おかえりなさい
「ただいま、シア」
「……お帰りなさいませ、姉さま。そして、キ──冒険者キフィナス、メリス。感謝します」
土魔法にて突貫で作られたロールレア家の臨時家屋は、一言で表現すれば外観が四角い。
おおよそ豪奢とか贅沢とかいわゆる貴族的なものとは無縁な邸宅の前にて、シア様は僕らを出迎えてくれた。たぶん、例の氷の蚤だかいうずるいやつで把握していたのだろう。涙袋が少し腫れているけど、その表情は穏やかだ。
……よかった、と素直に思う。
それから、眠いな、とさらに素直に思う。
時刻はお昼前。保存食の用意はなかったので、僕はだいぶおなかが空いていた。
あと、なんかもう眠い。すごい眠い……。だって徹夜だから。
いつもなら筋トレの後とかもう寝るだけだし、早寝早起きだって健康にいいし空が青いから寝ながらスメラダさんのあさごはんたべたい。
論理が断線してべつのところにあべこべに繋がっててあきらかに睡眠が足りてなかった。あ、まともに思考できてないなって自分でそれがわかるのに、なおおかしいままって感じ。
うああ太陽が黄色い……。黄色くてまぶしい……。世界のまぶしさがぼくをさいなむ……。
「……おまえ、随分疲れたようですね」
ええまあ……。つかれたんで帰ってもいいですか……?ふあああ……、んー……。
僕は不敬にも大きなあくびをしてしまった。んー……、あくびしたから帰らせてください……。ベッドでねたい……。
「ほんとにお疲れね。私も、あなたの大あくびを見ていたら、眠くなってきたのだわ」
わー、いっしょですねー……。ねますかー……?
「ふふ。やめておきます。シアの目が怖いものね?」
「……ね、姉さまっ。わたくしは、べつに、そのようなっ……。ただ、領主として、家人でもない者と、同衾するなどというのは大いに問題が……」
「もうしたじゃないの。旅の途中で。それに、キフィナスさんには明日からここで働いてもらうわよ?」
「……えっ?」
なーんかぁ、そうなったみたいですー……。
週2でいきまーす……休みじかんはメリーにあわせてとるのでよろしくおねが……ふああぁ……。
「詳しくは後で話すわ。とにかく、そういうことだから。それとも、キフィナスさんを当家に迎え入れるのは嫌?」
「……い、嫌では、ありませんが……。姉さまの決定に、私は従うのみです」
「ふうん。じゃ、やめようかしら?」
「ご、合理的ではありませんっ。一度定めた事項はたやすく撤回されるべきではなく──」
「ふふ。冗談よ、シア」
「……姉さまっ!」
なんか話してる……。だめだよくわからない。あたまが働かない。ねむい。
あ、なんかシア様きた……。僕をじっとみてる。なんだろ……?
「……キフィ、きふぃなす。……一度だけです。報酬と言っていたものを、みせてあげます」
そういって、シア様はぎこちない──だけどほんとうに嬉しそうな笑顔を浮かべた。
ぼくはそれを見て、すごく……あっやば、もうだめ、ねむくてもう限界──すやぁ。
「…………なるほど。そうですか。そうですね。おまえは、そういうやつでしたね。……たくさん酷使してあげますから。覚悟するように」
「ふふふ。シアったら楽しそうね」
「なっ! ……べ、べつに、楽しくなどありませんっ」
「よい。とてもよい」
・・・
・・
・
おなかが空いて目が覚めたときには、既に夕暮れが窓から僕のおでこを焼いていた。
僕は冬場の布団が好きだ。人の体温でほどよく温まったそれは、外に這い出る気力を僕からやさしく奪ってくる。
「……おはよーございます、お兄さん」
あ、インちゃんおはよう。
おや? なんだか不機嫌そうだ。
ええと、心当たりは……。
「領主代行さまですよ! 修理費って金貨渡されてっ!」
ああ、シア様か。
お金払ってくれてたんですね。そっか、だからもう部屋が直ってるのか。飛散したガラスとか踏むと危ないもんね。綺麗だから付けてもらってるけど、こう何度も壊すとちょっと考え物だよね。
ケガしなかった? 大丈夫?
「もう慣れてます。そっちの心配じゃなくてぇ……、代行さまぜんぜん喋ってくれないから、その、わたしてっきりおにいがっ……」
「僕が?」
「つ、ついにやらかしたのかなって……! うぇ、ええぇん!!」
インちゃんが泣き出してしまった。ぎゃんぎゃん泣いてる。僕の胸に顔押しつけてびゃんびゃん泣き通してる。
えええ……。困る……。め、メリー?どうすればいいかな?
「きふぃは。あしたから。おしごと」
あ、うん。そうなんだ。
週2であの四角形の屋敷で仕事するんだってさ。領主様たちとね。
どんな仕事するのか?実は全然わかってないんだよね。なにせ眠かったからね……。
「……へ?」
「ええと、つまりなんだろう。インちゃんの心配することは、何も──」
「おにい何やらかしたんですか……!?」
うん。まあ、そういう反応になるよねぇ。
僕は特に何もしてないんだけど。
「きふぃは。たすけた。ささえた。もてもて」
「あーメリーの発言は話半分で聞いてね。ステラ様とシア様は冒険者やってたら知り合った知り合いだから」
「また女のひとの話してる……」
別にいつも女の人の話をしようとかそういう意図はない。単純に、僕の知り合いに男性が少ないだけだ。知り合いの定義を『僕から話しかけて眉間に皺を寄せない』にすると、片手の指で足りるくらいになる。
この街に限って言うなら、カナンくんとニーナくん──まあ王都の頃からそこそこ付き合いあったけど──くらいだ。
というわけなので、僕の口から他人の話題が出ると大抵女の人になる。
でも、この定義だとレベッカさんとか知り合いにならないだろうし女性も普通に少ないな。
単純に、純粋に、僕の交友関係が狭いだけだった。
「そういうわけだから」
「笑顔ですごい悲しいこと言う……! お、おにいのこと、わたしは実のお兄さんみたいに感じてますからっ!」
うん。ありがとね。
「めり。めりも。きふぃ。おとうと」
うん。ありが──いやどう見たって僕が兄でしょ。だってメリーちびじゃん。
ひょっとしてインちゃんの流れに乗ればいけるとか思っちゃったのメリー?無理だよ。まず背が足りないよね。それから背が足りない。あとは、残念だけど背が足りないかな。
あっメリー!布団に手をかけるのやめっ、あっ布団ちぎれ寒い! この時期寒い!!あとおなか減った!!
「おかーさんがご飯用意してます。七顔鳥の丸焼きですよ」
お、嬉しいな。
がっつりお腹に貯まるものが食べたいところだったんだよね。
「食べさせてあげますからね、おにいっ」
あ、うん。助かるよ。
メリーに食べさせてる間、よろしくね、インちゃん。
「はいっ。ふへへっ」
よーし。
ごはん食べて布団買い換えて薬草採りいったら、今日は早めに寝ようかな。
やっぱり最初って大事だしね。何するのかわからないけど。
「あ、そうだっ。遅ればせながら──おかえりなさい、キフィナスお兄っ」
「ただいま」
次の日。
変な時間に寝たせいでなかなか寝つけず、僕はすっかり寝坊した。
「もう遅刻は確定だし……とりあえず、おみやげとか露天で買うか。これが原因で遅くなったってことにしよう。あ、おじさん、それ。よっつください」




