バッドニュース
雨の日。冒険者ギルド。
僕は今日は冒険者として──すなわち、その辺にある草を適当にむしってから冒険者ギルドに来た。
メリーに傘を差してあげながら草をむしるので、雨の日は結構大変で困る。
「だぁーッ! また負けた!」
「イカサマしちゃいねえだろな!?」
「オメーェらの運が悪いだけだっ──ちっ」
さて。
今日の冒険者ギルドは、結構混んでいた。
「……けっ」
「…………はぁ」
「…………」
扉を開けると人々の目が僕の髪を刺してそれから僕の顔を見て目を逸らしたり舌打ちをしたりする。
僕はウインクをしながらギルド内を闊歩し──。
「相変わらず、金虎児の隣にはいつも君がいる」
──背後から声を掛けられ、僕は振り返るより咄嗟に目の前のテーブルを蹴って距離を取った。
「があっ!?」
真っ昼間から賭け札勝負をしている連中のカードが宙を舞う。机の上に積まれていた銅貨銭貨も床に散った。そのうち一枚二枚を足で踏んで掠める無関係な冒険者。見つかって殴られている。
跳ね飛ばされたテーブルは冒険者の背中を打つ。そいつは後ろにいた冒険者から殴られたと思いこんで無関係な他者に飛びかかった。
飛びかかられた冒険者は冒険者で、槍なんて長物を武器にしていたものだから柄が別の冒険者の顎に刺さる。
そいつはそいつで血の気が多くて──取っ組み合いの大喧嘩が始まった。
ひどい。ひどすぎる。大混乱だ。
いったい誰がこんなことを?
「相変わらず、君の警戒心は病的だな」
「あなたのせいですよ?」
僕は相手が誰かも確認せずに責任を転嫁した。
──ナイフの間合いだ。街中で最も警戒すべき攻撃のひとつに暗器による刺突があり、僕にはそうされる心当たりがなくもない。
……とりわけ、《金虎児》なんて古い呼び名を知っている相手には。
メリーには、うんざりするほど沢山の二つ名が付いている。立ったり座ったりするだけで足跡が付くから《雷蹄》とか、ビスケットか何かみたいに地盤とか砕くから《天地断ち》だとか。なんかもう、メリーが動いてるの見ただけで新しいあだ名が付くくらいの調子なので、僕はといえばすっかり覚える気をなくしている。メリー自身が関心を持っているなら話は別だけど、僕以上にどうでもよさそうにしてるしね。
しかしながら、そんな僕にも覚えてる二つ名のひとつやふたつはある。
《金虎児》とは、星の数ほどある名のうち、一番最初に付けられたものだ。
いい加減で結構忘れっぽい僕だって、流石にそれは覚えている。
──この国の人たちにメリーが認められたんだと思って、自分のこと以上に嬉しかったからだ。
その後、どんどん大仰な二つ名が増えていって、メリーをそんな風に呼ぶ人もいなくなった。
……そして、僕が随分と勘違いしてたことを知った。
王都の連中は、メリーのことなんて見てなくて──。
「久しいな、キフィナス」
……ああ、うん。あんただと思ったよ。
メリーをそんな風に呼ぶのは、今じゃあんたくらいしか思い浮かばないからな。
で。あんた、何でここにいるのさ?
その火傷痕もどうしたんだ?
眉間の皺と相まって、顔見るだけで逃げたくなるんだけど。身だしなみを整えるにしても、整え方があるんじゃない?
あーいや、やっぱ答えなくていいや。興味ないし。
「王都大火の時に負った傷だ」
答えなくていいって……は? あの時って……、回復魔術でも使えばいいだろ。
王都には癒し手はいくらだっているし、あの瞬間なら沢山集まってたはずだ。
相当な時間が経ってるとはいえ、あんたなら腕のいい魔術師をいくらだって用意ができるだろ。
「戒めに遺している。君に負わされた傷だからな、キフィナス」
「……戒めぇ?」
僕は鼻で笑った。
一応言っておくけどさ。それ、ただの自己満足でしかないよ。顔しか取り柄のないあんたが、顔に傷作っても婚期が遠のくだけだと思うけど?
僕に負わされた傷ってのも……、んー、ま、わざわざ言い訳とかしなくてもいいか。
僕が丁寧な言葉を使わない相手は二通りいる。
ひとつは、使わなくていい相手。
ひとつは、使う必要がない相手だ。
《バッドニュース》──口さがない冒険者連中からはそんな風に呼ばれてる王都中央ギルド職員リリ・グレプヴァインは、僕にとって後者に当たる。言い訳にしたって、こいつ相手にはする必要を感じない。
「背が伸びたな。あの頃は、私よりも低かったろうに」
「あんたと馴れ合う気はないよ」
だいたい、そんなキャラじゃないだろ。
僕はこれで結構忙しいんだ。今日は、宿屋でゆっくり銀時計の手入れをしながらメリーとだらだらするって予定がある。
付き合ってられないな。
「行こう、メリ──」
「帝国が滅んだ。難民たちが、続々と王国に向かっている」
──は?
