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「ビリーさんを確保しました」



「ええと、申し訳ないんですけどね。今のロールレア家(そちら)の情報は全部筒抜けなんです」



 草木とステラ様とシアさんが眠りについた、月夜の晩の迷宮都市。

 蜘蛛糸で四肢が拘束されたビリーさんに僕は語りかけた。


「……これは、あなたの仕業か?」


「さあ? どうでしょうね」


 スッとぼけてみたり『拘束された』とか言ってみたりしたけど、やったのはもちろん僕だ。

 都市のど真ん中で見えない糸を張るような迷惑行為人間には、極力僕らの近くにいてほしくないなと思う。



「随分とご挨拶ではないかな、元家令のキフィナス氏」



「あ? 僕降ろされてたんですか? あーそう。そいつは朗報かもですね。僕にとっちゃ、役職なんてどーーーーだっていいですし。何ならあんたがやってくれた方がいい。その方が、貴族の家を運営するならずっと都合がいいはずですし。

 これ言うと怒られそうな気がするけど、この肩書きには別に大した愛着なんてないんだ。……僕にはもう、銀の時計がある。ま、降ろされたってことなら次の家令は安心してあんたに任せられますかね? ステラ様が許してくれればですけど」


「今のロールレア家では、私たちは最下層だ」


「そりゃそうでしょ。新規雇用組ぼくらは単純に知識か能力かあるいは両方ともが足りませんからね。ただ、ステラ様が戻ったらまた全員解雇するので。その時は幹部待遇確定ですよー。チャンスです。やりましたね? やった」


 適当なことを言いつつ、僕は眠い目を擦った。

 件の《赤い本》はもう学会の人たちに任せて、帰っておいしいごはんを食べて、あとはもう寝るだけ……って段になってメリーが突然、何時間何分何秒後にこいつが地面のこの位置を踏むだとか色々なことを正確に教えてくれちゃったせいで僕は行動しないわけにもいかなくなったのだ。

 突然それを伝えられてどうしろと? 僕は困ってしまうよね?

 いやまあ、こうしろってことなんだけどさあ……。



「夢想家だな。ご当主が許しはしないだろう」


「はは。ガワだけ借りた偽モンを有り難がってるの、最高に滑稽で笑えんだよな。事情を知ってるはずの王都組すら調子合わせてんですもんね?

 屋敷ひとつ使って茶番劇やってんだからまったく贅沢なもんですよ。やっぱ大貴族っていうのはスケール感からして違うなーって。まあ騙ってんだけどさ。貴族の近くにいると頭も貴族みたいになるのかねぇ?」


「……何を言っている?」



「僕が殺した」



「な──」


「ああ、もちろんステラ様たちは知ってるよ。何ならその場に同席してた。僕は卑劣な自覚はあるが、何も知らない女の子に取り入るほど恥知らずじゃないつもりだ。

 その上で僕は重用されている。その意味、わかりますよね?」



「……幼く見えるが、彼女らも貴族の子女ということか」


 んーーーー……、んーーーーーー…………。ま、そんなトコでいいかな。

 ステラ様がレベッカさんに伝えたように、僕もビリーさんにある程度の真実を伝えてみた。貴族の子女って感想は的外れだなって思うけど、そこをあえて訂正する必要もないだろう。そう思ってくれる分には都合がいい。ステラ様の最近の言動はちょっと、その、割と……威厳とか色々どうかなって思うし。

 ……そのステラ様は『自分が殺した』と言ったけど。まだヒトの形をしていたオーム伯を化け物に変えたのは僕の一撃なわけで。そもそも僕から手を出さなきゃアイツ死ななかったわけで。元々、僕は二人を同席させるつもりとかなく、全力で、殺すつもりだったわけで。

