クソヒモ騎士団設立! 頓挫!
僕が騎士団長とかなれるわけないじゃんね。
酔ってんのかな。僕は雇い主の酩酊状態を疑った。未成年のアルコール摂取を咎める法律は蛮族国家タイレル王国には存在していないのだ。そもそも成人って概念がひどく曖昧である。健康被害とかも報告されてない。だってその前に死ぬしね。
まあ、社交の場に出てないステラ様もシアさんも、僕が知る限りお酒を飲んだりとかしないけども──、
「いいじゃない。騎士団長!」
んーこれ一樽くらい呑んでるかもな。
酔ってるでしょ。言動がおかしいもん。
「よくないですーー。何もよくないですねーーーー。いや百歩譲って騎士団作るのはいいですよ? でも、僕はそんなんやりません。恥ずかしすぎて狂って死にますよ。そんなに良いならステラ様がやればいいでしょ」
「……羞恥の念を覚える役職を姉さまに譲渡しないように」
「恥ずかしくないでしょう!? なに? やるわよ?デロル領主にして騎士団長。結構なコトじゃない!」
「あーよかった。これで解決だ」
「……解決ではありません。……姉さま、作戦2です。ご再考を……」
「なによカッコいいでしょ元々わたしたちの家は騎士の出なのだし──あっ。……ねえ、キフィナスさん? そんな素敵な役職なのだから、キフィナスさんがやるべきではないかしら?」
「狂って死にます」
僕の気のせいじゃなければ。
ステラ様もシアさんも、隙あらば僕に、なんか大仰な肩書きをつけようとしてきている。
いらないからねー、そういうの。余計な荷物が増えると動きづらい。僕は身軽な方がいいんだ。その方が選択肢だってずっと多い。
……君たちだって嗤われるんだからさ。そのへん、もう少し考えてよ。
一段と増えた伝票や証書類を会計帳簿にまとめたり前領主様の葬儀の日程を調整したりしながら、そんなことを思った。
「──というわけなんですよ」
「……あぁ? 騎士団んん? 何だってまた面倒なコト……」
数時間ほど掛けて僕は辞退した。なんでそんな時間要ったの? 二人がしつっこいからです。ステラ様が日に日に指数関数的にめんどくさくなっているのを感じてならない。いや適当言った。指数関数とかそこまでわかんない。
ただまあ、グラフにしてみたらぐいーん!ってめんどくささが急角度に加速しているのは確かだろう。
「ウチでもやンですか? はぁ……。一応募集は出しときますけども……本当にやるんですか? ……キフィナスさん普段無駄に口うるせえんだからこういうの止めてくれねえかなー……」
レベッカさんが受付モードを速攻かなぐり捨てるような案件だからね。これ。
いつか読んだ冒険者ギルドの全部局共通のマニュアルには、各種クレーム対応の項目の中に領地騎士団の文字がある。
彼らは『よーいドンで戦えること』と『暗所閉所でパフォーマンス落とさずに行動できること』をごっちゃにしてて、そのくせマトモに命のやり取りしないから正面からやっても別にそんなに強くない。
ステータスがなまじ高めなのが厄介で、ギルド管理のダンジョンを探索させろとか言ってくる。で、そこで回収した資源は納入されたりしない。全部接収される。
それだけならまだマシで、中にはダンジョン内で行方不明になったりする。どこのダンジョンで行方不明になったのかも不明とかが最悪のパターンだね。自業自得なのに冒険者ギルドが監督責任みたいなのを問われるのだ。関係者から色々言われる。
冒険者ギルドは関係ないって言い逃れできる立場のはずなんだけど、そういう理屈って感情の前には無力だったりする。感情という原動力は執拗な行動を許すものだ。相手が貴き立場──冒険者とは別種の権力を持っているので邪険にもしづらいという、めんどくさ極まりない案件である。
僕らはそんなものを作ろうとしている。
「んもぅ。相変わらずイヤミなんだから」
「客観的な事実でーーす」
「そこまで理解しててアンタはさぁ……!」
「いやあ。報告・連絡・相談って大事だと思うんですよ。すごく大事だ。あと、利害関係者への情報共有も。レベッカさんはビジネスパートナーですからね?」
「いち早く地獄に巻き込みてえッてだけでしょーが……!」
うん。そうとも言うね。
レベッカさんは話がよく通じるので好きだ。そんな人がいるのに、僕ひとり頭を悩ませるのはあまり公平じゃないよね。
もちろん、僕が悩まされるのは勘弁してほしいけど。
