多様な価値観、多様な信念
──状況がまるで読めない。
どうしてこうなる……? なんなの……!?
「お前さんが逆賊ということになる」
レスターさんの手にした虹剣が鎌の形をして、いつでも少年の首を掻き切れる体勢になった。
……正直なところ、僕としてはまったく想定していない展開だった。
「いけま──」
「落ち着いて!」
僕はアイリーンさんを制止した。
……戦闘時のレスターさんは、普通に容赦がない。でなければ、危険なダンジョンを100個200個と踏破して、それでも五体満足で生き残ってるなんてことはない。力が強いだけのアイリーンさんに勝ち目はない……というか単純に命が危うい。
光粒子に触れるだけで致命傷になるレスターさんの迷宮兵装は、こと対人戦闘において極悪だ。手足が螺旋状にねじ曲がって皮膚から骨とかはみ出てる件については回復魔術でまだギリギリ治療の余地があるけど、頸椎は曲げ折られれば即死の部位になる。
刃が広い鎌という形状を取ることで、相手に抵抗を──いや、身じろぎさえも許さないつもりだ。
もっとも、開放骨折してるのに身動きとかそもそも無理だろうと思うんだけども。S級冒険者は相手も自分と同じ化け物だと思っているフシがあるからな……。
「×●□□■□▲△」
そして、レスターさんはその体勢のまま、帝国語で相手に語りかけた。
何を言っているのかはわからないけど、きっと脅迫だろう。冒険者は暴力という問題解決手段を行使することに躊躇いがないし、近衛騎士様は使命とやらで人の命を摘み取ることを正当化することができるタイプの職業だ。
……僕は、セツナさんを見た。
セツナさんは僕を見て、口元を歪めた。
「くくくくッ。そうさな。その通りだ。背中ががら空きよなぁッ!?」
──跳躍からの、打擲一薙ぎ。
「無駄だセツナ。お前ならそう来ると読んでた」
風を切り裂くセツナさんの一撃を、亜空から出た虹の盾が防いだ。
衝撃で高い音が響き、光の粒子が舞う。レスターさんの盾は自動防御と自動反撃を兼ね備えるふざけた性能の迷宮兵装だ。
「応とも。我はそう来る。そして貴様はそれを読んだ。しかし、そこの餓鬼を掴んだ体勢のまま、貴様は我が剣に対応できるか?」
「お前こそ、その棒っきれじゃ俺の《エイシラセドヒ》は破れない。この間格付けは済ませたと思ったがな?」
「くかかッ! なまくらを折った程度で得意面か? この得物は、以前より遙かに手になじむぞ?」
かきいん……、かきいん……と、さながら金属同士が衝突するような甲高い音が部屋に響く。虹の粒子が火花の代わりに散っている。
舞うように光粒子の一粒一粒を避けながら、地を舐めるように頭を低くした歩法で部屋中を無尽に掛ける。セツナさんの細い足が白亜の壁を蹴り穿ち、赤紗熊のカーペットを千々に引き裂く。調度品がけたたましい音を立ててひっくり返る。シャンデリアが落ち、蝋燭の火が調度品の山を舐った。
僕は動かなかった。いや、動けないと言った方が正しい。
「キフィナスも貴様に死ねと言っている」
「言ってません」
「ゆえに……今死ね! すぐ死ねッ! ここで死ねッッ!!」
──かきん、かきんかきん、かきんかきんかきん!
