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迷宮問題(リドル)



「……あ、なんか冷静になってきた。冷静になってきたのだわ。なんでわたし、魔導詠唱機(あの子)使い捨てちゃったのかしら。すっごく惜しくなってきた」


「知りませんけど……」


「知りません、じゃないわよ。あなたのせいなんだからね?」


 なんで……?


「だって……、いつになく、らしくない態度なんだもの。じゃあ、やってやるかってなるじゃない? まあ、詰めは甘かったかもしれないけれど……」


「……はい。おまえはいつも、いつでも、その戯けた調子でいればよいのです」


 あれ? なんか貶されてるぞ?

 いやまあ、自覚はあるけど。というか自覚しかないけど。


「……自覚があるのに直さないのが悪いのです。もう少し普段から──」


「いえ? 直さなくても僕は困りませんし?」


「そういうところよ。ほんとそういうところ。そのゆるい顔を見てると、勿体なく思えてきてしょうがないのだわ」


 後悔はないけれど。

 ステラ様は、ぽそっとそう言った。


 凶鳥ベリアルムスタングの群れを打倒し、曇天の荒野にはすっかり静けさが戻っていた。


「引き続き、僕が先行します。ある程度の安全は確保されたと考えてもいいでしょうけどね」


 一般的に語られることとして──あくまで一般なので例外は常に存在する──《強い魔獣は並び立たない》という言葉がある。

 ダンジョン内にも生態系が作られていて、頂点捕食者と被食者が存在する。魔獣とかいうのはダンジョン内に突如湧き出てくる謎の生物なんだけど、謎の生物って言葉の通り生物ではあり、生き物である以上生命活動を維持するためにはエネルギーが必要となる。

 時々やってくる冒険者ごはんだけじゃ賄いきれるわけもなく、ダンジョン内でも生存競争らしきものをしている。

 この辺は冒険者ギルドも詳しい。いわゆる有用な迷宮資源と呼ばれるものには、金兎の毛皮とか魔獣由来のものなんかも当然含まれるわけで、注視しているダンジョンなんかだと生態系について詳しく研究されていたりする。

 正直その辺りって僕らとは無関係な知識だと思ってたけど、領主様の家来となるとその辺も勉強しておかなきゃいけないんだろうなぁ……。まあ、勉強は結構好きだからいいけど、時間をどう作るかな……。



「……そこの岩に、何か文字が書かれているようですが」


「あ、コレね。なになに──」


「触るな! ……えーと、失礼しました。よく見つけましたねシア様。お二人は、一旦離れてください。僕が読みます」



 ──僕の考えるダンジョン攻略の鉄則とは『まともに付き合わないこと』だ。


 ダンジョンとかいう空間は胡乱だ。人によって色んなこと言う。神の福音だの悪魔の住処だの星の記憶だのさまざま言うけど、実態がどんなものなのかは僕は知らない。

 ただ言えるのは、そこには何らかの規則的なパターンが遺されていることがある。人が暮らしていた痕跡があるものを指して、文化資源とか呼んでる。

 しかし、それはあくまで僕らに向けたものじゃない。冒険者は、そこに押し入る部外者だ。盗掘者だと言ってもいいかもしれない。僕らに向けたメッセージなんてものは、本来存在しない。


「……はあ。やだなぁ、ほんとやだなぁ…………」


 ──本来存在しないはずのモノ。

 ダンジョンの侵入者へと、何かを問いかけるメッセージは……時折、見受けられる。

 見落としたわけじゃなく、見たくなかったと言った方が正しい。


 それは()()()普段(・・)使っ(・・)ている(・・・)言葉(・・)()、血のように赤い文字で、


「そはいかに。

 朝みをかくし、夕にあらわる

 生けるものみな、姿をかえる

 そはいかに」


 と、書かれていた。



 ──迷宮問題リドルと呼ばれる、厄介なダンジョンであることを示すサインだ。





「……よし。読み上げても何も起こらないな。あ、ステラ様。読んでもいいですよ」


 声を合図に、ステラ様はシア様を連れてたたたっと駆け寄ってふんふんと興味深げに眺めている。逆から読んだり斜めに読んだりといちいち楽しげだ。いったい何がそんなに楽しいんだろうって思えてならない。まあ楽しいならいいんだけどさ。

