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魔人と語る


「〽 tala tata tali tata tala tata li la ...♪

 純白無垢の その名は■■■■■

 見目美しく 心も麗しく

 まなざしは 甘くふるわし

 ささやきは 熱帯び絡みつく

 tala tata tali tata tala tata li la ...♪


 傾国の美女──女の色香は男を狂わせ、国を狂わせ、運命すらをも狂わせるものでありますが。しかして、当の本人様にゃアなんら思うところもないナンテこともザラにございます。そいつは悲劇ちうヤツなんですが、行きっすぎると喜劇になる。

 城塞公国バランモーア、人口はイチマンとニセン、みーんな等しくムクロになった、その原因がこのお方。

 蝶よ花よと育てられ、白雪のごとくなり成った、御年おンとしジウロク(16)の姫君にございます。


 白雪のよなお姫様、手つき足つきたおやかに、老若男女は彼女に狂う。恋は盲目愛は熱病、気づけば崖ふち足元ゆらぎ、ひとりふたりと落ちていく。ぐりっと(glitter)まん丸瞳に映る、男も女も皆浮かれ、気づけばそこは崖の下。

 テラスの端からちらりと見える、白き柔肌ひとめ見ようと身を乗り出せば、ふたりさんにん落ちていく。

 信仰篤く善良で、虫も殺せぬおひいさま。

 騎士団長も大臣様も、王子も后も王様も、みんな彼女に溺れてもがく、純真可憐なお姫さま」


 ビワチャの、独特なリズムの語り調子を以て紡がれる物語。細い指が弦を舐めるように滑り、優美な音を響かせる。

 その演奏の技術は、永年の研鑽を積んだものであり──技術だけならば、他の追随を許さない。


「白い髪した白い姫。当然、魔力はありゃしません。

 しかし女というイキモノは、まなざしひとつで魔法をかける。ここにお集まりの皆みなサマも、魔眼にヤラレタ経験はおありでございやしょう?

 そこに甘い声、優美なしぐさ、そして愛情深き振る舞いときたら! 国中が、ひとりの女に夢中になるのも肯けると言ったモンです。


 彼女は、どんな相手でも──処刑を待つ罪人どころか、醜い灰髪の乞食すら、慈しむ心があったのですから。

 相手の心根に、感じ入るものが少しでもあれば。彼女は、それを愛しました。

 ああ!なんと麗しき公国の姫! 愛される彼女は兄弟姉妹に囲まれて、いつの間にやら、トントンっとした拍子に王位を継ぐこととなりました。

 エエ、ハイ。彼女を愛する者たちによって、王の位まで引き上げられたのです。


〽 lila li la li ti ti la, はたして望んでいたのやら

 愛を与えし乙女 愛により禍をまねく

 すべては眠る間 白き娘の手足は白く

 赤く血塗られた 玉座への道はひらく


 Cattles love, Littles love, Rattles love, tila tata

 はたして望んでいたのやら

 はたして望んでいたのやら──」


 酒場の人々は、グラスに注がれた酒に手をつけながら、あるいは酒の肴に手をつけながら、詩人の演奏を聴いている。

 ビワチャの弦は、止まらない。




 銀の扉をくぐっての最初の感想は『ああ、やっぱりな』だった。



「お待ちしておりましたわ」



 タイレル王国のそれとは建築様式からして異なる、木製の町並みにて。

 僕らは、白い髪の女性に挨拶をされた。

 ……ほんの少しだけ青みがかった白い髪。僕と同じで、魔力が薄いことを示す髪色だ。


 人は衰えると、髪の色が褪せていく。

 加齢によって魔力を失い、それに応じて力が衰えていく。

 彼女の髪色は、老人のそれと変わらないように見える。……生まれついての体質だろうか?


「わたくしは、スノーホワイトと申します。この地、バランモーアの主です。ようこそお越しくださいました。異邦からお越しの、遠き時をお過ごしのみなさま」


「……? どういうこと? ダンジョンの主は? あなた、冒険者じゃないの?」


「ぼうけんしゃ? ……ああ、迷宮に挑む勇士を、あなた方はそのように呼んでいるのですね。わたくし、戦う力は持ち合わせておりませんけれど……勇士のご活躍は、胸躍るようにいとおしく思いますの」


