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「冒険者らしいコトしましょう」



 選んだこと。選ばなかったこと。どちらにしても取り返しはつかない。

 なのに人間というのは、一通りを片付け終えたあとの全くどうにもならない時点でどうにかできなかったと後悔したがる。内側から掛けた鍵をそのまま呑み込んでしまうような、そんな悩みを抱えるのがどうしようもなく得意だ。

 いつもの調子であろうとするステラ様を見て、僕はそんなことを思ったりする。


「……組合長との会合。お疲れさまでした、姉さま」


「そうでもないわ。もっと口が上手くて厄介なひとがいつも近くにいるのだもの」


 まるで心当たりがない。


「今日やるべきことは一通り終えたし──そうね、冒険者ギルドに行きましょう!」


「……はい。ご一緒します」


 こうして領主の座に戻った今のステラ様には、冒険者として活動する理由はない。冒険者ギルドとステラ様個人の結びつきを強める必要性が特になくなったし、多数あるギルドのうち一つを厚遇しているように見えることはギルド間のパワーバランスに影響を与えうる。

 迷宮公社についても、商品の仕入れにしても販売にしてもステラ様の存在なしで既に回していける程度には軌道に乗っている。もちろん何かの機会に顔を出してもらうことは必要だが、実務はもう誰かに投げて問題ない段階まで来た。

 何なら僕とメリーの存在もなしで回せるようにしたいと考えているんだけど……まあ、まだ厳しいかな。下手に規模を拡大しすぎても冒険者ギルドと競合しかねないところがあるからね。

 ただまあ、将来的にはそこに時間を費やすよりももっと効果のあることをすべきだろう。ダンジョンを探索するとかいうのは、大都市の統治者が持ちうる権力の使い方としてはあまり効率的ではない。


 だけど、まあ……冒険者としての活動は、今のステラ様にとって気晴らしにちょうどいいんだろうなって思う。

 僕には自分の身を危険に晒そうって感覚がまったく理解できないんだけどね。










 ──はいぃ? 僕にはまったく理解できない発言が飛び出してきた。



 当然のことなんだけど、上位者の指示は明確であることが望ましい。

 そりゃそうだ。指示を解釈するとかいう無駄で無意味なプロセスを挟まなきゃいけなくなるわけだからね。で、僕の上司様は生まれながらにそういった技術を備える立場にある。立つことと歩くことの次に命令をすることを覚えたと言っても過言じゃないだろう。いや知らないけど。多分そうだと思う。主にインちゃんとか相手にその能力を遺憾なく発揮してるし。


「ステラ様の美点は、貴族様特有の何かをあえて仄めかしたり比喩を使ってみたりする悪癖をあまり見せないことだなって3秒前までの僕は思っていたんですよ。3秒前までのね。何せ、そういう貴族村のちょっとクセのある訛り、僕はよく理解してないしあまりする気がないので。いやー、本当に残念です。残念極まりない。ステラ様の数ある美点の内のがひとつなくなってしまった」


「あなた以上にクセのあるひとはいないのだわ。それに、ほのめかしでも比喩でもありません。冒険者らしいことよ? あなた冒険者でしょ」


 仄めかしでも比喩でもないし、聞き間違いでもないらしい……。

 うーん……。



「略奪とかどうかと思いますね」



「違っ!? どうしてそういう発想になるの!?」


「え? だって冒険者らしいって……」

 

