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参加条件




「キフィナスくんたちは大丈夫だろうか……」


 アネットは、昨晩泊まり込み、朝一番に王城に向かった青年のことを考える。

 普通の貴族であれば、謁見までに三日は掛ける。

 四の鐘が鳴る頃に《城下西伝令官》に謁見の嘆願書を送り、それを各官僚が吟味するという手順を践んだ後に、謁見の日取りが後日憲兵隊長より伝達される……という段取りだ。

 伝統を重んじる態度とは、時に形式主義を満たすという形で現れる。シアちゃん──シア様も、貴族としてそれを理解しているはずだが……、あるいは、根回し自体は既に終えていたのだろうか?



「愛の人です! まったく問題ありませんっ!! 信じましょう!!!」


 アネットの屋敷に同じく残ったアイリーン女史は、相変わらずの調子だった。

 ──結局のところ、彼女とキフィナスくんの距離は、昨晩の話し合いを通じても微妙なままだ。


 アネットの目には、彼女は本心から彼を慕っているように見える。

 一方で、キフィナスくんは本心から彼女を不可解な存在と見てる。

 同行しようとした彼女を『座ってろッ!』と大声で制してはいたが。……傷つけられても、本当の意味で、彼女を嫌っているわけではないのだろう。


 彼の善性を、アネットはよく知っている。

 世のすべてを拗ねているようで──その実、失望したくないから、相手に失望させるように振る舞っている、器用なようで不器用な子であることを、うんと知っている。


(それはそれとして──)


 失望させるような振る舞いを、彼は平気でするのだ。

 女王陛下を相手にしても、その悪癖をやりかねないという危惧を、アネットは杞憂だと断じきれずにいた。




 人払いをした玉座の間には、僕とシア様、女王陛下とレスターさん。それから一応、元皇帝様も連れてきた。じゃないとうるさそうだったから。

 女王は、気怠げに腰掛けたまま、階段の一番上から僕らを見下ろしている。


 僕は、高級そうな真紅のカーペットに足跡を擦り付けるように力強く踏みしめながら、一歩ずつ女王陛下に近づいた。本来、領地持ちの貴族は、敬愛なる女王陛下よりも二段分低い位置で控えてなきゃいけないらしい。官僚やってる貴族がひとつ上。そして最上階に女王様とその騎士、という配置だ。

 ──そんなローカルルールに従う道理は、僕にはない。



「礼節ぅ? 敬意ぃ? 知らないね。なんで僕が気にしなきゃいけないのかな。それって僕に得する?しないんだよね。それらは、あんたたちの世界を安定させるための理屈でしかない。あんたたち、貴族の世界のさ。まあ? この国の最高権力者ともなれば、権威ひとつで弱者の僕を100万回は殺せるだろうね。だけど、それはあくまで、権威が通じる(あんたたちの)世界の話でしかない。

 そこらで吟遊詩人がうるさくしてる《旧王都攻略戦》なんてのも同じだよ。語られてる旧王都の悲劇とやらは、あんたたちの世界の出来事でしかない。辺境から来た僕は、それを伝聞でしか知らないし、わざわざ詳しく知ろうって気も起こらない。既に過ぎ去って久しい、ただの過去の出来事。歴史でしかないものなんだよ、それは。

 勿論、そこに感傷を抱くことは否定しないけどさ。せめて、この国の全員に押しつけるのやめない? 僕の傷は僕だけの傷だし、あんたの傷だってそうだろ。全員が負ってる傷だと思いこむの、馬鹿馬鹿しいと思わない? その痛みは、あんたの痛みでしかな──」


 虹色の粒子が僕の喉元に迫り、そして霧散した。

 ふぅ……、もし触れていたら、首がねじ切られてたとこだろう。


「物騒なご挨拶だねレスターさん。メリーが目の前にいるの、わかってる?」


「ああ。メリスを連れてきたお前には感謝する。結局のところ、お前たちが参加しない限り、旧王都攻略は成功しない見込みだったからな。お前の言葉を借りるなら『勝利条件を達成するための、必要不可欠な要素』というやつだ。

