商談順調
学会に預けていた本を何冊か回収した後(大変ゴネられた。僕のだ。無償提供してない。つーかまだまだ沢山あるだろ。ひとり20冊以上あるだろ。同一条件ではないとか知らんし)、ひとりふたり目がイっちゃってる研究者を作ってた何やら危険めの本と、それ以外のゴミ──じゃなかった迷宮資源、迷宮資源を持って、株券を買った人たちのところに顔を出している。
株主優待による優先販売権──聞こえはらしいが、人手がなく相手からの信用もない現状は、単に持ってる株券の数に応じて訪問する順番を変えるだけだったりする。
どういう商品を取り扱うのか。冒険者ギルドを通さず、直販形式で迷宮資源を入手できることがウチを利用する最大の利点だ。
どういうものを取り扱ってほしい、という顧客からの貴重なご意見も参考にする方向である。
──というのも、そうしなきゃ儲からないからだ。
さて。東京で読んだ本の中で、産業を第一次から第三次まで、三種類に分けて紹介するものがあった。
第一次産業は原料を回収する産業。第二次産業はその原料を加工する産業。第三次産業はそれらに当たらない産業という分類になるのだが──この第一次産業というのは基底部に当たる。
第二次産業は第一次産業の商品に付加価値を付けて売る。原料を買った上で黒字が出るように売る。つまり構造的に、第二次産業は一次産業よりも多くの金額を取り扱うことになる。より多くの金額を取り扱えるということは、当然利益も損失も第一次産業より大きくなる。
で、冒険者の迷宮資源回収というのはバリバリの一次産業である。例えば、冒険者が拾ってくる毛皮を加工して絨毯を作るとしよう。
加工する商人は、儲けるために毛皮をより安く購入する一方、商品には原価よりも高い値を設定しなきゃいけない。儲けるためにコストを抑える、すなわち材料を買い叩く努力をすることになる。
だから、僕らは原価以外のところでお金を余計に貰っても文句を言われない仕組みを作らないとならない。
「結構いい感じかしら? どの商会も、少なくともひとつは買ってくれているわね」
「どうなんでしょうねー」
とはいえ──今回は、あくまで顔見せのようなものだ。
大したモノは取り扱っていない。さも大したモノであるかのように売りつけはするが、治安を乱しうるものは謎の爆発で現在憲兵隊が機能停止していることもあって渡すわけにはいかないし。
しいて一番の商品は何かと言えば、伯爵家の直系親族が同席するということだろう。
まだ色々と見切り発車の段階だ。だから今のところはきょろきょろと辺りを見回すアイリーンさんが同席してても問題ないし、何なら「わたくしもやりたいですっ」とか言い出した彼女に失敗させて大人しくすることを覚えてもらってもいい。
……ん、いい案だな。ちょっと覚えてもらうか。
「なんか順調っぽいのであとはアイリーンさんに任せようかと」
「──っ、はい! 拝命しますっ! わたくしの、愛のすべてに賭けて!」
「そんなに張り切らなくてもいいですよー」
「…………よいのですか?」
「よいのでーす」
残るは株券5枚以下──万一のことを考えてステラ様閥にも縁を作っておこう程度の考えの連中だから、縁が切れてもそこまで重要ではないってのもある。
ふんふんと張り切るアイリーンさんには悪いけど、ね。
・・・
・・
・
「そのお値段には愛がありませんっ。もう三倍、出せますね?」
「はいっ。愛です。よき愛です! その愛に報いましょう──お値引きをいたします! 半分でいいです!」
「こちらも買っていただけるんですか? うふふふっ──愛! 承りますっ! タダでよいです!」
建物の影が長く伸びる夕暮れ。
一通りの商談を終えて──途中メリーと僕はダンジョンの破壊を挟んで──僕は小さく呟いた。
「なんでうまくいくのぉ……?」
おかしい。絶対おかしい。だってアイリーンさんだぞ?
アイリーンさんは自分がいま何のために動いてるのか知らないんだぞ?自分の仕事がどういう役割してるのかわからない人なんだぞ?
なのになんでこんな……前半の僕が喋ったときより売れてるとか……! しかも《光蛍石》なんて使い道の特にないゴミまで売れてるんだ……!?
「暗いところで光りますっ」ってセールストークとしてシンプルにゴミだって認めてる発言じゃん……。薬草以上に遙かにゴミだろ……値、付かないやつだぞ? 薬草と違って受け取ってすら貰えないやつなんだぞ?
