感情のコントロールがきかないみたいなの
「なんていうのかなぁー? ただ従わなきゃいけないのってムカつきますよねぇ? 流れがさーなんかこうあって?僕はそれに乗せられていくの。倫理的にも立場的にも感情的にも、最終的には結局その流れに身を任せるしかないにしたって!せめて気持ちよく流されたいンですよねえ! 僕はね、嫌な思いをされられたら、それと同じだけ誰かに嫌な思いをしてほしいって気持ちがあるんですよ。それが対等で公平で平等ってやつなんじゃないかなあーッ!? みんなそうだろ?違う?あーッ別にどうでもいいやッ! そもそもこの世界にそんなモンないもんなァ! 最近ねえ! 特に多いんですよそういうのが色々とさあ!!
ほんとこの世界の連中はどいつもこいつも命が軽いんだよ。軽すぎんだよ! なんでどいつもこいつも、二言目には命を懸けたりするのかな? 痛いの嫌だろ!怖いの嫌だろ!誰だってそうだろ! やられたくないからやらない!社会ってそういう相互契約で成り立ってるはずじゃないのかなあ!? 知り合いが殺し合ってるなんて後から知らされる身にもなってくんないかなーッロクな死に方しないだろって思ってたけどさぁ……! 死ねばいいのにと思ったけど死んでほしいわけじゃないんだよ! 本当にいちいち命が軽い! しかも何? その上に帝国だの王国だのの民族問題アイデンティティ!?そんなの子どもに背負わせるもんじゃないでしょうよ! どっかの頭のおかしい人がなんか謎にバックアップに入るせいで、それもバックアップどころか混乱でしかないのに、なのになんか蚊帳の外にいたはずなのに実現可能になっちゃってさあ……! 革命とかそういう話に進むのおかしいからね!? 変なカリスマあるの本当に厄介すぎるっていうかマジで何なんだあの女は本当に本当に……!!
大体さあ! 都合のいいときに助けを求めたらそれで何とかなるみたいなの本当に嫌いなんだよ僕ァさア! 苦しめよ! その苦しみはあんたが選んだんだろ! でも、助けなきゃ僕の寝覚めが悪いだろ! そうやって油断してると『できること』は全部『やらなきゃいけないこと』になるから嫌なのにさぁ……!!
あーもうわかんなくなってきたつまり言いたいことはさあッ! ──あんたたちも、同じくらいには血を流すべきだろ!ってこと!! 以上!!!終わりッ!!!!」
僕の情緒は結構ぐちゃぐちゃだった。
ぐちゃぐちゃなまま、玉座に座る、死んだ目をした女王様にぶちまけた。
「……要領を得ませんが」
シアさんがぽそりと呟いた。
わかってんですよそんなのッ!
王都の大通りにて、僕は突然消息不明になった相手と対峙した。ピンク頭のそいつは、いつものようにふわふわ笑っている。
マジでどういうつもりなんだ? ウチのシフトにデカい穴開けてくれちゃってさあ……!
「いやーホンっトさ、あんなコトしといてよく僕の前にヘラヘラ笑いながら──」
「……アイリーン。雇用主として問います。あなたは、なぜここにいるのですか? 無許可で持ち場を離れられるほど、伯爵家の役職が軽いとお思いですか」
シアさんが僕を手で制して、目前の頭おかしい人に問いかける。
「思ってはおりませんよぅ、代行様っ。ですが、見過ごしてはいけない愛があったのです。愛のために、わたくしは在るのですね。そして、愛の人は、ちゃんとここまで来てくれましたっ!
ですから、わたくしのお役目はここまでで、もう大丈夫なんですねえ」
「は?」
「わたくしは、許されないことをしました。ですので、この命をここであなたさまに──」
「待った待った待ったっ! キフィナスくんもアイリーン女史も落ち着いて!」
アイリーンさんの言葉は、横からやたらと大きな声で遮られた。
……ん? 誰この人。なんか馴れ馴れしいなこのちっこいの。くん付け? もう見るからに典型的な貴族って感じのカッコした……ホント誰? 僕、貴族のガキって貴族の大人の次に嫌いなんだけど。
今は、僕とそこの女の問題なんですよ。しっしっ。
「……おまえは、大抵の相手が好きではないでしょう。よく見なさい。彼女はアネット・マオーリアですよ」
「は? シアさん狂いました? 魔石の光に中毒しました? ああそっか……ガラクタ集めるステラ様と同じ血が流れてるもんな……、遺伝的にどっかで見る目を曇らせちゃうのかな……。
あのですねえ、アネットさんはもっと背筋がぴんと伸びてて謙虚でまっすぐな人ですけど? 間違ってもこんなアホ貴族ですって具合の服とか着ないでしょ。なんですかこのヒラヒラ。無駄にいくつもいくつも重ねちゃって。見てるだけで軽くイラつくくらい貴族って感じですよ」
「……かなり気が立っているようですので、今おまえの口から出た暴言は不問にします。後ほど、己の過ちを噛みしめた後に謝罪をしなさい。彼女は他ならぬ、マオーリア特別騎士家の次女です。……しかし、随分、おまえの中で評価が高いようですが」
「だっていいひとですし。好きですよ? いやまあ、この場にいないから言えますけど、普段から気苦労ばっかり背負ってて、すごく大変だなって思いますよ。ちょっと力になるくらいなら、まあ、してもいいかなって程度には好きです」
「……いますが……」
はー、シアさんも大概しつこいな……。そんなわけないだろ?
