人事と書いてひとごとと読む。そんな人事担当者に僕はなりたい
「この状況で、一番最初に領主邸に集まれる人間は判断力に秀でています」
憲兵隊の庁舎から、ロールレア家仮邸宅の距離はほど近い位置にある。道すがら、僕はさっそく人事担当者っぽいことを言ってみた。ついさっき拝命したばかりだ。
仮に僕らが戻るまでに、門扉に人が立っていたとしたら、その人は思想や経歴、能力を問わず、無条件で即座に雇用するべき人材だろう。
あの放送を聞いて、即座に領主邸まで走れる。それだけで価値がある。
「……思想を、問わないのですか?」
はい。
彼あるいは彼女が何を考えていようと、問題はないかなって。
利に聡い人間は、利益を出していれば裏切ることはありませんから。
「……寝首を掻かれるのでは」
ええ。その可能性はありますよ。ですがそれは、どんな状況でも起こり得ますね。ちょうど、前伯爵邸が瓦礫に変わったように。
陰謀を巡らせる人間は、遠くよりも近くにいた方が対処しやすい。
僕はけらけら笑った。
「こら。不謹慎な笑い方をしないの。……もう。そうやってすぐ悪ぶるんだから」
悪ぶるとかじゃなくて、僕は性格が悪くて──なんだいメリー。なんで頷くんだい。
……まあ、僕を近くに置いていられるなら、そういった、目端は利くけど性根が歪んでるような人間にも対応できるようになるんじゃないですかね。いや適当ですけど。
「でも、あなたの発言に物申したい!って人なんかも来るんじゃないかしら?」
ええ。まあ、伯爵家の家来にふさわしくない発言をしましたからね。
まあ僕に反意がある人も来るでしょう。というか来てほしい。お二人にとって、そういう人間の方が頼れるだろうから。
「……ふさわしくないと自覚しているなら、控えなさい」
「前向きに検討しておきますねー」
──いいえ? 検討結果は0秒で出た。
僕は、僕にできる範囲で、あなたたちの力になると決めたので。
・・・
・・
・
ロールレア家仮邸宅は土の魔術で作られた突貫工事住宅だ。外観は無骨で、内装もほとんどない。おおよそ伯爵家らしからぬ装いである。
そんな無骨な門扉に、既にひとりの人影があった。
「いたわよ」
「そうですね」
さらりと流れる長い黒髪。紅白の服……。
うーん……!?
「? どうしたの?」
「あ、いえ、その。まさかとは思うんですが、ひょっとするとあれは──」
「よう。女遣い」
「前言を撤回します無条件で即座に雇用なんてするべきではありません人物素行経歴調査をすべきです!」
僕の知る限りこの街で一番やばい人が、長い木の棒を抱えて立っていた。
僕は頭を抱えた。ちょっと待っててくださいとお二人を置いて、僕だけ先にぶっちぎりでイかれた人まで走った。
「目出度いではないか。貴族に取り入ることが得意でござるな、女遣い」
「あの。何のためにここに来たんですか」
「無論。ぬしと戯れるためよ」
そう言って、セツナさんは棒きれを構える。
あのー、今はやめてください。いやいつも止めてほしいけど、あちらにおわすお方をどなたと心得てます? 次期領主様ですよ。
「構えぬ限り、弱者は斬らぬでござるよ。面白くないからな」
他人を殺傷する基準が面白いか面白くないかって時点で倫理観が終わっている。世界の終わりみたいだ。率直に言って人間のくずだ。
というかステラ様たちより僕の方が遙かに弱いんですけど。僕すごい弱者なので斬らないでくださーい。マレディクマレディコあたりとぶっ殺しあっててくださーい。どっちが死んでも世界がちょっと平和になるのでー。
「なに謙遜するな。我は、貴様の強さを知っているぞ?」
相っ変わらず話が通じないなほんとに……!
あ、ステラ様。じっとしてほしかったんですが、なんですか?
「キフィナスさんの知り合いなの?」
「えー……あー……、そうです……」
ここ認めないとお二人の命が危ういかもしれないからな。
僕はこころよく認めた。
「……おまえ。女性の知り合いが多いのですか」
えっなんかインちゃんみたいなこと言う。
いや、そもそも交友関係が狭いだけですけど。
「……そうですか。して、どのような関係なのですか。あの棒は、おまえがいつも持ち歩いている棒と見受けられますが」
ああ、十尺棒ですね。雑貨店で買ってるんです。毎日、ダンジョン探索で使いますからね。
あのひとに取られたんですよ。あ、気をつけてくださいね。目の前のあれ、木の棒で鋼鉄とか両断できる人ですから。
持ち主である僕はできないですけど。でも元々僕のものだったんだよな。
「そうだな、元々はぬしの所有物であったな。それを我のものとしたのだ」
「……そうですか。慎むように」
何を?
「くくっ。流石だな女遣い。小娘どもを籠絡したか」
人聞きが悪いんですけど。
ほんとやめてください。
「……その女性を、我が家で雇用するのですか?」
「いや、無理です。この人にはおおよそ社会性らしきものがなくていつ他人を害するかわからない危険人物です」
「そう褒めるな。面映ゆいではないか」
「褒めてないですけど」
「……おまえも似たようなものでは?」
違う……!それは断じて違う……!!
