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選びうること/えないこと



『帝国の件で、ちょっとアイリーンさんとセツナさんと王都行きます。何日か空けるかもしれませんがよろしくお願いします』


 立てられた矢文には、丁寧な筆跡でそう書かれていた。


「……………。なにごと?」


「……ルクロウ領のバルク男爵を始めとした、地方領主の逍遙の受け入れを数日後に控えているのですが……」


「まさかあのひとっ……、適当な用事作って席を外すつもりね……!? というか、何なのこの同行人……。厄介ごと起こそうって気しか感じられないのだわ……!」







 僕はキレた。確かにキレた。

 でも、僕がキレる前に既にメリーがキレていた。


「殺す」


 窓から現れたたった一人の推定刺客は、窓をくぐり抜けた時点で全身が曲がっちゃいけない方向にねじれて既に半死半生どころか十死零生の有様で、僕は咄嗟に概念瓶《死の否定》を使った。

 もちろん《名称不明・男・たぶん刺客》のためじゃない。メリーのためだ。

 この宿屋はメリーの居場所で、インちゃんとスメラダさんを怖がらせたくはなかった。


 だから、インちゃんにまず怖がらなくてもいいよって謝って、割れたガラスの掃除をお願いして。

 あとは、場所をちょっと陰気な裏通りに変えて。

 メリーにはちょっと目をつぶって耳ふさいでもらって。


 ──既にメリーによって瀕死に追い込まれた相手を、ぶっ生き返らせてはブン殴ってを繰り返して人格変わるまでボコボコにしてやった。


「何が目的だよ」


「×■■○×……!!」


「あ? わかる言葉で喋らないとわかんないだろ。ほら喋れよ」


 僕が鳩尾を蹴っ飛ばすと、相手はごほごほ咳き込む。そのまま髪の毛を掴んで、石畳に顔を擦り込んでやった。


「人間の感覚神経は顔と手に集中してるんだ。ペンフィールドのホムンクルスって知ってる?知ってるワケないよな。知ってる」


「×■■○×──!!」


「だーーから、何言ってんだかわかんないってば。わかる言葉で喋れって言ってんだろ」


 何言ってんのか全然わっかんねーからストップの声も聞こえない。言葉がわからないってのは良心が痛まないので暴力を振るう手も緩まなくて済む。

 地球とかいうところの歴史のうち、国家間戦争がやたらと血なまぐさくなる理由のうち3割くらいは、多分言葉がわからないことが原因なんだろうなと、僕は暴力を振るいながらすっとんきょうなことを考えていた。


 言葉って即ち共通化されたアイデンティティだ。なぜなら、人はモノを考えるときに言葉に依存している。そして、モノを考えるたびに文化とか文脈とかを培っていく。

 で、ちょっとセツナさんみたいなこと言うけど、暴力って共通語だ。

 お互いに文化文脈を共通していなくても個人の意向が伝わるという便利な性質がある。

 少なくとも、『しろ』と『するな』くらいはね。


「でも伝わってないとなると、足りなかったかなーー。『宿屋に手を出すな』ってシンプルなメッセージが伝わってないとなるとーー、また何匹かとっ捕まえて下着被せて市中引き回すしかないのかなーーーー」


 僕は爪の間に鉄串を突き刺しながら釘の差し方を考えていた。野太い悲鳴がうるさい。

 ……ああ、痛いのは嫌いだ。怖いのは嫌いだ。両方備えた暴力は、振るうのも振るわれるのも更に嫌いだ。

 誰かに暴力を振るうたびに、自分の中に矛盾するものを積んでいくようで、僕はどんどん自分のことを嫌いになる。社会の人間じんかんで生きていくことには大なり小なり矛盾を積み上げることを強いられるけれども、それでも、ひとつ積まれるたびに僕の自意識はワアワアとわめく。

