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狸みたいな商人さんたちを僕は信頼しています



 あれから、ステラ様とシア様にはお説教をもらった。


「私たちの把握してないところで重要すぎる話をしないで」って言われて、

 いや何言ってんですか全部口から出任せですよ安心してくださいねって説明したら、なんか、それはそれでマズいだろって話になった。


「あなた、どうしてあんな自信満々に適当なことをもっともらしく喋れるの……? 質疑応答の時とか。相手の質問に当たり前のように答えてたじゃない」


「はあ。でも本気で何言ってたか覚えてないんですよね。めんどくさいな早くカウンター打てるキーワード来ないかなーって気持ちでいっぱいでしたし。

 まあでも、なぜかって理由はありますよ。自信ある語り口というのはそれだけで説得力を稼げるからです。自信のない賢人よりも自信しかない愚者に人はついていきがちなんですよ。バカ貴族が突き抜けたバカだとそれだけで変なカリスマ性が生まれるんですよね」


「……なぜそこで理路整然と説明ができるのですか、おまえは」


「ね。あと貴族への毒がまだ全然抜けないわね」


「や、なんて言うのかな……。誤解を恐れずに言いますと、敬意を払うに値しないくせに偉そうなバカが嫌いなんですよ」


「穏やかな口調でとんでもないこと言うのだわ」


 僕はそういうクソバカが嫌いなんだけど、どうも世間はそうでもないらしい。というのも、数多の選択肢の内から自分が選び取ったものが絶対的に正しいなんて確信できる単純な脳の構造をしている奴がいると、それを見た人はそこに自信とかを勝手に見いだしてしまったりするのだ。

 視野が広ければ広いほど、見識が深ければ深いほど、選ばなかったもうひとつの選択肢にも理があることを理解できて臆病になるのは当然の態度だし、その方が会話の相手にとっても誠実じゃないのかなって僕は思うんだけどね。でもコロっと騙される。調子のいいことを言っているだけの相手を信用する。そして気づいた時には手遅れになる。冒険者ギルドの未帰還者はだいたいこれだ。


 そんな姿を見てるとどうも、堂々とした態度というのはただそれだけで強いみたいだ。多少喋ってる理屈に穴があっても、そんな自信満々な理由が何なのかを勝手に考え始めて勝手に納得し始める。

 実際はぜんぜん何も考えてないメリーが、ぼーっとしてるだけなのになんか一目置かれてるのは、その効果を上手く活用しているからだと言えるだろう。なんかもう、レベッカさんとかもはや崇拝の域だからね……。メリーには最強の冒険者って肩書きの相乗効果があるけどさ。


