煌めきとその影と
最短距離で最高効率でモノゴトを解決する手段として、暴力という選択肢が存在する事象が、残念ながら世界には一定数存在している。
理性と合理主義、合議と熟慮、それから……優しさとか愛とか?そういったもので相手を変えることには時間と労力というコストが掛かるし、何なら最初から期待できないことだって多い。
僕は暴力が嫌いだ。暴力を振るう自分が嫌いだ。
だけど、自分が嫌いなんてのは今に始まったコトじゃない。澱のように重なった自己嫌悪のタネがひとつ増える程度。
その程度で僕の行動は変わらない。
「……困るなあ、ほんとにさ」
──変わらないんだよ。
メリーの為に、みんなの為に、不穏な連中を野放しにするわけにいかないだろ。ステラ様もシアさんも、何ならメリーも、その危険性というのをしっかり認識していないんだ。
だから、そんな顔ができる。日向のような、まぶしさを湛えた顔ができる。世界は時々まぶしくて、その閃光は脳幹をたやすく灼いてくる。僕の周りの君たちは、いつも、そんな顔をしてくれる。
────だからどうした。変えるべきじゃないんだ。
やるべきことはわかってんだろ。僕は影でいいんだ。日向で小さく融けて消える、そんなちっぽけで、薄暗い存在で。
だっていうのに、僕は、
「君に期待したくなるのは、なんでだろうね」
自分でも驚くほど、あっさり負けを認めていた。
乗ろう。君らの提案する、挨拶とやらをしてやろうじゃないか。
「ふふん。それは勿論──私がスゴいからでしょう?」
「……うーん、早速前言を撤回したくなりましたね」
「そう? 私はここの領主よ? それだけスゴいわ! でも、たとえ領主じゃなくても、自分だってだけでスゴいって知っているの。
だって、ただのステラであっても、ほかの何者でなくても、助けてくれるスゴい人たちに囲まれているのだもの。私には、それだけの価値があるのだわ。それを認めているだけよ」
……はあ。なるほど? 勝てないな。
何がスゴいって自尊心がスゴいね。まったく見習いたい姿勢だ。
「……本当に見習うべきですよ、キフィ」
外観は小さな2階建ての一軒家だ。こういう時、見た目ってのは大してアテにならない。
地属性魔術とかいうものの存在で、金かコネかを持っているなら地下に穴を掘っていくことは容易だからだ。横に広げるとお隣の土地とトラブルになるが、上下に広げる分には妨げるものが特にないからね。まあ、縦に広げる──目立つのは貴族様から目を付けられることになるけどさ。
夜分遅くに失礼しますよっと。
僕は大きめの石でドアノッカーをリズミカルに叩いた。ガーンガーンガンガンガンガンガガガガガガガガッ…おっと。壊れちゃったか。取れた金具を指でくるくる回す。んー、つまんね。
石も金属もその辺にポイ捨てした。次はもうちょっとマシなもの買っとけよな。
「……荒れすぎでしょう」
「わいるど。よい」
別に荒れちゃいませんよ。呼び鐘ってのは、相手を待たせるから鳴らさなきゃならないんだ。
「こんな時間に何の用で……!?」
遅い。二歩以上はダッシュで来いよ。
僕は舌打ちをする。
「四人よ。不躾でごめんなさいね。ドレスコードは大丈夫かしら」
ダンジョンに潜っても問題のない格好(僕監修。見た目は不評だ)しているステラ様が、紹介状をひらひらと示した。
玄関の男は驚愕している。
アポを取るべきだったかな? あんたら燃やした灰髪が遊びにくるよ、ってさ。
「こーらっ。ダメよ? 今日は挨拶に来たのでしょう」
「やー、あいにく挨拶作法には詳しくないんですよ。それに、メリーを連れるなら──」
──奥の部屋から、全能者が来たぞ! という叫び声がした。バタバタと慌ただしい音が響く。
……この手の騒ぎになるのは最初から目に見えている。
「……織り込み済みです。その上で、メリスを誘ったのですから」
「ビワチャだってそうでしょう。わたしが、あなたもメリスさんも呼ぶことは考えていたはずよ? そして、それが面白いとも思ってたんじゃないかしら。あの人が一番面白いと思う使い方をしてあげないといけないわ」
オークションに掛けただけでも喜んでくれそうだけど、とステラ様は言う。
……ん? その辺の感性、全然わかんない。貰ったものを即転売する行為にプラスの感情が介在する余地ってあるのか……?
