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光輝の近衛騎士



「確かに、俺はお前に恩がある。生涯かけても返せない大恩だ。お前の頼みなら、大体のことは聞いてやろうと思っているとも」


「はあ」


 整った顔立ちで、さながら白騎士といった風貌の男──レスターさんと対面している。

 煌びやかな王都の街角。メリーの魔力を感知して、ここまで飛んできたらしい。七色の光翼が粒子となって宙空に溶け、王都の晴れた空に混ざっていった。


「お互いにまだ生きてたことを喜びたい気持ちだってある。今日は急ぎの仕事もないし、ゆっくり酒でも呑みながらな。……だけどな、キフィナス。モノには限度ってやつがあるだろ」


 見かけだけならおとぎ話の主人公だし、一見まっとうな価値観を備えているように見える。受け答えもしっかりしてる。

 しかし彼もまたS級冒険者(やべーやつ)だ。すなわち、いかにも光属性って感じでもやばを抱えている。具体的には、三ヶ月以上寝食一切なしで王都中のダンジョンをひたすら攻略し続けたりとかね。

 ──目的のためなら、その過程でどんな苦難が満ちあふれていようと、何が立ち塞がろうと止まることなく踏破できる。それは美徳に聞こえるけど、度を超していると恐怖の対象だ。


「やー。僕はただ、敬愛?する姫殿下さまにお会いしたいだけなんですけどねー」


 そんな相手を刺激しない物言いを僕は心がけた。

 レスターさんの前で、ヤドヴィガ姫の話題を出すときは十分に気を付けなければならない。


「というわけで。さっそく僕の頼みごと叶えてくださいよ。姫殿下閣下陛下様に会わせてください」


 僕は表現に気を遣いながら、これで23回目になる自分の要求を繰り返した。


「だーから、無理に決まっているだろうが」


「なんでですか?」


「お前な……。旧交を温めるってメンツじゃあないだろう。お前とメリスだけならともかく、よく知らん相手と謁見させるわけにはいかない」


 え? 僕とメリーなら通っていいの?それならこの二人どっか適当に置いてくるんだったな……。荒事になったら面倒だなって思って同行を許してしまったのは失敗だった。

 今からでも帰ってほしい。間に合わないだろうか。


「お前も分かっているだろ? 何をどう考えたって、そこのそいつをウチの姫様に対面させるワケにゃいかんだろうが」


 そしてレスターさんは、黒髪巫女服のやばい女を指さした。

 手にした棒きれには、なぜか既に鮮血が滴っている。もう間に合わなさそうだな、と思った。


「いつ来ても王都ここは腐っている。道行く者は屑だらけだ。いつでも斬る相手に困らぬでい」


「そう感じるのはお前の心が歪んでるからだぞ、セツナ」


 ストレートな物言いに僕は笑った。


「この街に生きる者の多くは善良だ。邪悪なお前と違ってな」


「クク。否定はせぬよ。しかし、いくらでも屑はいよう?」


「社会は善人だけが回しているわけではない、というだけだ。道行く者は冷淡に見えるかもしれんが、ただ、大事なもの以外の多くの物事に関心を持たないだけだよ。俺やお前たちと同じでな」


「フン、つまらん。問答はよい。貴様がぬるいのはよく知っている」


「訊ねてきたのはお前からだろうに……」


 正直、この都市に対しては僕もセツナさんと同じ印象を思ってるんだけど、それを棚に上げながら大笑いしている。ぎゃはは、きゃひっ。


「誰かを貶める笑い方は相変わらずだな……。しかし、改めて背が伸びたな、キフィナス。昔はもっと痩せて小さかったのに」


「はい?」


「今は迷宮都市にいるんだったか? 日々が充実しているようで何よりだよ」


 ……なんですか急に。おい髪撫でんな。

 おじさんみたいなこと言いますね。


「おじっ……!? いや、確かに最近は時間の流れが早く感じたりするがな、まだ俺はそんなトシじゃないぞ! まだ……」


 10年後も同じこと言ってそう。というか自覚がある反応じゃないですか。


「っ……! お前の口は相変わらず──」


「うふふっ♪ 愛のひとは、こちらでも愛をはぐくまれたのですねっ」


「はぐくまれていません」


 表現が嫌だし、僕が王都で育んだものなんてない。強いて言うなら遺恨くらいだ。

 あと表現が嫌だ。それから表現が嫌だ。更に言うなら、表現が嫌だ。


「ところで……彼女は誰だ? お前やセツナに平気で同行できる時点で、タガがイかれた──いや、個性的な冒険者なんだろうが……すまん。会ったことはあるか?」


「わたくしはアイリーンと申します。アイリとお呼びくださいっ♪」


「そうか。俺はレスター。姓はない。姫を護るためタイレル王国騎士団金剛石円卓──あー、いわゆる近衛騎士と、ついでにSラン冒険者をやっている」


「はい! びりばりと愛の高さを感じます! 世界は愛で回っているのですねっ!」


「……彼女はいつもこの調子なのか?」


 レスターさんが僕に耳打ちした。

 この調子ですよ。


「昔っからお前は妙な女と縁があるよな」


 その筆頭が、そこの『これから毎日人狩り行こうぜ!』って調子の人ですね。


「いや、メリスも大概──」


「あ?」


「その狂犬具合も変わっていないな……。で。いい加減話してもらおうか。何のためにここまで来たんだ? 顔見るに、メリス絡みじゃないよな」


 あれ? 言ってませんでしたっけ?


