第47回ダンジョン学研究会大会・迷宮都市デロル開催
僕は、勉強がけっこう好きだ。
幼い頃、メリーと一緒に数年間暮らしていたダンジョンには、本がいっぱいあった。
ダンジョンから産出される、いわゆる《文化資源》には、長期間保存できる物体になにかを刻み込むという形を取るモノが沢山ある。
巻物や本という形式は、多くの遺跡系ダンジョンで見られる《文化資源》だ。保存しやすく、持ち運びに便利で、かつ沢山記録できる。これが発見されるとそのダンジョンの重要性は跳ね上がる。僕はメリーと一緒にいると、いつも見つからないでくれって祈りながら探索している。
そんなの気にせずダンジョン壊すからね。メリーは。
まあ、それはともかく。
僕らは、ダンジョン内の本を読むためにまず勉強して、それから色んな本を読んで勉強した。
もっとも、メリーはすぐに理解して、ほとんど僕が教えてもらう形だったけど。とにかく二人で勉強をした。医学とか、栄養学とか、数学とかいろいろ。一番好きなのは、歴史学だったな。
もっとも、そのダンジョンで出土した歴史の本は、僕らの歴史とはいっさい関わらないわけだけど。
タイレル王国の歴史は全然わかんない。今の王国暦が999年ってことくらいしかわからない。タイレル4世が名君で12世が暗君……、あれ13世だっけ?まあいいや。そういうレベルだ。
まあ、その辺は貴族のひとたちが持ってる知識をなかなか一般に解放しないのも関わってるので、けして今の僕が昔の僕より知的に怠惰だからと言うわけではない。……ないよ?
「なにか。しりたい? めり。おしえる。いっぱいおしえる」
いや。メリーは答えだけパッと教えてくれるから面白くないんだよね。僕は、なんでそうなったかって、過程を考えるのが好きなんだよ。
だから極論、それが正しいかどうかはどっちでもいいんだよね。
学習によって身についたものは、誰かに奪われることがない。
王国までの旅路では、それを強く実感する機会が数多とあった。知識は思考の軸を支えてくれる。
知識とは、灰髪の僕にとっての《ステータス》や《スキル》に当たる。
だから。
僕はいま、そこそこ、ワクワクしている……!
「キフィナスお兄。その紙、なんです? テーブルに置きっぱなしでしたよね?」
「ああ、インちゃん。いつもお掃除ありがとね。これは僕が入れてもらってる学会の、大きなイベントの招待状だよ」
《タイレル王国ダンジョン学研究会》は、80余年の歴史を持つ学会だ。本家の《ダンジョン学会》から派生した分派だ。
トラブルを起こして学会追放された男が、賛同者を集めて研究会を立ち上げたという何とも胡散臭い誕生経緯を持っている。
何でもそいつは『理論が現実を映していない。実学に立ち戻るべき』とか主張してお偉い先生方を即死級のダンジョンに放り込んだらしいよ。
狂ってたのかな? それとも殺意があったか。あるいはその両方かもしれない。
先駆者の奇行を美辞麗句を以てなんとか擁護しようとする当研究会の沿革紹介にはなかなかこみ上げてくるものがありました。主に笑いとかね。
そんな団体なので、入会金と寄付金を払うだけで僕を入会させてくれたのだった。
ちなみに王都にある《迷宮学会》は保守派だから、お金を積むだけだと入れてもらえなかった。なんでも『INTが確認できない灰髪に参加権はない』とのこと。
とりあえず、メリーが殺意を飛ばすのを僕が察知して止めなかったら多分あのおじさんは心臓麻痺で死んでたと思う。
「こんなにキラキラしたお兄はじめて見ました。そんなに楽しみなんです?」
「ん。きふぃは。べんきょずき」
「そういうメリーはあんまり好きじゃなかったよね。教わった側だけど、君の方から本を読んだところは一度も見たことがない」
「いちどで。おぼえる」
「はー。そうだねー。僕はメリーより知に誠実な自信があるよー」
「きふぃは。ただしさより、たのしさ」
僕も大概誠実ではない。
でも、読んだはしから本を投げて捨てる(物理的な意味で)メリーさんよりはまだマシだと思います。
「屋外開催かぁ。明日は晴れるといいなぁ」
・・・
・・
・
朝。
外はどしゃぶりだった。
雨音が屋根を無遠慮に叩く音が聞こえる。
まるで火属性魔法を次々障壁にぶつけるような、そんな激しい雨だった。
「うそでしょ……」
僕はちょっと泣きそうになった。
え、いや、まじで嘘だろ。ほんと………?
雨天順延って書いてありますけどいつになるの? え、困る……。
そこそこ楽しみにしてたのに……。
……ああ、なんてひどい雨だろう。
まるで僕の、今の精神状態みたいな──。
「はらす」
え? メリー?
急に窓から飛び降りて……うわあっ!?
──窓の外に広がっていた厚い雲が、ひとすじの金色の閃光に切って裂かれた。
雲はまるでバターのように裂けて、千切れて、はぐれていく。
そうして、雲の切れ間から、悪ふざけのような熱気の太陽が照りつけてきた。
……僕は窓から飛び降りて、メリーの前に立つ。
「これ失敗でしょ」
異常気象がすぎる。
「はれた」
いや晴れたけどさ……。え、何? ひょっとしてメリーさん、地上の水分を全部蒸発させるおつもりとかあります?
ていうかこんな炎天下でも大会は中止だよぉ!!
「そか」
メリーが細くて小さい人差し指を下に滑らせると、今度は僕の吐息が白く凍り付いて地面に落ちた。
……あの、メリーさん?
