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「わくわく領地経営。いや別にわくわくでもなんでもないな。眠い」



「どう考えてもお金が足りない」


「ん」


 メリーがじゃらじゃらと金貨の雨を降らせた。

 わあ。何買おうかな。


 ……違う。そうじゃない。

 メリーが財布からこぼしたそれらをポケットにしまいながら、僕は首を振る。


「たりない? たりない?」


 いや、そうじゃなくて。

 僕が悩んでいるのは、ロールレア家の財政だ。


「税収に対して支出が多いんだよ。差し迫ってる給与の支払いはもちろんあるし、いつまで仮の邸宅ってわけにもいかないだろうし、住み込みで働かせるための居室も本当に最低限だからストレスの元になるだろうから社宅みたいなの用意しないとだし、それから防諜のためにもお金を使いたいし……しかもこれあくまで家内に限った話だからね。ステラ様とかスラム無くそうって抜本的な改革案出してくれるけどそのお金どこから捻出するのってなってるんだよいや舵取りの方針を定めるのが領主の役割でそのために働くのが部下の役割なのは確かなんだけどさ。その点シア様は無理のない範囲なんだけど正直効果薄くないこれって感じでまあささやかな内容だけど数がすごい。その一方で関係の悪いっていうかほとんど侵略みたいなことしてる隣領があって課題がどんどんどんどん積まれていくのにちっともお金が足りなくて──」


「めりが。だす。かいけつ」


「それはダメ」


 僕は即答した。

 僕はあくまで、僕にできる範囲で二人を支えるつもりだからね。そこに君からもらったお金は混ぜない。


「めりのものは。きふぃのもの」


 メリーのものは、メリーのものだよ。

 僕のものも僕のものだ。

 だけどまあ、メリーが欲しいって言うなら、別に何をあげてもいいけどね。


「めりも。あげる。なんでもあげるの」


 いりません。押しつけられても困るよ。

 僕はポケットの金貨をメリーのお財布に戻した。


 それに、そういう形で関与するのは、なんていうか……役割が変わっちゃうでしょ。あくまで、僕は部下だ。このきらきらした石ころみたいなのは、やろうと思えば立場を入れ替えてしまう魔力を持ってる。

 だから僕は悪趣味な金貸し(クロイシャさん)のところに、あくまでロールレア家の使用人って立場でお金を借りにいったわけでね。

 どんな手段を用いてでも金貨3000枚が必要たってだけなら、別にいくらだって用意できるさ。世界最強の冒険者が、本気でお金のために動くならそれは容易だ。手段は10や20も思いつく。


 ──ただし、ロールレア家の使用人としてどうするか、というのが問題だ。


「ほんと、どの貸金業者もお金貸してくれないんだよなぁ……」


 単利で年2%未満とかいう、採算というものをほとんど考えていないクロイシャさんの存在で、貸金業はほとんど斜陽だ。

 あの性格の悪い金貸しの顧客は非常に多い。他の業者は、クロイシャさんの審査からあぶれた存在を顧客とすることになる。なので、客の質が悪く、それに対応する店側の質もまあ乱暴で悪い。ほとんどゴロツキだと言っていい。過言じゃないと思う。まあ過言じゃないんじゃないかな。


 ……でも、なんか、僕の行動が領主の行動とか言われたので(それは信頼じゃなくて盲信って言うんじゃないのか、僕に寝首を掻かれるとか無能な僕が大失敗するとか考えないのか! ああもう!)あまり無茶なことをすることも憚られてしまうわけで。

 領主の代行という社会的な立場を得たはずなのに、貸金業者ゴロツキ一人との契約すら満足にできずにいる……。


 これが僕一人なら、あるいは王都の腐れ貴族の家だったら、社会的地位でぶん殴って金を出させるだけ出させてから借金全額踏み倒して路頭に迷わせる計画 ~どうせ金貸しなんて原資があれば成立する良識がなければないほど儲かるゲス野郎の仕事だし~ を発動することだってできた。

 つくづく信頼って厄介な荷物だ。何がいちばん厄介って、……荷物だってわかってるのに、降ろすことを惜しみはじめてることだ。


「金策……、金策を考えないとなぁ……」


 為政者が税を増やしたくなる気持ちがわかるな。いやそれやったら政情不安になるけど。市民に反逆の味を覚えさせるとかセツナさんとアイリーンさんはつくづく何をしてくれてるのかな?


「きふぃがかんがえるのも。おかねだすのも。いっしょ」


 だから違うんだってば。



・・・

・・



 ロールレア家の執務室にて。


「キフィナスさん? 今日も眠そうね」


 ええまあ……。いろいろ考えごとしてまして……。

 ねむ……。


「……キフィ、キフィナス。業務中の睡眠は禁則事項です」


 はいー……。


「きふぃは。おかねのこと。かんがえてた」


 そうなんですー……。

 どう考えてもデロル領の運営費が足りなくてー……だからー……、



「隣の領地でマルチ商法しようかなって」



 僕は寝不足だった。



「マルチ……? それは、何かしら?」


 ええ、はい……。

 一言でゆーなら……、ええとー、階層型搾取システムです。

 適当な商品を押しつけて、それを誰かに売りつけりゃ儲かりますよーってうそぶいて、その下にも同じことをさせる。商人の下に商人を作るように迫るんですよ。


「それ儲かるの?」


 え? ははっ。儲かるわけないでしょ。

 でも『儲かるよ』『今だけがチャンスだよ』って売り文句で小金持ちが飛びついてきますよー。

 ──で、早々に破綻する。会員が下に子の会員を作るが、孫の子あたりで買う人間がいなくなる。


「でも、いちばん最初に飛びついて会員を作れるだけ作ったヤツは得をするんですねー。だから隣領にある商人の組合ギルド──魔道具、魔石商人あたりがお金持ってそうでいいかな──に、『最初のやつだけが儲けることができますよ』って持ちかければ……、少しは予算の足しになるかなーって。ついでに迷宮産の商品って領地の主力まで麻痺させられる」