「……しかし。王家からの要請を満たすために領民たちから強制的な徴兵をするよりは、希望者を募った方がよいでしょう。提示された三ヶ月の猶予のうちに、十分な訓練も可能だと考えています」
「で、適宜、現在人手が足りない迷宮公社のスタッフにしようってワケ。どう? 悪くないでしょう、レベッカ」
「……悪くないからまた厄介なんだなぁ……! おい……! なんとか止めてくださいよ……!! 焚きつけたのアンタでしょ……!」
レベッカさんは僕をぐっと掴んで耳元で小さく叫んだ。
器用なことするな。
「無理です。違います。なんなら僕も被害者なんですよ。騎士団長にするとか言うんですよ? 正気の沙汰じゃないでしょ」
「えー……? いや……、メリスさんなら完全理解りますけどぉ……」
「あっこの人も狂ってたんだなぁ」
日常のすぐ横に狂気があるんだからびっくりするなぁ……。レベッカさんは目が見えないらしい。
無理だろ。甲冑とか似合わないよ。だってメリーちびだし。というかメリーにそんな不名誉なことさせるわけないだろ。
僕はメリーを背中に隠した。
「今日もメリスさんかわい隠すなッ。独占禁止だってウチの規約に定めてますよ? 限りあるメリスさんを大切に。王国の至宝で共有財産です。今日のメリスさんは全身のフリルがひらひらしている。何なら領主様より目立っている。かわいい……かわいい……」
「定まってませんが。まあ、今日はメリー、こういうの着ていい日なので」
「……貴族に連なる者のドレスコードとしては、些か問題がありますが」
「いや、動きやすい服ばっか選ぶステラ様にも問題があるでしょ。なんでメリーの服選びでそんなことまで考えなきゃいけないんですか」
「……服装ひとつ、姿勢ひとつを取っても、多くの含意を込めるものが貴種なのですよ、キフィ」
「はい。ですけど、ステラ様は動きやすいかどうかで服決めてますよね。じゃあメリーの服が優先でいいですよね」
「あっいま良いこと言った。理解ってますねキフィナスさん……!」
レベッカさんはこそこそ僕に同意した。
うん。今日はメリー、なんだかちょっとご機嫌だからね。僕はメリーの袖のひらひらをひらひらした。
「きゃわいぃ……っっ!! き、キフィナスさん! わたしにも!わたしにもひらひらっ!」
「ふーん? じゃ、どれだけ払えますー?」
「家売りますッッ!」
やば。
僕はメリーを背中に隠しあぎいいいッ!?突然メリーが後ろから抱きついて骨がイった……!
「ずるい!ずるいですよ! メリスさん! 私も!」
「だっ……、め、メリっ……。レベッ、さん……やばっ、から、隠れっ……」
「ん」
「なにこれ」
「……話を進めなさい、二人とも」
「ウチらに求めるのは『比較的安全なダンジョンを訓練用として開放すること』と『迷宮公社ステラリアドネの活動をより積極的にしてもよいかの確認』。それから『鑑定士によるステータス証明の発行』ってトコですか? ふーむ……」
「あ、広報もお願いしまーす。これ掲示板に貼っといてください。朗読人には読ませなくていいですよ。依頼と同じ、掲示だけでいいです」
10文字銅貨2枚、銅貨30枚程度をケチるほど困窮してはいない。ただ、むしろ音読してもらわない方がいいかなって思うだけだ。
そこから迷宮公社の運営に回すって考えると、王国語くらいは読めてくれるとありがたいので。
「あのですねぇキフィナスさん。なんで冒険者減らすような張り紙をウチで……」
「別に減らさなくてもいいですよ?」
「ええ。私たちの肩書き、Dランク冒険者でしょう?」
レベッカさんは一瞬ものすごい苦虫噛み潰した顔をしたあと、小さく「はい」と答えた。んー、なんだか空気がおいしい。
きひっ、依頼の範疇ですよぉ依頼。僕はけらけら笑った。
「ちッ……足の小指ぶつけねえかな……。したたかにぶつけろ……」
僕は思うのだ。接客業──接遇を担当する人というのは、回り回ったストレスを押しつけられる職業であるのだと。
このストレスは人間社会の中でぐるぐると循環していて、多分、こんなレベッカさんも何らかの何かをはけ口にしている。
商会とかで無茶ぶりしてたりするんだ。『竜の首の珠を銀貨2枚で売れ』とか。
「してねンだわ! いちいち最悪だなアンタ! ああもう! いいですよ!? こっちとしては出すもん出して貰えりゃ許可しますよ! 騎士団作んですよね! わかったッ! じゃあ困った人──黒騎士様とかそっちにご案内しますからね!?」
「えっ……」
黒騎士──《紋章潰し》だって?
