会計検査担当兼財務担当兼家財管理担当兼お菓子用意担当兼清掃担当兼……
そうして無情なリストラ活動により、僕の役職は会計検査担当兼財務担当兼家財管理担当兼お菓子用意担当兼清掃担当兼洗濯担当兼服飾担当兼世話係担当となった。
……なんて? ええと、会計けんさたんとうけんざいむ……長い長い!
指折り数えてみたけど、これであってたかな。
「……接客係が抜けています。あと、洗濯係はしなくてもよいと言ったでしょう」
「えーと。そうでしたっけ?」
「……そうです。服の洗濯には、専門知識が求められます。おまえには任せていません」
あ、それなら大丈夫ですよ。メリーの服とかよく洗ってますし。
返り血とかでけっこう時々すごい汚すので、インちゃん一人に任せるのはちょっとなーってことがあるんです。
「ん。よく。あらわれる」
君は結構めんどくさがりなところがあるからね。それと雑だからボロ切れになりそう。だからだいたい僕がやってるんですよ僕が。僕がね。
例えば敷牢蚕の一本糸で紡がれた服は人肌と同じ温度で洗うとか──、
「……任せていないと言いました。おまえとて、仕事を増やすのは本意ではないでしょう」
まあそうですね。仕事は楽であれば楽であるほどいい。立ったり座ったりしているだけでお金が貰えるなら、それは勤労意欲が高まるというものです。
ですけど、僕の洗濯テクニックはかなり高いんですよ? メリーの服は沢山ある。二軒ほど倉庫が必要なくらいにはね。僕が服飾担当にも着任したのは、その実績を買われたからだと認識しているんですが。
材質の取り扱いは購入時点で把握した方が面倒がない。貴族様は大勢の人を雇うことがステータスだとご認識あそばされている節があるのでいちいち係ごとに沢山の人を噛ませてますが、そのせいで業務は滞るんですね。もちろん分業と専門性は切っても切り離せない関係にありますが、どう考えたって配置の無駄です。一般財務と家財とお菓子と服で同じ業者にそれぞれ別の人が発注かけるとかわざと複雑にしてるのかなって聞きたくなるくらいでしたよ。なんかしんみりしてる最中にその空気を無遠慮にぶち壊したいなって思った。いや、流石にこの二人相手にはやらないけど。
わかりますか? 僕はですね──。
「洗濯係ひとつで何を熱弁しているの、あなた」
なんかステラ様が呆れた表情で僕を見てくる。
心外だった。
「……ね、姉さまっ。こ、こいつ、わたくしたちが着た服に並々ならぬ好奇をっ……!」
「シア。落ち着いて。キフィナスさんは、そんなわかりやすい人ではないでしょう」
「…………そ、そうでした。キフィ、キフィナス。今の発言は忘れるように」
今の発言?
んー、僕はいったい何を忘れればいいんだろ。
「とにかく忘れるように。……いいですね?」
はーーい。
僕は適当に返事をした。
で、僕は結局洗濯も担当するんですか?
「何もわかってないじゃないの」
「だって忘れろと言われましたし」
「そうね。あなたはそういうひとだわ。
担当しなくていいです。冷静に考えたら、殿方に任せる仕事ではありません」
ええ……?
でもメリーの服とか洗ってるし……。
「……一応聞いておくけれど。あなた、メリスさんの下履きも洗っているの?」
「下着? 洗ってますけど、それが何か?」
「……あなたとメリスさん、距離が近すぎるのよ。私たちにその距離感で接されると困るのだわ」
え、あー。
そういうものですか? あまり意識してなかったけど、そうなのかな……。
「めりは。よい」
メリーはそう言って、僕を背中から抱き締め──締まる絞まる絞まってるるるる──痛みと共にひっついてきた。
僕は自分の身体の耐久性への不安以上に、ステラ様たちから貰ったいかにも高い服の耐久性が不安だった。勤務初日で仕事着が破れそう。購入直後にダンジョンで装備壊すとか冒険者かな? 改めて本当に嫌な仕事だな。
「……わ、わたくしは。おまえが難しいのであれば、今のままがよい……、いえ、今のままでも、許します……」
わあ、それは素直に助かる。
実のところ、僕の得意分野は相手の神経を逆撫でたりかき乱したりすることにあるので、守りたいなって思う子たちへの適切な態度というものはよくわからない。
「……ですので。姉さまの言うとおり、これは殿方の仕事ではない、ということです」
なるほど……。どうやら、僕が洗濯できないのは姉妹の総意らしい。そこに異論はない。
でも、男性の仕事・女性の仕事って考えはどうなのかな、って思ったりする。
人は自由意志に基づいて自らを決定していく生き物であるわけで、職業の選択もまた、自由であるべきだと僕は考えているのです。
「……自由、ですか。──おまえは、私たちの仕事も、自由であるべきと考えているのですか?」
「もちろん」
僕は即答した。
「誰かの上に立つというのは、やっぱり責任が発生しますから。そういうのってやりたい人がやればいいと思いますよ。少なくとも、僕は全然やりたくない」
まあ、意志だけじゃなくて能力が伴ってないと周囲が被害を受けるんだけどね。
「……それ、この部屋の外じゃ絶対言っちゃだめよ?」
「……わたくしたちは、おまえの思想も発言も、今更問題にはしませんが──」
「えっ本当ですか!?」
「──しませんが。接客係を担当するのならば、そういった放言は慎むように。……貴族には、貴族としての生き方があるのです。あと、発言の途中で口を挟むのは控えなさい」
……接客担当やるんですか? 僕が? ほんとに?
