中だった。
黒いローブに身を隠し、顔にはなんかそれっぽい仮面を被る。そうすると、僕の印象はローブと仮面になる。
これが作戦だ。
「……なんて、なんて野蛮な……」
「きふぃ。やるき」
「まあね。今の僕はいいひとじゃないからね」
同行している人たちも襲撃に参加している。
お二人は僕と同じく変装をしているが、メリーは着の身着のままだ。
スキルとやらの力で、誰にもバレることはないらしい。
──実は僕、この間ちょっとうっかりしていた。
襲撃犯の組織の名前、しっかり聞いてませんでした。
わかるのは王都を拠点にしてることと、親玉の名前だけ。王都に来るのは久しぶりで、土地勘ないからどこにいるのかよくわからないし。いやぁ困った困った。
なので、ちょっと乱暴な方法で一気に調べようかなーって思った。
後ろ暗い連中にも、いや後ろ暗いことやってる連中だからこそ、活動を継続するためには何かしらの資金源が必要になる。
王都にはろくでもない店は沢山あるわけで、その内のどれかを資金源としてるなら、それを積極的に潰す僕らを放置することはできない。
「いやぁ、人と人との繋がりって大事だ。というわけでみなさん、暗殺が得意な人たちに心当たりとかありませんか?」
「ひっ……」
僕は店の床に《火鼠の皮油》をばらまきつつ、そこに火をつけた松明を投げ込んだ。
「燃えるものと、燃えないもの。世界の物事はこの二通りに分けられます。さあ、あなたたちはどちらに分類されるかな?」
最近出会った頭のおかしい人の発言を一部改変して使ってみると、店内から大きな悲鳴が上がる。客も店員もパニックだ! 効果抜群だな。
こういう時、転んで怪我したりすると本当に危ない。
僕は落ち着かせるために大声を上げた。
「大丈夫! みなさんに危害を加える気はないですよ! ただ、煙を吸うのは気をつけてくださいね。しっかり換気をしましょう。せっかくなので窓を増やしてあげます。えいっ。……おっと、窓じゃなくて出入り口が増えましたね?」
「うわあああああ!」
「がおー。無関係者のみなさんは今のうちに逃げた方がいいのでは? 火に巻き込まれると苦しいって聞きますよ? 肺が焼けると陸で溺れてるみたいなんだとか」
「ひいいいいい! キチガイだ!キチガイがきたっ!!」
心外ですね。今の僕は指名手配犯なので、心おきなくこういうことができるってだけですよ。
──それに、王様のお膝元で奴隷を売ってるお店ほど頭おかしくはないです。
この国では法律でも禁止されてるってのになんでこんなに多いんですかね?
いや知ってますよ? 王都には全国の貴族様が集まりますからね。購入する人間が近くにいれば、当然そこに店を構える。商売人として当たり前のことだ。
だから、まあ。
──突然お店が焼け落ちることに覚悟の準備を済ませることだって、商売人として、同じくらい当然のことですよね。
さて。
炎熱の中で、カウンター側に残っていたのは髭面の男。
お店の残りのスタッフは全員逃げ出してしまったらしい。
こういう時に人望って効いてくるよね。
「あなたが店主さんですか? こんにちは!」
僕はさわやかな声で挨拶をしながら、木の棒で床を叩いた。
相手が怯える。床に反響音。この建物には地下室がある。
「こ、ここはただの料理店で……」
「ははは。ははははは。ここの料理って喋るんですかーー? 僕は料理に自由意志とかいらないと思うんですけどねー」
「……つい先日、似たようなものを食した記憶がありますが」
「だからいらないって言ったんですよ、シっ……、シソ仮面」
「ぶふっ」
仮面を被ったステラ様が耐えきれないといった調子で吹き出した。
シア様って言いそうになって、咄嗟に誤魔化すために出てきた『シソ仮面』って単語がツボったらしい。表情が見えないけど、シソ仮面様の方はちょっと不服そうだ。
「ちょっと失礼?」
僕は鼻歌を口ずさみながら店主を棒で小突き、それからカウンターに押し入って、地下室の入り口らしき怪しげなハッチを爪先でカツカツと叩いた。それから、仮面を被っているステラ様に手で合図をする。
ステラ様が指を鳴らすと、入り口付近の床が蒸発。綺麗に下の階の様子が見えるようになった。
うわぁ、このひと結構ノリノリだぞ。
間違っても僕らを巻き込まないようにしてくださいね、ほんと。ちょっと今危なかったです。
──焼け跡の下、地下から覗いていたのは、
「お願い」
「ん」
手足を繋がれた人々の目。
メリーが視線を飛ばしただけで、彼らの手足を繋ぐ金属の拘束具は一斉に弾け飛んだ。
「あのー、質問いいですかー? あそこに繋がれてる人たちってどういう人なんですかねー?」
「そ、それは……」
「それは、なんです? あっもしかして食い逃げ犯かな? 違いますよね。鎖に繋がれた姿は、どこをどう見たって奴れ──」
「やはりいたか隷属の身となった少年少女たちっ!!」
……ん?
