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「武政治経済って三角形の頂点ぜんぶ埋めるの権力握りすぎでどうかなって気持ちはなくもないんです強すぎるのって弊害ありますしだけど緊急時だからいいかなみたいな免罪符を重ねて重ねてあ免罪符っていうのは──」




 僕が商人さんたちのとこから帰ってくるとステラ様はメガネだった。

 ……なんでメガネ? あと、なんか臭い。ツンとした刺激臭がする。くっさ。


「失礼極まりないのだけれど!?」


「……いえ。姉さま。今日は、その、些か……」


「貸部屋で何してんですかね、ステラ様」


「名誉のために弁明させてもらいますけどね!? これはもちろん、錬金術の実験のためですっ。ニオイはそのせいだからね」


「貸部屋なんですけど」


「実家のように過ごしていいって言っていたわよ。手持ち無沙汰だったのだから、しょうがないでしょう?

 みんなが私のこと、のけものにするのも悪いと思うのだわ」


「……姉さま。換気はしましたか?」


「勿論。したわよ? したけど……、ええ。窓が小さいのよね」


「……キフィ。メリス。今晩は部屋を借ります」


 ステラ様たちの部屋のドアからは、ぷすぷすと何やら黒煙が漏れている。

 すっげえ迷惑な宿泊客だなって思った。





「長い長い長い。部屋に入って一言目からもう既に長いのだわ、あなた。それより今日の成果です。

 私がいなくても、ちゃんとうまくいったのでしょうね?」


 僕とメリーの部屋で、ステラ様はばっさり僕の迷いを切り捨てながら、不機嫌げに問いかけた。そのクッション僕のやつなんですけど、抱きしめ潰そうとしないでほしい。


「んー、まあ、そこそこですね」


「……声をかけた14の商会のうち、9は成功しました」


「ふうん。結構いい感じのようだけど、完璧とはいかないのね。それならやっぱり、わたしが居たほうがよかったんじゃないかしら?」


「関係ありませんよー」


 上手く釣れそうな相手を先に回したこともあって、後半戦はあまり上手くいかなかった。話を聞かずに門前払いの商会もあった。

 元々ロールレア家と付き合いの深い御用商人とか、一応声かけるだけかけたけど、やっぱり当然鞍替えは望めない。それはステラ様が同席してたところで、特に何も変わらなかっただろう。