 まあ、それはそれとして。


「絶対ににがしたりしないからさ。そこは安心してくれよな」


 そんなもんどうでもいいくらい僕はキレてた。



・・・

・・



 さんざ痛めつけておいてなんだけど、なんか、目的はどうも僕らじゃなかったらしい……。

 それならあんなひどいことしなかったんですけど……? え、あの、そういう大事なことはしっかり喋ってくれないとわからないじゃん……。

 なんか申し訳ないなって気持ちと、紛らわしいことするんじゃねえよって気持ちが同居しています。


 痛めつけてからのメリーの聞き取りによると、どうも、この帝国人は皇帝様を狙っていたらしいよ。……知らねーーんですけど? どうでもいいです。勝手にやってろ性が高い。

 ……だけど、よりにもよってインちゃんとスメラダさんがいるとこで襲ってくるんじゃねえよ。あと僕のデザートを返せ。

 ふむ。そう考えたら申し訳ないという気持ちの方はすっかり消えてしまった。

 ううう、勿体ない……。後でまた作ってくれるだろうか。


「おつかれさまでした」


 ん? あれ。

 なんか、僕はアイリーンさんからねぎらいの言葉を受けた。そういえば、アイリーンさんが何故かついてきてたことに今気づいたぞ。

 彼女も僕の尋問を目撃していたことになる。ついでに皇帝様もいた。

 ……あんまり見せたくなかったんだけど、これでアイリーンさんも、僕がどんな人間かはわかったはずだ。


「退職希望ならいつでも聞きますよ。僕は愛のひとなんかじゃ──」


「いいえ? 愛とは、時に痛みを伴うもの……。これも、彼らの愛の未熟さゆえです……!」


「えーーと……」


「愛とは、全力の努力なのですっ! 愛のひとっ!!」


 ………………。

 同じ言語を話しているはずなのに言葉が通じていないな。なんか、その思想に空恐ろしさを感じてならない。

 まあ、誰から何と言われようがどうでもいいけどさ……。親切心から『的外れですよ』とは言わせてもらうけど。親切心からね。


 おや? 皇帝様が青白い顔をしている。

 ああ、うん。自分が狙われてたって聞いたら、まあそうなるだろうね。

 隣の人物が何言ってんだかわからん奇人というのも大いに関わっているだろう。なんでついてきてるのかもわからないし。そりゃ怖いだろうな……。

 不意に彼と目があった。アイリーンさんの陰に勢いよく隠れた。


 ん?あれ?

 ひょっとして僕か? 僕が怖がらせてる?

 やだな、怖くないですよー。


「ふむ……」


 この少年がいつどこで野垂れ死のうが、僕にとってはどうでもいい出来事だ。

 僕の目の届かない範囲で、人はいくらだって死ぬ。手が届かない距離で死ぬ。届いたって、やっぱり死ぬ。

 ……でも、帝国の難民を受け入れるって決定を認めて、王都に食料支援をしてるステラ様が皇帝様を放り出すのは読めなかったなぁ……。


 人の生き方は自分で選択できるものだと、僕は信じている。

 でも生まれ方は選べない。

 自分の生き方の結果、誰かから襲われるのはこれまでの選択の責任だろう。

 だけど、自分の生まれ方から、そんな風に妙な不利益を被るというのはさ。

 僕はちょっと、理不尽だと思う。


 小汚い格好の他称皇帝様がどうなろうが、僕にとっては実にどうでもいいんだけど。

 僕の髪見て石投げようとしたようなのがどっかで勝手にくたばろうが、つくづく、どーーーーでもいいんだけど。


 ──僕の手が届いてしまう範囲で、自分の生き方を選ぶ力を持ってない子どもが、生まれつきの、『皇帝だから』なんてくだらない理由で殺されようとしてるなら、……放っておけないだろ。



「メリー? ごめん、今からちょっとだけ……いや結構……かなりかな……、えっと、まあその。わがままと気まぐれから、めんどくさいことしようと思うんだけど……」


「よい。いつものこと」


「それを言われると弱いんだけど……」



 メリーは、僕をじっと見つめて、



「よい。めりはいつも。いつでも。きふぃのみかたなの」



 そう言うとおもむろに少年帝をぶん殴った。


「△×ーーーー!!」


「ちょっとメリーっ!?」


 僕は急いで駆け寄る。まずいまずいまずいまず──。

 ……よかった。白目剥いてるけど息はあるな……。


「かげん。した。したよ?」


 誇らしげだねメリー?



・・・

・・



 そうして。

 僕は気まぐれに、昏睡状態の皇帝様を王都まで運んだ。


 メリーが突然殴ったときはぎょっとしたけど、動かなくて騒がない相手は運ぶのが楽だと思い直した。具体的には関所で騒がれると面倒だからな……。

 乗り合い馬車で金貨を積んで御者ごと買い上げ王都まで一直線。彼は寝ている子ということにして、関所の担当者には職務意識を向上させる金色のチップ(賄賂)を渡して僕らはサクっと王都に進入できた。


 それにしても……。


「ほんとに王都までついてきましたね、お二人とも……」


「はいっ♪ 愛がたりないのです」


「キフィナス。今日のぬしの眼は、良い。かつてのぬしは、いつも今日のような燃ゆる眼をしていた」


「めりも。よい、おもう。でも、いつものもすき。どっちもよい」


 ……どうしよう。今更だけど、ちょっとやばい気がしてきたな。

 アイリーンさんの言葉はまるで意味がわからないし、セツナさんに至っては王都で色々とやらかしている。

 極めて事件性が高い組み合わせだ。メリー以外の二人にも、僕に監督責任とかは生じるんだろうか?


 ──というかセツナさん連れてくつもりとか本気でなかったし……!