 そうなれば当然、僕が殺したという表現の方がより正確だろう。……日向にいるのがよく似合う、日向のような女の子が、父殺しなんて業を背負うべきじゃないんだ。



「で、あんたは僕の発言を信じるんですか?」


 揺さぶりを兼ねた確認をする。


「屋敷の中の微妙な緊張感に納得がいった。相互に信頼を置かれているべき王都出向者が遠ざけられている。彼らも、真の忠誠を向けていないようだった。

 そもそも、本来であれば使用人たちが派閥を形成したならば直ちに宥和に導くべきであり、派閥の存在を把握しているはずなのに働きかけが見えなかった。

 あなたの発言を事実とすれば、これらの不合理に全ての説明が付く」


「僕を貴族殺しと糾弾しないので?」


「近親殺しは華族の常だろう。家人とは貴族の道具であり、道具の行為に善悪を問う者はいまい」


 ふーん。なるほどね。


「それに加えて、忠誠の対象は王家だから地方領主がゴタつこうが別によい?」



「……何のことか、分かりかねるな」


「スッ途呆とぼけんなよ。地元の名士で一等市民と認められているような相手が、なんであの解任劇の直後に入ってくるんですかねぇー?

 生業を投げ出して即座に合流するほどの忠心があるなら、なんで今まで家臣をやってなかった? 熱意と能力と社会的地位のある人間を、伯爵家が受け入れない理由はなんだ? この不合理に説明を付けるなら──あんたには何か別の目的があってロールレア家に潜り込もうという魂胆があり、今までそれが防がれていたという推測が成り立つ。

 推測を立てれば、それに基づいた調査ができる。生きてきた痕跡ってのは消しようがない。ごく単純な話だよ」



 つーかそんなの最初から知ってましたけどぉ~?

 僕はあくびをしながら言った。



「……その上で、あなたは私を雇い入れ、家令を継いでよいなどと言ったのか?」


「ええまあ。忠誠と実務能力って関係あります? 別にないでしょ。いらないでしょ。盲目的に、偉くあそばされる誰かに従う?そんなのは御免だし、そんな狂信者連中に囲まれてると思うと気が気じゃないよ。必要なのは結局のところ、能力への信頼だし、そうであるべきだ。

 ……それに、どこかの不眠姫ねむらずひめ様はどうせ他領に大して関心がないだろうからね。だって、王都(お膝元)にすら関心がないんだから。あのひとは、10年前の旧王都災禍とやらに囚われっぱなしだ」


 僕がリコ姫様の話題を出すと、ビリーさんの顔色が真剣なものに変わった。

 一方で僕はへらへらしている。


「……何がわかる」


「ん、まあ、王都のことですかね? あんたと違って、三年くらい前まで暮らしてましたし」


 僕はへらへら答えた。


「ただ一人生き残られた姫様の、その悲しみの、一体何がわかる……!」


「何度かお話したこととかありますけど? 何なら、事前にアポ取れば会える立ち位置ですかねー」


 僕はへらへら答えた。


「……ッ! 我ら一族が、この地に過ごして何年経ったと思っている……!?」


「あ? んなこと知りませんよ。戸籍記録に残るよりずっと前から居たんだろ? 権力者様が残そうと尽力しなかった古い資料とか追いようがないですからねーー」


 僕はへらへら答えた。

 一族がどうしたってのさ。家とか一族がどうこうとか、そんな重要なことかな。……ああ、重要だろうな。そういう面倒なのが封建制社会だ。



「だけど、あんたはあんただろ、ビリー・トロイアム。その辺りの面倒なことは、僕にとってどうだっていいんだよ。最終的には、あんたが何をしたいか、そしてそれが僕にとって不都合かどうかでしかない。

 王家の味方がしたいならすればいい。その選択を、あえて妨げることはしないよ。……あの哀しいひとの味方が増えることは、まあ、悪いことじゃないだろう」



 そもそも──ステラ様がステラ様である限り、報告されて困るような後ろ暗いことはしないだろうし、僕も明朗会計って普通のことじゃないの?別に公開して困ることないけど?って認識だ。

 ウチのことよく知ってる重臣が業務時間外に近況報告までやってくれるってむしろ便利じゃない?