まず髪は茶色で……、茶色だけど、そんなん沢山いる。石投げりゃ当たりますよそんなのその程度。で? それでぇ? 違いますよほら、そこのくりくり丸くて大きな目とかさぁ。普通に威圧感よりも親しみを与えるもので、だから意識して険しい顔を作ってて……、作ってるな……。
待った待った。アネットさんは体格も違うから。あのひと、背はメリーくらいのチビだけど別に子どもじゃないんだよ。子どもの体格よりも少し丸みのあるシルエットで……、……え、一致してるなぁ……。
「…………アネットさん?」
「いかにも。アネットさんだが」
「嘘では? 騙されてるんですよ」
「嘘じゃない゛よ!?」
……はー、よくないな。貴族どもはすぐそうやって悪趣味な洗脳して影武者作ったりとかするんだから。
ほら、自分を取り戻しましょう。僕もできる範囲で協力するからさ。君は君の人生がある。初対面の僕は大したことはできないけど、それでも、君が君らしい選択をすることを支えるくらいなら、してあげてもいい。
「自分を失ってるのはどちらかといえば今のきみだなぁ!?」
声もアネットさんじゃん……。再現度100パーセントすぎるじゃん……。
え? じゃあどこがアネットさんじゃないの?
いま哲学的な話になってる? おかしいな……。
これじゃあもう完全にアネットさんじゃん……。
「……謝罪はありますか?」
シアさんの声が、僕の頭をスンと冷やした。
こういう場面において──というかこういう場面に限らず──何かをやってしまった時は、素直に謝った方が得だ。別に僕は自由に頭を上げ下げするのに不自由するほど頭部が重たいわけではない。何ならキツツキくらい軽く頭を上下して謝ってもいいと思っている。いやまあ、貴族とか?メンツが大事な立場だとまた変わってくるのかもしれないけど? 少なくとも僕はそんなんじゃないし。謝るよ。謝るとも。合理的に考えて謝るべきだからね。
僕は、いや、でもさぁ……、という言葉をなんとか呑み込んで謝罪をした。
……いや、でもさぁ……、だって、アネットさんがさぁ……、そんなのさぁ……違うっていうか……。
・・・
・・
・
「なるほど、事情はわかった。……《精神感応》の魔眼で、アイリーン女史に感情の内側を読まれた、と。むー……、確かに、他の人に同意なくスキルを使うことは、時に大きなトラブルを引き起こす可能性があるコトでは、あるけども……」
アネットさんは、ヒラヒラのドレスで背筋を伸ばして事情聴取をしている。こうして見るとどの角度からもアネットさんだな……。
「それにしても。旧王都攻略戦で、誰も傷ついてほしくない、か……。うん。そうだね。わたしも、同じことを思うよ」
アネットさんが何やら微笑ましいものを見るような目で同意してきた。なに? 何ですかねそのツラ? そのフリルがムッカつくなぁ。あといかにも王都ですって感じの金糸とか使った華美な色合いが気に入らない。噛みますよ?
「かむ? かむ。かんでよい」
メリー。メリーさん。その腕しまいなさい。しまえ。
比喩だから。威嚇だから。君と違って誰かを噛んだりしないからね……!
「というか、なんですか? さっきから誤解が広がってますけど、別にぃ?
ちっッとも僕が考えてるコトとかじゃないですけどね。なんか油断してたら適当な言葉が自分の口から出てきただけでぇー? 間違っても、それが僕の内心とかではないですね。ありえないですね」
僕は現実を見ながら、許されそうだなって範囲で適当に、気まぐれにやってるんですよ。
そんな現実的でない夢想を考えてるとか? ちょっと僕の尊厳に大きく関わってくるでしょ。ヒトなんてのは勝手にその辺スッ転んでも傷つくし、その辺の選択について責任を取るのはそいつ自身だ。どーでもいいんですよ。別に。
「……論理的矛盾がありますよ、キフィ。それならば、おまえの怒りの骨子はどこにありますか? 隠していた内心を開示されたことがおまえの怒りに触れた。故に、アイリーンは償わねばならないという態度を取るのでしょう」
「あー、じゃあ理由は、著しく気分を害したってことで」
「ふむ……」
僕の言葉に、アネットさんが小さな指を顎に置いた。
この国に、内心の自由を保障するような法はない。所有権とそれの保護はあっても、それが思想にまでは及んでいない。そりゃそうだ。だって封建国家だし?
