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ロールレア家の使用人



「……姉さま。初日ですよ。よいのですか」


「そうね。シアは一時間も前からそわそわしていたものね」


「し、しておりませんっ。……せいぜい、30分ほどでしょう……」



 遅刻してきたら玄関に二人が待ちかまえていた。

 ちょっと威圧感がある。なんか僕が悪いことしたみたいだな。


「いやーーすみません。せっかく初日なので、何か買ってこようかなーって思ったら。すっかり遅れちゃったんですよねー。なんかー、買ってるうちに二の鐘鳴ってました」


「……嘘です。おまえは、今日寝坊したでしょう」


「おや?」


 確かに嘘ですけど、なんでシア様は嘘だと見抜けたのかな?

 僕が首を傾げていると──。


「……わ、忘れなさいっ。わたくしも、不問としますから……」


 シア様はハッとして、もごもごと呟いた。

 あ、不問にしてくれるんです? やったー。

 ああこれ買ってきたやつです。僕はトカゲの黒焼きを差し出した。


「ありがと。……市井の民はこんなものを食べているの?」


 臭いを嗅いだステラ様が、顔をしかめる。

 煙で燻して黒くしても、爬虫類特有の生臭さは覆いきれない。


「いえ。この店は並んでなかったので」


「……おまえが遅刻した理由は、土産を購入したからではなかったですか?」


「不問にするとおっしゃられましたしー」


 毒はないのを確認してます。ええ。

 僕はバリっと頭をむしり喰らった。動物性タンパク質の味がする。

 辺境の旅路で、乾燥した木の幹とか食べてた頃と比べると遙かに食事って感じだ。まあ木は消化されないから本当に気休めでしかなかったわけだけど。気休めを気休めだと知りながら口にするのは笑えるほど地獄だった。


「……それ、おいしい?」


 いえ。そんなに美味しくはないですよステラ様。

 ただ、メリーの自称りょうりよりは食べ物の味ですね。


「う゛っ……」


 ステラ様が苦い声を上げた。


「めりのが。おいしい」


 あー、いや、まあ、確かにおいしいよ。おいしい。でもね。甘い、辛い、しょっぱい、すっぱい、苦いの前に美味しいがくるってその時点で変だよ。なんかいちいち冒涜的なんだよね。いや君が作ってくれたからには食べるけどさ。

 ああ食べる。そりゃ食べるよ。まあ食べる。けど頭がおかしくなりそうになるんだよね。ステラ様が変な声出すのもわかる。だってメリーが作るものは一言で形容するなら『混沌』で、そんなものは口に含んでも身体が食べ物だと認識しないから。一般的に料理には謎の触手が生えたりはしてないし歯を立てた時に断末魔の声を上げない。理性はそれを食べ物じゃないと認識しているのにおいしいとしか感じられないから、なんか、上手く処理できない感情を抱えることになるんだ。

 いや、まあ、メリーは食事を必要としないので、ごはん作ってくれるのは純粋な善意なのは確かではあるんだけど……。善意は基本的に報われるべきだと思うし、まあ、だから食べるよ。食べるけどさ。けど、なんていうかメリーにはじっとしててほしいなっていうのが僕の素直な本音だ。

 でも本音っていうのはいつだって口にしづらいものだ。僕は人よりちょっとお喋りな自覚があるけど、いかにそれを相手に伝えるかというのは常に考え続けている命題である。わかるかな?僕は悩んでいる。そしてその悩みは、移動中はちょっと僕に料理を任せるだけで解決する問題なんだけど、どうかな。


「めり。つくりたい」


 あー……。

 そっかー。作りたいかーー。

 そうだねー……。



「──長話に口を挟んで失礼するわ? ここは玄関です。いい加減、執務室に行きましょう」



・・・

・・



 僕は用意してもらってた黒スーツに着替えた。肌に吸いつくような着心地で、高級品なんだなって思った。

 メリーは僕の着替えにも同席してた。無言だけど、心なしかテンションが高い。物陰から、こっちに手をゆらゆら伸ばしている。なんか怖い。


「失礼しまーす」


 新生ロールレア家の執務室は、調度品類がほとんどない手狭な部屋だ。辺境伯という立場からするとありえないほどに質素だ。ただ、時折、よくわからない物が置いてあったりするけれど。


 着替えを終えた僕と普段着のメリーが隣り合い、それからステラ様シア様とがテーブルに向かい合って座っている。


「で。僕は何をすればいいんです?」


「馬車で話したでしょう?」


「なんて言えばいいのかな……。言葉を選ばずに言うと、聞いていませんでした。ああ、もちろん正当な理由はありますよ。僕はね、眠かったんです。一般的な冒険者はどうも冒険者やるたびに昼夜の概念がなくなっていきますが、僕は基本的に生活リズムを守る生活を心がけている。夜は寝て、朝は起きる。それが崩れたからですね」


「……言い訳の体裁を保っていない自己正当化ですよ」


「つまり──僕は悪くないんじゃないでしょうか。悪くないかもしれない。あるいは悪いかもしれませんが、悪くないと主張できる余地が十分にある。僕は僕を弁護します」


「絶好調なのだわ」


 ステラ様はくすくすと笑う。



「あなたには、家令スチュワードになってもらいたいの」



「……姉さまっ!?」


 最初に驚いたのは、僕じゃなくてシア様だった。

 家令。僕は貴族制度にはそこまで詳しくないけど、家の一切を取り仕切る執事を指していたような……一切を?

 週2で?