 そんな二人を横目に、楽しくも何ともない僕は周囲を改めて観察する。発声が罠のスイッチってことは多いし、音は魔獣を引きつけたりもする。

 罠なんてこの人たちに踏ませるわけにはいかないし、魔獣の奇襲だって受けるべきじゃない。僕だって好きこのんで危険に身を晒したくはないけど、僕の方がずっと慣れているのは間違いないんだから僕が囮になるべきだろう。


「あなたと同じ冒険者がやったってことはないの?」


 ステラ様は文字を見てそんなことを言った。

 ありえない。これまでの別の階層において、他の冒険者の探索の痕跡は残っていなかった。

 ダンジョンには、それぞれ恒常性が──再生力のようなものだ──あるけど、そんなすぐに痕跡は消えない。


「ふうん。そういうものなのね」


「それに、仮に冒険者がやったとして。《頭がどっかおかしい戦闘力を持った人間》と《危険な魔獣》は区別する意味があんまりないですし」


「まーたすぐそゆこと言うんだから」


「いやいや。ダンジョン内にいる他の冒険者って即ち混乱の元ですからね。助け合い?ないですないない」


 ことダンジョン内部において。害意を持った人間は、すなわち魔獣と本質が変わらない。

 彼らは他人を害することを選択した。であれば、僕だって容赦はしない。もちろん人命って可能な限り尊重されるべきだけど、そもそも人の命には軽重けいちょうがある。

 獣の命よりも、僕のそばにいる人たちの命はずっと尊い。

 ……ま、痛いのと怖いのはお互いに嫌だし。そういう機会はないに越したことはないけどね。



「で。この問いの答えって何なの?」


「え? なんで僕に聞くんですか?」


「……おまえは、既に答えを理解した上で、私たちに見せているのでしょう?」


 ……? いや? わかんないですけど?


「わからないの!?」


「わからないですけど……。え、なんですかその反応?」


「だってあなた、ダンジョンの専門家みたいな言動だったじゃない」


「あのですね。僕は基本的なことしかしてません。迷宮問題リドルなんて厄介なものに基本とか定石はないんですよ」


「きふぃは。あたま、かたい」


 あっメリーが喋った。せっかく喋ったのになんかケナしから入ってきた。

 ……いやまあ、その自覚はなくもないけどね? 僕は謎かけとかあんま得意じゃない。インちゃんと遊んだとき愕然としたよ。インちゃんの出す問題なぞなぞぜんっぜんわかんないし。逆に僕は問題出すところからつまづいてインちゃんが僕に気を遣ってくれるみたいな状態になってたよ?いやそれはいいよ。それはいい。認める。僕はこういうの苦手ですよ? はいはい苦手苦手。これでいいかなー?

 でもねメリー。君に言われたくはないよね。いつも迷宮問題リドルとか無視して強引に道をこじ開ける君に言われたくはない。この前の正しい道を複数の記述から見つけるやつとか足踏みして間違った道をすべて破壊して進んだよねメリーは。

 横合いからぽそっとそんなこと言うなら君が答えてみろって話なんですけど──、



「むくろ」



 ──メリーの言葉に反応して、岩壁がごごごご、と動き、最深部であることを示す銀の扉が姿を見せた。

 メリーは僕をじーっと見た。……なんだいその目。あのですね人には得手不得手というものがありましてですね、それにクイズなんてものは回答が多岐に渡るものであるからして僕が答えられなかったのは単に時の運みたいなものなんですよなんだその目。おいメリーさんちょっと。何黙ってくれてんですかね。