 お前の軽薄な振る舞いについては、俺は気にしないし、寛大なる姫様もお許しになるだろう。だが──その言葉は、俺の姫様に向けるにはちょっとばかし鋭すぎる。口を謹しめ。でないと、俺は自分でも何をするかわからんぞ?」


「へえ。近衛騎士サマ高貴な立場って言っても、やっぱり脅しから入るんだ? 本質的には冒険者と何も変わってないじゃん。それから、感謝して貰ってるとこ悪いけどさぁ。僕が手伝ってやる、なーんていつ言ったっけ? 僕さあ、痛いのも怖いのも嫌なんだってば。レスターさんもよく知ってるでしょ?

 交渉をしましょうよ。そうする権利くらいは、僕にはある。──僕のカードは、最強の冒険者・メリーと、それからその付属品オマケだ。じゃあ、あんたは何が出せるのかな?」


 何ぃ? なにコワい顔してんのさ。やだなぁ、僕とあんたの仲だろ?


「止まれ、キフィナス」


だね」


 僕は歩みを進める。この程度の言葉が鋭いってんなら、最初から、こんな馬鹿げた真似をするべきじゃない。鋭いと感じるとするなら、必要な言葉から遠ざけてるってだけだ。そういうの、一般的には奸臣って言うんじゃないの? 近衛ってのはただハイハイと従うのが仕事なんですかねえ? なるほど?そいつはまた随分と楽そうだ。

 職務内容は目の前の間違った選択をただぼーっと眺めること! ハハ、随分ユルそうな仕事ですね? 試しに僕と換わってくれます? あーいや、んー、やっぱいいや。方向性の違いで、まあその日の夕方には辞表を出すだろうし。穏やかな日々を過ごすってのは、ただなんにもしなくていい時間を作るってことじゃないからさぁ。

 んー、やっぱりね、正直な感情を伝えて、より多くの選択肢を与えるように促すことが、一番部下として必要なことだと思うんだよね。そうだろ?

 僕は、一階席で控えたままの、貴族らしい振る舞いのシアさんを見た。


「……おまえの言動については、時々目に余ることがありますが……。……それと、こちらに戻りなさい。私は、お前を監督する立場です」


「いやいや。これは、個人的なお話だからさ。僕は、君の忠実な部下であって、女王陛下とやらに忠誠を誓った覚えはないんだよ。そして、今日はオフの日ですからね。もちろん、僕はシアさんに敬意を払うよ。嘘偽りなく、君を大切なひとだと思う。だけど、今は仕事中じゃないからさ。従わなくていいときは従いません。ごめんなさいねー」


 厚く柔らかな絨毯を踏みしめる。隣のメリーは僕の真似をして、絨毯を踏みちぎり、階段やその周囲の床ごと大きなヒビを入れた。……へえ、いいね。いい感じじゃんメリー。何がいいって、ギリギリ壊しきらないのがいいね。……壊れないよね?ギリギリ大丈夫なんだよね? 途中で落ちたりとか、流石にやだよ僕。


「ん。まかせろ」


 頼もしいお言葉と共に、メリーは床をタン、と足で叩いて、壁どころか天井にまで傷跡を残した。……あの、大丈夫なんだよね? 補強とかしてるんだよね? うん。じゃあ、いいや。僕は気を取り直して、足を一歩前に動かしつつ言葉を続けた。