音のテンポがどんどん速くなる。セツナさんの動きは、もう僕の肉眼ではほとんど捉えるのは無理な速度になった。
対するレスターさんはと言えば防戦一方だ。光粒子を撒くことも最小限に留めている。
「どうしたァ? もっと粉を吹けばよかろう? その程度では当たらぬぞ? 部屋ひとつ埋めるくらいでなくてはなァッ!」
「……ったく、卑怯なヤツだよな、お前も」
「くはッ、クハハ! 卑怯ぉ~? なァにを異なことを。時の利、地の利、人の利を得ることもまた強さであろう? でなければ、貴様はこやつを友と認めまいよ」
刃のない棒きれが、技量によって鋭き白刃の一閃となる。地這い天擦る変幻自在の剣閃が、過たず、レスターさんの脳天首心臓背骨、急所に次々打擲──いや斬撃が降り注ぐ。
セツナさんの勝利条件は、自動防御を隙間を縫って致命の一撃を当てること。
レスターさんはと言えば、タイレリア城を損壊させられないという縛りと、体勢を崩せないという状況がある。
加速する。加速する。セツナさんの剣気は更に鋭敏になる。部屋中に耳をつんざくような剣戟の音が響きわたる。
「うふふ♪ 愛されてますねっ。さすがは愛のひとですっ」
「今そんなこと言ってる場合じゃ……」
「クハハハハッ!!」
「状況が変わりましたっ。これは愛のための戦いで、同志セツナもとても楽しそうにしておられます♪」
セツナさんが楽しそうにしている状況がその時点でもうダメなんだよな……。
セツナさんは更に加速する。大きな笑い声が響く。かんかんかんかんと絶え間ない騒音に僕は耳を塞いだ。塞いでも高い音は耳から消えず、更に高く、速く、激しくなり続ける。
「雲切り──」
瞬間、
構え、
無音、
「──雲雀ッ!!」
そしてついに、レスターさんの左腕から鮮血が吹き出した。
骨は断ち切られ、皮一本でなんとか繋がっているという有様だ。
「っ……!! やるな、セツナッ!」
「貴様の盾が破れなければ、隙間を縫えばよいだけだ。くく。満足に動けぬ貴様を、端から刻んで肉片に変えてやろう」
「それは勘弁してもらおう。これで、俺はそこそこ忙しいんでな」
レスターさんが、すくっと立ち上がった。
極彩色の光粒子が左腕を包む。すると、傷口は何事もなかったかのように塞がった。
「──第二ラウンドだ、セツナ。流石に、今回ばかりは死んでも恨むなよ」
「人は、死なば其迄。クク、打稽古にも厭いたところよ、光の」
「そいつは良かった。俺も、そろそろお前に一発やり返したいところだったんでな」
そして、天井を擦りそうなほどに大きな、光の大剣を二本、それぞれの手に持つ。
「お前は『地の利』と言ったがな。利があるのは、俺の方だよ」
一歩。
二歩。
三歩……。
レスターさんが歩き出した。
手にした光剣は歩くたび、縦に横に膨張していく。
「屋外なら、俺はお前の速度を捉えきることはできない。だが屋内なら違うぞ。王城の防衛魔術は、姫君をお守りするためではなく、侵入者を逃がさないためにある。
詰みだよ、セツナ」
「ほう? それは面白い冗句よな」
「お前がいくら速くても。閉め切った部屋の中なら対処はできる。一切の隙間なく埋めちまえばいいんだよ。お前が言った通りにな。
何のためにお前に通じない光粒子を何度もばら撒いてたと思う? それはな、絶対に避けられない空間を作り上げ──」
「ここだ……!」
背を向けて四歩目で、僕は走った。
セツナさんより遅くて、さっきからバチバチばらまいてる粒子に触れでもしたら僕は痛みで多分死ぬ。僕は痛がりの自覚があって、結構簡単に気とか失うし、そのまま命まで手放すんじゃないか、なんてことはしょっちゅうある。
──けど、レスターさんが体勢を変えた今、皇帝様を回収するチャンスはここしかない。
僕は空気中に散る粒子をかわし──うわっ袖さわったびぎゃって破れうわわわわ──小柄な少年の首根っこを掴んでメリーの背中まで走り抜けた!
「──っておい! 危ないだろキフィナス!?」
「そうですよ滅茶苦茶危ないんですよ!! ああもう! ほんと、なんでこんなことさせるかなぁ!?」
「なんでって……また《哲学者たち》が活動してるんだよ。子供を利用する、死人を操作する、おまけにレガリアの発動……、どう考えたってあいつらの手口だろうが。セツナから聞いてるだろ?」
「はい? 聞いてないですけど……?」
辺りを沈黙が包んだ。
「……セツナ? 俺、お前に話したよな? 斬り合いやった時に。お前らに関わることだって、話したよな?」
「知らぬ。そのような瑣事は覚えておらぬわ。それよりも、疾く、来い。
我が喉元に剣を突き立てよ。骸になるは我か貴様か、ようやく貴様に熱が入ったのだ。そら振れ今振れここで振れ! 貴様は我を詰んだと申したが、我の首は言葉で買えるほど安くはないぞ」
「これだからこのバカは……!