 政治的権威って意味では既にシア様いるからね。そりゃあ効果はあるだろうけど、答えが変わるほどの上乗せは望めない。商人に弱み見せそうな人はお留守番が妥当です。


「でも、弱さだって武器にできるでしょう? 私たちは、それをよく知っているのだわ」


「はい? 弱さは弱さでしかないですよ。というか商人は弱みにつけこむ性質タチの輩です」


「……しかし、同席はした方が良かったかと思われます。……会合の途中『株券を通貨にする』などといった意見が出ましたので」


「聞いてないのだけれど」


「言ってないですからね」


 100円玉触ってて思いついたみたいなとこあったし、商人の側から指摘されなければ僕もあえて言葉にしなかったと思う。

 勿論かなり重大案件なのは理解してる。

 まあでも、なんていうか……今回はシア様同席してるし。いっかなーって。



「あなたいつも『いいかな』ですごく重要なコト抱えるわよね……!?」


「……今回は私が同席しています。改善の兆しは見えているかと……」


「……そうね。改善の芽はあるわね。まあ、悪いようにはしない気なのでしょうけど……。今後の改善に期待します。

 それはそうと。どゆことなの? 株券がお金の代わりって。 そもそも私、株券ってモノからしてよく分かっていないのだけれど」


「え。そこからですか?」


「そこからよ。昨日の夜はお話があまりできなかったし、今日は朝早くからシアだけ連れてっちゃうんだもの。改めて、ちゃんと説明して頂戴」


「別にいいですけどー……ぐっ!?」


 唐突にメリーが僕のお腹に頭突きを決めた。

 膝から崩れ落ちる僕。その膝の上に、そのままぺったりと体を丸めて纏わりついてきた。

 ……長くなるやつだと察したらしい。幼なじみの唐突なかまってちゃんムーブに僕はため息をつきながら、ステラ様が抱っこしてるクッションを貰って足元に敷いた。



「ええと、まず。株式会社というのは、株券を買わせることで資金を集めることができます」


「そのお金を元に、私たちで商会を作るってことよね」


「……金笏レガリアを除き、当家の家財はほぼ持ち出せませんでした。この仕組みであれば、運用するための資金がない問題を解決できます」


「そうね。でも、他の解決法もあるでしょう? たとえば……、そうね、冒険者やって稼げばいいんじゃないかしら。儲かるんでしょう?」


「はいー? まーーた舐めたことをおほざき遊ばされましたね、ステラ様」


「あなた、時折お口が最悪になるわよね。つねるわよ」


 パワハラやめてくださーい。僕は頬をかばった。

 んー……まあでも、ステラ様が冒険者とかいう腐れ底辺職業についてそこまで深く知らなくてもしょうがないか。僕は心の中で謝罪を済ませつつ、解説することにした。


「まず、大きな誤解がありますね。確かに、冒険者って職業は儲けることができなくはないです。でも、そこには『運がよければ』って但し書きが必要なんですね。

 高値が付く迷宮資源よりも、用途がわからなくて値が付けようのないガラクタの方が、ダンジョンの中にはずっと多いんですよ。だから冒険者は粗暴なんです。何持ち帰ってもお金になるなら、冒険者はもっと丁寧に、目についたものを根こそぎ持ち帰りますよ。お金になるかわからないから、多くの冒険者たちは珍しそうに見えるものを、粗雑に、荷物に空きがある範囲で持ち帰るって生態になるんですねー」


 だから、回収するものはよほど見た目に惹かれるものがあるモノか、それとも既にしっかり調べられたモノなのが基本なんです。

 具体的には薬草ですね。食べると苦くて傷に塗ると痛くて、だけど体の傷とかちゃんと癒やします。


「それなら、使い方を調査した上で売ればいいだけの話なのだわ。私だって調べられるじゃない。錬金術やってますもの。《名称鑑定》くらいならできるわよ。

 それに、キフィナスさんだって、そういう調査は得意でしょ?」


「どうしてそんなこと思ったんですかね……。使い方わからない迷宮資源とか危ないんで触りたくないですよ。やるならステラ様ひとりで勝手にやってくださいね」


「大金を得るためには、それくらいのリスクは必要なものでしょう?」


「背負わなくていいリスクを背負う趣味はないでーす。それに、稼ぐまでの障害ハードルはそれだけじゃないです。仮に、ある程度以上の需要が見込める貴重な迷宮資源が回収できたとしましょう。

 そこに値段を付けるのは、購入する相手──商人と貴族様ですよ。

 実家のロールレア家が睨んでる状態で。彼らがウチからモノ買うと思います? 僕らと取引すんなって勅を出されたら終わりですよ」


「それなら、ギルドを経由すればいいじゃない。レベッカには話をつけてたのだし、その程度ならしてくれるはずだわ。迷宮資源、ギルドで預かって取引してくれてるのよね?」


「ええ。ギルド経由の場合は、競売に掛ける方式になりますねー。大部分の冒険者はこれをやってます。買う人を自分で探して売り込むのはなかなか面倒なので。手数料で2割とか3割とか、結構引かれますけど、それもギルドへの上納金代わりってことで納得してたりしますね。ランク査定にプラスになったりするみたいですし。……ランク制度って一見わかりやすいようで雑な区分の無意味にややこしいゴミのような制度だと思ってたけどこのあたり便利だな、自尊心くすぐれば扱いやすくなるもんな……」


「じゃあそれでいいじゃない。冒険者しましょうよ」


 本命そっちかー……。僕は膝の上のメリーを撫でながらため息をつく。


「問題はですねー。競売ってところなんですねーー。つまり、回収した高額迷宮資源を即時現金化はできません」



「……なるほど。冒険者ギルドを頼った場合、資金を得るまでに時間が掛かる。『商人勢力に対して影響を持つ』という目的を達成するに於いて、時間という資源を浪費するわけにはいかない、ということですか」



 僕の言葉をシア様が一言でまとめてくれた。


「そゆことでーす。僕らがダンジョン潜って換金してる間に色々やられますよ。さっき言った、僕ら相手の商売禁止って手を打たれるのがまずいですねー」



「……今日、おまえが商人たちの元に赴いたのは、領主を騙るコッシネル・フェニクロウアから、取引禁止令が出された場合に備えたためだったのですね」


「はい。訪問を控えた各貴族への対応、使用人の忠誠心の掌握、憲兵隊庁舎爆破の混乱なんかによって初動は多少遅れるでしょうが、まあ、近日中に確実に出されることでしょう。放送機材ティワナコン破壊しておいたのも、時間稼ぎって面で大きくプラスですね。

 出さなきゃ相手がヌルいなーって楽できますけど──」


「私たちに内政の機微を教え込んだ爺やが、そんなに手ぬるいとは思えないのだわ」


「でしょうね。追憶具リプレイで本人やったからわかります」



 ステータスのうち政治力って数字は──そんなものはない──次期領主・現領主代行のステラ様シア様に比べ、現領主オームを騙る相手の方が上だ。

 そこに最強の冒険者メリーの武力って数字を上乗せしても、商人にとってどこまで価値があるのかはわからない。100の力で殴られたら死ぬ人間にとって、相手がいちおくまんパワーとか持ってたとしても、それは100とそう変わらない。少なくとも、僕はそう考えてる。

