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救出した子どもたちの顛末


 都市は一般的に、管理された迷宮──つまり資源を中心に、そこから放射状に開発されていく。

 迷宮の資源は形状・材質、物質・非物質、はたまた生物など種類が非常に幅広く、素材の中には早く精製しないと力を失うものなども多いからだ。


 つまり。まだ開発が進んでいない場所は管理迷宮の間を縫うようにぽつぽつと点在しているのはどの都市でも普通であり、それはここ、活気ある迷宮都市デロルでも変わらない。

 そして、石やコンクリートで舗装されていない道には大体薬草が生えている。


 僕は局外者の子どもたちに、自分の知見をひとつひとつ説明しながら薬草を採らせ──。


「愛ですねっ♪」


 うわでた。

 違いますよ。僕は労働の搾取をしているんです。


「うふふ。わかっています、愛の人。無償の愛を子どもたちに注いでいるのですね? 愛は見返りを──求めます!」


「何を言っているんだ……。メリー助けて。この人を穏便にどうにかして」


 いや無理だな。メリーがやったらミンチより酷いことになる。


「ヒトは相互扶助、助け『あい』なのです。愛なのですっ! 隣の人から受けた好意は、二倍にして返しましょう♪ そうすれば、世界はもっと素敵になりますねっ?」


 そういうのって義務にすると息苦しいだけでしょ。

 僕はお返しを期待して動くのも動かれるのも嫌ですよ。


 宗教のひとは、それからも愛がどうこう言って、僕に何かを押しつけたそうにしていたが迷惑なので帰ってもらった。

 なんであの人、街外れのこんなところにいたんだか。



「結構集まりましたねー」


「オイ。アンタ何もしてないじゃんか」


「メリーが腰に巻きついてるので屈むの大変なんですよ。あと珍人(ちじん)の対応があったので。サボってたのは認めますけど」


「ん」


 薬草取ろうとしてるときくらい腰からどいてくれませんかね。


「とれーにんぐ。ふか。かかる」


 負荷じゃないんだよなー。痛いだけなんだよなーー。

 まあ、いいけどさ。どうせ今日は子どもたちに採ってもらったわけだし。

 さて、成果は……おお、すごいな。


「みなさん、よく頑張りましたね」


 僕が目を離しているうちに、こんもりと薬草の山ができていた。

 いやあ、実にありがたい。カナン君の言うとおり僕何もしてないぞ。


「なお、これらは全部、僕の仕事になります。みなさんありがとうございました。全部僕のです。僕の」


「いや、まあ別にいいけどさ。アンタに命救われてんだし……」


 僕は所有権を強く主張した。


「さて、働きに対しては報酬が必要ですね。僕は常日頃から薬草依頼には()()()()()()()()が下されるべきだと思っていました。

 ──というわけで、あなたたちには二つの選択肢があります。以前のように局外者として、この国で『いないもの』として生きるか。それとも孤児い……救貧?院で私財を放棄する代わりに教育を受け戸籍を得るか。

 この選択肢が、あなたたちが労働で受け取る最初の報酬になります」



 僕の話を聞いて、子どもたちはぽかん、とした表情をする。

 その生い立ちから、労働に対しての正当な対価という概念が理解できないのかもしれない。


 ……正直、子どもたちには結構残酷なことしたかもな、って思っている。

 生まれてはじめてのおいしいものと、夜風に震えることなく眠れる環境。この子たちには手に入らなかったものを、僕は突然、ぽんと投げてよこした。

 それは一見するといいことに見えるけれど。彼らにとって、より大きな苦痛に繋がる行為でもある。


 飢えしか知らなければ満ちへの渇望はない。大きな希望を望まなければ人は現状を維持することに疑問を抱かないまま生きていける。しかし僕は満ちることを、希望を教えてしまった。

 ──それなら、最低限の責任くらいは取らなくちゃいけないだろう。


「局外者として生きるなら。僕はカナンくんに渡した……あー、今から渡すお金に加えて、あなたたちにひとつ、僕にできる範囲で、なんでも好きなものをひとつ差し上げます。ただし気をつけて。金貨を持っていることは、トラブルに繋がる可能性もありますよ。

 救貧院で生きるなら、あなたたちは比較的まともな教育が受けられ、戸籍を手にすることができます。代わりに、15歳で卒業するまで私財を所有することはできません。カナンくんにあげるお金も孤児院に全額回収されちゃいますね」