はあ……、やめだやめだ。ったく……。おいセツナ。俺はもうやめる。お前も引け」
「光の。この好機に、我がなぜ引かねばならぬ? 我は、自分の魂魄を研ぐことができればそれで佳いのだ。その過程で骸を晒すのならば、それは我が斬った相手と同じ。惰弱であっただけよな」
「お前の哲学は知らん。だが、キフィナスに嫌われたくはないだろ」
「………………ほう?」
「この辺りで引いておけば、いい印象を残せるぞ? なあ?」
え?
いや普通に印象最悪ですけど。
(おい。ここは頷いとけ。ついでにセツナのこと褒めろ)
おおよそ褒められる人間的長所が見あたらないんですけど……?
えー、あー、はい。セツナさんがここで刃を納めてくれたら、僕はいい印象になります。いい印象に。
あとはーー、えーーと、あ、目。目と鼻がありますよね。それから口も。いいと思いますよ。いいと思います。
僕は何が?と思いつつ適当にいいとか言った。
「ふむ……。つまらぬが、実につまらぬが……、よかろう」
「コレで通るのか……!?」
「ふん。だが、そやつは不快だ。毒でもばら撒いて殺しておけよ」
「絶対しませんしやるならセツナさん先に狙いますよ」
「それはそれで愉快だ──で、ござるな。くく、いつでも来るがよい」
セツナさんは心から楽しそうにそんなことを言った。
理解が遠いなと思った。
・・・
・・
・
「ほんと、あいつにも困ったもんだな。可愛いところもあるんだが」
「正気ですか?」
「正気だよ。あいつはなかなかいい女だ。もちろん、俺の姫君の方がずっとお可愛らしいが」
セツナさんは『情けをかけたつもりなら殺す。貴様はいずれ殺す』と犯行予告をするだけして窓をぶち割って出て行った。
壁も調度品類もすべてひっくり返した具合で、本当にひどい有様だ。
王都に元々いたという帝王様は──ややこしいなこれ──殺気に当てられたのか気絶している。
もう一人の手足がぐちゃぐちゃな方の皇帝様も──やっぱりややこしい──白目を剥いて泡吹いて気絶してる。下からも漏らしてるみたいだ。
……メリー。ごめん、治療してあげてくれないかな。
「…………」
返事がない。メリーがすごく気に入らないんだろうな、というのはわかっている。
僕も無理強いはしたくないけど……この傷は多分、メリーじゃなきゃこの場で治せない。
「ふう。久しぶりにいい汗をかいたな」
それにしても、殺し合いをした直後だっていうのによくそんなあっけらかんとしてますね……。
「まあ、スキンシップみたいなもんだしな。自分の力をフルに使える機会ってのは案外貴重で、背負ってるモノもないから純粋に戦いを楽しめる。流石に、姫君のおそばで騒がれるのは迷惑だし、あいつの殺るか殺られるかってのは物騒すぎるとは思うがな」
「その高ランク冒険者様の価値観わかんないんでやめてもらっていいですか?」
僕はメリーを撫でながら言った。
冒険者ってほんと野蛮で上から下まで最悪だよね。戦いとか、どっちが上か下かとか。ほーんと、何が面白いんだか。
「ん。めりは。しない」
「お前は誰とやっても戦いにならんだろ。だからセツナだって手を出さない」
「はあ。……いや、ただの選り好みじゃないんですかね。自分よりちょっとだけ弱い相手をぶっ殺したがってるだけじゃないんですか?」
「それは少し訂正が必要だな。俺はセツナより強い。10回やったら6回……いや7回は殺せるはずだ。いやムキになってるわけじゃないぞ。これは事実だ。純然たる事実だ。
それに、あいつがメリス相手に戦いを仕掛けないことには他にも理由があるしな」
「なんですそれ? ちょっと聞いておきたいです」
「愛ですねっ!」
「あ、まだいたんですかアイリーンさん。ちょっと大事な情報聞くので突然鳴き声で割って入るのやめてもらっていいです?」
「合ってるぞ」
「は?」
え?やば。もうアイリーンさんに洗脳されてますか?