「聞いてない。お前はただ『姫様に会わせてください』の一点張りだったぞ。表現を変えて何度も何度も執拗にそれだけを長々と繰り返してたぞ」


 ……うっかりしてたな? レスターさんなら立場的に隠す理由もないのに。

 えーっとですね。なんか、迷宮都市ウチの道ばたで、皇帝陛下を拾ったんですよ。

 だからこう、寝かせてる間にこの国のトップの人にぶん投げようって。


「皇帝……? ヘザーフロウの皇帝か? それはおかしいな」


「は? 何がですか? メリーの言葉なんですけど?」



「俺の姫君は才ある者を尊び、才なき者を慈しむ。己が天分を全うしている者ならな。そして、ヘザーフロウ帝国の少年帝は、亡国の最終皇帝としての役割を果たした。

 ──賓客として最高の待遇で、タイレリア城に滞在中の身だぞ?」



* * *

* *

*



 新生タイレリア城の豪奢な一室。

 磨き上げられた白亜の壁と、赤紗熊のカーペットに挟まれ、少年は悩んでいた。


 帝国の歴史とは、タイレル王国からの独立に始まる。

 時の暴君ジョン・タイレルから、王権レガリアを奪還し、その魔力を以て雲より高い壁と貧しくも精強な国土を築き上げた始祖クリフ・ハイダクラウト。

 薄紫の花咲く国ハイダクラウトブルーメ──タイレル王国ではヘザーフロウと呼ばれる──建国420年の歴史に、自分が終止符を打ったのだ。


 旅路を共にした同胞2万3000名のために、自らの命に代えてでも彼らが生き延びる道を作る──否、命を捧げようとした。

 建国以来の敵とされてきた王国の首脳に頭を下げ、自らの死を以て同胞の生存権を保障しようとした。


(……なのに、この寛大な……、寛大すぎる処遇を受けるとは……)



 貴種の血統とは、すなわち歴史だ。

 親から子、子から孫へ伝わるもの。

 それが縒り合わさって国家となる。


 帝国は、管理下にあるダンジョンを抱えていた王国に比べ、遙かに資源に乏しかった。

 一時の反骨心で同胞を餓えさせたと始祖クリフを、ハイダクラウト家を呪いながら死んでいく者も多かった。

 故に、弱き者を社会に包摂するために奴隷制度を組み立てた。遠くの故国である王国に対する怨嗟の念を積み重ねることで、民を団結させた。

 それが彼らのアイデンティティであり──いっとき寝食足りず恨みを忘れても、腹が膨れてその恨みを思い出す者も多い。


(王国にあえて残った同盟者の土地──ダルア、ヴェスティータ、バルク、ブランドフォーディアに流れる者たちを、引き留めることもできずにいる……)


 代表者となった自分が、恨みを忘れ融和すべきだと先導するべきなのだろう。

 そうして、彼らによって殺されるべきなのだろう。

 しかし──美味い食事と柔らかな寝床と、お付きの従者が、あれだけ燃えていたはずの使命感を鈍らせている。



(のうのうと生きている。……生きてしまっている)







 ──しかして。生まれながらにして帝国を継ぐことを宿命づけられたその子は、連綿と紡がれる血統の歴史、すなわちタイレル王国への敵愾心もまた受け継いでいた。



『この簒奪者がッ!!! タイレルの人喰い鬼どもに、媚びを売るなどッッ!!』



 母国薄紫の、舌を滑らせるようなアクセントの発話。

 そこには、


『あなた様は、あの時……!!』


 自分の目前で死んだはずの皇帝が、頭の先まで血を昇らせて飛びかかる光景があった。

 その手には、帝王の血の証──レガリア《苦悶の宝珠》が妖しく煌めき──!



(ああ、これで、役目を終えられる──)


「悪いな。旧友のツレと言えど、俺は容赦はしないんだ」



 二人の少年の意識の外から。

 言葉と共に、虹色の閃光が奔った。



『がッ……あがあああああッ!!』


 レスターの所持している迷宮兵装《クシナヘギノヒ》──形を自在に変える虹の光剣。その光粒子は、触れたものを歪める。

 少年帝の両手両足は、蝸牛の殻のようにねじ曲がった。


「まったく。案内したと思ったらこれだから困るな」


「ちょっと! 子どもですよレスターさ──」


「事実関係がどうだかは知らないが。俺の姫君は、そいつの方を最終皇帝としてお認めになったんだ。皇帝陛下に刃を向けるというなら──お前さんが逆賊ということになる」


 体勢を崩して倒れ込んだ相手に対し、レスターは虹剣を長い大鎌へと変えて、その切っ先を首に沿わせる。


『俺は、キフィナスほど甘くはないぞ』


 流暢な帝国語で、うずくまったままの少年帝にレスターは声を掛ける。

 その表情は冷徹だった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] キフィナスのメリス愛、アイリーンさんの愛感知センサー........... 良いですな! [気になる点] セツナさんってそんなに警戒されてるのか! レスターさんはなんか良いお兄さんって…
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