「で、今の僕にはロールレア家の家令って肩書きがあるので、あとは普段通りにしてるだけでいいんですよ」


「口で言うのは簡単だけれど……」



「いやいや。だってダンジョン探索なんかと違って、別に失敗しても死なないんですよ?」



 僕がそう言うと、なんか二人はかわいそうなもの見るような目で僕を見てきた。

 なんですかその目。何見てんですか。僕なにか間違ったこと言いましたか。


「…………重症ですね……」


「このひとには私たちがついてなきゃダメね……」


「え、なんですかその反応。あの、ただの慣れですよ慣れ。王都の頃だって、こういう感じのことは色々とやってきたんですよ」


「王都で何をしてたのよ、ほんとに。……いや喋らなくていいのだわ。とんでもないこと言いそうだし」



 ……いやまあ、でも。

 もし仮にステラ様たちが聞いてることを知ってたとしたら、ちょっと、わずかに、ほんの少しだけ……、舌の滑りが悪くなっていたかもな、とは思う。

 なんとなく、そう思った。




「それはそうと。結局のところ、あなたの目的は何なの? ただ商人に無駄話をしにいっただけではないのでしょう」


「もちろんですよー?」


「……商人に対立関係を認識させ、未だにお父……、いえ、先代領主を支持する相手を陥れるための情報を仕入れるつもり……ですか?」


「……支持する相手を陥れる、かぁ。ムマたち、元気でいるのかしら。……放逐したのは、わたしだけれど」


「……『統治者とは、時に残忍であらねばならない。他者を裏切り、欺く手管もあって然るべきである』。……姉さま。わたくしも、その痛みを──」



「ん? あれ? なんか、ちょっと勘違いしてます?」



 なんか話が変な流れに進んでいる。

 僕は軌道修正をしようと思った。


「失業させた人たちを商人使って一人一人すり潰す、なーんてことやりませんよ。僕そんなヒマじゃないですしね。

 むしろその逆で──旧領主派を派閥としてしっかり形にしようと思いまして」



「……どういうことですか、キフィ?」


「ええと……。順を追って説明しましょうか。

 まず、解雇した人らがどうしているのか。退職金をあげたこともあって、多数の使用人さんは表立ってあなたたちを批判することはありません。もちろん一部は商人と繋がってて何やらよからぬこととか企んでいそうですが、あくまでそれはごく一部だ。組織されているわけではない」


「あなたが『当面の生活費を退職金として出しさえすれば大きな文句は出ませんよ。市民だって退職の時に沢山お金貰ってるって知ったら味方しません』とか言ったんじゃないの」


「ああ、たしかそうでしたね。爆破事件の件と合わせて、なんか忠誠心が高い(やりづらい)人には『戦えないあなたたちには安全なところにいてほしいから』とステラ様に言ってもらったりもしましたっけ。

 そうですね。はい。その時は、派閥を作らせないために色々やりました。その時は」



「……状況が変わった、と?」



「そうですそうです。まさしくそれです。話は変わりますが──あっ変わるって言いましたけどしっかり関係してますからね──今の使用人の質って、前と比べてどう思います?」


「……黙秘します。私は、姉さまの決定を尊重しますので」


「そうね……。あなたが人数が少なくても回るようにって工夫してくれたおかげで、業務の効率自体はそこまで変わらないと思うのだわ。あ、でもビリーは優秀ね」


 はいはい。シア様の黙秘という答えは即ち論外という意味で、ステラ様は甘めの採点だけど業務は何とかこなせてるが一等市民だったビリーさん以外は大体カスと。

 特に毎日洗濯物が破壊されるのとか論外だと。あれのせいで使用人寮を使う人間が少ないと。

 これはまた何とも、貴族的な回りくどいダメ出しだ。


「もう。ダメ出しじゃなくて遠慮したのよ? アイリのことも言ってないし。……何だかんだで、あなたがよくやってくれてるのは私たちだってよく知ってるんだから。でも……正直に言えば、勤務形態には不満があるわね」


「不満ですか?」


「ええ。屋敷への住み込みを禁止して、使用人だけの別館を設置したり、家からの通いで時間を決めて働かせる、という形式になったことよ。夜が不便なのだわ」


 何言ってんだこの人。

 僕は肺の空気全部吐き出すくらい大きなため息を吐いた。


「はーあ…………。夕食までは普通に2交代でシフト組んでんだから夜は普通に寝てください。夜中に使用人を呼びつけるようなことをしないでください」


「な、何ですかその態度は。別にいいでしょう? 私はただ、錬金術の材料を持ってきてもらいたいだけなんだから」


「だから妙なことしないで早く寝ろって言ってんですよ」


「夜って自由に研究できる時間なのよ!」


「うるさいですね……。というか、つい最近に爆破された経験があるというのにステラ様はまたずいぶんと肝が据わってらっしゃいますねー? 雇用した人たちの人物経歴調査も不十分ですし忠誠心だってあるかどうか怪しいんですけど。そんな人らに寝込み襲われたりしたらどうするんですか」


「ふん。そんなの返り討ちにすればいいのだわ」


「何とも勇ましいお答えですねーー。バカ貴族感あっていいですよ今の言葉ー。ところで、僕はこの屋敷を爆破する手段をとりあえず8通りほど思いついてますが対応できますか?」


「ぐっ……。し、シア! この失礼なわからずや執事のニヤついた顔を歪ませてあげなさい! あなた盤上遊技ならこのひとに勝てるもの!」


「……いえ。姉さまのご期待に添えられず申し訳ありませんが、私では対応できないかと存じます。8通りもの悪事は私の頭には浮かびませんので。そして、姉さまはご趣味を少し控えた方がよいかと」