「アイリ。貴様には貸しが二つできた。クク、殺したい相手がいたら言うがいい。いつでも殺してやる」


「うふふ。愛ある申し出ですが、遠慮しておきます。愛の形は多種多様……同士セツナの愛と、わたくしの愛は異なるのです♪」


 道中。

 ボロボロになってたセツナさんをアイリーンさんが偶然見つけて、回復魔法なんてかけやがったせいでセツナさんは元気いっぱいに付いてきたのだった。

 どうやら、グレプヴァインとは形勢不利で引き分けたらしい。一応戦闘続行が無理なくらいには傷つけたらしいけど……ざまあ見ろって気持ちだな。せいぜい苦しめという気持ちです。

 いやーしかし冒険者ギルド構成員ときたら血なまぐさいったらないな。街中だぞ。


「……途中で棒きれがへし折れたのが悪い。なければ、我が勝っていた。よこせ」


 あっ。僕のダンジョン探索用の長棒をまた盗られた……。

 返してほしい……ひょっとしたら理解できてないかもしれないので念のため言っておくんですけど、この国は法律で私有財産を保証しているんですよ。つまり何が言いたいかってそれは僕のなので返してほしいんですね。


「買えばよかろ?」


「そっくりそのまま返しますけど? 返してくださいよ」


「断るでござる」


 セツナさんが棒を構えた。暴力の気配に僕は奪回を諦めることにした。

 ほんと、つくづく武器をよく壊す人だな……。そんな間に合わせじゃなくて、しっかりしたものを──いや持たない方が社会にとって安全だしセツナさんが棒状の物体を持っているだけで危険だな──僕は途中で口をつぐんだ。


「ぬしと迷宮に潜った暁には変えてやらんこともない」


「は? え?なんで? いや、あの、絶対嫌ですけど。なんで人型の魔獣を同行させながら探索とかしなきゃいけないんですかね」


 というか武器を変えない方が都合がいい。

 全人類のために、僕は二度とセツナさんと一緒にダンジョン探索をしないことを誓った。



「あ、そうだ。グレプヴァインによるとですね? どうも皇帝様ご自身の口から、王都で帝国の解体宣言と難民受け入れを希望したそうなんですよ。不思議ですよね、迷宮都市にいるなんて──」


「あの雌犬の名前を出すな。我は機嫌が悪い。目玉をり抜くぞ」


 こわー……。

 話を遮らないでほしい。負けた人は余裕がなくて怖いですね。


「我の臓腑は拍動を止めておらぬ。どちらも仕留め損ねただけよ。負けてなどおらぬわ。ころすぞ」


 こわっ。何が怖いって本気で殺すところだよな……。

 僕は無意味に誰かをおちょくるのが大好きなんだけど、セツナさんについては控えようと改めて思った。


「敗北者のセツナさんはさておいて。こうなると、王都で何らかのトラブルがあったと考えるのが自然でしょう。皇帝陛下はお眠りになっておられますが──」


「おこす?」


 その握りこぶしをほどいてくれたらその提案にも賛成できるんだけどね。

 却下します。



「最近ですね、僕は学んだんですよ。報連相は大事。とりわけ確認のための連絡は適宜すべきだって。

 だけど、あんまりゆっくりもできない。僕はこれで、一応迷宮伯家の家臣とかいう話ですし。いつまでいつまで王都にいていいということもない。それはわかってます。

 よーーくわかっているので──とりあえず、この国のトップ、ヤドヴィガ姫様と大臣のところまで寝ている彼を持ってこうかなって」


 アポなし訪問でも決めようかなって。

 とりあえずね。




 石造りの街道に、細長い轍が走っている。

 迷宮都市と王都を繋ぐ二条の線は、幾重の馬車が行き交った長い歳月によって刻まれた年輪だ。

 突如貸し切りになり、連結車両のうち1台だけで走ることになった乗り合い馬車の中で、男女が会話をする。


「おい女遣い。暇だ。遊戯をするぞ」


「やです。どうせそこの通行人斬り殺したら得点とかでしょ。しません」


「ぬしがそう言うと思い、我は考えた。血は出ない遊戯だ」


「……じゃあ、聞くだけ聞きますけど」


「規則は単純だ。まず、ぬしは数を宣言する」


「はい」


「それが我の考えた数字と合っていたらぬしの勝ち。外れれば我の勝ち」


「はい?」


「勝ったら相手の言うことを何でもひとつ聞く。やるぞ」


「馬鹿でしょ……」


「やるぞ」


「やりませんけど……」



 がたがたと揺れる車内で、ハインリヒ皇帝は目を覚ました。

 ──目に浮かぶのは、灰髪の男が、自らの側近だった男を筆舌に尽くしがたい手段で拷問している光景だった。


「ねてろ」


 鳩尾に衝撃が走り、再び意識を失う。

 意識が途切れる寸前に浮かんだのは──側近であったはずの男が、拷問を受けながら『こやつは皇帝ではない』と何度も叫ぶ姿であった。



「ん? メリー、なんか言ったかい?」


「べつに」


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― 新着の感想 ―
[良い点] キフィナス君の本気がやばいけどそれでもインちゃん達のために怒ってるのが最高 [気になる点] アイリーンさんもなかなか理解があるのかどうなのか?? 絶対頭いいと思う! [一言] セツナさん…
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