「えーと。具体的に名前を挙げると、この人は『人斬りセツナ』です」
──僕がその名前を出した瞬間、空気が変わった。
ステラ様とシア様の瞳から、魔力の燐光が放たれる。
視界に収めたモノに干渉する魔眼の力。赤き魔眼は肉を焼き、青き魔眼は骨を凍らせる。
紅蒼二対四つの眼に捉えられながら、しかし和装の剣鬼は口許を歪めた。
「……《公爵殺し》の大罪人……!」
「キフィナスさんの知り合いとはいえ、看過できかねるものがあるわね」
「くくッ。その魔力、悪くないぞ? 一撃でも与えられれば、我を殺しうる大きさだ。悪くないが──ぬるいな?」
魔眼の解法とは、視界に入らないことだ。困難を伴うが無敵の能力ではない。
「小娘。鞘から刃を抜いた以上、首落とすことは覚悟の上よな」
人斬りセツナと呼ばれる女は、しかしその困難に慣れていた。
影を置き去りにする俊敏さと独特の歩法は、相手の視界から自分を消すことを容易く達成せしめ──僕は咄嗟にシア様を抱きしめた!
「ひゃっ──」
シア様の少し低い体温。
そして僕の首元にかかる木の棒……。
それから、まだくっついたままの僕の首。
「……何のつもりだ? 女遣い」
「何のつもりだ、はこっちの台詞ですが」
──セツナさんは、最初から僕を狙っていない。
ここにはメリーがいる。そしてあなたはどうやってもメリーには勝てない。このふわふわな髪の毛の、たった一房だって斬り落とせやしない。
そんなメリーが僕を守ってくれている。いや、なんかセツナさん相手だと静観することが多いけど──それでも、絶対に僕の首は落ちない。メリーがいる状況では、僕への攻撃は成立しないんだ。
……だからこのひとは、僕が盾になるかどうかを見極めるために、そのためだけに凶刃を振るった。
「くはははッ! ぬしが、そこまで表情を変えるとはな! そうか、籠絡したのは貴様らの方だったか!」
背骨に刃物をざくざく突き立てるような、むき出しの殺気を顕わにしながら、彼女にとってはただのじゃれ合いに過ぎない。
殺意なく殺気を放ち、殺気なく殺傷を行う。故に、付いた名前は人斬りセツナ。
つくづく最悪な性格をしている。
「しあは。たすける」
……そっか。メリーは、シア様のことを気に入ってるんだね。
「ん」
僕はそれを、素直に嬉しく思う。
……まあ、そういうわけです。セツナさん。残念ながら、今日は血を見れませんよ。
「お? はずれに女遣い以外に対する好悪の情があったとは、驚きだな。我はてっきり、王都のように燃やすのかと思ったが」
「……昔の話ですよ」
「くく。──いや、面白い遊戯であった。今回は、これで退散してやろう」
あ、ほんとに?
ほんとに消えてくれます? よかったぁ……。
二度と僕の前に現れないでくださいね?
「さて。どこかで2人ほど斬るか」
うわ最悪だ。セツナさんはそのまま姿をかき消した。
最悪だ。聞かなかったことにしよ。
僕ははあ~~、という大きなため息をついた。
そんな僕の背中に、ステラ様がぴたっとおでこを当ててくる。
「だめね。わたし、動けなかったわ。シアのお姉ちゃんなのに」
「動かなくて正解でしたよ」
「……ねえ。なんなの、あの怪人」
僕が聞きたかった。
ほんとに何なんでしょうね。
僕にもよくわからなくて。
「あなたが王都にいた頃からの付き合いなのよね? ……ああいう人、他にもいるの?」
えーと、まあ僕が会話を成立させられる範囲では──ぶっちぎりでヤバい人ではありますかね。
冒険者はだいたい奪うと殺すを生業としてて、業務に習熟してくると当然その能力が伸びるわけです。
その内、ぶっ殺す方に大きく傾いてるのがあの人です。あなたが領主として、どう付き合うべきか頭を悩ませるたぐいの冒険者なのは間違いないですね。
「結構フラットな評価ね。もっとぼろくそ言うと思ったのに」
ええ、まあ。
あの人より吐き気がする下衆なら、冒険者にはいくらでもいますしね。暴力に慣れた人間はいくらでも野蛮になる。
もちろん、何かにつけて僕を殺そうとするのは本当に勘弁してほしいけど。
「奇妙な人間関係を作り上げているのね、あなた」
つくづくそう思いますよ。
「……おまえ、おまえ。いつまで、わたくしをだきしめてる気なのですか……」
あっ。そういえばそうだった。
あーすみませんシア様。僕は腕を放し──あれ?
「……しかたがありません。もう少しだけ、だ、だ、だきしめることを、許しますっ」
いや、あの、シア様から抱きついてきているんですが……。
「私だって怖かったのだわ。刃を直接向けられたシアは、きっともっと怖かった」
……僕はしばらく、そのままの体勢でいた。
目撃されたらちょっと弁解が必要な光景で、目端の利く人間がやってこなくて何よりだな、と僕は思った。
・・・
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ぶっちぎりの厄介事を何とかさばいた後は、人事は万事順調だった。
それから少しずつ、ぽつぽつと人が集まり、次いでお調子者が人を引き連れ、さざめく小波が波紋を広げるように行列ができた。
僕はまあ、財務兼なんだっけ兼人事担当として、使えそうな人たちをより分ける作業にしっかり従事した。
順調だった。
「あのキフィナスという灰髪はご領主に阿ってばかりの──」
「佞臣を排斥するようにお館様には──」
「奴を追い落とした方が──」
うん、万事順調だ。
ひそひそと話をする新規採用者たち──まあ、僕と同日だけどね。
その内の一人の男の顔が、まるで茹でたタコのように見えて、僕はけらけらと笑った。