 子どもたちは相変わらず、ぽかんとした表情で僕を見つめている。

 ……彼らはきっと、誰かの都合で流されることに慣れていて、自分で何かを選ぶ機会なんてほとんどなかったのだろう。


「きふぃ」


「うん。ちょっと離れていようか。僕たちがいると、自由な話し合いができなさそうだ」


 ──だからこそ、自分で決めてほしいなと思う。



 子どもたちはカナンくんを中心に、ああでもないこうでもないと話し合いを続けている。

 僕はメリーに抱きつかれたまま少し離れた位置で、彼らに危険がないように見守りながら、メリーと二人でぼうっとしていた。


「きふぃは。やさし」


「別に優しくないよ」


 これは僕の自己満足でしかないし、何より日々を過ごしやすくするためだからね。

 浮浪者というのは治安を悪くするものだ。

 特に少年は体力があるし、僕の周囲の治安はできるだけ良い方が──。


「んん。やさし」


「……優しくないってば。あと、ちょっと痛いので力緩めてくれるかな。……うん。ありがと」


 ……彼らのような境遇のひとは、この世界にはいくらだっている。

 カナンくんたちと、その人たちの違いはどこにあるかといえば、ただ僕の近くにいた以上の違いはどこにもない。


 ひいては、僕と彼らの違いだってそうだ。

 僕にはメリーがいるから、こうして毎日元気に楽しく生きていけてるが、いなかったらどうだろう?

 ……それなのに、僕の目についた範囲の相手だけ、メリーがくれたお金の力で助ける、というのは。

 少し不公平なことなんじゃないかな、と思ったりもする。


「めりは。きふぃいがい、いい。きふぃだけでいい」


「うん。メリーはそういうところあるよね。僕はあまり良くないと思う。メリーと毎日顔をつき合わせても飽き……はしないな。うん。しない。けど、もちろん他の人の顔だって見たくなるからね」


「きふぃは。えらい」


「偉くないよ。僕は、誰でもできることしかやってない」


 親しげに巻き付いてダメージを与えてくる幼なじみに、褒められるようなこと僕はしてない。

 ……できない、と言ってもいい。なにせメリーは国のかたちを容易に変えられる力を持ったSランクの冒険者様だ。

 僕の持ち物は有形無形問わず、だいたい全部メリーからの借り物でしかなくて──。


「きふぃ?」


「いや、何でもない。そろそろ話もまとまった頃かな。行こうか」


「めりは。きふぃがえらいこと。しってる。ほかのだれもしらなくても。めりは。めりだけは、しってるの」


「……そっか。それより、そろそろあの子たちも選んだんじゃないかな。行こうか、メリー」






「決まりましたか?」


「ああ」


 まとめ役をしていたのは、やっぱり年長のカナンくんだった。

 さて、彼らはどんな結論を出すのだろう。どんな回答でもそれを尊重してあげないとな。僕はちょっとワクワクしながら答えを聞いた。


「こいつらは救貧院に行って、オレは……冒険者に、なる」


「……正気ですか?」


 うーん前言撤回。

 ちょっとその選択は尊重できない。


「ちょっとメリー。今だけ、ちょっとどいててくれるかな。大事な話したいから」


「ん。まってる」


 いつもこれだけ聞き分けがよければいいのに。

 僕はメリーを下ろして、改めてカナンくんたちに向き直った。


「他のみなさんは納得していますか?」


「にーちゃ、がんばるって! にーちゃもぼくも、ちゃんとねられるんでしょ?」


「やるっていったの。ちっちゃいからだめっていわれたの」


「そうですね。救貧院では教育も受けられますから。その後に自分の進路をしっかり考えても遅くはないですよ」


 子どもたちの顔を見回しても、全員、これから自分がどこに行くかは納得してるらしい。


「カナンくん一人救貧院に行かないとなると……お金の問題ですか? 最初に積み上げちゃったの失敗だったかな……楽しかったんだけどな……」


「もちろんカネも欲しい。けど、こいつらが救貧院とやらでいい暮らしできるように人数で分けるつもりだった。カネは包まないとだろ。それで、残りのカネを使って、オレが冒険者になる」


