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ドラゴン・コンクエスト


 そういうことになった。


 迷宮特区のダンジョン溜まりに来ている。

 まったく、こういうところが勤め人のつらいところだ。

 上司様の決定には逆らえない。


「ドラゴン討伐コンクエストね!」


 いや捜索クエストから始めなきゃならないんですが?

 まったくステラ様は何ひとつお考えがお有りではないから困りますね。ねえシアさん?


「……いけませんよ、キフィ」


 僕を諌める言葉にも具体性がない。僕らはリーダーの無思慮性に困っている。


「なあに? シアもあなたも。わたし、何も考えてないワケじゃないわよ。これは観察と思惟に基づいた決定です」


 はあ。かんさつとしい。

 なにが?


「まず、あの紙はかなり古いものだったわ。質も低い。変色していて、手触りはごわごわしていたの。筆跡もかなり荒かったわ」


「なるほどさすがの慧眼ですねーお嬢様。いやあ、錬金術の素材と称してゴミ集めるだけのことはあります。手洗いますか?」


「まだ結論出てないわよ。あ、水筒はありがと」


「もう結論出ていますよ。つまり、日々の業務内容が『酒を飲んでクダ巻くこと』にすり替わった連中の面白くないジョークだ」


 ステラ様は手をじゃぶじゃぶ洗った。……いや流石に使いすぎ。僕の飲み水使いすぎ。しっかり煮沸消毒してるんだぞ?


「なによ。シアと私がいるんだから水なんていくらでも作れるじゃない」


「いや魔力の無駄遣いでしょ。事前に用意できるものは用意しますよ」


「……些細なことです。それを言うのならば、おまえこそ、準備で貴重な時間を浪費しています」


「いくら備えても備えすぎじゃないんです。僕は荷物をほぼ無限に持てるんだから、その程度の努力はすべきだ」


「むげんちがう。くに。ぜんぶ」


「ほぼ無限に持てるんだから。補足ありがとうだけど訂正の必要がないねメリー」


「おかげで、牙だけじゃなくドラゴン丸ごと持ち帰れるってわけね。カウンターに載るかしら? びっくりさせましょ!」


 掲示板を使った、誰も本気にしていないクソつまんない冗談。依頼の体をなしておらず、当然報酬だってあるわけもなく。どこの冒険者ギルドでも、大抵こういう張り紙が一枚は貼ってあるものだ。

 回収した迷宮資源を大っぴらに見せびらかすのもトラブルの元で注意されるやつ。トラブルが服着て歩いていると定評のある僕も、積極的にトラブルを振りまく気はそこまでない。

 ツーアウトである。カウンターに載るほど小さいわけがないのでスリーアウトだな。


「もちろん、すぐに成果が出るものではないでしょう。でも、あの依頼には期限は定まってないものね。出てきたって情報を受けたら動けばいいのだわ」


 竜種……亜竜ですら、確認されることはかなり珍しい。

 理由は簡単明快、目撃者がそのまま死ぬからだ。

 無防備な背にふっと息を吹きかけるだけで人間はチリとカスに変わる。


「──リベンジ。したいものね?」


 ステラ様は、にやりと笑った。

 ……そんな機会は訪れない。訪れてほしくない。

 自分の力を見誤って死ぬというのは冒険者のよくある日常で、僕は彼女たちをその一例に並べるつもりはない。


 僕が言葉を選んでいると──唐突にメリーが向かいの次元の歪みを引っ掴み(この時点でおかしい)禍々しい紫電をバリバリやり始めた。



「どらごん。いるよ」



 メリーさんは何をしているのかなあ……!?



・・・

・・



 メリーの謎バチバチを受けたダンジョンは、風化が進んだ渓谷だった。

 風に運ばれた赤茶色の砂塵が小さな竜巻をあちこちに作り、土を含む空気は少しざらついている。僕は薄い布巾で鼻と口を覆いつつ、他の皆にもそうするように指示した。

 ……今回はかなり見た目がまともだなって思った。カナンくんの時みたいに狂った色彩が踊っていない。


「ふーん。開放型迷宮ってやつね」


「ん? ああ。ダンジョン学ですか」


「こないだ学会に寄った時にいくつか教本を借りたのよ」


「……視界が開けているが、平坦な道ではない。罠の配置が少ない傾向にある。……と、記載されておりました。生物資源が生息する可能性が高いとも」


 学者という種族は何かと分類したがる。

 ええと、確か『タイレル迷宮十七区分』だったっけ。僕には反証がいくつも浮かぶ分類法だけどさ。


「枯渇した小低木迷宮かもしれませんね。その場合、自然型罠が生きている可能性があります。あと水と草木がないので生態系はなさそうです。ダンジョンの魔力で存在保ってる魔獣しかいないんじゃないかな」