いや、まあ、株券を売りつけるために、確か冒険者ギルドで取り扱わない商品を扱えるみたいなことも言ったよ?確か言ったと思う。だけどこんなゴミが売れるとは思わないじゃん……?
つーか三倍とか半分とかタダとか値段交渉がいちいち極端すぎるだろ。
そのくせ、相手にしっかり提示額を出させたり、こっちから判断してもまあゴミだなってモノに関心を向けられたときは、相手が提示する価格よりも安価に引き渡して心証を買っている。
何もかもアバウトなのにだ……! 今日の金銀銅貨相場とかまったく把握していないのにだ……! まあ僕も把握してないけどさあ……!
というか……え? ひょっとして僕、アイリーンさんより営業成績が低い? 誰も彼もひとつふたつは買ってくれたけど、それって付き合いの維持みたいな側面があったような……、むしろ株券を多く買っている相手はウチの事業に関心がある顧客では……。……え? うそでしょ……!?
なに? なんなの? 実は世の中って案外適当なの?
行き当たりばったりに生きてても上手くいったりするの?
僕は理不尽さを感じた。
「……キフィ。おまえは客観視が苦手なようですね」
「たいがい行き当たりばったりよね」
「シアさんはともかくステラ様には言われたくないんですがー」
「いいえ? 物事とは、臨機応変に対応しなければいけません。私の行動はなにも行き当たりばったりではないのだわ」
「じゃあ僕もそれで」
「むー。ズルいのだわ、あなた」
ステラ様が呻いた。
「それにしても、アイリーンさんに商取引ができたとは……。そもそも第三者と喋らせちゃダメなタイプだと思ってました」
「アイリですっ。しょうとりひき?」
「いやあの、相場眼というか……。何なら僕よりモノ売ってたじゃないですか」
「?? わたくしは、愛をはぐくもうとしただけですよ?」
おい。マジかよ。
僕が呆れているとアイリーンさんに何かスイッチが入ってしまった。
「愛とはっ! ひとりではいけないものなのです。完全なものではないのです。完全であればひとりでいいでしょう。そうではなく、ふたりのものなのです。育むものなのです。さんにんのものなのです。水をあげて日なたにあげて。みんなのものなのです。優しくきれいに咲くものなのです。ええ、ええっ! お相手に愛の種があるのかどうかは、目を見ればわかりますよーぅ!」
ぜんぜんわからない論理が展開されている。
ええと……つまり? 相手がまだ出せるな、という判断をなんかその動物的な嗅覚みたいなのでやってたと?
「はい♪ 愛し愛されるには、同じ場所に立っていなければいけません。これからもおつきあいを続けるのですから、お互いに、お互いを、大切にできるようになくてはなりませんね?」
任せ……任せきれるか? うーん……。
いやまあ、僕も実際のところ銭勘定とかはあまり得意じゃないわけだけど……。
「愛です。愛なのですよっ!」
うーーーーん……。
とりあえず、アイリーンさんを通訳できる人が欲しいな。
僕はメリー語の通訳で手一杯なのだ。
* * *
* *
*
「これはこれは伯爵閣下~。おいでいただき光栄です~。大変恐縮ですが~、今しばらくお待ちくださいね~」
間延びした口調の灰髪の男、ムーンストーンの工房には既に先客がいた。
「おや……。何方かと思えば、まさかこの地を治める迷宮伯その人では」
「君は?」
「此処より北方ルクロウ領が主、バルク男爵家の直子が一人。アルマン・ド・バルクと申します」
貴族の青年は、洗練された所作で一礼する。
デロル領の伯爵はそれを一瞥するに留めた。
家格が違う。
「……件の成り上がりか。貴種としての誇りと責任を忘れ、商人如きに遅れを取った挙げ句、爵位に値をつけたことはタイレル汚辱の歴史だ」
「手厳しいですな」
「貴種は生まれながらに貴種である。雑種を混ぜるべきではないというのは一般論だろう。
さて。北方の雑種が、私の領地まで、わざわざ何をしに来たのかな」
「我ら帝国派に対する貴家の姿勢を検めるため。それから、後は商談です、閣下」
「躑躅閥が揃って当家を訪ねる理由は、むしろ私が知りたいところなのだがね」
「ドーレン家に開戦を仄めかしたと伺っております」
それを聞いて、オームは酷薄な笑みを浮かべた。
「隣のフェル坊やなりの冗談か、さもなければ哀れな被害妄想を加速させたのだろう。宣戦布告などせずとも、隣領を乾上がらせることは容易い。恫喝などをする意味がどこにある?