「いつもの無表情じゃないの」


「は? いや、ぜんぜん違いますけど。見てくださいこの目。この表情。この子、僕のことバカにしてますよ」


「……被害妄想ではないでしょうか」


 口下手無口ってこういう時都合いいなぁ……!メリーはそのキャラでだいぶ得してるよね?僕なんてアレだよ、きっと損してる。よく知らないけど絶対そう。君が得してるんだから僕は損をしてるんだよな。きっとそう。メリーってばいつもずるいんだ。そういうとこずるい。ずるさがあるよね──、



「そんなことより早く行きましょっ!」


「わっ!」


 僕はステラ様に背中を押された。

 そうして、銀の扉の前へ。


「いっせーの、で開けましょうね」


「いや、なんですかこれ。誰か一人が開ければいいでしょ」


「……メリス。あなたもドアノブを掴んでよいのですよ」


「……。ん」



「いっせーの、せっ──」



* * *

* *

*



「──はい。『帝国最後の日、ヘザーフロウ一夜崩れ』にごザいやした」


 王国のとある酒場。

 魔人ビワチャは、吟遊詩人として曲を弾いていた。

 その旋律は物悲しく──それでいて、どこか滑稽に。

 大衆向けのマスメディアが存在しない世界において、詩人とは情報伝達者としての役割も担っている。

 聴衆は、長年王国と対立状態にあった帝国の崩壊の報を聞き、昏い喜悦を感じていた。



「おんヤおや。今日のお客サマがたは、財布の紐が緩くいらっしゃるようで。あたくしとしちゃ駄賃をいただけるのは何よりでございヤすけンども、呑んだお金は御主人に払ってツかあさいヨ? あたくし、一度貰ったお金は返しヤせんので」


 聴衆の一人が「そんときゃツケて貰うさー!」と叫ぶ。酒場の主人はふらりと来た詩人をギロリと睨んだ。

 詩人にとってはいつもの光景であり、むしろ望ましい反応だった。

 しかしながら、同業者に迷惑を掛けることを避けるというマナーもある。ビワチャは歌うことが好きであり、他者の歌もまた好いていた。

 すなわち、切り上げの合図である。


「おっといけねェ。そろそろおイトマいただきヤしょう。睨まれるのはご勘弁。あたしゃ自由な旅がらす、後を濁すは本意のソトで、名残惜しいが丁度よい。一期一会のウタの股旅、ご縁が合ったら会いませう」


 盲目の詩人が別れの口上を口にすると、聴衆はもう一曲、せめてもう一曲だけ、と声を上げた。

 困った表情を作りながら──ビワチャは、口の端を横に引き延ばして笑う。



「アンコールたぁ、歌い手冥利に尽きるちうモンです。ばっと(but)荷物を纏めヤしたが、ほンなら……もう一曲だけ弾かせていただきやしょう。

 むかーしむかし、遙か昔の物語。歴史のホンにも名前の残らぬ、某国の亡国物語にございまサ。


 曲名タイトルは──『バランモーアの毒殺公女』」








《恒常性》

ダンジョンが備えている機能。ダンジョンとは人の想念から産まれるものであり、法則を備えたひとつの世界である。故に正しい形が存在し、何かしらの変化が──それは、侵入者が地面に足跡を残すことすら含む──起きる度に、正しい姿へと戻ろうとする性質がある。

この性質によって、一度発見された迷宮資源は枯渇することがなく供給が安定する。故に有用性の高い資源が採取できるダンジョンは、権力によって囲い込まれることとなるのだ。

ただしダンジョンの規模や経過した年数に応じて、恒常性には大きな違いがある。一夜にしてすべて元通りになるダンジョンもあれば、数ヶ月、数年単位で元の形へと戻るダンジョンもある。


なお、メリスの一撃は恒常性という世界の法則をも粉砕する。黄金郷タイレリアは金色の瓦礫となり、その姿を元に戻すことは二度とない。

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