表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

211/258

閑話・未再生の追憶



「はあ……レスターさん帰ってくれないかな。最近スメラダさんのディナーを逃して適当な店で済ませてしまっている」


「由々しき事態ね。すぐに退去するべきです。あの男にデロルの土を踏む権利は与えていないわ」


「そうですね。そうなると僕も飲まないお酒に付き合わされなくて済むのでいいと思います。あ、でもレスターさんは飛べますよ」


 ステラ様は心底嫌そうな顔をした。




 数が少ないはずの僕の人間関係で会わせちゃいけない組み合わせがまた増えてから数日が経った。

 何かしらの報告ができるまで王都に帰れないレスターさんは、毎日のように僕をご飯に誘って酒を飲む。ステラ様が居るのを承知で僕が拠点にしている宿屋に泊まろうとしたりする。これだから高ランク冒険者はさあ……と僕は本人の前で愚痴を沢山口にしているのだが、近衛騎士をやっている相手の方が愚痴の質も量も上だった。

 あのひと臨時でステラ様ズ──結局これ正式名称になった。提案したのは僕だけど通っちゃうのセンス悪い意味でやべーなって思う提案したの僕だけど──加入したいとかさ、それだけで冒険者ギルドがざわめくので心からやめてほしい。レスターさんソロ専門の冒険者でしょ。

 話題性独占したいわけじゃないんですよ普通に好調なんだから。


 そう。冒険者としての活動はかなり好調だ。

 活動報告を提出するだけで相当なプラス査定を貰っている。毎日日帰りでダンジョンを攻略するというスタイルは真似できるものじゃない。僕らが探索するダンジョンの時間の流れがどれもこれも現実に比べてゆっくりしているのは、メリーが何やら怪しげなスキルを使っていることに起因している。

 これは真似できるものじゃないし、すべきものでもないだろう。すべきじゃないんだよメリー? ……あっ無視。ふーん。無視ですかそうですか。


 そんな無愛想で無口なメリーさんがロクに役に立たない商業活動もなかなか順調だ。「たつ。せんのうする」バカ。頭の中までふわふわした金髪のバカの髪を僕はちょっと雑に撫でた。

 数を絞っていた株券は無事高騰している。商品の売れ行きは好調著しく、中には買ったと偽装する輩まで出てくる始末だった。

 まあ個人の魔力を印鑑にしてるからそういうの全くバレバレなんだけど、罪悪感からか値がつかないゴミを高く買い上げてくれている。今のところはボロが出ないようにと財布の紐を緩めてくれる優良顧客だ。

 逆に言えばお金を出し渋るようになったら締め出すよ。



 さて、そんな具合で──後は時が来るのを待っている。

 物事はいつだってタイミングだ。決定的な一撃を致命的な局面でぶつけることで、瞬間的に勝負を決めるのが一番いい。それなら痛くも怖くもないからね。

 僕がそんなことを考えていると、メリーがぽけーっと中空を見つめていた。何やらどうでもよさそうに。


「メリー? 何か見てるの?」


「べつに」






 他者の記憶をそのまま追体験することは、自我を傷つける。

 夜霧に潜む殺人鬼の追憶具が冒険者ギルドに持ち込まれ、何人もの人間を狂わせたように、思考をトレースすることの影響は大きい。

 メリスは、銀の泡沫に追憶のすべてを映したわけではなかった。



 これは、キフィナスが触れることがなかった追憶。

 どうでもいいものであるとメリスが判断した、記憶の断片。

 王都で計画されていた暗黒の儀式──姉妹左右を合一させるため、間引く側を調理し、後継者となる者がそれを喰らう──それには前章がある。



  ;

 。

  ○

 O゜

 .o

  ,



 その日のロールレア家邸宅は、赤子ふたりの泣き声以外、火が消えたように静かだった。

 王都グラン・タイレルでの会合を終え、先触れも出さず深夜に帰宅したオーム伯を出迎えたのは初老の使用人。

 領主不在時の領地の経営、ならびに報告はコッシネルの役目だった。


「お帰りなさいませ」


「ただいま、コッシネル。どうやら、もう産まれていたようだね。予定よりも早い」


「……はい。ご聡明そうな顔立ちの、双子の女子です。《鑑定》持ちが、魔眼の発現を確認しています」


「そうか。……やはり、双子だったか。どちらを後継にするか定め、もう一人は忌日(期日)までに遠ざけなければならないね。もう、そういった習いが必要な時代ではない。名前は?」