そもそも──派閥などという括りは、世界の危機という大事の前の些事に過ぎない。王都大禍によって王家の力が失われたことは、此処にいる君も十分理解しているだろう」
「いえ。我らのような痩せた領地ではそうもいきません。資源もなければ産業もなく、あるのは人頭だけですので。世俗を放棄するわけにはいかない身なのです」
「ああ、まだ百年程度の家柄だったね。継代飼育の段階には入れていないか」
「ええ。お恥ずかしながら」
「そこに羞恥を感じるだけ君の感性はまだ全うだ。代を重ねれば、幾ばくかの意識も生まれる、か。──貴種として生まれついた者には責任がある。領主には、領民を管理する責任がある。
領民の品種を改良し、より効率的に、正しい統治を行う責任がある。幸も不幸も喜も哀も、生も病いも老いも死さえも──その遍くを、管理する責任がある」
迷宮都市デロルの使用人たちは、生まれついて、使用人となることを運命付けられている。
知識の不均衡状態が改善されない理由は──すなわち、タイレル王国の多くの領民たちに栄養学の知識が十分に行き渡っていない理由は、世代交代を早めるためにある。
千年王国が培いし帝王学の断章を語る領主の皮を被った領民は、その内容に疑問を感じさえしない。
「品種改良を重ね、その血から使用人として完成した者たちに、それ以外に生きる道などありはしない。……まったく、残酷なことだ」
「御息女様のお噂は、伺っておりま──」
「──言葉には十分気をつけたまえ。私は君が『このデロルに足を踏み入れなかった』ことにできる」
その手には銀の刃が握られている。
「ちょっとちょっと~。伯爵様~、困りますよ~。
こっちは商談をまとめている最中だったんですから~」
空虚に笑うムーンストーン。
その横には、鎖で繋がれた虚ろな目の男女が大勢俯いていた。
そういえば。
冒険者ギルドの方にも株券配ろうと思っていたのだ。
しっかり利害関係者にするために。
「はいはーい。邪魔なんでどいてくださいねー」
黄昏時の冒険者ギルドはとにかく混雑する。
一言で表現すると普段よりゴミどもが多い。
僕は十尺棒をひょいひょいやって先導する。
邪魔でーす。邪魔邪魔。
「あ!? なんだテメェーは──ちっ」
僕を見て舌打ちをする厳つい格好の冒険者。
嫌われてる相手には気を遣わなくていいから楽だ。どんなに嫌われてもいいので何をしてもよい。というか何なら僕の方が嫌いだし? 街中で斧の刃を剥き出しにしてんじゃねーよ。蹴り入れられないだけまだマシだと思えっての。
「時々こういうとこ見せてくるわね……」
「つーかお腹すいてんですよ。帰ってインちゃんの顔見たいし」
「ご相伴に預かってもよいですか? 院のみんなの分も持ち帰ってもよいですかっ?」
「すげえ厚かましいなって思いますけど今日は予想外に頑張ってくれたのでいいですよ。スメラダさん次第ですけど。食材は……切れるってことがあり得ないな。いつでもフルコースが作れるくらいムダに備蓄あるからな……」
僕が木棒をトントンやると、人波が左右に分かれて道ができた。
カウンターの先には、うんざりした顔のレベッカさんがいる。
僕はウインクをキメた。
「夕方のアンタ朝より最悪ですよね……」
「え? ええまあ。どうもーレベッカさん。何も言わずにこれ受け取ってください」
「ええまあじゃねーんでっ、なッなんだコイツ!おい紙きれいきなり手にねじ込むのやめ──かぶけん?」
「はい。これでレベッカさんも利害関係者になりましたね」
「は? いやこんなモン渡されても捨て──」
「特別製です。裏面見てください」
そこには、メリーの顔がある。
なんかヒトの昔の頃の顔でなんか勝手に株券作られたから、僕も肖像権を侵害し返したのだ。
ずっと昔の……笑顔のメリーだ。
「処分してもいいですよー?」
「家宝にします」
レベッカさんは即答した。
よし。