なんかウチの屋敷の使用人を思い出すな……。なんか知らないけど妙な人徳があるんだ。
いや、それより本気で聞いてるんですけど。
「だから、そこの……アイリーン?の言う通り──」
「アイリですっ♪」
「アイリの言う通り。理由を説明するなら『愛』の一言になる」
「本気で言ってます?」
「本気で言ってる」
「同志セツナの愛は苛烈なのです」
「そうだな」
「かわいそ……」
僕は頭のおかしいひとに仲間入りしたレスターさんを憐れんだ。ついでに一歩分の距離を取った。
「で。そいつの身柄をよこせ」
「嫌です」
一歩分の距離を空けて、僕は断った。
何のためにあんな鉄火場で走りにいったと思ってるんだ。
「……そいつ、目が覚めるなりお前のことを罵り倒してたんだぞ?」
「別に知りませんよ。僕はなに言われてるんだかわかりませんし。というかレスターさんやりすぎです。相手は子どもですよ」
「最初にお前らと会ったのだってこれくらいの頃だったろ。お前に、そんな余計な配慮はいらなかった」
「それは……」
「それに、あの連中の関係者を疑った方がいいからな」
……連中──《哲学者たち》なんて名前の秘密結社だ。3年前の王都で、ろくでもないことをしていた連中。
『世界を救うため』だとかいう曖昧な行動理念で、残虐なことをいくらでもやる奴ら。
──メリーに手を出そうとした、僕の敵。
「結論から言おう。ヘザーフロウ帝国の皇帝は、既に帝都で死んでる。確実に、死んだはずだ。10年前に発生し、そして今なお続く《旧王都災禍》と同じく、都市すべてが──いや、帝国の国土すべてがダンジョンと化した時の襲撃でな」
「……それが誤診の可能性は? ダンジョンと内と外を繋げる入り口を見つけて、脱出するとなったら焦りもあるでしょう」
「頭をかち割られて生きてるヤツはいない。回復魔術や魔道具にも限度がある。俺は姫君のために帝国語を覚えてるし、長距離飛べるからよく斥候みたいなことやらされるんだよ。で、元帝国臣民に訊ねた。元奴隷から貴族から近衛兵から。全員が全員、同じコトを言ってたぜ」
……でも、目撃証言だけだ。
もしかしたから偶然生き延びたのかもしれない。
だって、彼はいま、ここで生きてるだろ。
「ああ。だから、俺は《哲学者たち》の介入を疑っている。
あの紫の魔力光は、確かにレガリアのそれだった。姫君の《金冠》を除いた大部分は旧王都で散逸している。連中の手によると考えるには十分な材料だろ。小さなガキを使うってのもそれっぽい」
……レスターさんの推測には、十分すぎるほど妥当性がある。
「実験対象にまだ小さいガキを選ぶこと、死者の蘇生、レガリアの行使……どれもこれも、あいつらの手口だろ。
反王党派の多数の領主が支援・所属していた結社は、痕跡を遺さず解体しなきゃならんのだ」
僕も、ぶち壊すのには賛成ですよ。
「──というわけだ。俺が身柄を預かるべきだろ」
そうですね。
その通りですね。
でも、
「嫌です」
「……後悔しても知らんぞ? お前、そいつに相当嫌われてるみたいだしな」
「僕が嫌われるのはいつものことです。そんなことはどうでもいい。僕の勝利条件には一切掠らない」
僕はてきとーな人間だ。僕は毎日、メリーと穏やかに生きられるならそれでいい。
法律も道徳も道義も、都合の良いときには頼って、都合の悪いときには無視をする。
不誠実だ、という自覚はある。
……だけど。自分の感情には、いつだって従ってきた。
「僕は、僕が間違ってると思うことはしない」
タイレル王国一般の価値観。冒険者の価値観。貴族の価値観。
ダンジョン東京での穏やかな日々と、辺境の過酷な旅路とが培った僕の価値観は、そのどれとも寄り添えない。
──僕にとっては。どんなに嫌われていようと、ボロボロの子を護ることは当然のことなんだ。