「赤い髪の姉君を、ステラ様。青い髪の妹君を、シア様と」


「わかった。ミーテラは寝ているのかな。しばらく顔を見ていない。まずは、臨月についてやれなかったことを謝罪しなければ」


 オームの問いに、コッシネルは表情を変えず、


「ミーテラ様は、産後の肥立ちが悪く。身罷られました」


 ただ事実のみを告げた。


「そうか」


 オーム迷宮伯もまた、ただ一言頷くだけだった。



「それ以外に、何か変わりはあったかい」


「アルタール通り東に。新規生成されたダンジョンの報告がありました。周辺を迷宮区画に指定し、二等以下の住民を退避させました。土地所有者から権利を買い上げ、当家預かりとしています」


「アルタール通りか……、冒険者と一般領民の接触の機会は極力避けたいところだね。冒険者ギルドから近い点は幸いだが……そうだね、該当の区画での宿屋、迷宮資源加工等、冒険者に関連する商いは許可しよう。ただし申請時には、鑑定書の提出を義務づけなさい。基準値以下の数値の者の商行為は禁止する。また、五代以前の籍を辿れない場合は別途私が判断する。もちろん、許可証を持たず行商を行った者は()()しなさい。他には」


「キャナディナ領を本拠地とするダブティカ商会から。商業許可の申請がありました」


「却下だ。経済活動はより促進されるだろうが、商人の活動を許しているのは、偏に領地振興の為だからね。当家が管理する領民以外の存在は不要だよ。当地に商品を卸すならば、該当の組合ギルドを通すように指示したまえ。他に」



 問答の内に夜が更ける。

 彼らは、迷宮を数多抱える伯爵家として必要十分な《適応》を重ね、三日程度ならば睡眠を必要としない身体となっている。

 コッシネルが報告を終える。



「さて。少し、休ませてもらおう。二時間後に出立する。ここで過ごす用事はなくなったからね。時間が惜しい」


「でしたら、ステラ様とシア様にお会いしてはいかがでしょうか」


「……いや。また後日としよう」






「貴種には、力を持ち生まれた者には責任がある。人々を導く責任がある。人と財を効率的に管理することで、領地の幸福を最大化し、不幸を最小化する責任がある。今回、一人減り、二人増えた。それは、喜ばしいことだ。喜ばしいことだと思わなければならない。

 コッシネル。君には今日から、娘たちの教育の任を与える。

 血なくして貴族ではない。誇りなくして貴族である資格がない。いついかなる時も誇り高く立てるよう、その身を尽くして教育するように」




 。

  ○

 O゜  。

 .o '

  ,




 炎天下の日射しの元、帰還の先触れを受けた使用人たち100余名が屋敷の前庭に整列してから、既に5時間が経過している。

 主を迎え入れることは使用人の義務であった。


 貴族の役目は、より多くの利益を領地に齎すことである。

 世界で最も栄えた王都グラン・タイレルの宮中政治以上に、効率的にそれを達成できる手段はこの国にはない。そのために優秀な代官を確保し、領地経営の実務を委ねることもまた貴族の資質である。


