迷宮都市と冒険者
ここ迷宮都市において、冒険者とかいう連中は──僕としては千の害があって一の利もない存在だと思いたいんだけど残念ながら──経済活動を大きく支える役割を担っている。
関わる人間が多ければ多くなるほど規模が大きくなるのはあらゆる事物に当てはまる法則であり、経済というのはその典型的な例である。
ダンジョン探索には危険が伴う。だから武器や防具を購入する。事前準備は欠かせない。だから携帯食料や照明器具などの雑貨も補充する。戦いは精神をすり減らすため休息できる場所が必要だ。だから拠点となる宿屋がいる。
これらの需要は冒険者の数が変わらない限り安定している。冒険者相手の商売だけでも、ひとつの経済圏が生まれているのだ。
そこに加えて、彼らは戦利品と称して目についた物を手当たり次第に持ってくる。
それらは適宜、ダンジョン学とか魔道工学なんかを専門にする人たちの調査研究へと回されて、比較的使えるガラクタと使い物にならないガラクタとに分けられる。
使えるガラクタと判断されればボーナスが支給され、美味しいものを食べたり飲んだりすることができる。
そうして、一部の使えるガラクタは商品となって流通の流れに乗り、一攫千金が得られるというわけだ。
その上で流通量が安定していて、用途もしっかり定まっているものは商品として優良であると扱われる。湛えてる魔力がわかりやすい《魔石》とかね。あと《薬草》なんかはまさにそれだ。沢山生えていてかつ効果がわかりやすいなんて、《迷宮資源》としてこれ以上のお手本はない。
まあ、惜しむらくは沢山生えすぎていることと、効果がささやかすぎることかな。迷宮産なのに商品価値は残念ながら低い。それどころか近年では《迷宮由来の自生動植物》って扱いになってる。もっとも、価値が低いからこそ、僕は草むしりばっかやってたんだけどね。
冒険者ギルドのカウンターに薬草を置きながら、僕はべらべらと語った。
まあ、つまり僕が何を言いたいかといえば──。
「はいはい。ほんと油断できねーのはわかってンですよ最初から」
おっと、レベッカさんに先に言われてしまった。
ええ、はい。前任者がどんな態度だったかは知りませんけど、僕は冒険者という職業をよく知っています。
軽蔑すべき人間性をお持ちの方が多いですが、彼らなくしてこの街の経済活動は成り立たない。ほんっとゴミみたいな──。
「言い過ぎだろ」
いや、だって、倫理観って教養から培われるみたいなところあるでしょ。もちろん教養があってもクズなのもいますけど。
一攫千金に釣られてやってきた食い詰め者がうまくいかずにいるとですね、そのうち内側から腐ってきて、ある日『あっ生きてる人間宝箱にした方が早いなショートカットじゃん』ってなるんですよ。
「この世の終わりみたいな倫理観してんな……。なりませんよ普通」
はあー。レベッカさんはいい人なんだけど、冒険者に寄り添いすぎているところがあるんだよなぁ。
「偏見が酷いんですよ。そりゃあ、悪い人が一人もいないとは言いませんよ? だいたいアンタも冒険者でしょうが。今後もウチ辞めないんですよね?」
そうですね、辞めませんよ。
いや、べつに辞めてもいいですけどー……困りますよねぇ?
僕はけらけら笑った。
「ぐっ……、こ、困る……」
苦い顔をするレベッカさん。
腕のいい魔道具職人との繋がりというのは、それだけ大きいものなのだろう。もちろん薬草の他にも素材は必要なわけで、それを賄えるようになれば仕事の幅が広がるわけだ。
そのきっかけが僕の薬草にかかっている。面白い状況だ。何が面白いって、僕のご機嫌とりをしなきゃいけないのが面白い。
「こいつほんと性格最悪だな」
もちろん僕は性格がいいので未だに冒険者を続けるつもりだ。我ながら、とてもいい性格をしている。ただ、そう……ちょっと口数が多くて誤解されやすいだけだ。僕自身何が誤解なのかよくわからないんだけど、とりあえず誤解ってことにしておけば被害者になれるのは確かなので、とりあえず僕は誤解だと主張する。
ね、メリー? そうだよね?