 開放型迷宮とやらと、僕の言った枯れた小低木迷宮で明確な分け方はない。机上論が過ぎると、世界の方を分類に合わせるとかいう本末転倒なことをするようになる。

 そして危険だからとダンジョンに潜らない学者は珍しくないし、少なくとも冒険者よりは頻繁に潜りはしない。

 僕は学会発表なんかでそういった光景を見ると少しハッピーな気持ちになるんだ。もちろん、僕は素人だから質問なんてしないよ。素人だからね。



「……ところで、メリス。先ほどは索敵をしていたのですか?」


 メリーは答えない。僕は曖昧に頷いた。


「…………なるほど。不問とします」


 ありがたい。……ああ、罠や地形の確認のために少し先行しますね。

 僕はメリーを連れて前に出た。




 さて。

 どういうことなんだい、メリー?


「なまえ。つけた。つくった」


 ドラゴンは作ったの一言で片付けていいものじゃないんだけど……。

 タイレル王国の城塞の外──辺境と呼ばれる地域が大変危険とされているのもそこを飛び回る赤い竜の存在がある。

 ドラゴンという存在が、出版流通の制度がロクに整っていなくて教育機関なんかもないこの国で、一般的な慣用句に使われるくらい知名度があるのはそのためだ。


 相対すれば生命はない。

 雲の切れ間に赤色が見えたら、夜まで頭を垂れて蹲るしかない。

 その雄叫びは山を砕き、羽撃きは嵐を起こす。

 荒野の向こうに君臨する絶対強者は、建国記にもその姿を見せていた。


 一言でまとめるなら──この国の城塞が高い理由は、遠方の赤色を目にしないため、とかね。

 ドラゴンとはそういう存在である。単純に、生命としての規模スケールが違うのだ。

 ……まあ、そんな偉大なる赤竜様も旅路の途中でメリーが捻り殺したんだけどさ。



「君の所業に思うところはあるけど、この際そっちは問題じゃない。ドラゴンは流石に危険だろ。危険すぎるだろ……!」


「しあも。すてらも。つよくなた」


「そうかもしれない、けど……! 絶対、君がみんなを護って──」


「まもらない」


 メリーはいつもの調子で言った。


「きふぃは。まもる。しあはまもらない。すてらも」


 ……待って、待ってメリー。

 それは、それは駄目だ。僕はいい。僕なんかよりも二人を優先するべきだ。僕には自分の身をある程度守れるだけの経験はある油断しないことを知ってるだからそれよりも──、


「どうしたの? キフィナスさん。サボりは良くないわね」


 後ろから笑顔のステラ様が声を掛けてきた。

 ……流石に話題に出すのは憚られるな。


「なんでもないです。……行きましょうか」



「きふぃ。こわがり」


 メリーの言葉はいつも端的すぎる。






 渓谷の道中は大した危険がなかった。多少道がデコボコしていても、氷を敷き詰めるだけで平坦な道に変わる。

 今も時折危ないところはあるけど、もうこの国のダンジョンの内の8割はピクニックになるだろう。


 ──僕らは、銀の扉の前に立っている。

 道中で出会った相手は、僕でも殺せる程度の四つ足の獣だった。



 僕とメリーの日課ことダンジョンコア砕きに付き合ってくれている二人は、扉の前で小さく息を吐いた。

 小休止のポイントだ。僕はその周囲に糸を張って警戒を欠かさないようにしている。


「……この先ですね」


「はい。休みながら作戦を立てましょう」


「作戦会議ねっ!」


 メリーは今回、他のみんなを護る気はない。

 僕が二人を護るためには、まずここで知恵を尽くす必要がある。


 僕は巾着袋から白いキャンバスを──最近ホワイトボードの代わりに使えることに気づいた。僕には荷物の問題もないし──取り出し、ドラゴンの特徴を列挙していった。



「さて。ステラ様たちは亜竜との戦闘経験がある」


 薄い布に絵筆を滑らせていく。メモ書きももちろん忘れずに。

 まずは頭と胴体。……これだけだと、筋骨が過剰に発達した不細工な大蛇のようなシルエットだ。


「あなた多芸よね。妙に上手いのだわ」


 それはどうも。僕は会釈だけして言葉と筆を続ける。


「が、あの時戦った相手とは大きく違います。たとえば──」


 僕は四本足を描き加えた。


「相手はこの足で自由に動ける。前回のように、超接近戦インファイトで安全な立ち位置というものはない。攻撃手段もありますからね」


 そこにギザギザと爪を足す。この鋭利な爪は大気を切り裂く。だから、手が届かない場所からも相手をバラバラに引き裂ける。

 それから尾をぎゅいんと伸ばした。鞭のように靭やかなそれは、奇妙な軌跡を描いて敵対者の首を穿つ。


「僕が前回、10秒ちょっとの追いかけっこを辛うじて成立させることができたのは、突進すること以外の攻撃手段がなかったからです。この武器によって、近接武器持ちの中位冒険者じゃ一合打ち合うのも無理です。もちろん牙もありますね。