「……スノーホワイト。あなたが、このダンジョンの主ということですか」


「そのようですわよ?」


 スノーホワイトを名乗る女性は、どこかとぼけた回答をしながらくすくすと笑った。

 その姿は、何やら僕の心をざわめかせる。

 僕は何か言いたげなステラ様とシア様を隠すように一歩前に出た。


「朝みをかくし。夕にあらわる。生けるもの皆すがたを変える。……わたくしの問いかけに、お答えいただきありがとうございます。


 答えはむくろ。残るは、むくろです。

 生命の終着点は骨で、ほかには何も残らない。きらきら輝く生も、みじめで悲しい生も、勤勉も怠惰も。ただ、終わりに白い骨を晒すだけなのですわ。

 ……新たな生を受けて、わたくしはそう思い至りましたの。


 みなさんは。わたくしよりも、年若く見えますけれど──うふふふ、その問いに答えられるのですもの! きっと仲良くなれますわね。

 ですから……、お友達になりましょう?」


「やー、その前に確認しなきゃいけないことがあるんですよね。知り合いってのは十分に選ぶべきだと思うんですよ。じゃないと余計な心労が重なる。友達ならなおさら。二次選考、三次選考くらいは必要じゃないかなーって。厳正に、身元調査からじっくりして──。

 まあ、つまり何が言いたいかっていうとさ。あんた魔人だろ?」


 迷宮問題リドルを見た時点で、いると思ってたんだ。

 僕は銀の扉をくぐるたび、何もいるなよと祈る。

 その中でも……とりわけ最悪なのが魔人だ。知性を持って人格があって、だから話ができて、それなのに徹底的に僕らを殺そうとする存在。


 僕らがダンジョンの最深部で出会った魔人たちは、思い返す限り、誰もみな敵対的だった。

 そりゃそうだろうとも思う。彼らにとっては僕らって自分の住居に勝手に踏み込む侵入者。自分を害すること自体が目的でそもそも話が通じる相手じゃない。……彼らは知性を持ち、人格を持つひとつの生命なわけで、まあ僕だってそういう判断をする。

 僕とメリーは、ダンジョンコアを破壊するために──そんな彼らを踏みつぶしてきた。メリーは無言で。僕はそれに付いていって。



「僕らはこのダンジョンを壊しに来た。目的は、幼なじみ、メリーのご機嫌取りに。ダンジョンのことが気になってしょうがないっていうド素人の困った上司様を引き連れてね」


 今回だって、これまでと同じだ。

 なんか後ろから抗議の声が聞こえるけど無視して言葉を続ける。



「そんな僕の勝利条件と、魔人であるあんたの存在は真っ向からぶつかってるんだよね。仲良くなれると思う?」



「なれますわ」



 即答だった。


「迷宮を壊されてしまうのは、困ります。

 だって、ここは、わたくしにとって想い出深い地ですもの。……むくろさえも、遺ってはいないけれど。

 だけど、仲良くはなれるはずですわ。

 だって……、うふふふっ。あなたは誠実ですものね?」


 ──ざわつく。

 ユキウサギのような赤い目が、僕の内側を見透かすような目が、僕の灰色の目をじっと見つめている。


「……僕が誠実? また面白い冗談が来たな。僕は──」


「あなたは、ここに来た目的をお話ししてくれましたわ。

 わたくしをしいするのなら、黙って刃を向ければよかったのです。

 それなのに、あなたは対話をしようとしてくれていますのよ? それは、あなたが誠実なひとだからです」


 ……神経に張り詰めろと命令しても、どこか弛緩した感覚がある。

 反論はいくらでもできる穴だらけの推論を勢いで押し通す。そういう人を見ると、僕は『危なっかしいひとだな、バカなのかな』って思う。

 バカなのかなって思うんだ。だけど、こういう危なっかしい、前のめりな態度を見ると、……僕は、何故か毒気を抜かれてしまう。

 ──ここはダンジョンだぞ。相手は魔人だぞ。ステラ様とシア様だっているんだぞ。そんな単純なことを言い聞かせなきゃいけない時点で重症なのに、こんな隙だらけの相手にそんなこと言い聞かせてる自分がバカに見えてくるんだから困りものだった。



「わたくしには、目的があります。胸の内に燃える、ひとつの目的が。

 かつての過ちを──今度こそ、間違えないと!

 わたくしの第二の生は、そのためにあるのですわ。新しいお名前といっしょに、出来レースの駒になれと命じられましたが、そんな些事に関心はありませんの。

 ですから、あなたたちに敵対はしませんわ」



 ……ああもう、やりづらいな!

 なんか僕の背中で、ひそひそと二人が話をしている。あ?「キフィナスさんってこゆとこチョロいわよね」じゃないんですよ。あっちょっと!僕より前に出ないでください!

 相手は何してくるかわかんないんですから!


「あなただって。もう、そんなことしないって思ってるんじゃないかしら?