「なんかこう……! 人助けとか!! したいのっ!」



 ……えええ? 僕は困惑した。

 どうやら、こちらのお嬢様は何か重大な勘違いをしているらしい。







「……メリス。録音石を起動しているのですか?」

「いつも」


「──だーーかーーらーー、仕事なんですよ。生業ー。日常生活を維持するための手段なんです。手段でしかないんです。その職務内容に人助けなんて一文字たりとも入ってないんですよ。()どくキツくて()方もなく汚くて()目だろってくらい危険で()いようがないくらい給料が安い()点しかない職業で、それから苦しくて苦しくて、後は苦しくて苦しいんですから。冒険者なんてものに好き好んでなる奴いたらそいつの頭には脳みその代わりにお花がいっぱい詰まってる。あってもなくても変わらない頭をかち割って中身を見てみたらきっと太い根が張っていますよ。それも毒のやつですね。自分の毒が全身に回って死ぬ前に指の2、3本で懲りればいいんですけど馬鹿はどうにも死ななきゃ治らない。ああ僕の発言に特定の誰かを非難する意図はありません。いやまあ何人か刺さる相手が知り合いにいるのが何とも悲しいところなんですが一般論としてね?一般論で──」


「それだけ喋ってよく舌を噛まないわね。もうギルドよ?」


 ステラ様は依頼状の貼られた掲示板を──読み書きができない奴も珍しくないので、そういうのの相手を今僕を見て大き(レベッ)な舌打ちした人(カさん)とかが対応する。いやぁ大変な仕事だよね──上から下から眺めている。

 僕とメリーは、ここ迷宮都市デロルに来てから一度として掲示板を見たことがなかった。傷だらけの木製の板に、剥がされた紙面の跡が至るところに残っている。それを見て僕は小汚いなって思った。


「依頼やるんですか?」


「ええ。冒険者らしいでしょう?」


「その冒険者らしさをまるで理解しかねるんですがー。掲示板なんて十中十がハズレですよ。ハズレの中からマシなのを引くってだけです。しかも時間はもう夕方前だ。ハズレくじを引くのが趣味の人たちさえ手を付けたがらないようなハズレしか残っていない」


「困ってるひとがいるのでしょう?」


「いいえ? その掲示板を利用するのはちょっと都合のいい労働力が欲しい人です。で、冒険者ギルド側も武器持ったバカをただ遊ばせとくよりは労働力として派遣した方が都合がいいからやってんですよ。困ってる人なんていやしません。だいたい助けがほしいって時に紙ぺら一枚貼って済ませるって態度がまず気に入らなくないです?だいぶ余裕あるじゃないですかそれ」


「キフィナスさん? 適当なことを言ってウチの運営妨害するのやめてくださいね」


「適当な事実を指摘することが妨害になるならそれは改められたほうがいいと思うんですよ」


「ほんッと減らねえ口だな……。依頼の達成はランク査定の評価対象ですからね? 冒険者さんの立派なお仕事ですからね?」


「へえ……! ランク昇格! いいわねっ!」


 何がいいんだか。僕は鼻で笑った。

 ステータスやスキルの方が評価の度合いはずっと上だし、そもそもランクとかいう制度がギルドにとって使い勝手のいい相手に首輪を付けるための撒き餌でしかないだろうに。

 ダンジョンそれぞれに存在するランクとやらに対応したそれは、上がるごとにちょっとした権利が増える。ギルドが管理する邸宅の貸与だとか(破壊すると弁償の義務が発生する)専属担当者の割り当てだとか。……僕らはこの制度を利用していないが、実質レベッカさんが専属になっているところはある。あとは、多少の喧嘩をしても見逃してもらえるくらいかな?

 さて、そんな些細な特典に対して義務も課される。初心者講習の講師をさせられたり、指名依頼とかいう厄介なものを受ける機会が増えたりする。ギルドの管理する高位ダンジョンへの探索許可とか危険なだけだし最高にめんどくさい。


「……構成員を管理する手法は、我々とそう変わらないのですね」


 シアさんが小さく呟く。まったくその通り、領民に等級を付けてみたり爵位とかいう肩書を与えてみたりすることと本質的に変わるものはない。

 言ってしまえば個人が持ち得る暴力を上手く飼い慣らし、コミュニティに帰属意識を持たせるための仕組みだ。だから、メリーみたいに色々ぶっちぎっていればこの義務は免除されたりもする。

 そういう意味でも依頼を地道にこなしてランクアップ……みたいなのはやめた方がいいね。


「目指しましょ、ランク上げっ!」


 やめた方がいいってのに。……いやまあ、領主様に義務を負わせたりはしないか。ステラ様もぶっちぎってる側だ。

 でも最初の提案を蹴ってDランクになったのはステラ様では?


