街中での襲撃《挿絵あり》
週に二度目の領主への謁見を済ませるべく、僕はメリーをひっつけて歩いていた。
気分は憂鬱だ。誰か代わってくれる心優しい人がいればいいのに……。
「……メリー?」
「ん」
──囲まれている。
「僕は善良なので心当たりがまるでないんですけど、お話をしませんか?」
反応はなく、殺気だけが返ってくる。
うーん……。ちょっとこの間のごろつきなんかとはレベル違うなぁ……。
「どうしよ、本当に心当たりがないんだけど……。とりあえず待たせてるみたいだし、メリー。お願いしてもいいかな」
「ん」
「あー……、街中だから、そのつもりでね」
僕のお腹がメリーのしめつけから解放された。
そしてメリーは足下の石ころを持つと、それを手の中で砕き──。
「あっちょっとメリーそれストッ──」
物陰に向けて、おもむろに投げつけた。
──メリーの右腕が、また破壊をまき散らすぞ……。
僕はこれから起こるであろう惨劇を思い、静かに目を覆った。
「かたづいた」
……目を開けたときにはすべてが終わっていた。
腕を振るうだけで巻き起こった暴風は周囲の木々や塀や建物を区別なく根こそぎまとめてへし[折らない]。撒かれた砂粒は超高速の散弾となって辺りの景色ごと全部まとめて穴だらけに[しない]。
メリーの力は加減がきかない[けれど][余計なものは巻き込んでいない]。
[何も変わらない中で唯一]残っていたのは、全身を穴だらけにして至る所から血を吹き出して倒れる男たちだけだ。
見るからに死んで[いない]。[情報を得るためか、かろうじて生きている]。
「え、これなんでこんな有様で生きてるんだ……? 色々見えちゃいけないものが見えてるような……」
「殺す?」
「やめてね。いくら相手が暴力を振るってきたからって、過剰な暴力で返すのはよくないと思うんだ。少なくとも、この国の中ではね」
「わかた」
メリーはそう言うと、一番近い場所で倒れてる男を雑に掴んで──って違うよ! 国の外に投げ捨てれば大丈夫ってわけじゃないから!
だいたいそんなことしたら壁外に作られてる集落とかが衝撃で物理的に潰れるだろ!
……何不満げな顔してるんだいメリー。
いきなり僕に飛びついて──痛い痛い! 暴力はよくないって本当に!
「きふぃには。してない」
それは受けた側が判断することなんだよ? というか随分不満そうだねメリー。
「きふぃをねらった。いま。ただちに。すぐに殺したい。でもだめってゆった」
「ダメだよ。というかセツナさんだってよくやるだろ。基準がわからないよ」
「やつは。ゆるす」
なんで……? 命のやりとりでいったらこの人たちよりよっぽど達人で危険だよあの人……?
ううそれにしても痛い……。肉付きの薄い太ももで僕の胴を挟んで締め付けるのやめてほしい……。
「かひゅっ……かっ…………」
「僕もこの人たちもメリーが与えた痛みに苦しんでいる。それを思うとちょっと親近感があるなぁ……」
「いたくしてない」
「そうだねー。やっぱり親近感があるんだよなぁ」
僕は持っていた薬草を取り出した。
「ノルマ達成用に余分に取っておいた薬草が減るけど、親近感のよしみでまあ助けよう。ついでに色々話してくれるんじゃないかな、多分」
体中の至る所についた傷口に薬草を刷り込むたび、男たちの体はびたんびたんと跳ねる。
多分地獄の苦しみだろう。傷口の回復にはただでさえ名状しがたい違和感があるのに、それが全身に渡ってるのだから。おまけに最下級の薬草だから効果も薄い。更に言えば、傷口をぐりぐりと刺激している。
でも、経口摂取させようにもか細い呼吸しかしてない状態だから仕方ないみたいな部分があると思う。
僕はいい人だけど、流石にさっきまで命を狙ってたような相手に、薬草噛み潰して口移ししてあげるほど善人ではないからね。
「うん。外傷は何とか見られるようになったかな。おはようございまーす。おはようございまーーす」
僕は頬をぺちぺちと叩く。
メリー? 真似しようとしないでね。君がやると首が折れるから。寝てる僕にやるのも当然やめてね。
あっ目覚めた。
「てめ──」
「はいストップ。あなたは今横たわってますね。そこから僕を殺すためには魔術でも体術でも、だいたい二秒はかかりますよね?