「ま、ダメージ加工ってやつかな。古くささが出て、いい感じなんじゃない? ああ、せっかくだから無料タダでいいよ。好きなんだろ?伝統とかいうヤツ」


 それが理由で、アホな手続き沢山残してるくらいにさ。



 階段を一段ずつ登る。

 メリーが歩く度に、大きな揺れと地響きが巻き起こる。


「姫様に危害を加える気なら──」


「そんな気はないよ。ただ、対等に話をするってのに、こんな距離間じゃあ話にならないってだけさ。上から下を見下ろすようじゃ、できないだろ?」


「姫様は、この国で最もとうといお方だ。対等などない」


「それは制度的な意味?じゃなくて、レスターさんにとってだろ。あんたの価値判断の一番上には、ヤドヴィガ女王陛下がいる。別に、その考えを否定する気はないよ。わざわざ否定してもしょうがないし、否定しようが考えを変えないだろうし、何なら最悪殺してくるでしょ」


「当たり前のことを言うなよ」


「その当たり前ってどれのこと? 全部?」


「全部に決まっているだろ? まったく、長々と当然の道理を語るのは、お前の悪い癖だな」


 Sラン冒険者特有の治安の悪い思想見せてくるじゃん。

 しっかしなるほどね。まあ、確かにその通りだ。悪癖かもしれない。

 僕はいつもいつでも、当たり前のことばっかり言っているからね。



「それじゃあ、改めて当たり前のことを言おうか。

 ──僕らを納得させろよ。それだけが、参加するための条件だ」



 玉座の真っ正面に立って、僕は条件を宣言した。

 この国を背負う為政者なら、当然、それくらいはできるだろ?








「納得、であるか」


 黒紫色の取れない隈を──あるいは、不健康という概念そのものを──べったりと顔に貼り付けた女王ヤドヴィガが、厳かに口を開いた。


其方そちの価値観は、この王国のそれから逸している。しかし、Royal we(余ども)は、それをかんがえ、適するむくいを与えよう。余どもは、貴様の菲才とその狡知、そして勇を尊ぶ」


()。って言ったろ。

 僕だけじゃない。メリーとシアさんと、それから……、そこの元皇帝陛下様も納得させてみろよ、陛下?」


 僕は、王国貴族の服飾文化からすると四段階くらい劣ったみすぼらしい服装をしたガキを──まあ、彼が持ってる服って救貧院で貰ったものか、辺境の長旅を越えてボロボロになったものだしね。今着てるのは後者だ──思いっきり指さした。

 すると、レスターさんがため息を吐く。


「おいおい、キフィナス。そいつは帝国の皇帝じゃないな。姫様がお認めになったのは、大平原で臣民を導いていたあの少年だ。

 お前も知ってるだろう? そいつは、よく似た替え玉(・・・)だぞ」


 スワンプマンと、あの金貸しは話していた。……本物の最終皇帝は、首を切断された後、頭を割られて死んだと聞いている。

 だけど、そんなことは重要じゃない。彼の意識はそこから連続していて、彼を本人だと慕う支持者もいる。

 外形的にも内面的にも、このガキを皇帝陛下として捉えるのには不都合は発生しないだろ?


「……はい。そして、宝珠の王権レガリアを備えています」


 後方のシアさんが助け舟を出してくれた。そういやそんなんあったね。建国に当たって重要な役割を果たした魔道具一式……だっけ? ウチにもあった気がする。んー、割とどうでもいいからよく覚えてない。


「そうだったな。それなら、災禍の最中さなか王権レガリアを回収し、その身ひとつで王国まで帰参した功績を讃えて、その市井の者に貸与している……ということにでもするか? よろしいですか、姫様」


きに計らえ」


「そですか。そんなら、帝国民の一部がやろうとしたように、殺して捌いて回収してもいいのかね。俺としては、そちらの方が後腐れがなくて楽だが──」


「レスター。それは、ならぬ。宝珠など、かつて取らせたモノでしかない。それを今更戻して何とする」


「おっと。こりゃ大変失礼しました。慈悲深き姫様の、御心のままに」


 隙あらば跪こうとするレスターさんを僕は遮って、

「へえ、そうなんだ? でも、吟遊詩人たちは街角で盗人呼ばわりしてたけど? てっきり僕は、ずっと昔に作られた、安全確認も不十分な魔道具に未練がたっぷりだと思ってたんだけどな」