あんまり言いたくないですけど、やっぱり諫言って大事だと思うので恐れながら言わせてもらいますけど、トップに求められる能力で一番大きなものは人材を適所に配置することだと思うんですよ。それができてないですよね。僕に客を遇するのは無理です。不適材を不適所に配置してますよ。いやまあ、僕が伯爵様のお屋敷でお勤めする時点でそういうところありますけど、中でも接客係は何をどう考えても向いてないです。
いや、ほら、僕この髪でしょ。灰色の髪。街じゃ疫病の媒介者とか思われてますよ。いや否定はできませんけどね。一般的に、彼らにはまともに衣食住が揃ってないから不潔ですし。衛生学の知識は断片的ですけど、皆さんは清潔さを重視している。だからまあ、灰髪と疫病とは因果関係がないことはないです。まあ僕は毎日お風呂入りますけど。それでも、世間一般で灰髪のイメージはそんなものですよ。そういう意味では、厨房に近いのもやめた方がいい。僕は厨房係は担当してませんけど、お菓子を僕に用意させるのもやめた方がいいと思ってます。
あ、でも厨房は本当に信頼できるひとに任せた方がいいですよ。いつでも毒が盛れますから。
「本当に口が減らないのね」
「……毒ですか」
ええ毒ですー。僕に任せるのはやめた方がいいですね? 命に別状のない、それでいて苦痛が取れない毒なんかは沢山知ってます。病気のようにしか見えない症状の毒なんかもね。
「前科があるような物言いね」
はい。例えば、そうですね……。多くの人が利用する水飲み場に、睡眠毒を仕込んだこととかありますねー。
どうですー? 雇用する気なくなりました?
「なくなりません。あなたのやんちゃは知っているつもりよ」
「……はい。おまえが過去に何をしていても、今更驚きません」
「その上で、わたしたちはあなたを信頼してるのよ、キフィナスさん」
「……はあ、そうですか。それはそうと、僕は厨房には入りませんから」
「きふぃ。りょうりできる」
「メリーは話を混ぜ返さないでほしい……。それに僕、そんな大したもの作れないからね? だから厨房には入りませんよ。ぜったい入りませんから」
……何やらむずがゆくなって、僕は頬を掻いた。
別に僕が今更どう思われてもいい。
けど、僕のせいで、この子たちが白い目で見られるのは……嫌だなと思う。
「ねえ、キフィナスさん」
なんですか、ステラ様。
「私はね。いつでも、自分にまっすぐ、誇れるように生きてきたのだわ」
「ええ、知ってますよ。その結果トラブルを起こしたこともよーく知ってます。たった二人で迷宮に足を運んだりですとか」
「──だけど、そこに後悔はないわ。その足跡を私は誇れる。だって、あなたと出会えたんだもの」
だからね、とステラ様は言う。
「はっきり言ってムカつくのよ」
その赤い瞳は、いつものように透き通っていた。
いたずらっぽい笑顔で──ええと、何考えてるのか、よくわからない。
「ムカつく、ですか……?」
「そうよ。あなたが、そんな顔してるのが、ムカつくのだわ」
え、いや、僕の顔は生まれつきですけど……。
「きふぃは。かこいい」
「そうね。真剣な顔してるときは、ちょっといいかもって思うけど。……ちょっとだけよ? でも、その顔はムカつくわ」
僕は、いつものように笑いを浮かべ──、
「その作り笑いをつくったものが、ムカつくの」
──ようとしたところに、むず、とステラ様にほっぺを掴まれた。
正面に、ステラ様の顔がある。
「いふぁいれふ。はなひてくらさい」
「べつに痛くしてないわ。いい? 私はね、この街で暮らす人々みんな、胸を張ってほしいの。自分のことを、誇りに思ってほしいのよ」
それは──素敵な願いですね。ステラ様。