「……法的には。道行く相手に唐突に《鑑定》スキルを掛ける行為の類推解釈ができるでしょう。相手の精神に干渉するスキルの事例は寡聞ですが、それ自体は処罰の対象とはなりません」
「冒険者相手にそれやったら敵対行為ですけどね。勝手に手札を覗き見られるわけですから。血の気が多い相手なら、殺されても文句は言えない」
「だが、都市の内部で、その理屈は許されない。容易く誰かを傷つけることは許してはいけないんだ。きみが傷ついたのは、わかるよ。でも──」
「別に傷ついたりしてないですけど。著しく、大変、不快だなあって感じただけですかね」
「……おまえの文化と、私たちの文化は共有していない部分がありますが、鑑定によって能力を客観視することは、一般には忌避されることではありません。……しかし、アイリーンがこのような能力も備えていたとは……。当家で確保して正解でしたね……」
そもそも、そういった、感情に干渉するようなスキルを持つ対象のサンプル数が少ないというのもあるのだろう。あとは、法で規制しない方が抱えておいたら便利な駒だろうって事情もあるのかな。
「めり。できる。できるよ」
本気でやめろ。
「キフィナスくん。君は傷ついてはいないという。それじゃあ、被害として主張することはできない。もちろん、アイリーン女史の行動自体には逮捕要件もない。そうなると、きみたち二人の問題ということになるよ」
「最初からそう言ってるじゃないですか」
「うん。その上でわたしは、きみたちが喧嘩するなら止めたい」
喧嘩、というか……。
「アイリーン女史。キフィナスくんは、きみの行動で傷──えっと、不快な思いをしたそうだ。それに対して、きみはどう思う?」
「はい! ──もちろんこの命で! お詫びいたします!!」
マジでこの女よぉ……。
法務担当のシアさんも憲兵のアネットさんも頭抱えてるじゃん……。
「ええと……。ここを整理しようかな。アイリーン女史。きみが、キフィナスくんにスキルを使った動機は、結局のところ、どこにあるのかな?」
「愛のためです。愛の人が苦しんでおられましたので、わたくしは、それを取り払いたいと思ったのです」
「そっかぁ……。その証言じゃ調書も作れないなあ……!!」
真顔でこれ言うんだから厄介すぎるだろ。
「……キフィ。アイリーンの生殺の権利は現在、おまえの手の内にあります。アイリーンとおまえの関係において、死に値すると評価するのであれば──」
「しないよ」
他人の感情を抵抗を許さずに暴き立てることは、暴力と同じだ。
突然暴力を振るう相手とは、通常の神経をしてたら仲良くできない。
かといって、そんなモノを寄越されても困る。
僕は、僕の都合で誰かを裁けるほど偉い存在じゃない。……メリーが怒ってくれるなら、逆にわかりやすいんだけどな。僕はその、怒りすぎを程々のところで止めればいいだけだから。
「……ねえ、メリー? どう思う?」
メリーは無言で、僕の顔をじっと見るだけだ。
……ほんと、君ってば性格良くないよね。
「えーと……、アイリーン女史。君の行動には、帝国のひとが関わっているのかな?」
「いいえ。愛の人のお悩みを受けて、わたくしは、ハインくんにも、現状を知って貰わないわけにはいかないと思いました。
わたくしは、むつかしいことは分かりません。ですが、ハインくんが帝国で生まれ、おうちでみんなと過ごす中でも、その悲しみが少しも癒えなかったことは。わかります。
それを見なかったことにすることは、ええ。愛では、ありませんね」
「……は? あの帝国皇帝様のクソガキもいるんですか?」
「うん。……アイリーン女史がね、なんか、わたしの家に連れてきたんだぁ……。他の難民の人たちも一緒にね……20人くらいいるんだよね……」
はい? 何してくれてんだこのふわふわ女はよぉ……!!
帝国皇帝って影武者が身分保障されてるのを帝国臣民一般が追認してたりそのために暗殺者出したりするような状況だろ。そんな中でもう一人の皇帝に付き従うって、それ筋金入りの愛国者じゃん?
そんなん、一カ所に集めたらマズいやつじゃないかよ……!
「…………アネット。我々は、あなたの家に滞在しようと思います」
「あれ? ホントにホントにありがたいですけど、別邸……は焼けてたか。他の親しい家などに先触れは出していないのですか、シア様?」
「……問題はありません。復唱しなさい。問題はありません」
「も、問題はありません」
「……これ以上の詮索は不要です」
「アイリーンさん……? 何してくれてんですかね……?」
「はいっ。──愛を掲げて、共に生きるべきだと主張をしますっ!」
それってさあ。
一般には革命とか呼ばれるやつじゃないかなぁ……?
ここに僕を呼び寄せて、この人はいったい何を目的としてたの……!? 本気で理解ができない。怖い……!
「シアちゃ……シア様も、キフィナスくんも、来てくれてほんとにありがとね……!」
そして僕は、いつもどこでも僕以上になんか色んな負荷が掛けられていそうなこのひとに、どこまでも力になろうと思った。
「余に、血を流せと言ったな、キフィナス。それならば、100万の血が既に流れた。そして、今も流れ続けている。
……王都の民どもは、夜を畏れ闇を畏れ、魔石の灯りで都を埋めた。光なくして、眠りに就くこともできぬのだ。
これは、この国に流れる血を止めるための闘いなのだ。その為に、多くを焼べるとしても。止めるわけにはいかぬ歩みだ」