そこに手を差し伸べないことこそ、間違っている。
「思うに。人生は選択と、そこに伴う後悔とちょっとの見返りの連続です。自分が選んで、騙されてバカ見て痛い目見るのと。レスターさんに丸投げのまま選ばずに、夜寝る前に縮こまった少年を思い出すのと。どっちが後悔するかなって。
ええ、はい。きっと、どっちだって後悔しますよ。けど、後者の方が嫌ですね」
「丸投げをしに来たんじゃないのか、お前」
「そのつもりでしたけどねー。でも、投げるにしても相手くらいは選ばないとなーって思いますよ、やっぱり。
レスターさんは審査の結果惜しくもこの度は選考外とさせていただきますのでご了承くださーい」
僕がけらけら笑いながら言うと、レスターさんは大きなため息をついた。
「……今回は、見なかったことにしてやる。お前は本当に頑固なヤツだからな。……ただし、姫が命じたなら話は別だぞ? 俺は惚れた女と友情で、女を取る側だからな」
「それはありがたいですね。でも、姫殿下様はお命じにはならないと思いますよ」
「ああ、俺の姫君はお優しいからな。だが、姫が『カラスは白い』と言ったなら、俺は……俺たち近衛騎士には、カラスを白く染め上げる義務があるんだよ。
皇帝は一人でいい。どこぞの地方領主と結びついて一旗揚げようとしている帝国臣民も、姫の統治を脅かすなら──容赦はしない」
「一度分割してもいいと思いますけどね。なんで寝れないかってそこだと思いますよ僕。意に添わない貴族がいるなら独立させればいいのに。その方が管理しやすいでしょ、色々と」
「…………姫は、それを望まん。あの方が心身を削って信念を貫こうとしているなら、それを支える。それこそが俺の信念なんだ」
「しかし……本当に変わったな、お前。昔は自分たちのことしか頭になかったのに」
「ええまあ。そうかもしれませんね。これで僕、いま貴族様のおうちで家臣やってるんですよ」
僕はぴかぴかに磨かれた銀時計をレスターさんに見せた。
「おいおい!それ本当か? お前は適当なコトばっか言ってすぐ煙に巻くところが……マジかよ。ははっ、そりゃ面白いな!
仕えてるのはいい女か?妙な女か? んー、お前のことだ、多分両方だろうな。そういう女に仕えるのっていいモンだろ? 日々に張り合いがある」
「毎日忙しいだけですよ。今日は臨時でお休み貰ってここまで来ました」
事後承諾ですけど。僕は心の中で付け加える。
「変われば変わるもんだな……。俺はその変化、素直に嬉しく思うぞ。
しかし、そうなると一緒にメシってわけにはいかんな。お前は早く帰るべきだ」
「ええ、はい。そうします。レスターさんの絡み酒は本気で鬱陶しいので」
「絡めるヤツが少ないんだよ。お前に、セツナに、ビクトールに……悲しくなってきたから数えるのやめるか。だから絡まれとけっての」
「嫌ですけど」
「今度絶対飲むからな。お前もそれまでに、酒の味を覚えとけよ。
じゃあ、またな。俺はあの部屋の被害状況試算して弁償して、足りなきゃ金貸しに借りる。クロイシャって言ってな、結構面白いヤツなんだよ」
……クロイシャ?
「ここ、王都ですよね? 僕もクロイシャさんなら知ってますけど……同姓同名の別人かな」
「ずっと前から王都にいる、冒険者相手に商売してる奇特な金貸しだぞ」
ん……?
ええと一応。場所教えて貰ってもいいですか?
「お前が焼いた白礼拝通りに看板がある。《貧者の灯火》って言ったかな」
「ようこそ、貧者の灯火へ。おや──キミか。王都から来るなんて珍しいね。珍しい顔を引き連れて、今日はどのようなご用件かな?
──まさか、帝国を滅ぼした魔人まで連れてくるなんてね」
暗い部屋にて。
クロイシャさんは、いつもの調子でそんなことを言った。