 ──だから、僕らが商人の土俵でも十分に戦えることを示す必要があった。



「今回の勝利条件は、ただ契約を成立させることじゃない。アイディアを売り込む、という形で『こいつらと付き合っておくと得だ』と思わせるということです。

 正式な命令を出されたら、それ以降は商人連中が話を聞いてくれなくなるでしょうから。メリーの名前が通じるのは冒険者と繋がりが深い商人だけです。順番の問題なんですねー。

 あと株式会社って形を取るメリットとして、取引禁止に言い逃れつけれることですね。名義を変えて適当な商人を代表者に据えて、それで取引を続けられる」


「悪知恵が全力で働いてるわね」


「やだなあ。制度を作る側として、どう悪用されるかを考えるのは当たり前のことじゃないです?」



 そして、むしろ自分らが悪用することを前提に組み上げたガバガバ株式会社が、迷宮公社ステラリアドネだ。

 名前の由来は、ステラ様と、最近僕がお二人にせがまれて小休止ティーブレイク中に語っているギリシャ神話のアリアドネーから取った。

 正直、名前なんてステラ様が代表だってわかるならそれ以上はテキトーでいいんじゃないかなーって思ったんだけど、この国の論理でいくと、どうやらそうでもないらしい。


 なんでも名前とは、人の想念の素なのだとか。

 神話だの英雄譚だのから名前を拝領することで、それに因んだ運命を引き寄せるとか……引き寄せないとか。ダンジョン潜るからって理由らしいよ。

 僕はふーんって思って、該当の情報は頭の中の《どうでもいいやつ》リストの中にしまいこんで鍵をしたのでよくわからない。



「話がズレたわね。株券の話よ。もっと説明して頂戴」


「えー。概要はしっかり語ったと思いますけど。逆に何がわかんないんですかね……?」


「わからないことが何なのかさえわからないのよ! 見た目は? 形状は? どう売るの? だいたい、貨幣にするってどういうこと?」


 うーん……。そうだなぁ。

 僕が思案していると、突然メリーが指をくいっと動かした。



 瞬間。

 部屋の中で、紙の洪水が巻き起こった。

 ばばばばばばばば!と激しい音を立てて撒き散らされる紙っぺら。


「ちょっ、メリー! 何!? なんのなに!? 止まっ、止まって! ストップ!」


「ん」


 床を埋め尽くし、腰あたりまで浸かるくらい増えた後、何事もなかったかのように紙の氾濫は止まった。下手人のメリーは、僕の膝の上で何やらごろごろとしている。メリーが身じろぎするたびに僕の膝は粉砕されているんだが……。なにか、粉砕と再生とを繰り返しているような、そんな感触があるような気がするんだよね。詳細は怖いから聞かない。ただ、一言で言えば、痛い。痛いです。

 僕は唐突に現れた紙っぺらを掴む。なになに……?


「迷宮公社ステラリアドネ、100万株券……?」


 しかも、なんか僕の顔が描かれている。

 なんだこの……、え、なにぃ……?


「かぶけん」


「いや、あの、メリー?」


「みせる。みせたほうが、はやい」


「いや、まあ、そりゃそうだけど……。これ、例として不適切でしょ……」


 ステラ様とシア様も、株券をしげしげと眺めている。


「……姉さま。姉さま。こちらを見てください」


「へえ、ひとつひとつ表情が違うのね? シアのやつ、なかなか貴重なお顔ね。手元のこれと交換しましょ?」


「……だめ、ですっ」


「そう? ふふ、残念なのだわ」


 何してんだこいつら。僕でトレーディングカードゲームやめろ。悪趣味極まりないな。貴族か?


「こんなもん株券にできるわけないでしょ。メリーはおばかさんなのかな? ゆっくり、プライバシーとか肖像権とかって概念の話をしようか。たぶん君は僕以上に知ってるはずだけどね? ねえメリー。メリーさん。あっわざと無視してんなこいつ」


 だいたい100万株ってなに? 最高にバカじゃん。インフレしすぎだろ紙束かよ。紙束だわなんだこのアホみたいな量。

 僕はおもむろに火炎瓶を取り出した。シア様に瓶を即凍らされた。


「一枚残らず処分してください」

「嫌です」


 シア様即答した。……どうしたの? シア様、ある程度信用貨幣とか把握してますよね?