 言葉ひとつ目配せひとつ呼吸ひとつで重大な決定が下される戦場は、その地の最高権力者以外に委任できるものではない。

 主が領地に帰ることは、それだけ大きな出来事である。


 王党派貴族の雄にして、王家の近親であるロールレア伯爵家の当主オームの政治力は、法衣貴族の頂点こと宰相にも並ぶ。

 自領の威を知らしめるためにも、高位の貴族には相応の振る舞いが求められる。不合理であることにこそ理がある。

 一糸乱れぬ姿勢で整列し、呼吸すらも統一させた使用人たちの姿を見て、領民たちは敬すべき者が戻ったことを知るのだ。



 しかし、その日は状況がいささか異なっていた。

 邸宅の前に着いた馬車には大小さまざまな傷だらけで、輓獣もロールレアが誇る優美なる金毛の有翼馬ではなく、そこらの宿駅で見繕われた見窄らしい栗毛馬だ。

 そして、その馬車から左半身を欠損させた領主オームの姿が出てきたのだから、使用人たちから身を案じる声が上がるところを、


「出迎えご苦労」という一言で領主は制した。



「伯爵家の家臣に相応しい態度とは、常に冷静であり、優美であり、統率されていることだ。今声を上げた者は、後ほど処分の沙汰を下す。名乗り出るように」


「ですが御館様、いったい王都で何があったのです!」



「静かに。喋るな、と言ったはずだね。そして、君は連絡役ではない。連絡役としていたのは──」


「私サイモンです。どうか、同胞の非礼をお赦しください。その忠誠が、貴方様の身を案じさせただけなのです。

 そして、どうぞ我らにお聞かせください。あの王都で、いったい何が起きたと言うのですか」


「これは前庭で話すことではない。何より、私は意見を求めてはいないよ。処罰の覚悟はあるのかな」


「構いません。それでも、家臣が一同に介するこの場で、どうかお聞かせください」



「四日前、タイレル王国が終わった。


 王都グラン・タイレルが墜ち、陛下を含め王侯貴族の主要な者たちは皆死に絶えた。

 王都を拠点とする大商人たちも、握っていた貨幣ごと消滅した。

 騎士団も壊滅した。生き残ったのは私と共に脱出した一部のみだ。

 政治・経済・軍事という国の根幹が失われた。

 それだけではない。公証文庫が失われた。武装図書館と迷宮目録も失われた。宝物庫に安置された迷宮兵装たちも失われた。


 そして、真正王権ピュア・レガリアが失われた。

 王国のすべてが終わった。

 だが、我々はそれに抗わねばならない」


 王国歴989年。

 《王国大禍》によって、タイレル王国はその国力の6割を失った。



  ;

。 ○  o

 O゜  , 

 .o '○ 。

;  , ゜




「私のステラ。意志が強くて前向きで、心優しい私の娘」


「はい。お父様」


「私のシア。冷静で思慮深く、誠実な私の娘」


「……はい。お父さま」


「自分になくて、相手にあるものを尊重しなさい。そうして、それを自分の強さにしていきなさい」


 黄昏時の街は、黄金色に輝いている。

 車窓から差す夕暮れが、姉妹の影をひとつに結んだ。



「きっと、おまえたちは元々、二人でひとつだったのだろうね」


 そう言って、父は娘たちに優しく微笑んだ。

 関所で馬車を降りた姉妹は、後継者という枠組みを越えて彼が庇護すべき存在であった。




 王国歴991年。タイレリアへの遷都が終わり、王都タイレリアへと改称された時分に、オーム迷宮伯は結社《哲学者たち》とその関係を深めていた。


 ロールレア家には、譲り受けた王権レガリアによって罪人と局外者の魂を加工し資源とした歴史がある。それは多数の幸福のために行われたものであり、正しい行いであるという確信がある。

 ただ、オームが伯爵位に就いた時分には、あえて手を染める必要がなかった。王都グラン・タイレルは栄え、若きオームは宮中政治で成功を収めており、王家と協調することこそが領地をより効率的に富ませる道だった。


 ──しかし、今は違う。

 王家は既になく、僅かばかりの生き残りと部外者がグラン・タイレルを真似ようとする。この2年間で、オームは王都との関係は領地に出血を齎すものだと見切りをつけていた。



 王都タイレリアの西地区の一角には《哲学者たち》の拠点がある。

 オームが連れた僅かな配下の内に、コッシネルの姿があった。



「本当によろしいので~? 安全は保障しません。成功率はとても低い手術です~。お恥ずかしながら、ぼくは成功したことがないくらいで~」


 間延びした口調の灰髪の男が、手術の内容を説明する。

 Thēseus法──全身を切り刻み、培養した魔人の肉に入れ換え、回復魔術でそれを固着させるという伝統的な手術法である。

 王都大禍以来、人智を越えた魔人の力を求め、痛みや拒絶反応で狂死する輩は後を絶たなかった。


「想念が力となる。魔人変生の儀は、私の家にも伝わっている。施術に問題はない。

 問題があるとすれば、これまでの被検者たちの想念が脆弱であったことだろう。だが、私は違う。私は──地獄を見た。地獄が現出する光景を目撃し、逃げ延びることしかできなかった。