「なんですかその視線は。いい? 勝ち得たものにこそ、価値があるのだわ!」


「あー……はいはい、なるほどね。ステラ様は道端の吟遊詩人にアテられたんですね。はー……、あのですねー。吟遊詩人使って冒険者ギルドはクソバカ連中に規範ルールを教え込もうと──」


「あああストップっ!」


 ぐげっ。

 レベッカさんに首を羽交い絞められた。



・・・

・・



 そのままバックヤードまで連れてこられた。

 や、まさか直接的に口を封じに来るとはね。僕としたことが油断していた。


「謝罪はしませんよキフィナスさん。斧でぶん殴ンなかっただけマシですからねホントに。アンタの毒にまみれた偏見を領主様に聞かせるとか……!」


 野蛮すぎません?

 ……振り返ってみたのだが、誰も僕を擁護する人がいない。


「薄情というか……。普通にあなたが悪いんじゃないかしら」


「……我々に聞かせるおまえの見解は、周囲からは全て事実であると認識されるでしょう。運営の大きな妨げとなり得るという判断は妥当です」


 僕の雇い主は薄情だ。


「事実ですが。ね、メリー?」


「ん」


 あ、この相槌はどうでもいい時のやつだ。

 メリーは無表情でぼーっとしている。メリーさんってば暴力をコミュニケーションだと思っているフシが割とあるんだよな。だから止めたりしてくれない。いやまあ、その場合は僕がメリーを止めなくちゃいけないんだけど。


「……管理する立場と、現場にある立場では。それぞれ視野が違うものです。私は、おまえが誠実であることを知っています。ですが同時に、運営側の言葉にも耳を傾けねば公正ではありません。

 レベッカ・ギルツマン。あなたからも説明をするように。その為に呼んだのでしょう」


「代行様っ! なんて話がわかる……!」


 レベッカさんがアネットさんに会ったときのような反応を見せた。荒んだ環境で仕事をしているとちょっとした他人の善意が大きく見えるのかもしれない。

 かわいそ……。


「アンタも頭痛の種なんですがねぇ……!」


 それは……若干申し訳ない。若干ね。若干。

 別に僕はレベッカさんの頭部をしたたかに痛めつけようというつもりはない。

 ただ、自分に素直でありたいってだけだ。──冒険者という職業があまり好きではない自分にね。


「喋んなや!」


「……キフィ。説明の間、静かにしているように」









 喋んなと命令されたので、僕とメリーは二人揃って黙っている。横暴極まりない。これは苛政だな。

 そんなことを考える僕を、メリーはぼーっと見ている。レベッカさん辺りに言わせると深遠な智謀を働かせていることになるのだろうが、これはいかにも何も考えていない。

 僕もそうしてみた。

 ぼー……。……いや何も考えないのもそれはそれで難しいな? 僕は早々に諦めて喋らないことを遵守しようと思った。


「我々冒険者ギルドが、それぞれの領地で果たせる役割のひとつに、労働の調整弁というものがあります。その地域の住人・商工会から、一時的に人手が必要だという要請を受けて人材を派遣する。ウチは若い人を集めがちなので、こういった形で還元しないといけない……というのが、依頼制度の起こりと言われています」


 代表的なものは、手の足りないギルドへの派遣とかだろう。

 木工ギルドで丸太を切ったり薪を切ったりするやつだ。


 低ランクダンジョンしか入らないクソ雑魚冒険者は、探索の成果がゼロどころか装備の修繕費込むとマイナスというのはそこまで珍しくない。薬草とかいう便利アイテムが二束三文でしか取り扱われない理由は珍しくないためで、低ランクダンジョンで採取できるものは概ねそんな感じだからね。