でも、それが難しいことは、あなたにだってわかってるでしょう。
社会は複雑で、したくない選択を強いられる、選択の余地のない人間だっている。僕がいま辞めさせた人たちだって、そうかもしれません。
ま、あなたは全員辞めさせようとしてますけどね。それは、素敵な願いとの矛盾じゃないですか。
「いいえ。私が私を誇れるように。キャビナが、ルーナが、ムマが、ラッドが、アマスが、ヘイルが、ユニが、マリクが。……みんなが。自分自身を誇れるようにするために、この家から離れてもらうべきだ、と思っているの」
「……姉さまには、そのようなお考えがあるのですね」
「ええ。……詳しくは話せないけれど。ごめんね、シア」
「……いいえ。姉さま」
この姉妹の道行きはどうしようもなく険しい。おおよそ実現できない夢想を本気で語る。そして叶えようとする。
……痛いのと怖いのは嫌だ。けど、目の前で女の子たちがタイトロープ一本で奈落の綱渡りしてるところに、手を差し伸べずに平然としていられるほど僕は無神経じゃない。
「お人好しで優しくて、それで頭もいいくせに。あなたは自分をちっとも誇れてないじゃない」
「……そうです。おまえは、自分を誇っていいんですよ」
え、あ、え?
いや、その……、僕は……。メリーが……。
め、メリー、僕はどうしたらいいんだろう。どうしよう……どうする?
二方からのじっと見つめられた僕は、注意深く首を動かさずに視線だけを横に向ける。
「よい」
……なんでそんなすごい勢いで頷いてるの?
「とてもよい」
君はキツツキなのかい?
「すばらしい」
うう……。
僕は三方から囲まれた。メリーが裏切った。
逃げ場、逃げ場が……ない。
「年が明けて、1000年祭に合わせて。私は領主として正式にこの街を治めることになります。その時、わたしの隣には、シアとあなたがいてほしい」
「え、あ……。その、僕なんかより……」
「……おまえの代わりはいません。おまえでなくては、いけないのです。……わたくしも、そう思います」
なんか……頬が熱い。全身が痒い。やめてほしい。
僕は三人からの視線に耐えかねて、首を小さく縦に振った。
「でね。その予行演習をしようと思うの」
……ん?
「演説をしましょう。ロールレア家は変わって、あなたは私たちの懐刀になる。領民たちに報告すべきだわ」
いやいや、いやいやいやいや!
ダメですよ! 絶対ダメだって!
「遅いか早いかの差でしかないでしょう?」
「……いえ、むしろ早い方がよいかと」
「そうね。憲兵庁舎に、《ティワナコン》借りにいきましょうか」
そ、そうかもしれませんけど、でもですね……!えっと準備とか! 混乱させるのはよくないですし告知とかすべきだと思います! あと辞めた人からは心証よくないんじゃないかなーー僕恨み買うだけ買って適当なところでとんずらするつもりでしたし!
「……やはり、あの態度には意図があったのですね」
「私はいつも通りだと思ったわ」
「……なるほど。では、問題ありませんね」
問題ありますよ!他にも僕が灰髪だとか素行の悪い冒険者だとか空が青いとかぁ!! あ、そうだ仕事!仕事があった!僕すごい仕事押しつけられてるんで今すぐ仕事しないといけないなって思いました!!
「……『過度の分業は効率が悪い』と主張したのはおまえでしたが」
ううう……!うううう……!!何か、他に何かあるはずだ、考えろ、考えろ、思考だけが僕を僕たらしめる──あっメリー押さないで!やめ、やめて!
背中から中身が、中身が口から出る!はらわたとか出しちゃいけないものが出るから!
くそっ僕をどこに押し出そうというんだっ!僕は負けなっ、あっ無理だこれ。無理、ちょっ、力! 力が!! 押す手が増えてる!!
うあああああああ……!




