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新たなる仲間!?


 冒険者の朝は遅い。


 ダンジョンの探索とは、つまるところ命のやりとりだ。いつ死ぬかわからない。人は魔獣にやられたら死ぬし、罠にかかってもまあ死ぬし、お腹を空かせても当然死ぬ。

 僕らの命の価値は、ちり紙と同じくらい軽い。


 それを自覚してるのかしてないのかは知らないけれど。その分、冒険者たちは街にいる時はパーッと景気よく騒ぐし、悪酔いするまで酒を飲む。

 活気溢れる《迷宮都市ロールレア》の冒険者といえば尚更だ。

 魔物と戦う時以外は常に酒を飲み続けていると言っても過言ではない。

 彼らは自分の死を見ないように──あるいは、いつ死んでもいいように。心残りがないように馬鹿騒ぎをしながら日々を生きている。


 ──僕は、どうやっても彼らのようにはなれない。

 なれないので、彼らがあんまりいない朝早く、具体的には開館直後にギルドへと足を運ぶ……つもりだったんだけど。

 今日は諸般の事情で遅く、冒険者連中とかち合わせた。



 僕がギルドに足を踏み入れると、ぴたり、と喧噪が止む。


 それから、一言、二言。つぶやきのような声から、ひそひそとした話し声になり、それから、何もなかったかのように活気を取り戻す。

 ああ、やだなぁ。

 なんか僕が悪いこととかしてるみたいじゃんね。



「今日もそのスタイルなんですか」


 冒険者ギルドの受付の人は、メリーに絡みつかれた僕を見るなり、呆れた表情でため息をついた。



「レベッカさんからも言ってやってくれませんか。僕に絡みついたまま食事したりするのは無茶だって」


「……してるんですか?」


「してますね」


 ご飯でもお風呂でも、大蛇が体に巻き付くような痛みを感じながら生きていますよ。

 寝る直前と起きた直後だけが唯一解放された時間だ。


「きふぃ。おおげさ。かじょう」


「大袈裟じゃないんだよなあ。というか君結構重いんだったーーい首はやめて首はくるしいくるしい」


「おろす?」


「降ろさないよ。君の手口はわかってるんだ」


 じゃあ離れる、とか言ってそのまま行方をくらませたりするんだろ。知ってる。

 君がこの体勢を取り続けてる限り、僕を置いていくことはできない。我慢比べだ。


「きふぃ。まけずぎらい」


「そうかもね」


「そうですかね……?」


 メリーの言葉にレベッカさんは首を傾げている。

 まあ、メリーと多少仲が良いって言っても所詮はこの程度ですよね。僕の方がメリーのことわかってるんで。

 僕は内心でマウントを取った。


「なんかムカつく顔してますねあんた。それはそうと、メリスさんもキフィナスさんも、昨日は冒険者ギルドに来られませんでしたよね。何かありました?」


「ああ、ちょっとメリーに監禁されたり、子どもに誘拐されたりしたんです」


「ああん!? こちとら一応心配して聞いてやったんですがぁ? マジメに答えろっていつも言ってますよね?」


 僕は真面目なんですけど……まあ、いいや。

 説明するのもややこしいし。


「それより、いつものお願いします」


「はいはい、いつもの……じゃ、ないんですよ! あの、マジでいい加減にしないと冒険者資格停止しますかんね!?」


「僕は何もしてないんだけどなぁ」


「何もしてねーのが問題なんでしょうよ!」


 ほぼ毎日、欠かさず顔を出して納品を続けているというのにこの仕打ち。ちょっと理不尽では?これだから百年連続なりたくない仕事ナンバーワンに君臨する冒険者は嫌なんだ。


「そんな不名誉なランキングねえですよ!!」


「不名誉なのは3年以内死亡率が3割超えてる業種の方でしょ」


「っ……。う、ウチは死亡率1割弱の優良ギルドですからね! そりゃあま、命の危険があるのは否定できませんが──」


「ところで。戸籍登録できる方法って冒険者登録のほかにどんなのがありましたっけ?」


「はあ?」


 レベッカさんは眉間に大きくしわを寄せた。


「アンタ、またなんか変なこと考えてやしませんか?」


「僕は『メリーと僕と、ついでに周りの人が幸せであればいいな』ってことしか考えてないですね」


「いっちいち発言が胡散臭い……」


 おかしい。疑われてる。

 少しでも信用されそうなことを言わなきゃ。


「愛とか平和とか好きですよ」


「胡ッ散くさっ!!!!」


 あれー?