「……む、無茶です姉さま、ご再考ください。こいつには、洗濯係ランドリーでもやらせるべきです。……ど、どうしてもと言うのなら、わたくしたちの世話係ウェイティングでもよいです」


「それでは、彼を雇う意味がないでしょう。ロールレア家は、再構築されなければならないの。今いる者は全員解雇するつもりよ」


「姉さまっ!?」


 ……ああ、本気なんだな。


「……ご乱心ですか。彼らは、このロールレア家のため、忠誠を尽くすと宣言してくれました」



「…………そうね。だから、いけないのよ」



 シア様には話さないつもりです?


「キフィナスさん、その話は──」


「姉さま。王都で、何を見たのですか」


 ステラ様は僕をじろっと睨む。僕はけらっと笑った。



「──シアには、話さないわ。これは、領主の私だけが背負えばいい」



 それが、あなたの選択ですか?


「そうよ」


 彼女の意志は固い。

 ……でも、僕はその固さに脆さを見る。ダイヤモンドが衝撃に弱いように。


「……わたくしは、領主代行として、その判断に従います。私が知るべきでないと言うのなら、その通りなのでしょう」


「ええ。そうして頂戴」


「ですが。姉さまの妹として、姉さまの力になりたいと思います」


「シア……」


「姉さまにしか抱えられない重荷でも。そばにわたくしがいることを、どうか忘れないでください」


 ……うん。

 あー、それと一応、僕もいなくもないですよ。

 まあ週2ですけどね。


「……ええ。そうね。わたしは、恵まれているのだわ」






 ……とはいえ、僕を家令にして、代わりに使用人全解雇というのは、あまりにも急進的すぎる。風聞が悪い。

 おそらく『灰髪ひとり雇うために乱心した』とか、すごく不名誉な噂になるだろう。

 つまりやるべきことは──。



「本日付けで会計検査係に着任いたしました、D級冒険者のキフィナスと申します。以後お見知りおきください」


 どうやら《スキル》にはそんなものないらしいんですけど、僕には複式簿記の知識があったりする。

 複式簿記というのは取引ごとにどういった理由でお金が増えたのか/減ったのかがはっきりしているというメリットがある。

 許可証だの証明書だの、書状だの帳簿だの、裁判記録だの権利証書台帳だのといった、領主が扱うべき記録は数多い。


 しかし残念ながら、諸般の書類のうち多くは瓦礫の下にある。

 大したことはできない。



「僕の役割は、あなたのような獅子身中の虫を排除することにある」



 僕が二の鐘──午前9時を過ぎてからしばらく経って出勤したことには、理由がある。

 ロールレア家名義で、照明用の油と蝋と、お菓子の蜂蜜を発注してみた。それから、店舗経営許諾税を納入するよう伝えた。

 うち、前者は不要な発注だ。迷宮都市には溢れるほど炎熱の魔石があって、他の土地と違って、少なくとも照明油は必要ない。蜂蜜に至っては僕が食べたいから買った。

 これをどう取り扱うのか、見てみたかったのだ。


 今から職を辞すことになるなにがし氏──もう関わらないので別に覚えなくてもいい──は、そもそも、その店からの領収書を受け取っていない。

 実に大胆な──なんとも稚拙な犯行だった。



「瓦礫の下に埋まってる、とでも釈明する気だったのかな?」


 おや。青ざめて震えていますね。ですが大丈夫! 現ご当主様は心優しくいらっしゃいます。あなたをこの家から離すことはあっても、あなたの首と胴体を離すことはしないでしょう。それとも、してみます?


「いいえ。……残念ね、キャビナ」


 あらゆる帳簿には不正がある。その軽重があるだけだ。

 そして、常態化した不正は、リスクの認識を麻痺させる。

 この家には、不正を糺すための部署がない。高貴な家に勤める者はみなそれなりの家柄で、そんな彼らは悪徳など犯さないということになっているからだ。しかし、会計はその誕生から、歴史的に不正と切っても切り離せない関係がある。

 そして何より、抑えになる前当主が行方不明だ。

 それが彼を犯行に走らせたのだろう。


「し、しかし! 私はこの家の帳簿を20年付けてきた実績があります! それだけの能力がある人材は──」


「シアさまー。単式簿記よりも複式簿記の方が優れているのは、さっき説明した通りですーー」


 残念ながら、専門知識を独占して職域を守る、なんて手口は通用しない。

 僕はけらけら笑った。顔を青くしながら、男は僕への憎しみを深める。よく慣れた視線だ。


「灰髪の分際で──!」


 おお、よく聞くやつだ。

 感情的に振り下ろされる拳を、僕は余裕を持ってかわし──、



「……その侮辱は許しませんよ。キャビナ・ファイン」



 彼の顔の正面で、氷の花が咲いた。

 発される冷気が顔を舐め、冷や汗を氷の粒へと変える。


 顔色は青を通り越して白くなった。僕はけらけらと笑った。



「荷物をまとめて出て行きなさい、キャビナ。私は、あなたのこれまでの働きを知っています。烏嘴石をお父さまに黙って購入してくれたことも、覚えているわ」


「私は、ロールレア家の忠誠を、忘れては──」


「ありがとう。……でも、同じ言葉を繰り返させないで」



 なんだかみんなしんみりしているけど、僕とメリーはあんまり心が動いてなくて、本音を言えばどうでもよかった。

 ただまあなんというか、この姉妹は本当に心優しいんだなーって。正直、いてくれない方がやりやすい。

 まあいいや! この調子でどんどん、合法的にクビを切っていこう。





「えー、本日付けで財務担当になりましたキフィナスと申します──」



「家財管理担当となりましたキフィナスと──」



「お菓子用意担当となりました──」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 絶好調のキフィナス君だしステラ様とシア様は可愛らしいしもうね! 最高!!! [一言] ほんとなんでもできるのなキフィナス君って!
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