「ん。そう。きふぃは。やさし」
「ですって」
「それメリスさんに言わせるのはズルでしょ」
「え? でもレベッカさん、メリーの言うことなら何でも肯定しますよね?」
「でもじゃねーよ! だからズルいってンですよ!」
そうですか? そうですか。
「適っ当な返事しやがって……というか、いいんですか? 本当に掛け持ちとかできるんです? あの放送もふざッてましたし……」
「大丈夫ですよー。あの放送も許可取ってるんです」
事後ですけど。僕は心の中で付け足す。
「マジでぇ……?」
マジでーーす。
まあ、大きな仕事と掛け持ちしてるのは何も僕だけじゃないですし。
レスターさんとかもそうですね。
「王都の《光獅子》と自分を並べるのは流石におこがましくないです?」
え、でもあのひと『惚れた』の一言で近衛騎士になる人ですけど……。絡み酒めちゃくちゃ鬱陶しいし……。
メリーにしてもレスターさんにしても、レベッカさんはなんか美化する傾向にあるよね。いやでも、レスターさんはSランク冒険者なんて人間やめました性の高い肩書きを持っている人の中ではしっかりコミュニケーションを取れるタイプの人だから、ちょっとズレてる程度ならまあセーフかな。セーフだろうか。
いやまあ、時々『あ、やべーなこの人』って片鱗を見せてくるので、メリー以外のSランク冒険者はみーんな頭がおかしいけど。
どちらかというと僕が並びたくなかった。
ん、まあ──それはそれとして。
「それはそれとして!?」
え、だってレスターさんの話とかする必要もないかなって。別にそんな面白くもないし、何よりこの場にいないですし。
そんなことより用があったんですよ。僕は人よりちょっとおしゃべりかもしれませんが、いくらなんでも薬草置くだけでこんなにべらべら喋ったりしません。
「いやキフィナスさんならそれくらい無駄に喋るだろ」
あ、じゃあ喋りますー。喋るんじゃないでしょうか。どっちでもいいですけど。
はい。この報告書読んでみてください。
「なんですかこれ……」
「──迷宮都市の犯罪者、その職業についての統計です」
僕はレベッカさんの耳元に、寝物語を聞かせるように優しく静かに囁いた。
「なっ……!」
レベッカさんが椅子をがたんと引いて立ち上がる。
ああ、もちろん捏造じゃありません。ハンコもほら、この通り沢山押してありますよね。
「……あの、何をやらかす気ですか」
『やらかす』だなんてそんな。どっちかというと、やらかしてるのは冒険者さんの方じゃないのかな? まあ僕も冒険者ですけど。
そうですね。僕に冒険者って職業に対する偏見があるのはまあ、認めるにやぶさかではないですよ。
だけど、その報告書に書いている『冒険者及び元冒険者の犯罪者は4倍多い』という事実で、どうか事の深刻さをご理解いただきたいなって思います。
あ、グラフも書かせてもらいました! 誰が読んでもわかりやすく誇張……じゃなかった、視覚的な工夫をしましたので、わかりやすく伝わるかなって。
「……これ。公開したら、大混乱が起きますよ」
でしょうね。わかりやすく書いたので。
そこまで理解してもらえてよかったです。
これね、資料室で作成するのに立ち会ってもらった本官さんにも『この文書だけでキ印案件の山ひとつ増えるから絶対公開しないで』って真顔で言われたんですよ。キ印案件ってなんだろ。
だから公開する気はないですよ。だって、冒険者がいないとこの街は成り立たないんですからね。
でも、僕はいつ失職してもおかしくない身の上なので、僕にできる範囲で、目につくとこは改善しようかなーって。
さし当たっては、楔を打とうと思いまして。
「打たれる側でしょうに……。で、何が望みなんですか」
「レベッカさんが問題だなーって感じる冒険者パーティに、僕を混ぜてください。ギルドの権限で」
ロールレア家の姉妹のお二人直筆の、全権委任状をひらひらさせながら、僕はレベッカさんにお願いをした。
「ほんっと、マジで、どんな弱みを握ったんですかね……」
弱み?
──握られたのは、多分僕の方じゃないかな。
そんな言葉がふいに浮かんだ。
いやあの、確かに僕、問題のあるってパーティに入れろって言いましたけど……。
「「「「「「ヒャッハーーーーッッ!!!」」」」」」
ヒャッハー、じゃないんですよ。
そのトゲ付き肩パッドはなに? どこで売ってるんですか? 何の意味があるの?
斧舐めているのはどういうこと? 鉄分が足りないの? 鉄分よりずっと色々足りてない気がしますけど……。
ええ……? これから僕、これと一緒にダンジョン行くのぉ……?




