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「文法も勉強したんですよ。読めるだけで十分って人も結構多いんですけどね。経験が活きたな」


 お屋敷に戻って報告書を書いている。

 僕は旅費が欲しかった。いや、別にお金が欲しいってことではない。どうせ小銭だし必要ならその時にメリーから貰うし。ただ、システムとして必要だと思ったのだ。

 金銭的なことを曖昧にして働くのってあまり健全じゃないだろ? 少なくとも僕はそういう職場どうかなって思う。でも今までそういうのなかったらしいんだよ。大貴族の使用人は些事を気にしないらしい。

 いや?知らんが。僕は気にする。僕は僕にとって働きやすい職場環境を目指している。合言葉は労働者に優しく。それはつまり、僕に優しくということだ。


「合言葉っ!? いま愛の気配がっ!?」


 扉の外から聞こえてくる言葉は無視をしつつ──。



「さて。こんなとこかな、っと」


 仕事はこれだけではないので、あんまり時間は掛けられない。本当は移動中の時間を使って書き上げるつもりだったんだけど、メリーの臓器撹拌タクシー下でそんなことができるはずもなく。僕はささっと4000字ほどの短編小説めいた報告書を書き上げた。軽妙洒脱な文体が特徴だ。いや適当言った。そうでもない。

 読み返すといくつか誤字があった。んー。雑に線を引いて訂正してシアさんに渡す。


「……書けたのですね。……長いです。簡潔に、要点を纏めるように」


「えー。細やかに報告しろって言ったのシアさんじゃないですか。相反する命令を出すのはハラスメントですよ」


「……限度があります。天候ひとつに3行62字使う必要はありません」


「お貴族様のお手紙とか見るにそういうお作法あるのかなーって」


「……時候の挨拶等の作法はありますが。それは執拗に描写するという意味ではありません」



 僕の文書を読んでいるシアさんの形のいい眉が少し歪んでいる。その角度は読み進める度に増えていく。

 そうして、一通りを読み終えた後に、


「…………大きく。訂正が必要ですね」


「いやー若干申し訳ない。でもですね? 誤字脱字はね、なんというか、人間が人間である以上起きるものだなって思うんです。いや本当に。ヒューマンエラーは発生段階で潰すことを考えるより発生後に修正するための仕組みを考えたほうがずっと有用だ。だけどですね、これでも読み直したんです。ええ雑な修正跡が残っていますね?えっそれも見苦しい? いやー、とはいえ、内向けの文書をわざわざ書き直すのは紙資源の無駄だと思いません? いやまあ、4000字を書き直したくないという気持ちがないとは言わないですけど。無駄だと思いません?」



「……訂正するのは文章ではありません。

 ──王都における、おまえの所業です」



 えっ? ああまあ……、確かに女王陛下には無礼無礼ナメナメな態度を取ったりしてたね。そこは、まあ、うん。そういう相手だし? 道化って役割を求められていたので。

 僕は軽い弁明をした。



「……賄賂、公務執行妨害、暴行、恐喝、監禁、窃盗、放火。おまえは、三日間の滞在でどれだけ947年タイレル王国法に抵触しているのですか」


「ん? ああ……そっち? ええっとー…………、17回ですかね?」


 僕は指折り数えた。


「……その通りです」


 やった。

 あってた。



「……やっていません。間違っています」


「合っているのに間違っている……。なかなか哲学的だなぁ……」


「……なぜ、そのようなことをしたのですか」


「報告書にたくさん文字書いたと思いますが。一言で言うなら……気まぐれですかね?」


 シアさんは僕をまっすぐ見つめる。その目には呆れと信頼がある。

 …………ええっと、なんですかね。


「……きちんと、説明をするように。姉さまをお呼びします」







「──つまり、いつものやつでしょ? このひとはそーゆー態度ばかりだもの」


 折り目正しい礼服を着たステラ様は、僕の報告書に2秒ほど目を通した後、すっごいどうでもよさそうに言った。

 肩書上では正式な領主となったステラ様は、本日は裁判に同席していた。別に法務官に任せていい案件であるが、新しい領主として顔を出すことに統治上の意味がある……らしい。


「報告書も、表現の仕方だけでよくこれだけ盛れたものだとは思うけれど。時刻と自分がやったこと以上のことが全然書かれていないじゃない。『時は日が中天坐す頃。王都の中央通りにて。取り締り中の憲兵の無防備な後頭部に放物線を描いた石が突き刺さる! 僕が放った石だ。快音が鳴り、前のめりに倒れ込む憲兵。爽快だった!』じゃないのよ。爽快だったかどうかは知らないのだわ」


「爽快でしたよ。スコーンって」


「そう言われるとちょっと面白そうだけれど」


「いやーステラ様は話がわかりますね」


「……姉さまっ。キフィは当家の家令です。他領における法令違反を放置するわけにはいきません。

 ……それに、信頼することと、放任することは違うかと存じます」


 おもむろにメリーが動いた。

 小さな石ころを取り出して、シアさんに手渡す。


『ツツジのゴミが! この我々に楯突く──がっ!?』


 シアさんの手のひらから、そんな言葉が再生された。

 ふうん。しっかり録音できてるじゃんメリー。壊さなくてえらい。

 ……なんで? なんで録音してたの? なんで渡したの?