「その辺は僕が何とかしようと思ってましたけど」


「そっか。じゃあ、こいつらの分、オレの取り分からさっ引いてくれ」


「それは構いませんけど……。あの、よりにもよって冒険者ですか? 戸籍が欲しいなら、あなたが青空の下で誰にも悖ることなく笑うためなら、きっと他にも色んな選択肢が──」


「決めたんだ」


 カナンくんは僕をまっすぐに見つめてきた。

 あの時の死んだ目をした少年はいない。その目には情熱が灯っている。


「……冒険者は、すごく死亡率が高いですよ。今日は大丈夫でも、明日には死んでしまうかもしれないような仕事です」


「明日死ぬかもしれないのは、今までだってずっと同じだ」


「ほら、痛いですし怖いですよ。魔獣は容赦なく命を狙って爪や牙を突き立ててきます。ダンジョンは薄暗かったりして、生理的な恐怖を呼び起こしますし」


「痛いのも怖いのも慣れてる」


「……考え直してくれないかなぁ。寝覚め悪くなるの、嫌なんですよね。僕って結構繊細なんですよ」


「……アンタには悪いけど。オレは、そう決めたんだ。『選んだ』んだ」


「……そう、ですか」


 ──それなら、仕方ないかなあ。

 たとえそれがどんなに間違いに見えても。個人が、自分の意志をもって選択したのなら。その選択は尊ばれるべきだ。


「いいでしょう。先延ばしにしていたお金はこちらになります。他の子の分は、僕から施設の人に払います。落とさないように気をつけてくださいね」


「ああ。みんな。これでいいよな?」


「「「「うん!」」」」


 そっかぁ。

 慕われてるなあ、カナンくん。





「さて……。おーい! セツナだったか! いるんだろ!!」


 えっカナンくん何言ってるの?


「ふむ。よく気づいたな」


 えっセツナさん何でいるの?


「気づいてたわけじゃないけど、きっと付いてきてると思ったんだ。この金貨全部で、オレの用心棒になってくれ。冒険者の先輩として、色々教えてもらいたいんだよ」


「ほう? 面白いことを考えるな、小童」


「アンタはあいつらに雇われてた。つまり、カネさえ払えばアンタの力を借りれるってことだろ」


「えっ何か僕の横で何か変なことが何か始まろうとしてる……」


「しかし惜しいな。その見立ては異なるぞ。我は金品に特段の関心はない。それによいのか? その金貨を使えば、強力な武具を備えることもできように」


「カネも道具も、盗られたらそれでおしまいだろ。でも、アンタとの繋がりなら盗られる心配をしなくていい」


「ならば、胸に抱えた金貨を我にすべて寄越す理由を聞こうか。お前は浮浪者だ。その金の一部を明日の備えに回してもよいのだぞ」


「アンタを雇う相場がわからないからな。今まで生きてきて、そんなの考えたこともない。それにアンタ。多分さっきまでの話全部聞いてたろ? 出し惜しみしてるって思われたくない」


「えっ全部聞いてたの……」


「なかなか頭が回るな。しかし、それだけが手元に金貨を残さぬ理由か? 小童」


「…………今から冒険者になろうってのに、もらったカネ、そのまま手元に残すってのは。ちょっと違うんじゃねえかなって。思った」


「えええ……よくわからない、普通に受け取ってほしい……」


「く、くはッ、くははははッ! 面白い、面白いぞ! 貴様、名を何という?」


「カナンだ」


「そうか。覚えたぞ。特別におまえの依頼を引き受けてやってもよい」


「本当か!?」


「野垂れ死なぬよう、じっくりと稽古を付けてやろう。そこの化生が普段女遣いにしているように、な」


「いやそれ虐待だからやめてあげてください」


「頼む! オレ、強くなりてえ!」


「よいな。鍛えがいがある。こうして女遣いから小童、小童から我という形で間接的に女遣いからの金品の授受、契約関係が成立するというのもよい」


「なんか気持ち悪いな……。セツナさんと繋がりとか作りたくないんですけど」


「くく。つくづく嫌われたものでござるなあ」


「突然切りかかってくるひとは嫌われて当然なのでは……なんだいメリー。さっきから僕の袖を引いてるけど、君の力だと僕の服は簡単に破れてしまうんだよ。街の中でそれは避けたいよね」


「きふぃ。も、いい?」


「いやちょっと待っ──折れる!首!飛っ、つッ! 折れるっ! せめて返事を聞いてからしてくれないかなあメリー!」




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