まあいいや。んで、下っ端の店番さん? まだかな。
「しッ……、少々、お待ちを……!」
僕は大欠伸をかみ殺して、
「お邪魔するよ。どれだけ待っても、なにも変わりゃしないんだからさ」
店番さんの隣をするりと抜けた。
悪いね。あんたらの都合より、睡眠時間の方がずっと大事なんだ。
「……まあ、こうなるわよね。ごめんなさいね?」
「……織り込み済みです。私のあれが、貴方たちに不利益を与えることを容赦するように」
ステラ様とシアさんは……、店番と話をしているらしい。
別に謝ることは何もないけど?
「した」
「知ってる」
下りの螺旋階段の手すりから飛び降りる。
お行儀よくするには、ちょっと段差の数が多すぎる。
真っ逆さに滑落して、着地はロープに任せた。
──そこは、仮面の男女が踊るダンスホールだった。
どこか退廃的な弦楽器の音色が流れている。
どうやら、今日はそういう趣向らしい。僕が仮面を着けていないからか、何とも不躾な視線を感じる。
ダンスホールを横切ろうとすると、仮面の連中と目があった。
いや、なんとも僕は悪目立ちするね。上で待ってた方がよかったかな? ガン飛ばしてきた相手のうち、近くて弱そうなのをすっ転ばして仮面を二枚分剥いだ。中身はどうでもいい面をしてた。
……んー、奪ったところせっかくだけど、他人が着けた直後の仮面って被りたくないな。奪った仮面を踏み割って、適当に毟った薬草をメリーの額に張り付けた。あはは、ちょっとマヌケな見た目だ。今度レベッカさんに見せてあげな? ──おっといけない。本題を忘れてた。
「さる高貴なお方からの命で、あんたらに挨拶に来たよ。ドレスコードは大丈夫かな」
「気にするな。我らとお前たちの仲だ。道化師」
仮面のうちの誰かが、そんなことを言った。
その声には、別段聞き覚えはなかった。
・・・
・・
・
明確な頭首を持たず、特定の目的に基づいて組織される集団というのは息の根が長い。誰かを潰しても活動が続くからだ。
その中で、有力な複数のオピニオンリーダーが先導し、多角的な活動が繰り広げられる。しかもその上、こいつらには表の役職もある。豪商だったり貴族の嫡子だったり冒険者だったり、その立場もまちまちではあるが……裏から表から、影響力を深める活動している。
そして、その内の誰もが熱心なワケでもない。ここに所属してりゃイイ目が見られる、そういう動機だろうと受け入れて、勢力をどんどん増やす。
目標を達成するまで止まらない仕組みが出来上がっている。
「ムーンストーンは苦しみ抜いて、ゴミみたいに死んでったぞ」
挨拶ついでに僕がそう言うと、一方では喜色の声が上がり、他方では僕にギラついた敵意が向けられる。
「王都大火で我々の組織力は高まった」右「忌々しい炎熱は我々に不利益を齎した」
「全能者は世界を救済する存在である」か「全能者は世界を滅す生きた大禍である」
「灰の生命改竄者は厄業を撒いていた」ら「月長卿の生命操作術は世界を救う御技」
「我らはお前を歓迎しよう灰の介添人」左「我らはお前を忌避するぞ灰燼の溝鼠が」
「我らは同じ方向を向いているのだよ」か「我らは対立するより他にないのだろう」
「我らの同胞となるがいいキフィナス」ら「せめて邪魔をするな異邦のキフィナス」
「うるッせえよクソバカどもが。矛盾したこと言いやがって」
己らの矛盾すら呑み込んで、平然とそこに在る。
──哲学者たちという組織は、おぞましい多頭の化け物だ。
「やっぱり、わかりあえるかもってことね」
後ろから声がする。
振り返ると、赤髪の小柄な人影が、仮面じゃ覆いきれないくらい楽しそうにしており、
「……想定よりも、検討の余地はあるようですね」
青い髪がその傍らで佇んでいた。
「どうかな。同じ世界観を共有してない相手との相互理解はできないよ。ス……、スゥ。シィ」
「……っ! その呼称、わたくしは、とても許しましょう……!」
「それ私の名前? ふうん? いいわね、とても。
でも、そうね。とりあえずは──踊りましょうか。せっかく、舞踏会に来たのだものね?」
そう言って、ステラ様はシアさんの手を取り、ダンスホールの中心で、当たり前のように舞踏を始めた。
同じ背格好の、同じ体躯の、鏡合わせの動きは、より多くの目を惹いて余りあった。
……ほんと、よくやるね。
「きふぃ」
何その手。やんないよ。
ダンスは経験がないし、君に転ばされる姿しか見えない。……はいはい、帰ってからね。
今転ぶべきなのは、僕じゃなく、そこらの来賓者どもだ。
「……しっかし、よくあの場で書状を手放さなかったですね」
「ええ。なんとエルザ匠はね。──その場で支払えなかったのよ!」
「バカですか? バカなんですか?」