何だって? 帝国って、あの帝国?
奴隷国家で、辺境に人間狩りを沢山送りつけてた、アレのこと ?
「君は今、迷宮都市デロルで数奇な立場にあると聞く。詳細を聞きたくはないか?」
…………場所を変えよう。
僕は冒険者ギルドの裏口に回った。
ドアに吊り下がっている『関係者以外立ち入り禁止!』という手書きの看板はその辺りにぽいっと投げ捨てた。
雨風の影響ということにしたい。
・・・
・・
・
「なんでキフィナスさんはウチの事務室に我が物顔で入ってきてンですかね……。っつか、何めちゃくちゃやらかしてんだ」
ああ、レベッカさん。
こんにちは。いい天気ですね。今日もお元気そうで何よりです。
「のほほんしてんなッ! 表で喧嘩止めてたトコになんでなんか裏口来てんだよ! あれアンタのせいでしょ!? 治療院送り何人も出てんですけど!?」
ん? んー……僕のせいでしょうか? 本当に?
僕は悪くないです。いや、悪いと認めてもいいですが譲歩しても一割……いや二割までかな。残りの八割は僕以外に原因があって、その割合の過失なら僕は悪くないと言えるんじゃないでしょうか。
「私の時と態度が随分違うな」
当たり前だろ何言ってんだ。
僕はそっちを見ないようにしながら、
「流石に表でやるにはまずい話だったので。第三者がいるこの場で話を聞こうかと」
レベッカさんによんどころのない事情を説明する。
「……表でやるにはまずいって? 正直、キフィナスさんがそういう配慮できることが驚きなんですが。どーせくだんねーコトなんでしょ?」
「王都ギルドの量刑執行官が『帝国が滅んだ』って言い出したらどうします?」
「……えっ………………? は?りょっ……え? えええええッ!?」
レベッカさんは表に聞こえそうな大声を出したし、ギルドの他の職員も顔を青くしたり白くしたりしていた。
大混乱だった。
・・・
・・
・
冒険者ギルドという組織は胡乱だ。
国家にも領地にも属さない独立勢力としての地位を確立している。
人が人を支配してる封建社会で、ランクだかいうシステムとか導入して権力の多重構造を作るのは、はっきり言って何かおかしい。
冒険者ギルドには権力の裏づけがない。先祖代々の地縁とか、神から王権を賜っただとか……、そういったものがない。
代わりにあるのは、暴力だ。
冒険者の一番の特徴とは、腕っぷしの力が強いことにある。
そして、その数が多い。
権力だの知力だの財力だの、力ってついてるものには色んな種類がある。
力を管理するにはどうすればいいか。
同じ種類の力には、同じ種類の上回った力を押しつけることで押さえつけることができる。
つまり、冒険者ギルドは冒険者たちの管理を更なる暴力で押さえつけることによって実現している。
冒険者ギルドには規約がある。
規約とは破られることを想定されて作られる。
強制力のない規約はただのお約束ごと以上の強度を持たない。
量刑執行官という役職は、ギルドという組織が保有している暴力装置だ。
冒険者ギルドに関係する個人。そいつの規約違反の軽重を定め、その責任を追及する──具体的に描写すると、夜霧の中で、黒檀製のクロスボウの口から銀の矢が眉間めがけて放たれる。
そして、翌日の死亡者報知表に名前が載ることになる。
一通り慌てふためいた後、普段和気あいあいと柔軟にお仕事をしている冒険者ギルド迷宮都市ギルド支部は、しいんと静まりかえっていた。
「帝国の最終皇帝が王国に降った。身分の保障も求めず、頭を差し出した。ただ、生き残った2万3000人の受け入れだけを要請してな」
帝国って……適者生存とかいう考えを元にしてて、人口ピラミッドで奴隷が一番多い国だろ。
随分お優しいことだな。大平原を歩くうちに、いたわりの心にでも目覚めたのか? はは、それじゃあ、この世界の人間は手を繋いで大平原をウォーキングするべきだろう。きっと何人も野垂れ死ぬけど、まあ貴い犠牲かもな?
……馬鹿馬鹿しい冗談だ。僕のジョークよりも出来が悪いよ。
吐くなら、もう少しまともな嘘を吐いたらどうだ。
「嘘ではない。弱者にも役割を与える──あれほど甘い国はこの大地に二つとない」
……奴隷が、甘い?
選択の権利がない人生が?
「それは本題ではない」
……そうだったな。
だけど、それは慈悲ではない。絶対に違う。
「君の人生哲学よりも重要なのは、2万の人口が食糧資源を逼迫していることと、未だ帝国30万人の民が流浪を続けているということだ」
このままでは、王都が飢え朽ちる。
だから、前任の無能に飛ばしたのだ。
リリ・グレプヴァインは火傷痕をなぞりながら凶報を告げた。
でも、僕は別にいいだろって思った。
受け入れる選択肢を選んだのは自分だろって思った。