「……詩人? 知らぬぞ。レスター」


「姫様の気にすることじゃありませんよ。法衣貴族連中の仕業じゃないスかね。ほら、姫様も仰っていたでしょう。平等な立場ってのは、旧王都の攻略が成るまでは難しいところがある、って。頭が回るセンセイが、そう考えたんじゃないスかね。

 帝国の生き残りに気持ちよく戦ってもらうためにゃあ、そう悪い手じゃない。王都回復作戦を成功させるための工夫は、いくつあってもいいでしょう」


「はーん。いかにも貴族って感じの。何とも迂遠で、悪辣な手だねぇ。レスターさん?」


「そりゃあ、法衣貴族(官僚)の連中がやってるからな。貴族らしくもなるだろうよ。俺が止める必要がないってだけだ」


「あのさあ。もしかして話聞いてないの? それとも、僕の王国語が下手だったかなぁ。読解力?そういうのを持ってほしいよね。

 僕は。あの子を。納得させろって。そう言ったんだけど?」


 これまでの論点は全部どれもこれも重要じゃない。

 重要なのはここだ。ここだけだ。

 亡国の代表者には、納得を得る権利があるはずだ。



「否。其方そのほうは代表者などではない。余どもが認めたのは、あの少年である。

 貴様の近衛として訓練を重ね、貴様を騙ることに心を痛めながら、臣民のために帝国の長たらんとする姿勢を以て。余どもと並ぶ、帝王と認めたのだ」


「まず、そいつには、自分が偽モンだって自覚がないからな。首を完全に斬られて、その上で頭を潰されたら、もう蘇生なんて間に合やしないのは知ってるだろ、キフィナス。

 どっちも偽モンなら、その自覚を持っている方がまだ皇帝に近いだろうよ」


「……仮に、その少年が本物の皇帝であったとしても。余どもは、己と並ぶとは認めぬがな。

 齢が二桁であるにもかかわらず、王国語を使えないとは何事だ? この世界の中心、タイレルの言葉を」


 玉座で頬杖を突く女王の冷めた視線には、確かな軽蔑があった。


 なるほどね。

 ずいぶん愛国心の溢れた、思い上がったことを考えるものだな、と感心する。


「思い上がりなどない。かつても今も、世界の公用語は、タイレル王国だ。王都グラン・タイレルこそが世界の中心だ。

 学問の教材も、政談も、そして多くの古典も全て、我ら王国の原著原典テキストが前提にある。この城壁の外、辺境の多くの集落においても、文化の源は変わらず、このタイレルだ。それを対抗心から変換した帝国語では、書かれた原典の、その真正なる部分が捨象されることとなる。

 それが故に、帝国の貴人であっても、人民の命の上に立たんとする者は、王国語に習熟する。しなければならない。なのに、その者はそれを怠り、タイレルを訪ねた今もなお、言葉を覚えようとしておらぬようだな。なぜ、今も話せない? 帝国の起源は我ら王国にある。貴種であれば、学びとは義務であろう。そして、入国した多くの者は、賤民の身分にあった者すら、王国の言葉を覚えつつあると聞く。

 なぜ、未だに言葉ひとつ、満足に使えぬのだ?

 ──ならばそれは、血に甘え、立場に甘え、自分に甘えた証左であろうよ。余どもは才あるものも、才なきものも慈しもう。それぞれの分を弁え、力を尽くす者を重くしよう。しかし、怠惰なるものは別だ。己の天分を全うしない者は、愛するには値しない。

 ……なぜ? なぜ? 何故、何もかもが手遅れになってから初めて焦り出すような輩に。余どもは、この慈悲を呉れてやり、並ぶ存在と認じてやらねばならぬのか」


 ……その問いに、僕は即答ができなかった。

 顔色の悪い女王陛下が語るそれは、まさしく僕の大嫌いな貴族像そのものだったからだ。

 だけど、それでも言葉は重ねないといけない。僕は即座に話題を切り返した。


「……あのさ。そもそも、帝国の人たちを戦わせる意味。あるの? レスターさんも、高位ダンジョンにただ人員を投入することの効果が薄いのは知ってるだろ。だって、それぞれ能力が違いすぎる。能力が劣った相手に合わせて連携なんてしたら、全員共倒れになるだけだよ」