なんだこの人突然大声出して。さっきまで客してた人だよね?
熱さにやられちゃったのかな?
「我が名はアルマン・ディ・ド・バルク。哀れな少年少女たちを救いに来た!」
うわぁー。貴族のひとだぁーー。
めんどくさいことになりそうだぞーー。
目の前のキラキラした服を着ている体格のいい男は、腕をぐるぐると回した。
「そこの少年少女よ。ああ、なんて荒んだ目をしているんだ……! 鎖に繋がれた子たちと一緒に、俺が愛を教えてあげよう!」
僕はともかくメリーはそんなことないし大体僕ら仮面だろ。
メリーの目は荒んでないぞ。確かに無表情ってよく言われるけどそんなことないし。心外極まりないなこの人。今の僕は指名手配犯の凶悪犯なんだが?
「だまらせる?」
いや、流石に永遠に黙らせるのはちょっと……。
「……バルク男爵といえば、北東のルクロウ領を治める家柄です。どうするのですか」
シア様が仮面ごしに耳打ちをしてきた。
バルク……、どこかで聞いたことがあるような、ないような……。まあ、いいや。
整った顔立ちで爽やかな外見だ。冒険者にはあまりいないタイプの顔で、なんでこんな裏通りの店に客として来ていたのかわからないくらいだ。
「ここに行けば哀れな少年少女と出会えると聞いたのさ」
「奴隷を買う気だったんですか?」
「ああ、そうとも。哀れな彼ら彼女らを放っておくわけにはいかないじゃないか」
ええと……? 需要があるから供給が生まれるわけで、貴方が購入するのは結果的に哀れな少年少女とやらを増やすことに繋がりますよね?
「そうだが?」
「そうだが!?」
僕の後ろに控えてきたステラ様が大声を出して、咄嗟に自分ではっと口を塞いだ。
そうですね、声は変えていないので気をつけてくださいよ。
「む。どこかで聞いたような……俺の脳内哀れな子どもたち記録に似た声が……」
声紋データも備えてるのかその記録。
ここで頭ごと燃やした方が良さそうだぞ。
「何か、おかしなことがあるかね? 世界に哀れな子どもたちが増えるのならば、俺が愛を与えられる相手はより多くなるだろう?」
「さあ。だいたい僕、あなたの『愛』とやらがどんなものなのか知りませんし。愛と称して虐待とかしません?」
「そんなことはしないさ。俺はただ、哀れな少年少女に、ただ、純粋に愛を与えたいだけなのだからね……!」
その目は力強く、真っ直ぐな想いを感じさせて──、
「──そして俺という存在が彼らの中で一番大きくなったその瞬間っ、外の世界へと解放したい……!俺を失った胸の痛みと世界が眩しく輝いていることの板挟みで葛藤を抱えながらそれでも強く生き続けてほしいッ……!!」
「困ったなぁ、頭のおかしいひとは往々にして客観視ができない」
「……おまえが言うのですか」
「ハハハ! 末席とはいえ貴族位であるこの俺に大した口を利くじゃないか!」
今の僕は指名手配犯なので、そういうしがらみをまったく気にしない発言ができる。
今日の僕はいい人ではないのだ。
というか、突然脇から出しゃばってきたおかしな人はどうだっていいんですよ。
僕は今も必死に消火活動を続けようとする店主に向き直った。
「ねえ店主さーん。もう店はボロボロ、商品も今からなくなりますし、契約書なんかの類はみーんな余さず灰になる。可哀想ですねーー。すごく可哀想だ。そんな貴方には、用心棒に泣きつく権利がありますよね」
「そ、そうだ! お前、ウチのバックには二頭鬼が──」
「ああ! 兄弟のひとたちでしたっけ? 既に解散しましたよ。命乞いもそっくりで、面白かったなあ」
「堂々と嘘をつくわね……」
「あはははははははは!!!」
僕は大きな笑い声でステラ様の発言を遮った。店主は怯えた表情を見せる。成功だ。
手遅れになった時に思い出すような相手とのコネなんて無いのと一緒。こういう時は勢いだ。
「……控えめに表現して人格破綻者の振る舞いでは?」
しっ。静かに。
「それよりこう、ないんですかー? 邪魔な同業者を始末するための暗殺者とのコネとか。トライコムってひと探してるんですよねぇ」
「トライ……? い、いや、ウチはそんな連中知らない! 無関係だ! だから──ひいいっ!?」
僕は問答を遮って火炎瓶を地面に叩きつけた。
ごう、と店主の肌を舐めるように炎が揺らめいた。
火の手はステラ様が完全にコントロールしている。結構脅すの上手いな。
「いやーーーー申し訳ない。トライコムさんがいなければ、貴方の店が燃えることだってなかったんですけどねー。そいつが全ての元凶なんですよ。だから恨むなら、トライコムさんを恨んでくださいねー」
僕は呆然としている店主を店外へと蹴り出す。
その瞬間に、ステラ様に合図して屋根ごと爆破してもらった。
「な、なんで……」
「何でと言われましても。だから言ってるじゃないですか、トライコムさんが悪いんですってばーー」
「なんで……、なんで俺にっ、店が潰れる瞬間をわざわざ見せつけたんだ!?」
え?