 ……来るべき破滅に対し、絶対的解決法を見つけなければならない。世界接続者にならねばならない。我が領地を。領民を。我が娘を……!護らねばならないのだ」



「それは、あなたが変質したとしてもですか?」



「私の本質は、絶対多数の幸福だ。それを違えることはない」



 そうして。

 彼は宣言通りその本質を違えることなく、

 娘に地獄を見せることを企図したのだった。






 メリーは数秒ほどぼーっとした後、僕をじっと見た。

 なにか?


「ん。きふぃのかお。すき。きふぃすき」


 そう言ってメリーは僕の顔に手を伸ば痛たたたたたたた。痛い痛い痛いですメリーメリーさん僕の顔は粘土じゃないんです捏ねるのやめていたたたたた。



「……おまえたちは、この状況でも平常通りですね」



「ね。──いよいよ、明日が作戦決行の日だっていうのに」



 ステラ様とシアさんは、少し緊張しているらしい。


「ハンカチは忘れないようにしないとですねー」


「ふふ……、そうね。一世一代の大勝負ですもの」



「ええ。僕も《タイレリアの暗殺者》を名乗らせてもらいます」



 貴族殺しの暗殺者なんて不名誉な名前を、僕はあえて口にしてみた。

 ──明日はいよいよ、新生ロールレア邸宅に余所のお貴族様たちがご訪問なさる日だ。




---


■本編開始10年前《王都大禍》における旧王都グラン・タイレルの被害状況について


僅かな生き残りが持ち出すことができたものを除いて、全てが失われた。


・政治

国王以下重臣や王都に滞在していた領主が消滅。

地方領地も後継者の不在・内紛で大きく混乱する。


・経済

王都を拠点とする大商人が大店の金庫に貨幣を蓄えたまま消滅。

貨幣経済の経済規模は貨幣流通量とイコールであるため、経済規模そのものがかなり縮小した。

タイレリアで発行した新貨は撰銭の対象になり、他の領地への流通も少ない。経済の庇護者を自認するクロイシャは、新貨を少しずつ他領に流通させようとはしているが、金型が失われた旧貨幣群を選ぼうとする動きを掣肘まではしていない。


金融業がクロイシャの手に独占されている理由には、競合相手が強い他にも物理的な理由があった。


・軍事

スキル・ステータスが存在する世界の軍事力は、個人の戦闘力に大きく依拠する。

忠誠心と個人戦闘力を両立したタイレル王国金剛騎士団は、王や民を守護する任に殉じ、オームを護送した団長エーリッヒ・ベネディクト・マオーリアを除き全滅した。

犠牲者には宝剣《嵐の王》を継いだマオーリア家長女も含まれる。


コッシネルの追憶であるために本編中では言及されていないが、冒険者ギルドもまた大きな被害を被っている。

当時のSランク冒険者17名はいずれも未帰還者となり、それ以下の冒険者たちも同様である。




■公証文庫スマイス・ミラミルメ・ポエタール・ユミビュネン・ユギッタイラス


タイレル3世によって王国歴78年に建てられた、王国内のあらゆる契約文書・学術論文・研究報告書等、公的性格を帯びたあらゆる文書が納められた文庫。

王国貴族は納付の義務を負う。貴族でなくとも納付することは可能である。商人たちの契約を保証することは勿論、学術論文を納付することで、発見者が自分であることを証明することなどにも使われる。


領地の経営状況の把握、利益保護による権威付け、世界を揺るがしうる研究の検閲など、その役割は多岐に渡る。


王都大禍により永久に失われた。



■真正王権《金冠クラウン


タイレル王国の統治を領主たちに認めさせるに足る権能■■■■を持つ。

王都大禍により永久に失われた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