「だが、一定の意味はある。優秀な冒険者が確保できない土地では、領民をとにかく集めて探索をさせるそうだ。俗に言う『血肉で足場を固める』というやつだな」


「それはッ、捨て石にするだけだろ! 意味なんてないだろ!」


「だから、意味はあると言ってるだろうが。お前は、時々考え方が極端になるな。

 確かに、メリスや俺が弱い奴らに合わせて動くのは無駄だが、それは俺たちが例外なだけだろうよ。多くの人間は、戦力だけで見たら、大したことをできやしないんだ」


「それは……」


「そして、捨て石ではない。余が、帝国の民を動員する理由は、かの国が滅亡した理由が王都のそれと同じ《大禍》にあったことだ。……かの者たちにとって、この戦は、帝都にて命を散らした者たちの弔いにもなろう。灰の平原を抜け、死者の牢獄と化した土地を攻略し、帝国を再建するのは、王都を回復することよりも遙かに、実現ができぬ問題であろう」


 ああ、そうだな。それは結局のとこ、他者の痛みだからな。

 だから僕は介入しない。本来なら、旧王都だってそうだった。

 ……まったく。帝国には行かないってコスト意識があるなら、旧王都だってとっとと諦めればいいのにさ。


「そして、キフィナスよ。其方は、帝国の民を弱いものだとするが──彼らは魔獣へ反転することなく、反転した魔獣に殺されることもなく、逃げ延び、灰の野を越えることができた者たちである。皆、それだけの価値がある命である。苦難を耐えた勇士の魂である。

 そして、大願がった暁には改めて、彼らをこの国の民として迎え入れよう」


「そいつは大きな公約だな? 何人生き残るかわからないだろ」


「その通りだ。死者もまた、次の千年に向けた、この国の礎となったと、民として認めよう」


「そんなものに、一体何の意味があるんだって──」



「加えて、余どもが陣頭で指揮を執ろう。──さすれば、少しは其方の納得も得られよう?」



 その言葉には、覚悟よりも疲れと諦めが滲んでいた。

 きっと彼女は、自分の命を何とも思っていない。


「納得って言うけど、そんな軽率で自己ま……」


 ふとレスターさんを見ると、酷く悔しそうな顔をしていて。

 僕はまだまだ喋り足りないと主張する自分の口をもごもごさせながら、一度それを塞いだ。






 頭のおかしい女と対立していたかと思えば、へらへらと軽薄そうに笑う薄気味の悪い灰髪に連れられて、タイレルの中心・王城ヘと足を踏み入れた少年帝ハインリヒは、ヘザーフロウ帝国が破滅したあの日を、よく覚えてはいない。


 覚えているのは、その日の空が、金の陽が登る、黄昏色をしていたことと、


 敬愛する父様母様が/全身の肉を破裂させ

 倒れ伏した残骸から/何本も蟲脚を生やし

 それが自分の頭を撫でるように空を切って──。


『余は。栄光ある、帝国の皇帝である』


 そうして、気づけば灰の荒野にいた。



 彼の心には、あの日の断片と、

『帝国の最も新しき皇帝として、我が国を、取り戻さねばならない』

 衝動のような感情だけが残っている。


 もがき、あがき苦しみ、それでもなお、潰えない宿願。

 現実を理解して、それでもなお、空想に縋ろうとしている自分に対する嘲りと、胸の内に燃ゆる怒りが併存し、体の中で暴れている。



(……この場は、頷いてやってもよい。しかし、納得など、するはずがなかろうよ……!)


 あの灰髪の側女そばめのような振る舞いをする、蒼き氷の娘が先ほどから囁く内容を、幼帝はその衝動から聞き流した。


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