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行きつけの雑貨屋での買い物



「あ、そこのやつ全部。それと、いつもの。蜂蜜といい感じに長い棒買います」


「おう……」



 よく行く雑貨屋の店主さんが、何やらやりづらそうにしている。

 なんですか? 僕がどうかしました?

 前までとの違いは……ただちょっと、領主様の部下やってるだけですけどー?

 僕はけらけら笑った。


「そこだよ……。なんで俺の店なんか来るんだよ……」


「だってぇ……来ないと潰れません?」


 僕がけらけら笑いながら事実を公然と指摘すると、店主のおじさんは沈痛な表情で押し黙った。

 なんか悪いこと言ったかな? でも事実だしなぁ。

 事実──あの会合に、雑貨屋の姿はない。


 僕は商業区のよく見える位置に公示の立て看板を埋めにいった。で、あの会合ではそんなもん従わない、最初から行かないってギルドもあった。別にそれはそれでいい。スケジュールを空けられないとか、新体制が気に入らないとか、事情は色々あるんでしょうよ。構いませんとも。まあ僕は曲がりなりにもステラ様たちの名前出したのに来なかった連中のことは忘れないけど。

 おっと話がズレた。会合をやりました。雑貨商は来ませんでした。

 それはなーぜか? 答えは──そもそも組合がない。


「まあなんていうのかな。利益が出せないんですよね。業種選びに失敗するとそのまま生涯年収に関わるから業界研究って大事……らしいですよ? よくしらないですけど」


「冷やかしかよ……」


「冷やかしではありませーん。あ、そこの革職人さんのギルドで買うよりも割高な動物油も一緒にください」


「相場わかってるのにウチで買うのかよ!」



 各業種がギルドとしてそれぞれに利権を確保しようとしている中で、コンビニみたいなワンストップサービスを──しかしそれにしても、あの世界はどういう成り行きであんなすぐ近くに同じ商品を売る店を沢山作ってるんだろう?不思議だ──成立させるのは大変難しい。

 別の商人からモノを仕入れ、仕入れ値よりも高い値で客に売る。小売業の構造って、シンプルにこの図式だ。そうしなければ利益を出せない。

 でも、他のギルドは普通に自分らでそれぞれのお客さんにモノを売ってるんだよね。



 だから、まあ、最大限言葉を選んで──ここは冒険者向けの店ということになる。

 一言で表現するなら、都市で行商人をしているようなものなのだ。

 そりゃ売れないよね。



「店に入るなりダメ出ししてくるんじゃねえよ」


「いやいや。そのために親父さんが涙ぐましい努力をされているのは僕も存じておりますよ。お客さんの要望を聞き、仕入れをするお店の側にこんな声があったと伝える。やっぱり、同じ商売に就いてる人間の言葉だから説得力がありますし、お客がこの店を選ぶ理由にもなっていますし、仕入れの店だってただ転売されるだけじゃなく顧客のニーズが手に入って得をする、というわけですね。

 何よりも。こんな具合に、僕のために長くていい感じの棒を調達してくれるお店というのはなかなか少ないですし」


「めり。つくる。つくれる」


「メリーさんが手にした道具がとんでもないことになるのは目に見えているので要りません必要ありません不要です」


 僕は武器とかいらないのである。多分落として怪我するし。すぐ折れる探索用の木棒くらいでちょうどいい。


「本当にやりづれえな……。というか、お前が来なくてもクロさんから支援は貰ってるから早々潰れねえよ」


 ……クロさん?


「ああ。クロイシャっていう、俺たちみたいな弱い商人にも融資をしてくれるお人だよ。

 あの人から聞いたんだが、随分微妙な状況らしいじゃないか」


「微妙な状況と言いますと? 僕は常に微妙な状況に置かれてますけど」


「いや、前の使用人連中が出戻りを狙ってるとか。そのうち追い出されるんじゃないか?」


「へえ。いいことを聞きました」


「いや良いことじゃ……本気で言ってるのか?」


「やだなぁ。僕はいつも真面目ですよ。それから誠実です。あとはえっと……思いつかないな。なんかいい感じのやつです」



・・・

・・



 それから、他のお店もいくつか回ってみた。

 店頭で販売されてる食品の値段は、どこも別に上がっていないようだ。


「食品の大量買いつけをしても、値段は大きく動いてないみたいです」


「ありがと。いつの間にか見てくれてたのね。はあ……やることが多いのだわ。帝国難民の流入、他領の貴族たちの訪問……落ち着いたら、カティアの言葉の件だって調べないといけないし……領地の経営は代行時代からやっていたけれど、見なきゃいけないことが増えるわね」


「……とりわけ、外交面が厄介ですね。以前であれば、私たちが管掌するものではありませんでした」


「なんか意味不明な手紙を多く貰ってますよね」


「貴族社会での慣用句は、確かにキフィナスさんにはよくわからないかもしれないわね。字は綺麗だし文章もしっかりしてるから、代筆はしてもらっているけれど……思えば、そういった言葉遣いはあまり指示してなかったかも?