 だから人を集めて(パーティで)危険度が高い──言い換えれば人が寄り付かないとこに行こうとするわけだけど、複数名だとやっぱりスケジュールの都合とかが出てくる。大体日雇いなので、そこで確実に収入を見込めるという点だけで言えば悪くない。

 ただ、賃金は安い。しかもそればっかやっていると同じ冒険者からなんか臆病者とか看做されるし(意味不明)一方で派遣先でも体の良い労働力として取り扱われるのでトータルで見て割に合わない。

 僕? 僕はそもそもお断りされるよ。たとえ髪を染めても求められてる労働力って大抵力仕事だから無理だね。無理だった。


「多くの依頼は、我々冒険者ギルドが仲介します。冒険者さんの能力や人柄から、問題なく達成できると思われる依頼を案内しています」


「質問いいかしら。メリスさんたちが依頼を受けていないのは何故?」


「高ランクの冒険者さんの場合、基本的には迷宮資源を回収してくれる方が重要なので、こちらから依頼を案内する機会も少なくなります。メリスさんはこの国の至宝ですから些事に囚われるべきじゃないんです。……ええと、そいつ……いえキフィナスさんはそのぉ……」


「表現を選ばなくても大丈夫よ」


「絶対トラブル起こすのが見えてるんでコイツを案内とかできるわけないです」


「……賢明な判断ですね」


 ひどくない? 僕は口を挟む代わりに苦笑いをしてみた。


「表情がうるせえ……」


 もっとひどいことを言われた。僕は顔の苦味を深めた。


 まあ、トラブルを起こすってところは事実だけど。

 王都では三件くらい潰れた。これは主にメリーの報復による。

 普段は黙して動かないメリーさんだが実は労働者の権利意識が高いので不当な取り扱いを許さないのだ。あの暴挙はそういうことにしておこう。酌量の余地がある。


「そして、我々から提案をしない……欠員を募集することが多かったり、特段の緊急性のない重要度の低い案件などは掲示板に貼っています」


「なるほどね……」


 よって人助けとかではない。そんなものは冒険者という職業倫理にも関わってこない。

 僕はくねくねとパントマイムで自説の正しさをアピールした。


「動きがうるせえ」


「もう喋ってもいいわよ」


「ほんとですか?いやーよかった。何度も何度も何度も何度も口を挟みたくなる箇所がありましたが概ね理解いただけたと思いますー。冒険者は慈善事業じゃなくて経済活動なんですねー人助けとか吟遊詩人の誇張と出任せの世界なんですよーわかりますー?社会が乱暴な連中を受け入れるためのストーリーなんだってことをご理解いただければ幸いですねーー。あーあと補足しておきますと掲示板依頼はろくでもない案件が多いってことなんですよ欠員が多かったりあえて案内しないってことは。識字能力あるって点はそれなりにプラスだと思うんですけど冒険者ギルドさんは上手く活用する気があんまりないのかな?ないみたいですねーまあ頭脳労働する部局ってほんとごく一部ですもんね。文字を読めないと騙されるのに読めても騙されるんだからまあ哀れですよねーでも武器とか持ってるから仕方ないのかな仕方ないか。街の人間が冒険者になるパターンもそれなりに多いですもんいやこの産業構造に思うところはないと言ったら嘘になりますよねそりゃあ──」



「純粋にうるせえッ!」








 さて、その後も優良なる現役冒険者と大都市冒険者ギルドの実質責任者から丁寧に説明を受けたステラ様御一行は、無事冒険者ギルドのカウンターまで戻ってきた。


「じゃ。これやりましょ」


 戻ってくるなりステラ様は掲示板の隅を指さした。

 そこには『ドラゴンの牙求む』だかいう汚い筆跡の一文が記されている。



 話聞いてたのかな?

 もいっかい喋ります?

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― 新着の感想 ―
[一言] キフィナスさんが絶好調でなにより笑
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