 さて──こちらからも名乗らせていただきます。私はステラ・ディ・ラ・ロールレア。このダンジョンが生まれた土地で領主代行をしているわ」


「……私は、領主代行補佐。シア・ラ・ロールレアと申します」


「まあ! お二人は姉妹ですの? そうですわね、髪と目の色は違っても、お顔はそっくりですものね。

 わたくしにも、お姉さまと妹がおりまして──」



 それから、三人はきゃいきゃいと話を始める。正確にはステラ様と魔人スノーホワイトがきゃいきゃいして、シア様は一歩引いた距離からそれを見ている。

 ただ、シア様にしてももう、彼女を害そうという気はなさそうだった。

 はあ……、僕はため息をつきながら、側にいる幼なじみをちらっと見た。


 メリーは、ひどくどうでもよさそうにしていた。



「それでは──わたくしの第二の人生、初めてのおともだち。どうか、この街を案内させてくださいな!

 わたくしの大好きなひとたちが暮らしていた、素敵なこの街を!」


「ほんとう!? ……実は、わたしも見て回りたかったの! だってこの街、建物の作りからして違うんですもの! 知らないことを知ることは、いつでも楽しいことなのだわ」


「……姉さまにご一緒します。……おまえはどう思いますか?」


「ええと……、メリー?」


 メリーは無反応だ。

 少なくとも、今この場でただちに目の前の女性をぶち殺そうという気はないみたいではある。

 ……ステラ様とシア様は、力を見せた今もなお、メリーのことを怖がらないでいてくれる。メリーが何をどこまで考えているのかはわからないけど、二人の信頼を失いかねない行為を慎んでくれて良かった、と思った。……魔人とはいえ他人の命の心配よりもまずそっちを心配する自分の倫理観はどうなんだろうね、とも思った。

 僕はついていってもいいよ、と小さく頷いた。代わりに僕が気を張っていればいい。二人に危害は加えさせない。



「まずは城下町! 鍛冶屋さんからご案内いたしますわ。

 親方のジョンスミスは、見た目はほんのちょっと怖いけれど、とっても優しいんですのよ」



・・・

・・



 それから。

 まずスノーホワイトは、街の表通りの店から裏通りの店まで一軒一軒、店主の名前と特徴と、そのお店のセールスポイントを僕らに紹介した。

 そこには誰もいない。紹介された物品だって、ほとんど残ってはいない。それでもステラ様は聞き上手で、色々なことを尋ねていた。

 楽しそうに──だけど、どこか寂しげに紹介をしていた。


 次いで、この街の景色を見た。

 天候を操作する魔術式の──王都でも使われてるやつだ──おかげで、この街はいつも晴れている。

 街の真ん中にある大きな樹。そこの木陰から見える、夕暮れの影が伸びていく景色がたまらなく好きなのだ、とスノーホワイトは語った。

 それなりに時間をかけて紹介を受けていたのに、この世界の太陽は中天からずっと動かないようだった。


 それからまた、色々と巡り──。

 ついに、王城まで来た。

 僕らは静まりかえった長い廊下を抜け、玉座の間へとたどり着く。不思議と、スノーホワイトの口数は少なかった。


「おつきあい、ありがとうございました。

 とっても──とっても楽しい時間でしたわ」


「こちらこそ、スノーホワイト。あなたの街は、すごく素敵な街ね。あなたも為政者として、この街を愛し、愛されていたんだなって思ったの。これから領主になる身として、あなたの姿はとても尊敬できるものだわ」


「…………いいえ。そんなことはありませんのよ。ステラ」


 その言葉に、彼女は表情を曇らせる。

 口をもごもごと動かし、言葉にならない呟きをした後、何かを決意したように玉座まで歩いて、


「地上の、遠き時をお過ごしのみなさん。

 わたくしの臣下おともだちとして。

 ──世界がもうすぐ滅びるまで、ずっとここで過ごしませんこと?」



 魔人スノーホワイトは、泣きそうな笑顔で言った。









「──ああ、ですが。ですが皮肉なことです。

 周りが不思議と病に伏して、王とならんとする少女。彼女はある夜、いつもならぐっすりと寝ている夜に、見てしまったのでございます。

 愛する妹が、愛する姉を突き落とす姿を。

 愛する兄が、愛する妹の首を絞める姿を。

 愛する父が、愛する兄を手に掛ける姿を。


 心麗しき彼女は、心麗しくあれと呪われた彼女は、心みにくきを許さないことを決めました」



 酒場に響く音はもう、ビワチャの語りしか存在しない。

 誰も彼もが、彼女の指先と口元に注視していた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ビワチャさんの歌の後に続くようで最高ですよ!! でもビワチャさんはどうやって他の魔人達の生い立ちを知ってるのかな? [気になる点] やっぱり魔人には心の炉があるのかな? しかもそれは燻…
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