 たとえば『黒躑躅』が帝国を指す、とか。『どこかの家の庭に躑躅が芽吹いた』って書いてあったら、その領地では帝国の思想が流行っている……とか。色々あるのよ」


「へえー。まるで意味不明すぎて笑えますね。高文脈ハイコンテクスト文化とか聞こえはよくても身内ネタですよね。身内ネタすぎて逆に笑える」


「いつも笑ってるでしょうに。……あなたは何でも知ってると思ってたけど、そういうところはやっぱり疎いのね? ふうん」


「そりゃそうですよ。僕は卑しい冒険者ですからね」


「……問題ありません。私が一から教えます」


「教えてくれるというなら教わりますけど。貴族村での方言とか脳の容量の無駄遣いを感じてならないですねー」


「……おまえも、既にその一員ですよ」


「そうよ。あなたは貴族村の入居者なのだわ。だって──今のデロル領がどうなるか、あなたに懸かっていると言っても過言じゃないものね?」


「過言にしてくださいねそれ。あの。それほんとにマズいやつですからね」


 ステラ様はくすくす笑っている。

 僕の感想はマジかよこの人の一言しかない。


「それにしても。レベッカは値上がりしてたって言っていたけれど、あれ何だったのかしら?」


「ギルドが足下見られてたんでしょうね。定価なんてものはないので」


 モノの値段の上がり方には二種類がある。

 それがすごく人気で、値段を吊り上げても買ってもらえると判断したパターン。需要が高いから値段が上がる。

 もうひとつは、ほとんど売り切れになっていて、高い値を付けないとすぐに市場から消えてしまうパターン。こちらは供給がないから値段が上がる。

 今回は、前者にあたる。


「まあ、値上がりしても別に? って感じですね。費用はかさみますけど、領内の商人にお金が渡ることは産業振興としては悪いことじゃないでしょうし。折半ですしね。

 まあその分? 折半ということにしたので、冒険者ギルドとしては痛手かもしれませんけどー。でも別にギルドの運営さんが痛くても僕は痛くも怖くもないので?

 とりあえず、為政者として気にしないといけないのは後者。領民が飢えることに繋がる『供給不足による値上がり』の方ですし、そうでないことが確認できたならいいかなーと」


「あなた、時々さらっと怖いこと言うわよね。冒険者ギルドって、あなたもお世話になってるじゃない」


「ええ。いつもお世話になっておりますし、この街の職員さんはまあいい人だと思いますよ。でもアイツいたし赤字出てもいいかなって」


「……おまえの人間関係については後で聞きたいと思いますが、まずは別の確認事項を。

 おまえは欠席の理由として、値上がりを抑えることと語っていましたね」


「ああ。はい。いやー、失敗ですねー。もっとも、あれは半分こじつけですけど。商人さんの目を釘付けにする、というのは……想定が甘かったですねー。流石に、毎日商売のこと考えてるだけはありました」


 僕はあっさりと自分の失敗を認めた。間違いはすぐに認めた方がいい。下手に認めないとややこしいことになる。

 間違いという破綻した土台の上に積み重ねていけば、崩れる時には全てが崩れる。


 しかし、こうなるとサボりの意味も薄くなったな……。まあ、そもそも意味なんてないけど。メリーとカナンくんを優先した行動について、後付けでそれっぽいことを語っただけだ。

 ……うーん、どう言いくるめようかな……。


「サボりの件はもういいわよ。どうせ流暢に歯切れの悪い言葉が出てくるだけなんだから」


「あっ許された。完全無罪で正しかった」


「……正しくはありません。……それよりも問題は、これで大丈夫なのかということです。先のおまえの行動は、この都市の商人勢力にどのような影響を与えたのか。

 それがおまえの分析とズレているのなら、それは問題でしょう」


「いやまあ、ちょっと想定からは離れましたけど、大きな問題はないですかね。どうも派閥はしっかりできてるようなので。

 ──最低限、勝利条件はクリアしてます」


 商人が僕の思考を完全に読み切っていたとして。

 より多く稼げそうなら、相手の思惑は二の次でいいと彼らなら考える。

 この不安定な情勢において、より高くモノを売りつけるのに適しているのは窮者であり、それなら商人はやる。

 そこについては、僕は商人の優秀さを信頼している。



 まあ……ほんとはこの件、情報源として名前が出てきたクロイシャさんに話を聞きにいくべきなんだろうけど。

 なんていうか、あの人とは相性が悪いからな。うんざりするくらいの長話をした上で、僕の聞きたいことだけは聞けなかったりしそう。はぐらかすのが上手いんだよな……。最終的に、どうでもいい情報をひとつ掴まされて帰る羽目になる気がする。

 というより、雑貨屋の店主さんからクロイシャさんの名前が出たところから僕があの陰気な店を訪ねるように仕組まれてる気がしてならない。

 僕は商人じゃないので、そういう思惑が見えていたらそれに乗っかるのは面白くない、と考えるのだ。



「それはそうと。そろそろ執務の──この大量の手紙読むのに戻りませんか。あんまりモタモタしてると陽が沈んじゃいますよ。……あ、さっそく意味不明な下りが出てきたんで教えてください」



・・・

・・



「おっと、休憩時間ですね。メリーとダンジョンに行ってきます」


「ん」


「あら、もうそんな時間? 今日も気をつけてね」


「……安全には十分気をつけるように。その銀時計を傷つけない立ち回りをしなさい」


「ええまあ、僕にできる範囲で大切に取り扱ってますよ」


 今のところ、僕はどれだけ傷だらけになっても、時計の方にはまだ傷をつけてない。


「……そういった意図ではないのですが……」


 僕はメリーをだっこしながら、窓から飛び降りた。



「あのひと、どうしていつも玄関を使わないのかしら」










「それは、愛ではありえませんっ!」


「いいや、俺から与えられる愛だとも」



 ……僕が伯爵邸の門を出ようとした、まさしくその目前で。

 なんか、洗濯係のアイリーンさんが、身なりのいい男の人に因縁をふっかけている……。



「むむむ……あっ愛の人! こちらに! こちらにどうぞ!!」


 どうぞじゃないんですよ。

 どういう状況かもわかってないんですよ。

 どうぞじゃなくてまず説めッ……あ、こら、背中を押すのやめ、やっ……やめろぉっ!!

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