「なんてこと……!」


「はい。そういうわけです。退館時に玄関のドアに施錠して防犯用の魔道具を設置することに利があることが勇ましいステラ様にもご理解いただけましたかねー?」


 僕はステラ様の業務改善提案を退けた。安全配慮の面から却下すぎる。

 ……それに、使用人という立場の人にもプライバシーや家庭生活があるべきだろう。

 住み込みで働かせるというのは、人生の大きな部分を仕える相手に依存させる行為であり、仕事と私生活の境目が曖昧になる。

 もちろんそれは何も使用人に限った話じゃなく冒険者も商人も何なら貴族自身も当てはまることなので、この世界では僕の感覚はとても少数派なんだろうけど。


 僕にはそれが、どうにも不健全に思えるのだ。


「ワークライフバランス。考えていきたい」


「……また妙な呪文を唱えましたね。それよりもキフィ。おまえは使用人の質を問題にしておりますが、人物調査は十分に行っていたでしょう。あれで不十分なのですか?」


「もちろんです。この迷宮都市は人の出入りが激しいですからね。何人か──あっパッと名前出てこないまずいな──ええと、何人か冒険者上がりもいますし。他の領地で何やったのか、とかは全然追い切れてませんよ。この国には哲学者たち(変なカルト集団)があったりするので、それはやっぱり不安ですよね。

 一方、この都市から動いてない市民の人は安心できるのかって話になりますけど……そもそもの話をしますと、市民権を持ってる人だって果たしてその当人なのかって保証もできないんですよ。一等市民は難しいですけど、二等三等あたりの市民権の改竄やら売買とかって結構メジャーな汚職ですからね。貴族様側としても、税さえ取れれば問題ないって黙認がある」


 戸籍管理事務も僕らの──というか僕らが任命する行政官の仕事としてある。しかしながら、監督しきれないのが現状だ。先代領主オームと繋がりが深い人間も中には混じっているんだろうけど、この都市の行政官を全員一度に退官させて一新するってことは無理だし後回しにしている。

 行政サービスの停止は、屋敷の使用人の人事とは違ってこの都市のすべての人間に直ちに大きな影響がある。下手なことはできない。


「冒険者身分になれば領地間の移動も結構簡単にできますし。戸籍管理ってどこもガバガバガバナンスなんですよ」


 ちなみに、僕は灰髪なので市民権の売り買いとかやっても普通にバレる……。周辺から苦情が来るのだ。二等市民の権利を得て悠々自適にメリーと暮らす、なんてことはできないのだった。……いやまあ、メリーが冒険者をやる時点で僕にその選択肢は存在しないわけだけども。



「……市民権の譲渡ですか。……悩ましいですね……」


「ん、問題ですかね? 別に税取れるならいいのでは?」


「……賦与した権利を、金銭で取引できるものだと認識されること。それが問題なのです」


「はあ。ピンとこないですが……んー、まあ取り締まるなら……そうですね、まずは厳罰化かな。『全身の皮はいで塩と薬草擦り込む』とか書いとけばやる人減りますよ」


「却下っ!」


「そうですか。効果ありますけど。死にませんし。別件で捕まえた犯罪者をひとりふたり見せしめにすればいいかなーって」


「却下に決まっているでしょう! もう、やめて頂戴。あなたの冗談は表現がエグいのよ」


 そうかな……。僕の隣にはもっとずっとエグいことする子がいるんだけどな……。


「……それに、その方策で効果があるのは犯罪行為の抑止であって犯罪者の検挙ではありません」


「んー……。それなら市民登録してる人全員に《鑑定》かけてスキルとステータスを毎年記録して照合すればいいんじゃないですかね?」


「へえ、面白い案ね」


「……しかし、個人のステータスの鑑定には、《魔術》スキルだけではなく、高い魔力と《高度鑑定》スキルが必要となりますので。当家では数年に一度、王都紋章預かり鑑定官に鑑定及び証明証を依頼していました。需要が高い職業です。鑑定官を確保したとしても、この都市の市民全てを鑑定させることは難しいと思われます」


「そうね。面白い止まりかも。鑑定料はともかく、時間もかなり必要になりそうよね」


 鑑定士とか鑑定官とか呼ばれる仕事の人は、他人のステータスを覗いて書き留めることがその職務内容となる。いい仕事に就こうとするにあたって証明証を発行してもらったりするらしい。そこで鑑定料貰って生活してるって聞いた。