そんなん居るんですか? この都市に? 何匹くらい?
「カッコいい響きね! 人材紹介? 結構なことじゃない! 許可します!」
「……言質は取りましたよ?」
……はーー。迂闊だなあ、ステラ様は。
あのですね。あいつら、一言で言えばロクでなしですよ。
──だって、自分ちの紋章塗りつぶしてんですからね。
貴族の次男次女以下、継承権もなければスペアとしての価値も見いだされない、冒険者なんて不安定な職業の真似事をしてるような──、
「許可を取り消します!」
まあ、そういう反応にもなるわな。
・・・
・・
・
許可をするとかしないとかの前に、騎士団って窓口を置いたら連中を受け入れなきゃいけないのは妥当なことである。
だって自称黒騎士様って大半は冒険者じゃないし。家の一員であるって証を自分で削りつつ、まだ自分は紋章を持っているような存在であるってアピールは欠かさない辺りに何とも歪な優越感があるからね。
王都は法衣貴族が──領地を持ってない王都住まいの官僚とかやってる一族──多い分、黒騎士とかいう生物もそれなりに多かった。
嫌いなんだよな。
「やあやあ我こそはパイソランディアより──」
「下賤の者たちと同じ空気を吸うなど──」
「伯爵閣下の御膝元にありながら、ここでは灰の髪を表通りで見かけるという──」
都市社会において、相手の名前を覚えるというのは生きていく上でとても重要なスキル……なんだけどさ。
こいつらの名前も覚えなきゃだめなのかな。
まあいいや。めんどくさいから、とりあえず全員ダンジョンぶち込んでから考えるか。
レベッカさん? 地形が平坦なEランクのダンジョンあります? 気温も活動に問題ないやつ。地図も一緒に買います。
「それでは《二色石切峠》を。なお、こちらは当ギルドの管理する講習用のダンジョンですので、コア破壊時には課徴金が発生しますのでお気をつけください」
「はいはい。だってさ、メリー」
「壊す?」
メリーはお金をジャラつかせた。ガラ悪いからそれやめな。
んー、レベッカさんはメリー相手だからニコニコしてるけど、反応的に、多分壊すと結構困るかな。
壊さないようにしよう。他のやつにしようか。
「ん」
あー、ステラ様。あっちのあの人らの先導任せます。ん、扇動かな?
まあいいや。よろしくお願いしまーす。
「いいわよ。──ご機嫌よう? 私はこの地を統治者、ロールレアの後継、迷宮伯の──」
やれやれ。貴族様の口上は無駄に長いからいけないね。
僕は自分を棚に上げつつ、あくびを噛み殺して神妙な顔を作った。
土色の洞窟にて。
「うっわぁ。もう全滅かあ」
クソ重そうな鎧を着た連中が、全員へたばっている。
まだ地図の1/4ページしか進んでないんだけど。絶対邪魔だから鎧脱げって言ったのにね。
あのー。もしもーーし。灰髪がどうとか言ってた人たちー? 僕まだ休憩とかいらないんですけどー? 僕は邪魔っくさいプレートメイルをカンカン蹴った。
はは、返事がない。屍のようだ。ウケる。
「ねえ。やっぱりあなたが団長やらない?」
やりませんけど。
やりませんけど……、ロクでなし揃いの騎士団になりそうで早くも雲行きが怪しいね。
どんな甘言でこいつら引っ張ってきたのかは知らないけど(聞いてなかった)まあ、彼らは登用しない方がよさそうだ。
……大丈夫だよね? 迷宮公社のスタッフにしないよね?
「…………問題ありません。まだ猶予はあります」
シアさん?
王都冒険者ギルドの長の死体が、大通りに晒された。
法衣貴族の数名が、喉の刃傷で口を利けなくなった。
人々は、タイレリアの暗殺者が帰ってきたと噂した。
夜の王都に刃が疾る。
鮮血が闇夜を彩った。