 把握してるならこの100万とかいうクソバカアホ単位があまりにも不適切なことは理解できますよね? 逆レンテンマルクかよ。ハイパーインフレ誘導を意図した擬制貨幣ってただの混乱の元……ん?

 メリーと目があった。


「ん」


 メリーはただ、いつものように無表情に、ん、とだけ鳴いた。

 いやー……? えげつなさすぎるでしょ……。

 僕の幼なじみやべーなって思った。



・・・

・・



 こんなもん絶対使えんし使わん、ということを何とか懇懇と説き伏せて、本位貨幣と信用貨幣の違いの話をしている。


「じゃあ、おさらいしましょう。

 本位貨幣というのは、白金プラチナとか金貨とか銀貨とか、素材にしてるものの価値と同じだけの価値があるものです。これは便利です。色んな貨幣があっても、重さを計って価値を概算できる。取引がしやすいんですね。

 それから、この国では、申し出ることで領内貨幣の発行が許されています。だけどその額面は、素材にしたものの価値と等しい。まあ、等しいからこそ、独自通貨の発行なんて権利が許されてるわけですね。だからまあ、王都に提出する貨幣と実際に使う貨幣とで素材の分量を変えれば、その分だけ儲かりますね?」


「……それは恐らく、魔人クロイシャ・ヴェネスの手によって止められるでしょう」


「はい。厄介なことです。あのひと、金貸しだけじゃなく両替商とかもやってるみたいですしねー」


 経済の擁護者みたいなこと言ってたし。めんどくさい。


「ですが、実際のところ、同じ量の金を使ったコインであってもその価値はそれぞれ違います。タイレル4世金貨と、たとえば……そうですね、ダルア領で発行した金貨が同じ含有量だったとしても──」


「鋳潰してしまうべきなのだわ」


「……問題ありません、姉さま。ダルア領に、通貨発行の許可など、あり得ません」


「例え話ですー。例え話ー。同じだったとしても、実際の価値には大きな違いがありますよね、って話ですよ」


 素材の価値に加えて、それ以外の付加価値がある。たとえばタイレル4世だかいう人はこの国の草創期になんかこう色々国の基礎を作った名君だから、とか。単純にずっと古くて希少だから、とか。

 秤で重さを計るような商人がいたら、きっと数日しない内に一文無しになるだろう。


「つまり、貨幣の価値には、その貨幣に対する信用だの希少性だのという要素もプラスされているんですよ。

 じゃあ逆に──わざわざ素材に金とか銀とか使わなくてもよくない?というのが、信用貨幣です。この国では、当然やってない制度ですね」


 ダンジョン東京の歴史的経緯としては、貨幣にするための素材がなくなったとか、この国とはまた色々と違うようだけど。

 理屈としてはこうだ。


「信用貨幣の価値を保証するのは、その通貨を発行する母体です。だから、通貨を作ってるところが破綻すればその価値がなくなります。そこの株券も、信用がなきゃただの紙切れです。というかただの紙くずなので今すぐ焼き捨てましょうステラ様」


「姉さま。だめです」


「ですって。御免なさいね?」


 僕は大きな舌打ちの後にため息をついた。ゴミは整理しましょうよ。




「まあ、封建制社会では、貴族に近づく機会というのはそれだけで大きな価値があります。まあ僕は微塵も、砂漠の砂ひと粒ほどの価値も感じませんけどね。そういった特典がある以上、信用貨幣って表現には若干の語弊があるのかもしれませんけどね」


 この国において信用貨幣って概念が一般的ではない以上、特典を付けておかなければ手を出してもらえないだろう。

 それなのに株券と貨幣をストレートに結びつけられた辺り、あの商人は結構やり手だったと見える。経営状況は知らないけどね。

 遠方の領地とも取引する大商人って現金じゃなくて手形での為替取引も経験してるし、そういった経験がヒントになったのかもしれない。



「……なるほど。謁見の権利を売買の対象にする、と見ると。これは、当家の名誉を毀損する行為ですね」


「そうね。好ましいことだわ。だって──ちょっと窮屈すぎるものね?」



 そう言うと、ステラ様は窓からぴょんと飛び降りた。

 何やってるんですかステラ様?



「行きましょ。迷宮公社、はじめてのお仕事──ダンジョンへ!」


「姉さまっ!?」



 え、いや、あの、夜なんですけど、ごはん食べてからにしませんか?

 というかステラ様わかんないでしょどこで何が売れんのかとか! どこ向かって走ってんですか! 待って!待ってください!

 ちょっとー!?


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[一言] 札束も刷れるメリーさん。 有能オブ有能! そしてキフィ札に執着する領主姉妹がかわいいw
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