 確かに『仕事にどれだけ時間がかかるのか』って観点は大事だ。パパっと鑑定スキルを発動するだけならともかく、それを書き留めるのにも時間がかかる。

 該当のスキルを持っていない人にはそもそも仕事ができないから能率が上がらない。


「でも、大きな都市の冒険者ギルドだとだいたい一人か二人は抱えてるイメージあるんですけどね。Cランク以上に昇格しようって時の査定でだいたい鑑定の人が来ますし。

 鑑定士ってもっと当たり前のようにいるものかと思ってました。石投げれば当たるかと」


「それは、冒険者ギルドが特殊なのよ。逆に、私としてはそっちの方が驚きなのだわ」


「はあ。特殊だと思われていたんですか。じゃあなんで冒険者やろうとしたんですかね……?」



「面白そうだったからよ。──だって、あなたとお揃いだものね!」


「……ええ。姉さまの言うとおりです。……私たちは、おまえのことをもっと知りたいのですから」



 そう言って、ステラ様とシア様は微笑みを浮かべた。

 太陽のように眩しい笑顔と、月のように幽やかな笑顔と。

 どっちも僕にはできない笑顔だな、と思った。




「……まあ、その、とりあえず戸籍の件は保留で。一朝一夕で解決できないし憲兵隊にも話をつけるべき案件ですしね。

 『使用人の質』に話を戻しましょう。カスです。忠誠心も団結力もないです」


 僕はスッと話題を変えた。

 すると……メリーが僕の方を面白いものを見る目で見ている。……なんだよ。別に面白くないでしょ。ほっぺつつくよ。


「じゃあどうするか。洗脳で忠誠心を植え付けるとかは非人道的なのでダメです。忠誠心よりも、やりやすいところ──団結するにはどうすればいいかを考えましょう。

 団結するにあたって、目標というものがあると便利だ。たとえば冒険者は、強い魔獣と戦うに当たって臨時で人を募集したりする。で、魔獣を殺すまでは上手くパーティとして機能したりします。まあ、ぶっ殺した後は誰が分け前多く取るかとかで第二ラウンド始まったりするんですけどね」


 僕はメリーのほっぺをつねりながらたとえ話をする。


「たとえが惨いのだわ」


「ロクでもない連中の集まりなんで冒険者活動とか間違ってもしないでくださいってことですよ」


 まあでも、逆に言えば、そんなロクでなし共さえも目標を達成するまでは団結することができたということだ。



「──これは、敵の存在が団結するにあたって有効であることを示しています」



 トレイシーさんの一件。

 関係の悪い隣領のスパイが同僚にいるという状況は、そういう意味で結構上手く機能していた。


 トレイシーさんには申し訳ないなーって気持ちです。いやまあ、彼女の過ごしづらさについて、それなりに便益を図っていたつもりだけどさ。休憩時間を多めに確保したりとかね。

 彼女の存在は、実に便利だった。



「状況が変わったんですね。次の敵役が必要になりました」



 だけど、残念ながら彼女はもういない。

 ……都合よく利用しておいてなんだけど、元気だといいなって思ってはいるよ。



「……おまえ、まさか……?」


「はい。旧領主派閥、すごくちょうどいい相手ですよね」



 現状の彼らの勝利条件は『失踪した先代領主オームを捜索し、領主の座に戻ってもらう』と言ったところだろう。

 しかし、あいつは燃えるゴミになって死んだ。いくら探したって見つからない。そうなると次善策として『ステラ様とシア様を懐柔し、僕らを追放する』になる。


 ──彼らが敵だと考えるのは、僕だ。間違っても、ステラ様とシア様を敵にはしない。


「……敵、なのね?」


「敵役です。『役』ですよ役。こっちから相手を傷つけたりはしません。ただ派閥が存在すること、それだけでいいんです。使用人の皆さんに『いつ取って代わられてもおかしくない』という危機感を持ってもらうことが重要ですからね」


 目的は派閥意識の醸成だ。

 僕を含め、今のロールレア家の家臣団は統制がろくに取れていない、何かを求めてやってきた個人の集まりだ。

 団結をしなければならない理由が薄いし、即席で呼び集められたこともあって自分たちが忠誠を向けることの──最低限忠誠心があるって態度を取ることの──意味が薄い状態にある。