「完っ全に目が据わっているのだわ……」


 ふふふふふふ。眠気でテンションがおかしなことになっている。

 普段から僕はべつだん面白くもないのに笑ってるけど今日はなんだか面白かった。



「……曖昧な説明で理解し切れていませんが。つまりおまえは、ダルア領へ経済攻撃をしかけながら当家の予算を増やそうとしている、と?」


 はいー。やっぱり、一粒で二度おいしいというのは良いものですよね。いやメリーの料理ではなく。メリーさん座ってください。


「……成功した際には、どの程度収入を得られますか?」


 シア様から当然の問いが来た。


「わかりません」


 僕は正直に答えた。



「……は?」


「でも、失敗しても僕たちは痛くないです。そもそも攻撃だとも見なさないんじゃないかなぁ」


 少なくとも、チンピラ使って冒険者の数を物理的に削ろうとするよりはよほど人道的で穏やかだろうって思う。

 なんか殴られたから殴り返すだけだ。右の頬を殴られて泣き寝入りをしてはいけない。

 正直、その、どれだけ利益が出るとか試算は──眠くなっちゃってちょっとむり。


「もし失敗したら。相手に不利益は与えられますし、こっちに痛いことはない。成功したら? 嬉しいですね。相手に不利益を与えられた上で、お金が稼げます」


「……成程。それならば、私はおまえの提案を退けません」


 ありがとうございます。

 あ、商材は役に立たないけど珍しいもの、ステラ様が今床に転がしてるがらくたとかちょうどいいです。


「……そうですか。姉さま。これは処分の機会にも──」


「これはがらくたじゃありません! 錬金術の研究素材だもの。大事なものよ」


 もらっていいですか?

 僕がこれカネに変えたら錬金術ってことになりませんか?


「ならないわよ! 錬金術とは観察と仮説と実証、それを積み重ねる立派な学問なのだわ。……人気はないけれど……」


 もごもご喋るだけで火とか水とか出せちゃいますもんね。そこの緑色の石ころとか、僕とステラ様で物落としたときの速度が違ったりしますもんね。

 ここは不遍性と非論理性と再現不可能性の世界だ。そりゃあ、人気を得ようはずもない。



「まあいいや。売るものは適当になんか見繕うとして、ちゃちゃっとやってきますので決裁を──」



「不許可だよ」



 ん……?


「ご機嫌よう。不躾ですまないけれど──経済の擁護者として、キミの行動は許可できない」



 長い黒髪。切れ長の赤い瞳。女性的なシルエットを覆う男装の礼服。

 気づけば、僕の真後ろに立っている。



「……何者ですか」


 シア様が訊ねる。その声は端的だ。


「ボクはクロイシャ。しがない商人だよ。それから、心に火を灯した者の支援者でもある。更に付け加えるなら……そうだね。そこのキフィナス君のことを、ボクはよく知っている」


 その語りは迂遠だった。


「帰ってください部外者さん」


 僕はまぶたを擦りながら言った。



「いや、そういうわけにもいかないんだ。なにせ──キミの思いつきは、この国の経済活動を吹き飛ばしかねないからね」


「なっ……!?」


 お二人が驚いている。僕は向こうであくびをした。

 クロイシャさんは大げさだなぁ。僕にそんなことできると思います? ステラ様もシア様も、僕がそんな大それたこと──、



「「します」」



「あれ? 突然現れた不審者よりも僕の信用がなくて?」


「ご理解が早くて幸甚の至りです。レディ。この戸の前までは、あなた方の部下にお連れいただきました。……しかし喫緊の事態と判断し、ここまで踏み入ったこと。どうぞお許しと、これからの豊かな商談を」


 クロイシャさんは、二人の前に跪いた。

 そうか、僕には媚びへつらいが足りなかったのか……。



「星の記憶を発掘することで、文明はいびつながら発展を遂げてきた。しかし、数百年先の洗練された詐術を持ち出されると困ってしまう。この国の貨幣経済は、そこまで大きくないんだよ。アルバノフォビアを起こされても困るんだ」


「はあ。相変わらず何言ってるのかわからないひとだな……」


「タイレル王国は封建制だ。今のキミの立場は、臣下の臣下ということになる。国に害為すことはしまいね?」


 お、いい感じに媚びを売れそうなトスが来たな。

 よーし……。


「いいえ。僕はロールレア家の使用人はしてますが、王国に仕えた気はないですよ。そこは訂正していただきたいですね」


 ……僕はちらっとステラ様たちを見る。

 好感触だな。よし。

 畳みかけよう。


「王都とかどうなろうとどーでもいいです」


「あなたね……」


「……おまえは……」


 あれぇ?



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― 新着の感想 ―
[良い点] あぁ今日も一直線のメリスさんが尊い........................ [気になる点] クロイシャさんは現代の知識あるのかな?? 絶対星の記憶以外の知識の素があるはず! [一…
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