「……なるほど。ようやく、あなたが家令職となった理由が私にもわかった。ステラ様は、ただ受け継ぐ者ではない。受け継ぎ、そして改めようとしているのだな。

 ──あなた方は、この世界を変えようとしているのだな。ステラ様の理念を真に理解できる相手は、おそらく、この都市ではあなたしかいないのだろう」



「んー……んーーーー……? まあ、そゆことでいいですよ」


 正直、あんま大したこと考えてない気もする。

 という言葉を呑み込むだけの理性は僕にもあった。



・・・

・・




 僕は小指の先をくいっと動かして、吊り下げたビリーさんをゆっくり降ろした。



「まあ、そういうワケで。寝返ってもらえますかね」


「……私が仕えるべき主は、王家だ」


「それを保障します。あ、ステラ様たちにも伝えますよ。たぶん二つ返事で許してくれると思います」


「そうか。……なら、否を唱えることなどない。私は何をすればいい?」


「そうですね……まずは、それっぽい報告を。『無能な家令から信頼を得た。これまで一定の距離を保っていた、賤しい冒険者との繋がりをあえて深めようとしているらしい。反抗期には困りものだ』。こんなトコですかね……。あー、証拠もいるかな。はいこれ。冒険者ギルドとの食料供与に関する契約書です。写しですけどね。

 王都に帝国難民が流入してるんですねー。冒険者ギルドが窓口ですが、これは事実上、王都への食料支援です」



「何だと……!? 待ちたまえ、そんなことは一度も聞いていない! どうなっている!?」



「耳の早い吟遊詩人なんかは歌にしてそうではありますけどねー。とはいえ、利にさとい商人連中に食料の値を吊り上げられても困るので、公的な発表はもう少し後になるでしょうけど。

 それと、ええ。この案件を下ろせるほど、能力的にも人柄的にも信頼できるような人が部下の中にいませんでしたし。別に忠誠心がなくても構わないですけど仕事はちゃんとやってくれないかなーって気持ちはありましたよね。

 ──ま、そういうワケで? 引き継ぎが不十分でも仕方ないですよねえ?」



 僕はけらけら笑った。


「……まさか、あなたは……」


「ええ。関連する資料は、もうぜーんぶ、持ち帰っておきました。きひヒッ。こういう重要な情報は、後出しにした方がダメージを与えられますからねぇー?」


 引き継ぎがないというのは、大変に困ることだ。ほんと大変だった。ほんとに……! 全員即時辞めさせたのほんと冷静に考えて後先とかまるで考えてないよなぁ……!?

 ……まあいい。まあいいです。済んだこと。ステラ様には事あるごとにちくちく刺していくつもりだけど済んだことだ。

 ともあれ、そんな自分の経験を元に──彼らにも同じ苦労を、同じだけ以上の苦労をしてほしいなと思った。だから、その辺の書類を僕は持てるだけ持ったのである。

 どんなものでも即座に収納できる巾着袋ポーチは、ダンジョンはもちろん日常の場面においても大変に便利だ。



「ですが、そちら側に情報が一切ないという状況はですね。実のところ、僕らとしてはあまり芳しくない。情報を集めようと動く過程で波風を立てられると予測ができませんからね。

 僕らの情報をある程度握れている──そう認識してもらった方が、余計な動きを制限できて都合がいい。

 更に言えば、それが『自分が命じて手にした情報』だと錯覚してくれると尚更いい。人間ってのは、自分が手に入れたモノに特別な価値を置きがちですからね」



 適当な部下の誰かに命じてスパイをさせようって今回の動きは、僕にとっては非常に都合が良かった。

 相手の思考を陥穽にぶち落とすためには、自分の意志でそうしたと思わせることが重要だからね。

 たとえば貴族様がお学びになる帝王学だかいう学問にも『相手に支配だと認識させない支配』といった手口は出てくる。

 僕のこれも、その論理は似たようなものだ。



「あとは──そうそう。これは伝えておかないといけませんね。なんであなたを吊したかというと、面白そうだったという理由が半分と、ビリーさんの後ろに尾行が2人付いていたからという理由がもう半分です」