「僕が商人さんの会合に出た理由は、旧領主派閥を派閥として確立させることにあります。だって、そんな派閥があるってトップ2が公言したんですよ? まあ実際にあるのかどうかは僕も知らないですけど、それだけで派閥が存在することになります」


 まあ恐らく、ロールレア家の元使用人って立場を商人に売り込んだ人は何人かいるだろうとは思う。商人は情報にも値段をつける。というか、正確な情報というのは本当に貴重だ。

 14歳の女の子ふたり(ステラ様とシア様)がどんなものが好きか、何が嫌いか……というごく私的な情報だって、この封建社会では千金に値するものだ。

 元使用人が浮いていることを明らかにしたので、ウチのギルドに加えようって動きも出てくるだろうね。



「その上で、商人さんがいいもの作ろうと動いてくれるでしょうね。ありがたいことですねー」



 ──だって、商人は一枚でも多くの貨幣を稼ごうとするからね。

 商売は需要と供給だ。敵の存在は需要を生む。

 扱ってる商品をより高く売りつけるために、海千山千の狸さんたちは面従腹背は当たり前だ。

 僕は彼らを信頼している。大都市のギルドでトップをやってる彼らの腕を信頼している。



「……しかし、キフィ。おまえの立ち回りの意図は理解しましたが、派閥の実体はない方が都合がよいのでは?」


「いやいや。こっちの裏工作に力を回してくれた方がありがたいんですよ。

 僕らは、帝国の人たちのために食料も集めないといけないんですから」


 どれだけ時間や労力が必要な仕事なのか、というのは重要な観点なのである。仕事Aをしているときに、仕事Bには手を出せない。


 現在迷宮都市デロルでは食料品が動いている。そうなれば、食料品を取り扱う各商業ギルド内で会議をして、利益のために権力でぶん殴られない範囲で値を吊り上げようとするだろう。

 ──しかしながら。商人の多くが知っている、灰髪の若造が漏らしてくれたロールレア家の揉め事に介入することと、いったいどっちが会議で優先される案件だろう?

 この機会にうまく立ち回ることができれば、目先の利益よりも大きな──紋章を授与され、購入することが難しい権威を買うことができる可能性がある。



「その上、商人さんたちの会合もサボりましたしねー。いい仕込みになったんじゃないかなーって」



 彼らにとって、まあ多分僕はいけ好かないヤツだろう。商人は利で動くが、情の論理もあった方が動きやすい。商業ギルドの上から下まで利益だけを考えるなんてことはなく、人間関係とかでごたごたしているわけだから。

 僕のサボりは、商人を軽視する態度に映ったんじゃないかな、と思っている。そんな相手だ。敵を作る裏工作をして、結果僕が追い出されてもまあいいだろと考えるんじゃないだろうか。

 いや、実際のところどう考えてるのかは知らないけど。

 王都にうじゃうじゃ生息していた狸みたいな商人さんの習性を考えたら、動物行動学的にまあ外してはいないんじゃないかな。


「……サボり? 待ちなさいキフィ。その報告は受けていません」


「え? ああはい。途中経過でしたしー」


 いやまあ、正確にはサボってからどうしようどうしようって寝る前に考えて思いついたことだけど。とはいえ前後関係は大した問題ではないだろう。結果どうなったか。それが一番大事だと思う。いやそうでもないけど。過程って大切だけど少なくとも今の僕は結果至上主義である。

 それに、ひょっとしたらあの時の僕は無意識にこの絵図を思いついていてカナンくんと虐待けいこを受けたのかもしれない。その可能性が高いんじゃないかな。そう考えたらなんかそんな気がしてきた。


「まあつまりですね? 最初から最後まで、僕はこのために動いてたんです」


 僕は目を泳がせながら断言した。



「……ここまで来ると、どこから、何を叱ればいいのでしょうか……」



・・・

・・



「……まだ何か隠してないかしら? あなた、いつもお喋りなくせに、大事なことは喋らなかったりするのよね」


「大したことはないですよ」


「……これは何か隠していますね」


「いや、まあ、別に? それに、仮に僕が何かを隠していたとしても聡明なお二人ならばすぐにご理解なさるかと思いますしー?僕はご主人様の能力を信頼しておりますーー」


「その間延びした口調がまたムカつ……シア?」


「……! ……今の言葉、もう一度繰り返しなさい」


 シア様が目を見開いた。透き通った青い瞳が僕をじっと見据える。


「ええと、僕の隠し事とかすぐに──」


「違います。おまえは『仮に僕が何かを隠していたとしても聡明なお二人ならばすぐにご理解なさるかと思いますし。僕はご主人様の能力を信頼しております』と言いました」


 え、何……?