 じゃあ遠距離から矢を射掛けるのはどうか。遠距離で戦う場合、吐息ブレスという最強の攻撃手段は目撃した通りです。

 しかしそこに加えて、こんな防御手段もある」


 僕は大きな羽を付けた。

 大風は矢の雨を容易く跳ね返し、覆うように生えた羽が胴体まで攻撃を届かせない。


「そして、防御手段といえば忘れちゃいけないのはこれだ。竜は全身が硬くて、鋼の刃は勿論、魔力のそれも通さない」


 ざりざりとトゲついた鱗を増やしていく。

 真偽は知らないけど、竜鱗はこの世で最も硬度の高い物質と謳われることすらある。持ち帰られた竜の鱗は、よく磨かれて宝石として取り扱われる。勿論そんなことより殺すのが優先だ。鱗を傷つけないなんて贅肉を抱えたまま相対できる存在じゃない。


 よし。

 できた。スケッチのない一発書きにしては悪くない。



「──さて。ここまでは前置きです。

 次は身体の内側。臓器がどこにあり、どんな役割をするのか。

 要するに、どこを狙うべきなのかを考えましょう」



・・・

・・



 昔々に触れた生物学の知識。脳とか神経とか心臓とか肺とか色々紹介した。

 生物の骨格フレームは背骨のあるなしで大別され、臓器の位置とかは大抵変わらない。

 あの時、ステラ様の火力があの紫鱗の亜竜を殺しきれなかったのは、致命的な部位をピンポイントに狙えなかったからだろう。魔力によって身体の欠損を補われたのだと推測している。




 ステラ様もシアさんも、ゴーグルを掛けている。

 二人の攻撃手段は視界に依存しており、一番マズいのは目潰しだ。

 あと、耳に泡を──泡面生物スポンガブルの死体を詰めている。これは咆哮で鼓膜をやらないためだ。大きな音に反応してこの泡は固着し、耳栓となる。


 作戦はこうだ。

 銀の扉を開け、風景が切り替わる瞬間に遮光性の銀幕をシアさんが設置する。

 瞬間、ステラ様が竜の心臓──全身に魔力を送る部位を焼き尽くす。


 ──つまり、速攻策だ。

 メリーが二人を護る気がないのなら……、最初に火力をすべてぶち込んで打倒してしまえばいい。



「……確認です、メリス。キフィはあなたが護ってくれるのですね」


「ん」


「それなら安心ね」


 銀の扉は僕が開ける。




 /景色が変わる/




 そこは荒廃した山嶺だった。

 地面は白い岩肌が露になっている。

 立っているのが山だとわかったのは、雲が少し背伸びすれば届きそうなほどに近いからだ。


 遠方の一際大きな岩山に、一匹の赤紫色の竜が体を巻きつけていた。

 こちらを一瞥もしない。

 そいつは、どうやら傲慢だった。



「……いきます」


 扉ほどの大きさの、何枚もの透明な氷の壁が、ステラ様と竜を結ぶように現出する。

 ──直線上の望遠レンズだ。

 狙うは心臓。ステラ様の視界には、鱗と筋に覆われた竜の胸しかない!


「こんなの──外しようがないわねっ!」



 流星のような燐光が、ステラ様の瞳から弾ける。

 氷のレンズに映る胸に大穴が空き、赤黒い血と炎が噴き出た。

 竜の血は地面を赤黒く汚していく。


 ──るあああああああああ/……

 巻き付いていた岳を粉々に砕く竜の苦悶の叫びは、耳栓の効果で途中で聞こえなくなった。

 作戦通り、ただの一撃で──いや……!?



「まだ生きてるッ!」



 耳栓のせいで僕の叫び声が聞こえたかはわからない。

 ただ、その時にはもう、竜は羽撃きひとつでシアさんの氷壁を全て割っていた。

 僕らは、笑えるくらい簡単に吹き飛ばされた。



 作戦は失敗した。

 メリーは静かにそれを眺めていた。



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