あー。そう取られたか。
「いや、ちょっと危なさそうな位置でしたので。そこの貴族の人はさっきから地下の奴隷のひとたちに夢中ですし最悪巻き込んでもいいかなーって」
「は……?」
「いやあ、ご無事で良かったです店主さん」
「無事だと!? 貴様、言うに事欠い──」
「落ち着いて?」
僕は、恐怖を怒りで塗りつぶそうとした店主さんの目をじぃっと見つめる。
ゆっくりと深呼吸を促す。リラックスさせるためじゃない。冷静にさせて──恐怖を、思い出してもらうためだ。
僕は弱い。
弱いから、弱い相手のことがよくわかる。
見つめる。手足が震えた。
見つめる。目を逸らした。
見つめる。肩が揺らいだ。
反応を──恐怖をしっかりと確認した後、僕はげてげてと笑った。
「ひっ……!!」
笑い声は上手に使うと相手の恐怖を煽れるのだ。可哀相なくらい顔を真っ青にしている。こいつがやってたこと考えたら別にかわいそうでもなんでもないんだけどね。
僕は腰を折り曲げ、視線をぴったりと合わせ、子どもにするように懇々と語りかけた。
「この度の突然の不幸、心中お察しします。債権も何もかも全部炎が焼き尽くしましたけど、どうかこれからの貴方の生活がよりよいものでありますことを。心よりお祈りさせていただきます」
まずは相手に共感的な理解を示す。
これは『同感』じゃない。相手に『この人は共感してくれている』と思わせるような態度だ。
相手は混乱している。まあそりゃあ、暴力を振るったのは僕だからね。
その混乱ごと包むような態度で、僕は優しく相手に語りかける。実際はこの混乱に乗じてたたみ掛けていくわけだけど。
「貴方の怒りは正当なものだ」
そして、優しい声で相手の感情を肯定する。
相手は一瞬、自分の店を破壊した相手だということも忘れて安堵した表情を見せ、すぐに厳めしい顔に戻った。
僕は、やさしく手を握りしめる。ごわごわとした毛の生えた相手の手先に、くすぐるように指を這わせ、手を合わせる。
「突然のことだ。遺恨は残る。これまで善良に──あるいは悪辣に、地道に、こつこつと、商売を続けてきたのに。あなたの苦労もひとしおだろう」
相手が同意したい話題を選び、そこから口を挟ませず、
「許せない。許せない。許せない。そうですよね?」
間髪入れずに、相手の感情に名前を付けて規定する。
商人の表情が険しくなった。
「だから、さあ、徒党を組みましょう」
具体的な行動を促す。
「そこの通りの店は二つ、あっちの通りでは四つ、二世リコ通りで一つのお店が全く同じ被害に遭いました。みなさん被害者です。理不尽な暴力の、炎熱の災禍の、この僕の被害者です」
声のトーンを少しずつ小さく。耳元で囁く。
男の手の甲を、指でやさしくなぞる。
「さあ燃やせ。すぐ燃やせ。怒りを、燃やせ! あなたの怒りは、正当なものだ!!」
クレッシェンド。相手の感情を揺さぶりながら、手の甲に爪を立てる。血が滲むくらい爪を、爪を、爪を!
その痛みは怒りを燃やすためだ。さあ怒れ、すぐ怒れ!今怒れ!!
そして、僕は鼻がくっつくくらいに顔を近づけて──。
「──僕は、トライコム。王都に巣くう暗殺者ギルドの長にして、あなたたちの敵です」
知らないって言われたのでちょっとした意地悪しちゃいました、
なーんて、ね。
──はい。冤罪コースいっちょあがり。
三年ぶりくらいだけど、結構上手くいったかな?