その間にメリーは貴方の上半身と下半身を二つに分けることができる」
「こまぎれに。できるよ」
「あー、細切れにできる。ですので、抵抗は無意味です。でもグロいのは勘弁してねメリー」
僕がそう言うと、男は舌打ちをして目線を中空に投げた。
「というわけで質問しますね。誰に雇われましたかー?」
「……言えん」
「はあ。じゃあ、なんで僕を狙うんですかねー。街中で襲われるの、僕、これで今週入って二度目なんですけどーー」
「……」
どうやら黙秘を貫くらしい。
僕は相手の小指をへし折った。
「がっ……!!」
わあ、すごいな。
僕なら痛くて泣き叫ぶんだけど、流石この練度の人は普通にこれくらいの痛みにも耐性があるらしい。
……それでも、痛みは痛みだ。確かに効果はある。
「ごめんなさいね。確かに僕は、誰かの選択を基本的には尊重する立場なんですけど──」
あなたが『黙秘する』という選択を選ぶなら、僕の『答えさせる』という選択とぶつかるしかない。
そしてお互いの選択がぶつかったら、まあ……、より強い方が勝つよね。
・・・
・・
・
冒険者というのは概してろくでもない。
カネさえ積めば誰かを害することも厭わない、なんて輩が普通にいる。基礎教養と道徳教育が足りてないんだろう。筆頭はセツナさん。
だから、コミュニケーションも特別なものになる。
「……本当に知らなかったんですねぇ。これでよく人が集められたものだ」
「は、羽振りが良かったんだっ! だから俺は、仲間を集めてっ……」
「なるほどなるほどー。あ、もういいですよ」
僕らが10分ほど『お話』を続けたら、相手の人はすごく素直になってくれた。
その間に他の人たちも続々と起き出して、ああやっぱり荒事に慣れた人たちは頑丈だな、って思った。
ただ話の邪魔だったのでメリーに殺気を飛ばしてもらって全員失神している。
「まあ、こういうの慣れてますしね。今回は初犯ということで、みなさんもう帰ってもいいですよ」
「きふぃ。あまい。みな殺しにすべき。ごうほう」
「メリーはこう言ってますけど、どう思います? 僕は別に生きててもいいんじゃないかなーって思うんですけどー」
「いっ! 生きていたい……、です……!」
「うんうん。そうですよねやっぱり。というわけで。暴力はなしだよメリー」
「ん」
「あー、ただ、その前に一言だけ」
僕は震える男の人に目を合わせて、けたりと笑った。
「あなたたちを生かすのは、僕がいい人だからなのが半分。もう半分は、生きたままの方が周りに自分の体験を語ってくれるかなという期待です」
ここ最近なんか狙われるのが続いてるので、あなたたちには生き証人になってもらおうかなと。殺したら喋れなくなってしまいますからね。
生きたまま全身を穴だらけにされる恐怖をあなた自身の口からしっかり語ってくれ。
ああ、もちろんこれは強制じゃないです。別に、あなたが何をしようと自由だ。
たとえ再度襲撃計画を練って命を狙おうと、僕はそれを許容する。
「──もちろん、次はこんな甘い対応しませんけどね?」
僕は瞳を見つめながら、けたけたと笑った。
「ひっ……お、俺が悪っ、すみませんすみません!すみませんすみませんすみませんすみません!!!」
僕らはすみませんを連呼する存在と化した男の人を置いて、人通りのある表通りへと向かった。
あらら。他の人たちそのままだけどいいのかな? ま、いっか。
・・・
・・
・
それから。
「………………はあああぁぁぁ……。つっかれたぁ……!!」
領主宅に付く前に、ゴロツキになんと四度も絡まれ、いずれの事案もなんとかギリギリでメリーを止めて半殺しに済ませた。
ここのところ絡まれすぎる。僕に心当たりはないんだけど、この調子だと本当にしんどい。
「はあ…………。ほんと疲れた。明日でいいかなぁ、領主様の屋敷行くの。ああもう、ほんと厄介だなぁ……」
後は最大の厄介ごとを片づけるだけとはいえ、あーもう……。
──厄介ごと?
「あっ……」
ひょっとしてカナン君からずっと、貴族様のあれこれが関係してます?
あのゴロツキ連中、話を聞いたらみんな一様に『カネを貰ったから』とかいう理由で僕らを狙ってたし。
あー気づいた。気づいてしまった。気づいてしまったぞ、僕は。
こうしちゃいられない。クレームを入れるために僕は屋敷に急いだ。
「……はあー…………。それにしても、次から次に疲れたなぁ……」
「ん。きふぃ。えらい。かっこよかった」
「カッコいいじゃないんだよ。君、僕のこと見て面白がってただろ。やめてよね、ガラじゃないんだから」
「ん。はりぼて。はったり。それが、よい」
「……君の特殊なセンスはわからないけどさ。僕はほんっと、痛いのとか怖いのとか嫌いなんだって。ああもう、小指折った感覚が今も残ってるし……」
「やなら。めり、やったよ」
「できないだろ君。生かしたまま情報をもらうとかできないだろ君」
「いきてるようにする」
「君の生存の定義は『生命活動が停止してない。ただし形は問わない』だろ。絶対ダメだよ」