「……ありがとうございます。メリス。……打擲の音もしますね。この声の主は、文中の『取り締り中の憲兵』ですか?」


「ん」


「そうすると、この辺りかしら。『これは雑感であるが、どうにも、帝国の難民は王都の人々に受け入れられているとは言い難い現状があるように感じられる。王都の行政機関は、彼らをどのように社会に包摂していくのかという課題を横たえたままだと言っていい。女王陛下の受け入れる旨の布告があったとはいえ、現在の王国法では、帝国難民たちの実際の扱いは局外者のそれとそう変わらないようだ。仮に今後、市民権に準ずる資格の取得や、領地間の移動権を得るために帝国難民が冒険者になるという動きが一般化すれば、ここデロルでも移民対策というものを講じざるを得ないだろう。僕が知っている歴史において、移民問題は対処を誤ると社会に大きな軋轢を生むものだった。ただしこの辺りは本旨とは関わらないので詳述は避ける』

 いや長いわよ。ぜんぜん長い。まったく詳述避けていないじゃないの」


「……本件にかかるおまえの動機は、彼らが人道的な取り扱いをしなかったため、ですか?」


「気まぐれです」


「自分が灰の髪だから、というのもありそうね。帝国難民ではなく、灰髪に怒りの矛先を向けようとしている。……以前王都で、あのひとたちが裏通りに隠れているところを見たわ。事件がひとつ増えても今更変わらない、そう考えてると見たのだわ」


「気まぐれですってば」



「となると、ここの放火は──」


『高く売れそうなオジョーサマが来たじゃねェーげばッ』

『あ? 今なんつった。なあ指と目玉どっちがいい?答えんの遅えよ両方いらねえな。お前らの仲間も全員同罪だ』


「シスコンの発露ね」


「違う!奴隷売買とかやってるからですよ! ……あっ。気まぐれです。気まぐれに暴力を振るいたくなりました」


「……なるほど。『黒煙が天に上る。紅蝦蟇油由来の火炎は水魔術による放水では止められず、油の量で熱量をコントロールできるので他所に燃え移らない安全な放火が可能だ。僕は放火した店から帳簿と商品を奪取した』。ここの商品とは、拘留された人々のことでしたか」


「わざとかってくらい言葉が足りないのだわ……! わざとなんでしょうけれど……!」



「きーまーぐーれーでーすー」



 ──僕は、僕が正しいと思ったことを、思うだけする。

 法律や相手の気持ちや社会通念よりも優先されるそれは、身勝手の一言で片付けるべきものだろう。褒められるようなことじゃない。……というか、褒められるべきじゃない。


「……困ったものですね、おまえは」


 だというのに、そう思っているのに、この姉妹の、僕の身勝手な行動を好意的に弁護する解読作業に上手く口を挟めずにいた。

 ……卑劣だな、僕は。



・・・

・・



「まったく。報告書の解読にずいぶん時間が掛かったわね」


「僕は中立的に記述したつもりです」


「いいこと? 自分を悪く見せるのは中立とは言いません。以後気を付け……ないわね、その顔は。もう。

 陛下へ切ったタンカだって、ぜんぜん報告書では書いてくれなかったけれど──ええ。とても好ましいものだったわ」


 姫様の『道化として僕を雇う』という提案が、この封建制社会で僕の人格を最大限に尊重していたものだったのは理解しているつもりだ。

 それでも、そこに付き合うことはできない。


「……しかし、外交面では失点であると言えます。決別するにしても、言葉は選ぶべきかと」


「領主得点で300点あげるわ。シアだってそうでしょう?」


「……10点以上は加点しません。そして、失点を埋め切るものではありません。…………こ、これは、個人的な感情に基づく提案ではありませんが。キフィには、監督役が必要であると思われます。そして役職上、わ、私が担当することが適当であるかとっ」


「シアの自分の感情ばりばりの提案はさて置くとして──「姉さまっ」──この三日間の成果を改めて確認しましょう。

 まず大きいものが、ダンジョン所有権を争う裁判。これは冒険者ギルドが預かることになったわ。

 次いで、執務室の中だと……帝国派貴族からの手紙もあるわね。私たちを招致するらしいけれど、しばらく領地を出る気はないわ。……先の訪問と今回の手紙から、……先代、デロル領主が。王家への反抗を仄めかしていたことは確定でしょうね。

 あとは、ドラゴンの解体はもう終わったわ。ビリーに担当してもらって、使用人の配置まで任せたの。これを資金源に、まずは魔石灯を領内の全域に設置するつもりよ」


「……少なくとも、内政上の大きな問題はありません」



「ええ。これで──ようやく、カティアの遺した、『世界が滅ぶ』という言葉に手が付けられる」



 ステラ様の目は、あの日の別離を映していた。


「……コッシネルから聴取しました。先代迷宮伯が所属していた《哲学者たち》は、世界の滅びに抗することを目的としていると」



「あまり良い印象はないけれど。きっと彼らは、私達よりも切実に問題を捉えている。情報も潤沢なことでしょう。

 だから──潜入しましょう! ヒミツ結社!」



 いやいやいやいや!? あり得ないあり得ない!


「というわけで。あなた、知り合いに居たりしないかしら。紹介して頂戴」


「はぁ!? ステラ様は何を言ってるんですかね……!?」


 監督役が必要なのはどっちだ……!!


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― 新着の感想 ―
[一言] ヒミツ結社と聞いたらわくわく……為政者として見逃せるものじゃないもんね。 ステラ様のご英断ですね、うんうん。
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