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Anniv:ある日の聖セイラー救貧院の、誰かの誕生日



※時系列は屋敷追放前。

 初投稿からちょうど2年のため。掌編





 聖セイラー救貧院の子どもは、12歳で卒院する。

 その後は、街の商工会の徒弟として働くか、あるいは冒険者となる。

 卒院までの内に、行き先は見つけなければならない。


 彼らにとって、誕生日とは庇護を失うタイムリミットでもあるのだ。



「おめでとうございまーすっ♪」



 聖セイラー救貧院で暮らすアイリーンは、子どものうちの一人が誕生日を迎えたことを、純粋に祝福した。

 テーブルの上には、不格好で巨大なパウンドケーキが──奢侈品のため、砂糖はひと匙ほどしか使われていない。勤め先であるロールレア家から持ってきた──置かれている。


「今日の主役はマリーカちゃんですけど、みんなも食べてくださいね♪」


 わっと群がる子どもたち。

 アイリーンはうふふふふ、と幸せそうに笑う。



 皇帝スワンプマンは、それをつまらなそうに眺めていた。



・・・

・・



 アイリーンは、数年前のある日、ふわりと聖セイラー救貧院にやってきて、半ば居候のような形で従業員となった。

 押しの強さと勢いと、その独特の世界観によって、彼女はほどなく受け入れられる。

「ここには愛があります!」と叫ぶ彼女に、院長がなぜか妙な感銘を受けた、ということが大きい。



 ──弱者救済のための公的制度は、社会に余力があって初めて整備されるものである。

 冒険者や娼婦などの、行きずりの恋の結果、産み落とされた子どもは裏路地へと捨てられる。

 親を持たない局外児はそう珍しくない。冒険者ギルドが擬似的な戸籍取得制度を実施している理由の一端には、彼らを社会へと包摂するためにある。


 救貧院という制度がデロル領に在るのは、弱者救済のためではない。

 金笏を使った魂の加工、その原材料の養豚場なのだ。

 そこには、愛などというものはない。助成金のために素材こどもを集め、一応の形を整え、出荷するための機構だ。



 一方、聖セイラー救貧院は建てられて未だ日が浅く、子どもの出荷はしていなかった。

 そして『聖』という名前が表す通り──それはタイレル王国では根付かない、宗教的な態度であり──すなわち、弱者救済を意識したものであった。



「ハインリヒくん。わたしのケーキ、食べませんでしたね?」


『……この女は、なぜ、いつも余に構おうとするのだ』


 半ば強引に連れてきた皇帝に、アイリーンは何十回目かのコミュニケーションを取ることを試みた。

 手を握手してぶんぶんと振っても、おでこをぴったり合わせてみても、うんざりとした表情をするだけである。


『何が目的なのだ……』


「ううん……。何を言っているんでしょうか。愛ですかー?」



『何を問うているのかは知らぬが。余は帝国を再建せねばならぬ義務がある。手始めに、ダルアとバルクに書状を──』



「愛!? いま、愛って言いましたっ!?」



 発音上、そう聞こえただけである。

 しかしアイリーンのエンジンを動かすには十分すぎた。アイリーンはただちに勤め先に戻った。



* * *

* *

*



「確かに僕は備品の調達もしてますけどね。どう考えても、アイリーンさんのもうひとつの勤め先に砂糖他を卸すとかあり得ませんからね。休みの日に来て一体なんなんだと思ったら」


「愛のためなのです」


「職務規定です。前任の不正をただして今のポストやってんですよ、今の僕は。帳簿のちょろまかしとか、そういう立場の人間がやっていいことじゃないんです。……はー……。めんどくさいな、もう……。あのガキがどうなろうと僕の知ったことじゃないし、何よりメリーのご機嫌悪くなるんだよなぁ……」


 灰髪の青年──愛のひとは、全身で嫌そうにしながら、


「はーーーー。わかりました。帰りに僕の宿屋まで来てください」


 大きなため息と共に、自分の宿屋に案内した。



「ちょうど、誰かと料理してみたいとか言ってたんですよ。どうせメシマズなんでしょうから、一緒にスメラダさんから料理でも習えばいいんじゃないですか。付き合ってもらったら、砂糖でも何でもあげますよ」


「本当ですかっ!? 流石は愛のひとです! 愛! 万歳っ♪」


「ついでにその愛の人とかわけのわからない妄言で僕を変なポジションに置くのをやめてもらえたら嬉しいんですけどね。……あ、聞いてない。まあ知ってましたけど」



* * *

* *

*



「おめしあがりください、ハインリヒくん♪」


 スメラダの指導を受けたその足で、アイリーンはお菓子を渡した。

 皇帝ハインリヒは、渡されたものに鼻を近づけて臭いを十分確かめた後、それを口に含んだ。


『……いつもよりもマシな味だな』


「愛ですかっ? 愛です!!」


『やはり話がまるで通じてなさそうだぞこやつ』



 ハインリヒとアイリーンの間には大きな言語の壁があり、その壁を跨いだところに愛の壁があった。


『ここはダルアにほど近いと聞く』


「はい。ひいきは、よくないことです。ですが──今日をとくべつな日にしたいのですっ。とくべつな日は、たくさんあっても困りません♪」


『自由時間が欲しいのだが』


「ええ、ええ。ここの子と違って、ハインリヒくんにはお誕生日があるのでしょう。ここに来た子の多くは、来た日をお誕生日にして、見た目で歳を判断します。そこまで判る鑑定士さんに依頼するお金も、ツテも、持っていませんから。……だから、お誕生日が二つある子は珍しくないんですよ」


『……貴様が、余の身を案じていることは理解できなくはない。命を狙われている余に、粗末だが拠点を寄越した功は、いずれ褒美を取らそう。だから──ぐあああっ!』


「ああっ! どこにいくんですかっ。もう夜なんだから、だめですよっ!」


 外に出ようとするハインリヒを、アイリーン(STR100越え)膂力パワーが阻んだ。

 桁外れの力は、魔人へと変性した身にも大きなダメージがある。



「ひとりひとり、とくべつな日があるんです。きっとそれが、それこそが、愛なのです」



 悶絶する魔人にアイリーンはひたすらに愛を語った。

 当然、通じなかった。


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