「しっぱい」
メリーが指を上に戻すと、気温は元の調子に戻った。
「な、なんだったんだ今の!?」
「大雨だと思ったら日照りが起きて、それから寒くなるって」
「世界がヤバい……」
辺りがざわついている。
僕の心もざわついてるのでおあいこだ。
気軽に天変地異を起こされると、まあ、面食らってしまうわけでね? 被害者はいないだろうか……?
「き、キフィナスおにいっ! なんか、いま、すっごいことにぃ──ってあれ! なんで外にいるんですか!?」
「ああインちゃん。……あー、いや、ちょっと窓の外から景色を眺めてたら、つい落ちちゃったんだよ。はは。僕の口から今の天変地異みたいな異常気象について語れることはありません」
「……あやしすぎるんですケド。おにい」
僕は朝食の蜂蜜をたっぷり塗ったトーストを食べながら、黙秘権を行使した。
今日もごはんがおいしい。
「いってらっしゃぁい。気をつけてねぇ」
「怪我しないようにしてくださいねっ! いってらっしゃいませ!」
「はい。行ってきますね」
「いてくる」
キッチンから戻ってきたスメラダさんとインちゃんが、二人並んで僕らを見送ってくれた。
「……居心地、いいよね」
「ん。ここは、いいとこ」
・・・
・・
・
そうして、僕らが着いた先には《次元の歪み》があった。
どうやら、この人たちはダンジョンの前で集合して催し物をしてたらしい。どういう精神状態をしているのだろう?
青空の下、集まった変人たちはわいわいがやがやしている。
発表者が一人いて、講演予定のない一般参加者がそれをぐるっと囲んでいる。
「邪魔だ!」
「故に500年以上前に生成された古ダンジョンと新規に生成されるダンジョンには法則の違いがあると──な、何をするのです!?」
おっと、粗野な冒険者が発表してる人に因縁をつけている。
こらこら。いけませんよ。
僕は周囲にいいとこを見せたいという打算と、メリーが隣にいるという安心感の元に弁護をした。
「このダンジョンは俺が目を付けてたもんでッ──て、てめぇは!?」
はーーいこんにちはー。
このダンジョン、いつからあなたのものになったんですー? よかったら教えてくださーい。 あなた、その身なりからしてD以下ですよねー? 羽振りが悪くて装備を更新できていない。それに仲間もいない。それはあなたの社会性の低さを示している。能力のない人間がたった一人でダンジョンに入るなんて自殺行為と同じですよ? 悪いこと言わないのでお友達見つけましょ?
ここ迷宮都市にはまだ未攻略のダンジョンも、こんなとこより遙かに実入りのいいダンジョンもいくらでもありますよ? あっそれともご存じでない? そうなると悪いのは要領かなー、それとも腕かなー。どっちですか?
「チッ……! 灰髪野郎が!」
「おやおや? レッテル貼りはあまり学術的態度とは言えないですねー。会話をしましょう。かーいーわー。ここは学徒の集う……あっそっかぁ冒険者だもんなぁー。頭が悪かったかぁーー。いやーーごめんなさい! 僕も悪かったですね! こんなこと尋ねちゃって!」
僕はげらげらと笑う。
相手は激昂する。背中に背負った斧を──。
「みなさん見てください! 粗暴な冒険者が斧を抜きました!! みなさん証人になってくださいね! 先に相手から武器抜きましたからね!!!」
僕はそう叫んで男の顎を持ってる木の棒で突き抜いた。男は脳を揺らされて昏倒した。
「やっぱあれまずいんじゃないの」
「いや、でもある意味頼りになるだろ」
「集会の許可をもらってる以上、悪いのは相手方ですよ」
「会費の他にも寄付金とか出してくれるので……」
「いや人道的に……」
会場が小さくざわつく。
あ、研究発表続けましょう。昔と今でダンジョンの機能に違いがある、というのは興味深い知見でした。
特に《炎獄の洞窟》で失敗した冒険者がなぜ有名になったのか、という視点はとても面白い。『元々有名だから失敗談が残った』ということは考えてもいいかもしれません。しかし、今の時点ではまだ根拠が薄弱だ。
その辺りも解説していただけるんですよね?
「え、ええ……。それでは、氏の指摘にお答え──」
あーいや、先に途切れたところの続きからで。僕は質疑応答の時に尋ねるつもりだったので。
「はい。それでは、続けさせていただきます。確認されている古ダンジョンでは《文化資源》は少なく──」
ええと、この眼鏡の人は……、ラスティさんだったか。
名前覚えておこう。本とか出してるかな?
「きふぃ。たのし?」
「メリーはつまらなさそうに見えるね。さっきから発表にまるで関心を向けてない。面白いのに」
「めりは。きふぃのとなりだから。たのしい」
いや、だから僕の顔じゃなくて発表に目を……。
……まあ、いいや。あくまでこれは僕の趣味だ。強制させることもない。
付き合ってくれているメリーが楽しいと言ってくれるなら、それに甘えちゃおうと僕は思った。
《文化資源》
ダンジョンから産出される資源のうち、その地の文化的な特徴を大きく残したものを指す。
例としては、図書、絵画、芸術作品などがそれに当たる。『よくわからないもの』はここに振られることが多い。
《文明資源》《生物資源》と並ぶ高度ダンジョン資源として認知されているが、上記2点に比べてその立場は弱い。
解読の必要があることに加え、記載されていることが正しいとは限らないためである。
研究会大会では、医術書として先日出土した資料に、瀉血なる残酷な拷問手段が記載されていたことが報告され、研究者たちは《文化資源》の取り扱いの難しさを改めて認識することとなった。
芸術作品だと認識されていたが、利用法が確立され《文明資源》へと分類され直された資源もある。
例えば名称《マスケット銃》は、殴打に用いると破壊力が高い。