 一字一句誤らずに復唱したの怖いんだけど……。

 ステラ様? どうなってんですか? 僕はアイコンタクトをした。……だめだ、ステラ様も妹様の行動に驚いている。


「え、あ、えー……? か、かりにぼくが──」


「その下りは割愛して構いません。『僕はご主人様の能力を信頼しております』。繰り返しなさい」


「ぼ、ぼくはごしゅじんさまののうりょくをしんらいしております……?」


「………………紅茶を。紅茶を淹れてまいります。エルタイラーでいいでしょう」


「えっ? し、シア……? それ来賓用の最高級のやつでしょう? もう残り少ないわよね?」


「……存じ上げております」


「でしょうね……? あの、お姉ちゃんを置いてけぼりにしないでほしいのだけど……!?」



 足早にケトルを取りに席を立ったシア様を、ステラ様が慌てて追いかけていった。

 なんかよくわからないけど。お二人とも、転ばないように気をつけてくださいね。



「よい」


「何が?」


「とてもよい」


 メリーさんがぽそぽそと言っている。

 うん、まあ確かに──慌ただしいけど、ええと……、悪くはないけどさ。






 ……あとは、まあ。ほんと大したことじゃない。

 住み込みで暮らしていた前の使用人たちにとっては、ロールレア家での生活は仕事の領域を超え、人生の一部であったわけで。


 正直、僕としては知らない人が見えないところでどーなろうとどーでもいいけど、元使用人の生活が悲惨なものになったって知ったら、二人が悲しむと思ったからさ。

 ほんと僕にとっては知らない人たちで、知らない人のQOLがどうとかは考えるだけどうでもいいことなんだけど、ステラ様たちからすればそうじゃない。

 ……時折、ほんの少し寂しげな顔をするのを、僕は執務室の中で見ている。その悲しみを和らげてあげたい、くらいのことは僕だって考えるのだ。



 旧領主派というコミュニティを作る。

 そこには経験を同じくする集団と、僕らにぶつけ合わせることを企てる商人からの経済的援助がある。

 商人にロールレア家の情報源が浮いていることをアピールしたのは彼らの再雇用にも繋がるだろう。

 退職金も用意してたし、少なくとも金銭的な不便なくこの都市で生きていくことはできるはずだ。



「ま、どこまで上手くいくかだけどね」



 上手くいかなきゃ、その時はその時。また別の手を考えよう。

 華やかな紅茶の匂いが漂う執務室で、僕はそんなことをうとうと考えた。








 ルクロウ領バルク男爵家──ロールレア伯爵家への表敬訪問てきじょうしさつの先鋒を務める家がその態度を軟化させた理由に、派遣した家臣からの連絡が等しく絶えたことにある。

 タイレル王国における通信手段は、帰巣本能を利用した伝書鳥による手紙の送付だ。その特性として、返信することができない。

 動物の習性を利用しているため、必ずしも全ての手紙が届くわけではない。そのため、同一の内容を二回、三回と送付する。


 ──だが、一通も届かないという状況は異常だ。


「兄上もお人が悪い。王都で商売を済ませてきた俺に、次は戦地の視察をしろという」


 アルマン・ディ・ド・バルク──バルク家の次男は、現当主の兄の命を受けてデロル領を訪ねた。



 彼が商売で取り扱っていたものとは、奴隷である。

 アルマンは王都の店から奴隷を──彼流の表現をすると、哀れなる少年少女たちを──買い上げていた。


「まったく、質の悪い店ばかりだったな。あれが我が領地であれば、あんな店を許しはしないというのに」


 タイレル王国では奴隷身分は廃止、奴隷という存在を公的に認めてはいない。

 しかしながら、人足の需要はいつの世も存在し、それはルクロウ領の特産品のひとつでもあった。



「その点──あの仮面の少年少女たちが王都の店を焼き払っていたことは、いささか痛快ではあった」


 放火は重罪である。それも、国の中心たる王都で、白昼から日暮れにかけて行われた極めて大胆な犯行である。

 おそらく彼らは捕縛され、今頃は縛り首にでもなっているのだろう。

 無軌道な放縦、その一言で表現できる蛮行だった。


「悲しきことだ。世界は眩しく輝いているが、哀れなる彼らに光が注ぐことはなかったのだろう」


 タイレル王国北方に位置するルクロウ領は痩せた──すなわちダンジョンが存在しない──土地である。その地で暮らす人々は自然、人の体で商売することを考え、娼婦や奴隷の存在を認めることになった。