「尾行、か。……ああ、そんな気はしていたが」


「ビリーさんが、僕らと偽領主様との一体どちらに付くのか。まるで信頼できなかったということでしょうねー。ああ、その人たちについては、既に蜘蛛糸に絡め取っていますよ。ここから2kmほど先にいます。

 ビリーさんは張られた糸から抜け出して僕を脅した、灰髪は脅しに容易く従った、とでも報告すればいい。この契約書は手柄になりますよー」



「……。ここまで、すべて読んでいたのか?」



「はい。それが何か? これくらいは当然のことなんですよ。僕らにはエグいくらい情報アドバンテージがあるので」


「そうか。……悪辣なのだな、あなたは」



「えー? やだなぁ。

 僕は痛いのと怖いのが嫌いな、善良を形にしたような人間ですよ」


 僕はけらけら笑った。



 さーて。いくらステータスが高いと言っても、戦闘を生業にしていない相手ならこんなものだ。人間やめちゃってる類じゃなきゃ、指関節から足先までの全身を縛り上げて吊り下げれば十分拘束はできる。

 こんなトコでビリーさんの案件は終わり。

 糸を動かして成人男性一人分の隙間を作ってあげた僕は、ビリーさんの背中を見送りつつ、ぐーっとひとつ伸びをした。


「んー……! 片づけ、ますか、ねーっと──」



 ──瞬間。超高速のクロスボウの矢が、僕めがけて飛翔した。


 宵闇に音もなく飛ぶ黒塗りの矢に、僕は人差し指をくいと動かす。

 張っていた粘着糸が、空中で矢の胴体部シャフトを絡めて縫い止めた。



「来るのは知ってたよ、グレプヴァイン。でも残念だったな。僕に繋がる直線上の射線は糸と遮蔽物で塞いでるから簡単にはお得意の狙撃ができない。狙うなら、この瞬間だろう」


 『目的を達成した直後、人間は無防備になる』。……残念だったな?

 この夜の、この僕の勝利条件は、まだまだ途上なんだよ……!


「──片づけるってのはさ。あんたのコトだよ」


 射線は左後方7時の方向。

 僕は左の人差し指を動かし、該当の方向にある廃屋7軒を一斉に爆破した。──爆導索だ! 僕を狙える射線は限られている。狙撃ポイントに数パターンのアタリを付けて、そこを囲む糸には爆薬を仕込んでおいた。

 ……王都の頃によく嗅いだ、顔をしかめるような硝煙の臭いが辺りを包み込む。だがれていない。確信がない。骸の気配がない。


「チッ……」


 ──瓦礫と硝煙の中から、血塗れのレインコートが闇夜に躍り出る。

 僕の目は狩人の姿を視認した。傷は視認できず相手の五体は十全に機能している。どうする。次の手は。どう殺す。どう来る。抜き撃ちか。対応できるか。


「そこでくたばってくれてりゃ、こっちは楽できたんだけどな」


 影に潜む射手からの返答は射撃だった。

 虚空に放たれた一矢。僕の脳天頭蓋を撃ち抜くには軌道を大きく外しすぎている。

 だが通さない。僕は闇に伸びた鋼糸で鏃を四つに切った。



「お得意の《影縫い》。闇の中で薄く伸びる影を狙うなんて軽い条件で相手の全身を拘束するスキル。夜はあんたの独壇場フィールドだ。動けない僕の額をゆっくりと撃ち抜くつもりだったんだろ?

 だけど対処は簡単だ。地面に鏃を触れさせなければいいだけだからな。

 あんたの手札を、僕はよく知っている。少なくとも──縫い物(スティッチ)なら、糸繰り(ぼく)の方が得意だ」


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