・・・

・・



 なんやかんや、レベッカさんは親切に教えてくれた。

 冒険者登録以外にも、職人の徒弟とか、孤児院に所属とか、なんか戸籍をなんとかするルートは結構色々あるらしい。

 僕もそれやっていいですかって言ったらふざけんじゃねーですって真顔で言われた。

 レベッカさんは基本的にいいひとだけど、本音をちょっとだけ混ぜた冗談が通じないのだけは玉に瑕だなぁ。


「なるほど。ありがとうございます。参考になりました」


「いえ。あんたが使うんじゃなきゃこっちはノータッチですよ。あの、いちお繰り返し言っときますけど、重複登録は戸籍管理の観点からもダメですからね? 特に冒険者は各地のダンジョン攻略のために領地間の移動権もかなり緩くて──」


「はいはいはい。大丈夫です。こんな掃き溜めに詰め込むのは可哀想だなって思ってたんですよ。よかったー。適当に書類埋めて放り込まないと……」


「聞き捨てならない発言を目の前ですんのホントやめてもらえません? もっと上手くやれっていつもいつも言ってんで──こほん。言っていますよね」


「はい。もちろん書類はきちんと整えますよ。大事ですよね」


「そういうこっちゃねーんですよ! ……というかキフィナスさん、外から来たのに字書けるんですか?」


「王国に来て最初に覚えましたよ。というか来る前から勉強してました。文字読み書きできないとか騙してくれって言ってるようなものじゃないですか?」


 自分以外の多くの人間が使える情報伝達手段とか持ってないの危険すぎるでしょ。目の前で暗号のやりとりされるとか論外だ。

 逆に言えば、故郷の文字を僕とメリーの暗号として使える、という利点もある。というかそれがあるからいち早く文字が読めないことの危険に気づいたみたいなところもある。


「辺境出身者は時々殺伐な価値観を表に出してくるな……。そんなわけないですからね。王国内でそんな悪どいことをしようとする人なんていませんよ。なにせ法律と陛下のご威光があります」


「ははっ」


「あ? その笑いなんですか? ケンカ売ってますか?」


「いや、レベッカさんはいい人だなあ、って思っただけですよ。美徳だと思います。素敵ですね」


 ルールの抜け穴なんていくらでもあるのに。いい人すぎて心配になってくる。

 というか、守らなきゃいけない規則があってもクズはクズだから時と場合に応じて破るよ。たとえば──、


「あーレベッカさん? 今の書類。冒険者が提出した地図ですが縮尺がおかしい。歩幅20歩で線引いてませんねこれ。通路が広すぎる。あと不自然な空白があります」


「空白……?」


「ほら右下の。線が曲がってるせいでわかりづらいですが、ここには小部屋があると思います。でも、彼らが探索してないのはどう考えてもおかしい。地図を書く小遣い稼ぎを知ってる程度の冒険者ならここを埋めないはずがない。ここは水源に近い。魔物の背後からの接近を考えれば探索しないことは普通ありえませんよ」


 僕の読みだけど、多分これ怪しいやつだ。

 報告義務がある資源の採掘ポイントを隠蔽してるか、あるいはもっと悪質で、未踏破地点の報告者として細やかな報酬を狙う雑魚冒険者を食い物にしようとしてるか。


「……《地図作成》、ありましたっけ?」


「僕の髪見えません? ないですよ、そんなの。とりあえず、確認のためにギルドから人を出した方がいいですよ。あと報告したパーティは監視した方がいいですね」


「はあ。とはいってもあなたの報告ひとつで人を動かすのは──」


「れべっか。すべき。したほうがよい」


「……メリスさんが言うなら、これは調査の必要がありますね。あとで上司に報告しますっ!」


 この対応の違い。釈然としないものを感じる。


「わたしメリー。いま幼なじみを虐待してるの」


「は? 突然何言ってんですか?」


「いえ。僕の腹話術なら正しい認識をしてもらえるかなと」


「ナメてます?」


 ダメだった。そこまで甘くなかった。


「はあ……。地図書けて、文字が読み書きできて、身体能力もそこそこあって……、斥候役(スカウト)でCはいけるでしょ。っつか少なくとも薬草はやらなくていいでしょ。ほんと、なんでやる気出さないんですかねあんた……」


「はは、やる気を出せば出すほど危ないからですねー。やる気にさせる動機づけが足りないんですよ。そういう仕組みを作れるかどうかって大事だと思います」


「地位とか名声とか! 富とか! いくらでもあるでしょうよ!」


「どれも興味ないですねーー。日々のご飯に困らなければいいかなって思います」


「ん」


「メリーもそうだそうだと言っています」


 メリーがSランク冒険者になったのは全くもって本意じゃない。ただ、加減がきかないメリーがどんどん目立ってしまっただけだ。


「め、メリスさんまでそう言うなら……」


 メリーが絡むとこのひと結構容易いな。


「わたしメリー。ぼ……キフィはよく頑張ってるのでこのままでも許されると思う」


「ナメてんですね? ウチらが手出せないって思ってナメてんですね?」


「やっぱダメかー」


「きふぃは。がんばってる。えらい」


「っ……! っ……!! め、メリスさんがそう言うならっ……!!」


 やっぱちょろいわこの人。



「さて、それじゃあ、頑張ってる僕は今日も薬草を集めにいきますので。また後ほ──」


「──この辺りから愛の波動を感じました!」


 うわっ!? なんだ突然!?

 僕はメリーを抱えたまま横っ飛びに跳ねた!


 ごしゃーん!!と派手な音を立ててカウンターに衝撃が走る。これは……テロ!?

 冒険者ギルドの不当な取り扱いについに怒りが爆発したのか!?

 だとしたら仲間だ! あなたは一人じゃ──。


「愛ですねっ♪」


 桃色髪の修道服を着た推定テロリストは、タックルで木製のカウンターをへし折りながら、そんなことを言った。

 よくわかんないけどこれ、多分仲間じゃないと思う。

 仲間だとしたら……。僕は一人の方がいいなぁ。

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