 歴史の浅いバルク家の起こりは、すなわち北方に位置する小さな暗黒街の顔役であった。

 帝国派貴族となった理由の多くに、帝国に奴隷制度が存在することにある。

 もっとも、厳しい環境で強者が弱者を保護するために生まれた帝国の奴隷制と、王国における奴隷の取り扱いには大きな差があるが。



「ふむ」


 大通りで、身なりのいい少女が俯いている。

 アルマンは、ほんの僅かな逡巡の後に少女に声をかけた。



「うら若きレディ。その表情は君には似合わないよ。少年少女はみな、笑顔であるべきだ」



「……ど、どちらさまですか……?」


「俺はアルマン。アルマン・ディ・ド・バルクだ。ルクロウ領という北の外れの次男坊さ」


 少女は、アルマンが名乗るなり身構える。


「他領の方が、当家に──……いえ。ごめんなさい男爵さま」


「ほう? 今の名乗りで俺が男爵だとわかるのか、君は」


「……はい」



 そうして、アルマンは彼女から話を聞いた。

 彼女の名はムマ。元々はロールレア家の接客嬢パーラーメイドを勤めていたが、先日一斉に解雇され、今は退職金で暮らしているのだという。

 理不尽なことだ。住み込みで暮らす彼らは、家から離れて新生活を探すことに苦難を伴う。


 しかしながら、彼女は雇い主を恨んではいないという。

 アルマンは兄に報告するための手紙を書きながら哀れな境遇にある彼女に同情し、評判のよい宿屋を教えてもらって別れた。

 彼の話術と涼やかな外見を以てすれば、ロールレア家の内情を更に探ることは容易ではあった。


 しかしながら──弱者に付け込むのは、彼の美学に反するのだ。

 弱者は慈しみ、愛するものである。


「しかし──面白いじゃないか。まさか俺と、このデロル領の領主が同じ美学を持っているとはな」


 アルマンは、宿で荷を降ろしながら呟く。


「相手を教育し愛を与え、存分に依存した相手をある日解放し、外の世界に触れさせる──離別に苦しみながら、それでも彼女は彼女の新しい生活を送ろうとしていた。

 ああ、素晴らしいッッッ! 兄上には悪いが、実に、実に気が合いそうだ──!」


 アルマンは不意に、王都で出会った仮面をつけた少年少女を思いだしながら、現ロールレア家当主の所業を賞賛した。


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《鑑定スキル》


自分自身のステータスは念じればいつでも閲覧することができるが、他者に自分のステータスを証明するためには鑑定士の存在が必要になる。

その種の鑑定魔術には高度な技能が要求され、使える者の数は少ない。鑑定証を発行するために、鑑定士は鑑定スキル以上に筆記技能が求められる。

デロル領の市民全員を鑑定したら間違いなく腱鞘炎になる。引き受けてはもらえまい。


他者の介在する余地が薄い、属人性が高すぎる仕事である。

属人性の高い仕事に溢れた社会は停滞する。ノウハウの蓄積がなく、優秀な個人が職を離れたときに白紙に戻ってしまうためだ。

タイレル王国の社会は(その時その時の個人の能力によって上下の振れ幅は大きいが)一定のレベルを維持しつつ、1000年の時を迎えようとしている。


なお、ダンジョンの危険度を測定する《簡易鑑定》は初心者にも使える魔術である。必要は発明の母であり、冒険者ギルドは人員をいたずらに失わないために最優先でこれを開発する必要があった。


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[一言] キフィナスさん絶好調! 奸智とはまさにキフィナスさんのためにある言葉ですね。 犯罪者の皮をはぐと言ったすぐあとに、犯罪者ではない使用人に対しては「洗脳は非人道的だからよくない」のしれっと言…
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